2018年2月18日 (日)

共同洗礼志願式@新潟教会

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灰の水曜日の夜から、新潟に来ています。大雪です。これまで13年ほど新潟に住んでいましたが、この時期に新潟市内でこれだけ雪が降るのは、珍しいことです。(写真は、金曜日朝に上越新幹線浦佐駅あたりで)

そんな寒い新潟で、木曜日は朝から、新潟県内にある16のカトリック幼稚園を統括する学校法人聖母学園の理事会。そして午後からは、その園長や副園長が集まる園長会。この学校法人の理事長は、今年五月の任期前に交代すると、手続きなどが大変なので、任期までわたしがそのまま務めています。

東京では多くの幼稚園が宗教法人立でやっていけることに驚きましたが、地方では、子どもの減少は著しく、かつてのような幼稚園一本槍ではもう経営が成り立ちません。つまりいわゆる教育機関としての幼稚園だけで、文科省系統の補助金だけでは、経営していくのが大変難しい。そのためほとんどのところが、保育園としての機能を取り入れたこども園に模様替えをして、厚生労働省系の補助金をいただくことで、何とか経営を成り立たせています。教育機関としての特性よりも、社会福祉機関としての特性が強くなりつつあるなかで、これまでのカトリック幼児教育のあり方は、大きな曲がり角にあるように感じております。

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金曜日は新潟を朝6時過ぎに出発して、仙台へ。仙台教区本部で定期的に開催される、東北の復興支援に当たっている各ボランティアベースの関係者の会議と、それに続いて開催される仙台教区サポート会議に参加するためです。まもなく大震災発生から七年です。復興支援活動も変化する時期に入り、岩手県の大槌ベースや、福島のいわきにあるもみの木ベースなどは、まもなく閉鎖されていくことになります。それ以外のベースでも、復興支援から地域の再生へと、活動の主眼を大きく変更する時期に来ているように思います。

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そして本日の日曜日。四旬節第一主日は、新潟教会で、毎年恒例となった共同洗礼志願式ミサを行いました。なかなかいろいろな教会から集まってくるのは難しいですし(天候の問題)、また教区全体で洗礼志願者が非常に多いというわけでもないので、共同と言いながら膨大な数の志願者が集まるわけではありません。今年は、新潟教会から6名、十日町と花園教会からそれぞれ一名の、合計8名の方が洗礼志願者として受け入れられました。

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代父母による証言、志願者の皆さんの意思の表明の後に、実際にノートに署名をしていただき、さらに全会衆」が一節ずつ唱える使徒信条を繰り返し、最後にわたしが洗礼志願者の油で塗油をいたしました。

これからの四旬節の間、本当に良い準備ができますように、お祈りいたします。

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そして今日のミサでは、新潟教区の岡秀太神学生の、助祭・司祭志願者認定式も行われました。岡神学生は、これで二年間の哲学の課程を修了し、四月からは4年間の神学の課程に進むことになりました。神学の課程に進むにあたって、正式に助祭・司祭志願者として、新潟教区から認定されました。外見上はそれほど変わることはないのですが、一応この認定を受けることで、公式の場でスータンを着用したり、ローマンカラーのシャツを着用したりすることができるようになります。(ちなみに今日のミサには、岡神学生の同級生で、横浜教区の水上神学生が参加してくれました。上の写真正面で背を向けているのが岡神学生。向かって右手で侍者をしているのが水上神学生。岡神学生、水上神学生とも、人生経験が豊富な50歳前後の人物です)

岡神学生のこれからの司祭養成のために、どうぞお祈りください。また彼に続く司祭志願者が新潟教区に誕生するよう、お祈りをお願いいたします。

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2018年2月14日 (水)

灰の水曜日@東京カテドラル

今日は灰の水曜日。四旬節が始まりました。復活祭に洗礼を受けられる方々が、最終的な準備をするこの時期は、すでに洗礼を受けている信仰者にとっても、洗礼志願者とともに信仰の原点に立ち返り、あらためてイエスとの出会いを模索する時でもあります。

次の日曜日、四旬節第一主日には、多くの教会で洗礼志願式が執り行われることと思います。関口教会でも30名近い方が洗礼志願者として準備をしているとうかがいました。

四旬節の始まりに洗礼志願式を共同体として行うのは、洗礼を受けることは、個人的な内心の問題だけではないことを教会共同体の全員が実感することが大切だからです。私たちの信仰は個人の内心の問題にとどまるのではなく、共同体において生きられるものだからです。

共同体のないキリスト教は考えられません。イエスご自身が、まず最初に12人の弟子という共同体を形成して、祈りをともにし、聖体の秘蹟を定め、福音宣教に送り出されました。

洗礼を受けることは、ひとり個人が新しい生命に生きることだけではなく、それを通じて、「神との交わりと全人類一致のしるし、道具」である教会の一部となることをも意味しています。一つの体の部分となるのだという自覚を皆が持つためにも、洗礼志願者として洗礼への最終的準備を始めるとき、それは共同体の中で行われるのがふさわしいのです。

今年の四旬節第一主日は、新潟教会9時半のミサで、例年の通り、共同の洗礼志願式を行います。また新潟では同日、岡神学生の司祭・助祭候補者認定式も執り行います。哲学の2年間にわたる勉強を終え、神学の課程に進む前に、正式に、将来司祭となる候補者として認定されなければなりません。召命のために、続けてお祈りください。

以下、本日10時の東京カテドラル、関口教会での灰の水曜日ミサの、説教の原稿です。平日の午前中にもかかわらず多くの方が参列され、関口教会の主任と助任、そして韓人教会の主任に終身助祭、さらには侍者の青年まで現れて、私にとっては盛大な灰の水曜日ミサでした。

なお四旬節に当たっての教皇様のメッセージは、こちらのリンクから。また今日からカリタスジャパンの四旬節キャンペーンが始まっています。どうぞ皆様の協力をお願いします。四旬節キャンペーンについては、こちらのカリタスジャパンのリンクから。

灰の水曜日                               

昨年2月に大阪で福者の栄誉を受けたユスト高山右近の初めての記念日、この2月3日を、私はマニラで過ごしました。マニラは、高山右近の終焉の地であります。日本の教会の栄誉ある殉教者である高山右近の記念日を、フィリピンの教会にとっても重要な記念日であるとして、この2月3日に、マニラのタグレ枢機卿様が自ら司式して、マニラカテドラルで記念ミサが捧げられました。このミサには、地元の多くの方も参加してくださり、日本からは私を含め6名の司教が60名近い巡礼団とともに参加いたしました。

家康によるマニラ追放に先立つほぼ30年間も、右近は国内で追放の身にありました。右近を最初に追放しようと決めた秀吉の気持ちをなんとか和らげるため、信仰を頑固に守り抜く右近に対して、対立を避けよと周囲は懸命に忠告したのだそうです。しかし彼は耳を貸さず、「神に関することは、一点たりとも曲げるべきではない」と述べたと言われます。右近はすべてを失い他人から施しを受ける身になったことを、最上の喜びとしていたといわれます。その人生の大半は、すべてを神にゆだねきった人生であり、他者の幸せのために、自らはすべてを失った人生でありました。

高山右近はマニラに追放の身となり亡くなったのですが、他の殉教者たちのように、処刑されたわけではありません。病死であります。しかし教会は高山右近を、「殉教者」として福者の栄誉を与えました。このことは、殉教が、信仰を守るために殺されるという、その人生の終わりの事実だけを意味しているのではないということを教えています。殉教とは、右近のように、信仰における逆境にあっても、信仰に忠実に生きる道を選び、それがために地位や名誉や財産というこの世の富をすべてを奪われ、それでもなおかつその事実を喜んで受け入れる。その信仰に真摯に生きようとする姿を通じて、その言葉と行いを通じて、信仰をあかしをする生き方。それこそが殉教者の人生であるということであります。

「神に関することは、一点たりとも曲げるべきではない」という覚悟は、神に対する信仰を命がけで生きるということでもあります。すべてをかけて真摯に信仰を生きるということでもあります。現代社会に生きるわたしたちは、その生き方をどのように考えるのでしょうか。

わたしたちは「現実的な判断」などという言葉が、賢い生き方だとされる時代に生きています。わたしたちは、自分の周囲で起こっている出来事やその中における人間関係などに翻弄されながら、その場その場で最善と考える道を選びながら、人生の荒波を生き抜こうとしている。それが現代社会に生きるわたしたちの姿ではないでしょうか。

往々にしてわたしたちは現実の壁の前で、信仰における価値判断において妥協を重ねてはいないでしょうか。そういう生き方を選択しているわたしたちに対して、高山右近は、人間の生きるべき姿の模範を示しているように思います。信仰に生きるとは、命をかける真剣さを持って生き抜くことだと、その人生が私たちに教えています。

とはいえ、だれでもが簡単に同じような道を歩むことができるわけではない。当然です。人間の弱さの故に、わたしたちは妥協への道へと誘われ続けるのであります。だからこそ、ヨエルの預言は、わたしたちにこう語りかけています。

「あなたたちの神、主に立ち返れ。主は恵みに満ち、憐れみ深く、忍耐強く、いつくしみに富み、くだした災いを悔いられるからだ」

何度も何度も失敗を繰り返す私たちに、ヨエルは、何度も何度も、神のいつくしみに立ち返れ、立ち返れ、と呼びかけるのです。

さて四旬節の始まりに当たり、教皇フランシスコは、マタイ福音書24章12節の言葉を引用して、「不法がはびこるので、多くの人の愛が冷える」というテーマのメッセージを発表されています。

教皇は、絶対的な価値観が意味を失っている現代社会の混乱を見つめながら、相対的な価値観を偽預言者にたとえ、このように指摘されています。

「偽預言者は「詐欺師」にもなります。彼らは苦しみに対して簡単で手短な解決策を示しますが、それらはまったく役に立ちません。どれほど多くの若者が麻薬、「用が済めば切り捨てる」人間関係、安易だが不正な利益といった誤った治療を施されていることでしょう。また、まったくバーチャルな生活にとらわれている人々がどれほどいることでしょう。そこでの結びつきは、非常に容易で迅速であるかのように思えますが、まったく無意味であることがのちに判明します。これらの詐欺師は価値のないものを与え、その代わりに尊厳、自由、愛する力といったもっとも大切なものを奪います」

その上で教皇様は、「怠惰な利己主義、実りをもたらさない悲観主義、孤立願望、互いに争い続けたいという欲望、表面的なものにしか関心をもたない世間一般の考え方など」が蔓延する中で教会共同体の中でさえも愛は冷え込み、「宣教的な情熱は失われて」行くのだと指摘されます。

この説教の後、わたしたちは灰を額にいただきます。灰を受けることによって、人間という存在が神の前でいかに小さなものであるのか、神の偉大な力の前でどれほど謙遜に生きていかなくてはならないものなのか、心で感じていただければと思います。

神の前にあって自らの小ささを謙遜に自覚するとき、私たちは自分の幸せばかりを願う利己主義や、孤立願望や自分中心主義から、やっと解放されるのではないでしょうか。そのとき、はじめて、高山右近のような生き方に、少しは近づくことができるようになると、私は思います。

わたしたちを大切にし、愛し、導いてくださる主のいつくしみに信頼しながらも、殉教者たちのように真剣に信仰に生きることができるよう努力をいたしましょう。四旬節は、その真摯な信仰の道に、少しでも近づくことができるように、人生の軌道修正をするときであります。もたもたしてなかなか軌道修正できない私たちを、神は愛しみ深く待っていてくださいます。

確固たる信仰に生きた福者高山右近のような生き方を模範としていただきながら、それにならう道を、模索して参りましょう。

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2018年2月12日 (月)

世界病者の日

昨日、2月11日は、「世界病者の日」でありました。この日は1858年2月11日に、フランスのルルドで、聖母マリアがベルナデッタに現れた日でもあります。聖母はご自分を、無原罪の聖母であると示され、聖母の指示でベルナデッタが洞窟の土を掘り湧き出した水は、その後、60を超える奇跡的な病気の治癒をもたらし、現在も豊かにわき出しています。

教皇聖ヨハネパウロ2世は、1993年に、この日を世界病者の日と定められました。毎年、教皇様はこの日に当たりメッセージを発表されています。今年のメッセージは、こちらのリンクの中央協議会のホームページから読むことができます。

もちろん病気から奇跡的に回復を遂げるということは、病気の苦しみにある人にとっては大きな意味があることであります。しかしながら同時に、奇跡的な病気の回復は、日常にありふれたことではなく、本当にまれにしか起こりません。ルルドでさえも、正式に奇跡と認定された病気の治癒は、この160年ほどで70件を超えてはいません。

教会が病者のために祈るのは、もちろん第一義的には、イエスご自身がそうされたように、具体的に奇跡的な病気の治癒があるようにと願ってのことですが、同時にもっと広い意味をそこに見いだしているからです。

私たちは、様々な意味で病者であります。完全で完璧な人間は存在しません。たとえば障害者という言葉に対峙するかのように、健常者などという言葉を使ってしまいますが、人間は大なり小なり困難を抱えて生きているのであり、また齢を重ねれば当然にその困難さはまし加わります。肉体的な困難さではなく、心に困難を抱えている人も多くおられるでしょう。その意味で、完全完璧な健常者なる存在は、空想の世界にしかいないのではないでしょうか。

皆同じように、なにがしかの困難を抱えて生きているからこそ、その程度に応じて、私たちは助け合わなければならないのです。支え合って生きていかなくてはならないのです。

そして教会は、なにがしかの困難を抱えて生きている人が、互いに支え合って生きていく場であります。主イエスの癒やしの手は、私たちすべてに向けられています。私たちは教会にともに集うとき、その主イエスの癒やしの手に、ともに抱かれて、安らぎを得るのです。

ですから病者の日は、特定の疾患のうちにある人たちだけを対象にした、特別な人の特別な日ではなく、私たちすべてを包み込む神の癒やしの手に、ともに包み込まれる日でもあります。主の癒やしの手に包み込まれながら、互いの困難さに思いやりの心を馳せ、その程度に応じながら、具体的に支え合って生きていくことができるように、慈しみの主の導きを願いましょう。

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2018年2月11日 (日)

札幌カトリックセンター竣工式@札幌

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札幌教区の司教館と教区本部などを兼ね備えた札幌カトリックセンターが完成し、昨日、2月10日午前10時半から、勝谷司教の司式で、竣工式が執り行われました。(写真上、左手が北一条教会。右手茶色や黄色の建物が新しいセンター)

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竣工式は,ちょうど雪祭りの時期で厳しい寒さの北海道ですから、外などの広いスペースで行うわけにも行かず、新しいセンターの玄関ロビーで行われました。そのため,参加者が小教区や地区の代表に限られましたが,会場がいっぱいになるほどの多くの方の参加がありました。東京教会管区からは,横浜の梅村司教、仙台の平賀司教、そしてわたしが参加しましたが、わたしは2009年から13年の勝谷司教誕生まで教区管理者をしていたこともあり、様々な思いが去来する式でありました。(写真上、玄関ロビー)

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カトリックセンターは、カテドラルである北一条教会の聖堂の東隣。以前は幼稚園があった場所に建てられました。幼稚園は,わたしが教区管理者であった頃に、聖堂の北側に移転しています。わたしも使わせていただいた旧司教館と,司教居室であった古い蔵は、これから解体されます。すでに司祭の居室やカリタス家庭支援センターなどに使われていたベネディクトハウスは取り壊され、そのほか,ウェルカムハウスなどに使われていた建物なども,すでに取り壊しが始まっています。(写真上、新カトリックセンター三階から見た旧司教館。左手が司教居室の蔵。白い蔵の二階が司教の居室でした)

この一帯には,定期借地権を活用して、マックスバリューのショッピング施設が建設されることになっており、今夏をめどに完成の予定です。

潤沢な資金を持っていたわけではない札幌教区に(失礼)、カトリックセンター建設のめどがついたのは、信徒の方々による専門家の諮問会議で、この定期借地権の活用による資金調達の可能性がはっきりしたからです。これについては,勝谷司教から教区の方々に説明した文書に詳しく掲載されています。こちらのリンクです(札幌教区のホームページの新司教館建設のページに飛びます)。これから他の地域でも,参考にできる方法なのかもしれません。

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新しいカトリックセンターは,地下に納骨堂を備え(写真上)、一階にはホールのほか、カトリック書籍や聖品販売の売店、炊き出しなどにも使うキッチンもあり、二階に教区本部、学校法人本部、そしてカリタス家庭支援センターが入り、三階は黙想会や研修に使える施設と小聖堂。四階が司教館になっています。

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カトリックセンターと言うほどですから、単に新しく司教さんの家が建ったと言うことではなく、この新しい施設が,北海道のカトリックの中心(センター)になり、多くの方に活用され、また福音の発信拠点となることを期待し,また祈っております。(上の写真、勝谷司教の後ろ手には,司教が阿寒湖のコタンの売店で一目惚れした母子像。それを基にして聖母子像を依頼するも,作者が急逝。最初に惚れ込んでいた母子像を購入した由)

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竣工式の前晩に、雪祭りを見ることができました。初めてです。以前,教区管理者をしていた頃はタイミングが合わず,わたしが札幌に出かけるのは雪祭りの前の週で,準備しか見たことがありませんでした。それにしても、大雪の日本列島ですが,札幌は格段に雪が少ないのが印象的でした。歩道に雪がほとんど積み上がっていない(無いわけではないですが,大雪の時は、かなりの高さに積み上がるのです)

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2018年2月 8日 (木)

「世界反人身売買、祈りと黙想と行動の日」、2月8日

教皇フランシスコは、2015年に2月8日を、「世界反人身売買、祈りと黙想と行動の日」と定められました。

この日、2月8日は聖ジョゼッピーナ・バキタの祝日です。彼女は1869年にスーダンのダルフールで生まれ、1876年、まだ幼い頃に奴隷として売買され、様々な体験の後イタリアにおいて1889年に自由の身となり、洗礼を受けた後にカノッサ会の修道女になりました。1947年に亡くなった彼女は、2000年に列聖されています。カノッサ会のホームページに聖バキタの次の言葉が紹介されていました。

「人々は私の過去の話を聞くと、「かわいそう!かわいそう!」と言います。でも、もっとかわいそうなのは神を知らない人です」

聖バキタの人生に象徴されているように、現代の世界において、人間的な尊厳を奪われ、自由意思を否定され、理不尽さのうちに囚われの身にあるすべての人のために、またそういった状況の中で生命の危険にさらされている人たちのために、教皇様は祈ること、その事実を知ること、そして行動することをこの日を定めた2015年の世界平和の日のメッセージで呼びかけられました。

人身売買や奴隷などという言葉を聞くと、現代の日本社会とは関係の無い話のように感じてしまうのかもしれません。実際は,そうなのではありません。一般に「人身取引議定書」と呼ばれる「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約を補足する人、特に女性および児童の取引を防止し、抑止し及び処罰するための議定書」には,次のような定義が掲載されています。

「“人身取引”とは、搾取の目的で、暴力その他の形態の強制力による脅迫若しくはその行使、誘拐、詐欺、欺もう、権力の濫用若しくはぜい弱な立場に乗ずること又は他の者を支配下に置く者の同意を得る目的で行われる金銭若しくは利益の授受の手段を用いて、人を獲得し、輸送し、引渡し、蔵匿し、又は収受することをいう。搾取には、少なくとも、他の者を売春させて搾取することその他の形態の性的搾取、強制的な労働若しくは役務の提供、奴隷化若しくはこれに類する行為、隷属又は臓器の摘出を含める。」
(同議定書第3条(a)

すなわち、売春の強制や安価な労働力として,自己の意思に反して強制的に労働に服させられている人たちは,日本にも多く存在していますし、日本は受け入れ大国であるという指摘すらあるのです。

カリタスジャパンと難民移住移動者委員会は、現在「排除ゼロキャンペーン」と題して、国際カリタスが主導する難民移民のための国際キャンペーンに参加しています。今日の世界反人身売買、祈りと黙想と行動の日」に当たり、国際カリタスは、南シナ海で強制的な労働にかり出されているミャンマーの人たちにスポットライトを当てて紹介をしています。(英語ですが,こちらのリンクを参照ください

その記事の中で、世界中で4千万人もの人が人身取引の被害者となり、その取引によって年間1500億ドルもの利益が生み出されていると指摘します。こういった状況に対処するためには,二つのことが必要です。十分な情報の提供によって多くの人がその現実を知ること。そして政府だけではなく民間をも巻き込んだ決まり事の制定。国際カリタスのキャンペーンはこの二つを目指して,現在進められています。詳しくは,カリタスジャパンのホームページをご覧ください

世界中で,そして私たちの身の回りで,自分の意思に反した過酷な条件の下で働かざるを得ない状況にある人々のために、祈り、またその現実を知ろうとする努力を忘れないようにいたしましょう

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2018年2月 5日 (月)

初めての福者ユスト高山右近の記念日@マニラ

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この2月3日は、福者ユスト高山右近の初めての記念日でした。禁教令の中、信仰を捨てることのなかった高山右近は、日本を追放され、マニラにおいて1615年2月3日に病死されました。その人生そのものが、信仰を守り抜いたあかしの人生であったとして、昨年2月に大阪において、殉教者として福者の列に加えられたことは記憶に新しいところです。

その最初の記念日であるこの2月3日、右近終焉の地であるマニラにおいて、記念ミサが捧げられました。場所は、右近がマニラに上陸し、盛大な歓迎を受けてパレードをしたマニラの旧市街、イントラムロスにある、マニラ教区のカテドラルで、司式はマニラ教区大司教のルイス・アントニオ・タグレ枢機卿でした。

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このミサに合わせ、日本からも60名を超える巡礼団が組織され、司教団からも会長の高見大司教と列聖委員会の委員長の大塚司教をはじめ、押川、郡山、勝谷、そしてわたしと6名の司教が参加しました。

巡礼団は三つのコースに分かれ、わたしは高見大司教と勝谷司教とともに、一番短い三日間のコースに参加しました。金曜日に東京を出発し、その日はマニラ市内のパコの教会でミサ。翌日はマニラカテドラルで枢機卿ミサ。そして日曜日にはサントトーマス大学内の神学校聖堂でミサを捧げ、夜には東京へ戻りました。

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日本とマニラの間には30度に近い温度差があり、時差はほとんどないものの、やはり少しばかり体に堪える強行軍でありました。

巡礼団はマニラ教区からだけではなく政府の観光庁からも大歓迎を受け、空港からホテルまでの移動を始めすべての移動には白バイの先導付きとなりました。

土曜日のマニラ大聖堂でのミサには、日本からの巡礼団を始め、フィリピンに在住する日本人信徒・司祭・修道者や日本の教会にゆかりのある方々が参加され、またタグレ枢機卿の人気を反映して、多くの地元の信徒の方が集まってくださいました。

わたしは、何年ぶりでしょうか、本当に久しぶりに、マニラで活躍されている神言会のホルスト神父様に会うことができました。昔、まだ私が神学生だった頃にドイツから来日し、日本で司祭になり、名古屋で働いていた司祭です。現在は、マニラで神学生の霊的指導をしておられます。

このミサの模様は、以下のリンクで、Youtubeにアップされています。是非ご覧ください。カテドラルの聖歌隊が歌ってくれていますが、入祭の歌は途中から日本語になっています。また閉祭は、高山右近の歌が日本語で歌われています。また祭壇前には右近の木像と、聖遺物が顕示され、ミサ後には参加者が列をなして崇敬に訪れていました。

タグレ枢機卿の説教も、いつものようにわかりやすい説教です。苦しみの意味について解説しています。キリスト者は、十字架のキリストを掲げ、殉教者を崇敬するからといって、苦しむことや苦しみそれ自体を目的としているわけではなく、また苦しみを美化しているわけでもない。神から与えられた使命を果たす全体の中で、使命のために苦しみに意味を持たせているのであり、それは、キリストが「あなた方のために渡される私の体」、「あなた方のために流される私の血」と言われたように、他者への愛を具体化するための苦しみである。苦しみのその先の「他者への愛」という使命の実践があってこそ、はじめて苦しみには意味があるのだ、というような内容です。

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三日目の日曜は、一番短いコース参加者だけでマニラ市内のカトリック大学であるサントトーマス大学へ向かいました。ドミニコ会の運営する歴史のある(アジアで一番古い)大学です。この中にある神学校(諸教区立)の聖堂で、日本語のミサを捧げました。わたしが司式させていただきました。

ミサ後、大学構内にある右近の像を訪れ、皆で祈りを捧げました。

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これからも、日本とフィリピンの教会のつながりの中で、互いの教会にとって大きな意味を持つ福者殉教者の模範に習いながら、列聖に向けた運動を続けながら、信仰のあかしに努めたいと思います。福者高山右近の生き方が、現代社会に生きる私たちの生き方とどのように関係するのか。信仰の目から、それをしっかりと見極めることが大切です。そうしなければ、単に、その昔、すごいヒーローがいたのだ、という話で終わってしまいます。聖人は単なるあこがれではなく、信仰を生きる私たちに具体的な道を示す存在です。すべてを失っても守るべき価値が厳として存在するのだという、いうならば頑固なまでの信仰におけるこだわりこそが、風に流されてふらふら生きるような私たちに、福音をあかしする生き方の道を教えているのではないでしょうか。

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2018年1月31日 (水)

2月の予定など

あっという間に1月は終わり、2月になります。東京で仕事を始めてから、多くの方から面会のリクエストや,教会訪問のリクエストをいただいています。リクエストは、どうぞ、東京教区本部事務局にお願いいたします。事務局長がお話を伺い、相談の上、お返事いたしますので。

2月の主な予定を,ご参考までに記しておきます。

  • 2月2日から4日 司教団公式巡礼、高山右近列福感謝ミサ (マニラ)
  • 2月5日 東京教区責任役員会
  • 2月6日と7日 カリタスジャパン援助部会
  • 2月8日 常任司教委員会、神学院常任委員会
  • 2月10日 札幌教区司教館本部竣工式 (札幌)
  • 2月12日 那覇教区司教叙階式 (沖縄)
  • 2月13日 カリタスジャパン会議
  • 2月14日 灰の水曜日、カテドラル関口教会ミサ (10時)
  • 2月15日 新潟 聖母学園理事会 園長会 (新潟)
  • 2月16日 仙台教区サポート会議 (仙台)
  • 2月18日 新潟 共同洗礼志願式ミサ 新潟教会9時半
  • 2月19日から23日 定例司教総会 (潮見)
  • 2月26日 東京、司祭月例会、平和旬間会議
  • 2月28日 東京、生涯養成委員会

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マリア会創立200周年アジア・シンポジウム

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司祭に叙階されてからまもなく32年になります。東京大司教に着座してからのこの一ヶ月半は、その32年間で「最多忙」と言っても過言ではないほどに忙しくしています。わたしは「忙しい」と口にするのがあまり好きではないのですが、さすがにこの一ヶ月半は,忙しくて目が回りそうです。

一番の理由は、東京へ移ることが決まる遙かに以前から約束していたことと、東京に移ったことで新しく取り組まなくてはならないことと,当分兼任している新潟教区の事柄の三つが,絶妙に絡み合ってしまっているためです。そのため、2月半ば頃までは,この超多忙な状態が続きそうであります。

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その遙か以前から約束していたことのひとつが、1月半ばに行われたマリア会創立200周年のアジア地域シンポジウム。すでに2年も前から,マリア会の日本の責任者である青木神父様を通じてローマの本部から、このシンポジウムで話をするように依頼を受けていました。(上の写真は、会議参加者を迎えてくれた,現地の修道会志願者たちのダンス。ちなみにこの修道院の院長は韓国から派遣されてきたシスターでした)

マリア会は,東京ではたとえば暁星学園などの運営母体です。マリア会のホームページにはこう記されています。

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「マリア会は、福者ギョーム・ヨゼフ・シャミナード神父によって1817年10月2日フランスのボルドー市において創立された、ブラザーと司祭から成る国際的な男子修道会です。

日本においては、今日まで主に教育の分野で活動し、暁星学園(東京)、海星学園(長崎)、明星学園(大阪)、光星学園(札幌)の経営母体として、教育の場を通しての信仰教育と信仰共同体の育成をめざして、教会に奉仕してきました。」(上の写真は,会場の修道院の聖堂前にある福者シャミナード神父の御像のまえで)

そして今回初めて知りましたが、このマリア会のファミリーには、女子の修道会もあり、今回のシンポジウムにも参加されていました。それが、汚れなきマリア修道会。東京では、調布で晃華学園の経営母体です。

さらにマリア会のファミリーには信徒の方々による,信徒マリアニスト共同体があり、日本にも会員がおられ,今回の集まりに代表が参加されていました。

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シンポジウムの会場は,インドのラーンチーにある汚れなきマリア会の修道院。(上の写真)ニューデリーとコルカタ(カルカッタ)の間で,コルカタに近い方にある町ですが、カトリック教会では大司教区で、教区長はテレンス・トッポ枢機卿。ちなみに補佐司教のビルン師は,わたしと同じ神言会員です。

ここで、カリタスアジアの体験から、貧困の撲滅と福音宣教の可能性について、1時間半ほど英語でお話をさせていただきました。

参加者は,インドを中心に,日本、韓国、ベトナムから40名近く。日本語と韓国語の同時通訳を会員の方がしておられました。

わたしの話の後には国別に分かれてグループディスカッション。マリア会のこれからの活動のために,様々な新しいアイディアが分かち合われていました。

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わたしが講演した翌日は,インド人の神学者であるジェイコブ・パラパリィ神父の講演。アジアの現実の中で、諸宗教、そして諸文化の人々とどのように対話するのか。わかりやすく示唆に富んだ講演でした。

日本からはニューデリーまで直行便(エアインディアで飛びました)で10時間。その後乗り換えて国内線で3時間。インドだから暑いかと思いきや、北部はこの時期寒い。しかも会場の修道院には暖房がない。日本の今の時期の格好でぴったりでした。

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2018年1月15日 (月)

『「真の喜び」に出会った人々』刊行

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先日、東京での着座式に合わせて、オリエンス宗教研究所から本を出していただきました。

タイトルは、『「真の喜び」に出会った人々』で、B6版144ページ、税別で1,200円です。一冊お買い求めいただけたら幸いです。

この本は,先に,オリエンス宗教研究所から毎月発行されている『福音宣教』誌に連載された記事をまとめたものです。11回の連載で、わたしが直接知っている方々を中心に、福音の喜びに触発されて信仰の証しに生きている方々を紹介する内容です。

ほとんどの方が,ガーナでの宣教活動や,カリタスジャパンの仕事を通じて出会った人たちです。わたしの人生の歩む方向に,大きな影響を与えた人もいます。新潟教区の米沢の53福者殉教者や,福者オルカル・ロメロ大司教のような歴史上の人物もいますが、すべて何らかの形で,わたし自身とつながっている人たちです。

連載当時は、年に11本ですから、毎月締切り間近になると,苦しんでいたことを思い出します。想像では書けないので、存命の場合はご本人にメールを出したり、関係者にメールを出したり。かなり余裕を持ってメールを出しているのですが、なかなか返事がなくて気をもんだり、さらには返事がない場合に備えて,記事にはならなかった複数名の方に予備のインタビューをしておいたりと、編集部からの企画でしたので、間に合わせるのに苦労したことを覚えています。

本の表紙は、ガーナで働いていた30年前、一緒に苦労したカテキスタのデュマス氏と,一緒にいつも訪問していた病弱なダニエル氏のツーショット写真から、編集部が作成してくれました。二人の話も、もちろん本の中に記されています。

このデュマス氏の息子さんは,当時小学生で,わたしの教会の侍者をしていましたが、いまでは神言会の神父になって,日本管区で働いています。またこの本に登場するガーナのクモジ司教と、コンゴのチバンボ神父は、先日の東京での着座式に参加してくれました。

いろんな人がいて,いろんな状況の中で,いろんな生き方で,福音を証ししている。お互いに出会ったことのない人たち、生きている時間も異なる人たちは、それでも一致しているのです。福音に真摯に生きようとする姿勢において、多様性の中で一致している、神の民の一員です。

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2018年1月14日 (日)

少しずつ、前進、漸進

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この数日、新潟は大雪で、普段はそれほど雪が積もらない新潟市内でも、あまりの積雪に車が埋まったりして、新潟教区本部も臨時休業となったと、連絡をいただきました。普段あまり降雪がない分、新潟市内は,実は大雪には備えが手薄だったりして、こんなにどかんと降ると大変なことになります。一晩中、電車に留まることになった方々は,本当に大変だったと思います。東京でも何度もニュースで流れました。

とは言いながら、わたしは東京にいるわけで、大雪の新潟では全く考えられないほどの薄着で過ごしております。もちろん東京もそれなりに寒いことは寒いのですが、今朝、日曜の朝など、ジャケット一つでカテドラル構内を歩いていられるほどの暖かさ。考えられません。

で、朝からカテドラル構内を歩いていたのは、福島野菜畑の柳沼さんが、野菜などの販売に来られていたので、ご挨拶に。新潟でも,いくつかの教会で,福島野菜畑の活動に協力をしていますが、東京の関口教会では,月に二回ほど,定期的な販売があると聞きました。

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柳沼さんによれば、教会の方々もそうですが、これまで何度も来ているので,顔なじみになった地元の方が常連さんのように購入してくださるそうで、そのため早朝からテントで開店しておられました。二本松から車で3時間ほどかけて来られます。大変な努力をしながら、福島の野菜を販売し続けることで、多くの方が福島を忘れずその現実に直接目を向けてくださるようになればと,心から願います。これからもできるだけ,柳沼さんたちの活動を応援していきたいと思います。

東京教区に着座して,ほぼ一ヶ月です。よくアメリカの大統領なんかが就任すると,ハネムーンの100日とか言われます。その間は,多少の試行錯誤は許されるが、100日を超えたら結果を出すことが求められるという意味でしょう。そうなると、100日は、聖週間が始まる3月25日の週ですね。うーん。努力します。

でも少しずつですが、前進、いや漸進しております。

昨日、1月13日の土曜日には,初めての宣教司牧評議会を開催しました。宣教司牧評議会は,新潟教区にもありますが,教区によってその活動内容が異なっています。東京の宣教司牧評議会は、それぞれの宣教協力体からの代表の信徒の方で主に構成され、司祭評議会の代表も加わると伺いました。もっとも司祭評議会はまだ開催されていませんので、今回は司祭の代表は不在。それでも、司教が福音宣教の方向性を定めるために、各現場の現状からの報告や提言が活発になされる、教区司教を支えてくれる組織であると、今回の初めての宣教司牧評議会で感じました。なるべく多くの声をお聞きしたいというのがわたしの願いですので、これからも様々な課題について、信徒の方々の声を届けていただければと思います。

新潟教区では,宣教司牧評議会は一年に一度しか開催できませんでしたが、東京教区では,隔月で,年に6回の開催。回数の多さに,さすが大都会と驚きましたが、ありがたいことです。

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どのくらいの頻度で,カテドラルでのミサを行うのか,何かまだ模索中ですが、すでに決まっている東京カテドラル関口教会での次回のわたし司式のミサは、灰の水曜日、2月14日午前10時の予定です。なるべく頻繁に、機会を見て、カテドラルでのミサも捧げたいと思います。

なお新潟教区では、また小教区には改めて教区本部からご案内しますが、四旬節第一主日の共同洗礼志願式を,今年もわたしの司式で,新潟教会で行います。今年は、2月18日(日)の午前9時半です。

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