2019年2月16日 (土)

藤岡師、國枝師、納骨式@府中墓地

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今日の土曜日午前11時から、府中墓地において、二人の教区司祭の納骨式を執り行い、多くの方に参列していただきました。幸い、暖かな日差しに恵まれた穏やかな土曜日となりました。

お二人の教区司祭は、パドアのアントニオ藤岡和滋神父とペトロ國枝夏夫神父。藤岡師は昨年の11月21日に、國枝師はその5日後の11月26日に亡くなられました。藤岡師が87歳、國枝師が86歳。(上の写真、向かって左が國枝師、右が藤岡師)

ほぼ同じ時間の流れの中で、二人は司祭職を果たしてこられました。興味深いことに、お二人とも8月のお生まれでした。藤岡師は1931年8月8日、國枝師は1932年8月5日。

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同じ時間を歩んできたお二人でしたが、その司祭としての人生は、同じ内容ではありませんでした。私にとってはお二人の現役時代のことは、伝聞でしか知らないのですが、その司祭人生は全く異なっていたようです。

藤岡師は、最後の最後までミサをささげることに全力を尽くした司祭でした。病気が進んで、立つことがままならなくなっても、ミサにだけは出てこようと努力なさっていました。亡くなる三日前の日曜日にも、関口教会のミサを司式されようと努力をしておられましたが、残念ながら体力がそれを許しませんでした。藤岡師の司祭としての人生は、小教区での司牧活動に全力を挙げた人生でありました。

國枝師のそれは、学生の指導司祭や様々な活動に身を投じ、どちらかというと小教区司牧とは異なる道を歩まれたようです。

しかしいずれの人生も、ローマの教会への手紙でパウロが語るように、「わたしたちの中には、だれ一人自分のために生きる人はなく、だれ一人自分のために死ぬ人もいません」を具体的に生きた人生であったと思います。それはまさしく「司祭」を生きた人生であったと思います。

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すなわち「司祭」として生きることは、いわゆる職業としての司祭を務めることなのではなく、司祭を生きることそのものであります。「これとこれの、定められた業務を果たせば司祭がつとまる」のではなく、その生涯をかけて、最後の瞬間まで司祭を生きるのだと思います。その司祭を生きる人生は、自分のためではなく、主のために、さらにはすべての人のために、生き、死んでいく人生です。

生涯を司祭として生き抜き、いのちへの道を歩み続けた二人の司祭の、永遠の安息をお祈りください。

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2019年2月11日 (月)

新庄教会で雪の聖母祭@山形県

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この週末、2月9日と10日は、山形県の新庄市で過ごしました。山形県は、秋田県や新潟県と一緒に新潟教区を構成しています。わたしはまだ、新潟教区の教区管理者を兼任していますから、この訪問は新潟教区での務めです。

新庄市の少し南にある舟形町に、カトリック新庄教会があります。雪の聖母にささげられた教会は、毎年この時期に、大雪の中で雪の聖母祭を行ってきました。私としては、この教会の成り立ちに個人的な思いがあるので、なんとかして一緒に時間を過ごしたいと考えておりました。

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この教会は、できあがって来年が10年です。共同体はもっと前からありました。この地域で結婚して、住民として、妻として、母として生きている、フィリピン出身の信徒の方々が共同体の大半です。彼らの思いが結集して、できあがった教会です。9年前に、廃園となった一般の私立幼稚園の土地建物を買い取って改築し、教会としました。10月に献堂式をしたとき、共同体には90人近いフィリピン出身の信徒と、3名の日本人信徒が登録されていました。

新庄教会を担当しているのは、山形教会の主任司祭でもある千原神父様。新幹線に乗って山形駅に着くと、思ったほど雪がありません。千原神父様の車に乗って、国道13号線を北上し、新庄に近づくと道路の両端には山のような雪が。新庄教会は、例年のように雪に埋まっていました。

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周囲は田んぼや公共施設のため、いくら騒いでも苦情が出ることのないので、夜の食事会が大好きなこの共同体にとっては絶好のロケーションですが、何せ雪が半端ない。毎年の除雪費用が数十万円に及ぶのが、共同体の頭痛の種です。かといって除雪しなければ、建物は大変なことになります。昨年はまれに見る大雪で、除雪だけで数十万円が吹き飛び、赤字決算でした。

さて、夕方に教会に集まってきた20数名の信徒の方と一緒に、聖堂でロザリオの祈りを捧げ、千原神父様が聖母像をもち、皆はロウソクを手に、外へ出ました。

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教会の裏庭には、雪の中に祠がほられ、ロウソクがともされています。そして中心部には祭壇が作られ、皆で行列をして裏庭を回り、最後に聖母像が安置されました。さすがに寒いので、長時間は無理ですが、それでも皆で祈りを捧げ、聖歌を歌い、私も聖水をもって祝福をしました。

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祈りの後は皆で夕食会。楽しいひとときを過ごすことができました。

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翌日曜日は、午前10時半からミサ。普段は山形教会のミサが終わってからのため、新庄は午後のミサですが、この日曜は、午後に東京へ戻らなくてはならない私のために、皆が10時半に集まってくれました。山形や秋田県からも、信徒の方がやってきて、聖堂は一杯でした。

最初に触れたように、まもなく献堂10年です。10年前に、自分たちの教会を作ろうと燃えた人たちも10歳年をとりました。まだまだ燃えている人も少なくありませんが、10年はそれなりの時間です。今度は次の10年を見据えて、この教会をどのようにさらに自分たちの教会として育てていくことができるのかが、これからの課題です。

ミサ後、皆で持ち寄りの昼食会。2月に誕生日を迎える一人ひとりのために、名前が入ったケーキまで用意されていて、喜びにあふれたひとときを一緒に過ごしました。

もし山形県を訪れる機会があれば、どうぞ一度ご訪問ください。新庄の少し南、舟形町です。

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2019年2月 6日 (水)

教皇フランシスコ 2

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教皇フランシスコの言葉から。「福音の喜び」に次のような記述があります。

「神は人々を個々人としてではなく、民として呼び集めることをお選びになりました。一人で救われる人はいません。」(EG113)

教会はいろいろな人の集まりですし、いろいろな人が集まれば、そこには様々な人間関係が生じます。時には教会の中で対立さえみられ、そのために、教会を離れてしまう人も少なくありません。残念なことだと思います。

信仰は自分と神との関係だから、一人でも大丈夫。そうなのかもしれません。でもわたしたちの信仰の歴史は、その始まりから、共同体のうちに育まれてきました。救いの歴史は、私と神とのプライベートな関係の中にあるのではなく、神とその民との関係の中で刻まれています。

教会は、単に礼拝のために人が集まる場ではなく、現実社会の中で神の民として存在するあかしとして存在し、救いの実現のために不可欠なのです。わたしたちの信仰は、教会共同体の中で育まれます。

だからこそ、教会は常に、誰かを排除していないか、対立を生み出していないか、自らのあり方を顧み続けることが必要です。よく言われるように、対話は、互いの自己主張を我慢することではありません。互いに謙遜と尊敬をもって、それぞれの人生の歴史に耳を傾け、唯一の神の懐に抱かれて、ともに救いの道を目指したいと思います。

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東京教区の宣教司牧方針策定への協力願い

公式には次に発行される「東京教区ニュース」に掲載の予定ですが、次は3月号で少し時間がありますので、お願いの内容を先に掲載します。

なお、このお願いは、東京教区の信徒、司祭、修道者の方々に限定したお願いです。

東京教区のみなさま

東京教区宣教司牧方針策定への協力のお願い

先般、東京教区ニュース1月号(359号)の冒頭にてみなさまにお願いしたところですが、東京教区のこれからの宣教司牧方針を策定する作業に、ご協力ください。

2018年の聖霊降臨祭に、私は「多様性における一致を掲げて」と言う文書を発表いたしました。その中に、宣教司牧方針策定のために考えたい課題が10項目掲げてあります。

これらの課題について、みなさまからの提言をお願いしたいのです。どれか一つで構いません。すべてを網羅する必要はありません。小教区や修道院で、共同体として意見を交換し、提言を作成してください。話し合いのための10の課題は以下の通りです。

1:修道会の垣根を越えた、教区における司牧協力体制の充実

2:滞日外国人司牧の方向性の明確化と見直し

3:継続信仰養成の整備と充実

4:現行「宣教協力体」の評価と見直し

5:カトリック諸施設と小教区・教区との連携

6:イベントの豊かさだけではなく、霊的にも豊かな共同体の育成

7:信仰の多様性を反映した典礼の豊かさの充実

8:文化の多様性を尊重した典礼の豊かさの充実

9:教区全体の「愛の奉仕」の見直しと連携の強化

10:東日本大震災への取り組みに学ぶ将来の災害への備えの充実

話し合いと提言にあたっては、以下の諸点を心にとめてください。

1:個人の意見ではなく、必ず複数の方で意見の交換をお願いします。

2:どのような集まりでも構いませんが、必ず、祈りをもって話を始め、祈りもって終わってください。

3:提言はパソコンなどでワードのA4サイズで作成してください。差し障りがなければ、話し合われた方のお名前と所属小教区、あるいは修道会名を明記してください。

ただし、提言作成責任者のお名前と所属は必ず明記してください。また一つの項目についてはA4で2ページを超えることのない程度に、まとめてください。

4:積極的に前向きで、教区の福音宣教をより良くするための提言をお願いいたします。

5:提言を送付する方法は、次号の「東京教区ニュース」に掲載しますので、ご参照ください。締め切りは、2019年6月9日です。

繰り返しのお願いですが、今回の提言については、東京教区の小教区に所属されている方々、東京教区で働かれている司祭、また東京教区内の修道院に所属されている方々に限定したお願いです。東京教区以外の方からの提言は、残念ながら取り上げることはできませんので、是非ともご留意ください。

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2019年2月 5日 (火)

本所教会の殉教祭とベトナム語ミサ

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本日2月5日は、日本26聖人殉教者の祝日です。この26聖人を保護の聖人にいただく墨田区の本所教会では、長年にわたり一番近い日曜日に殉教祭を行っています。

と言うわけで、今年は2月3日の日曜日。午前9時半のミサが、本所教会の殉教祭でしたので、ミサの司式のために出かけました。

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実は、本所教会の日本26聖人殉教者の殉教祭に出かけるのは、ほぼ40年ぶりです。当時の主任司祭であった下山神父様が、長年にわたり名古屋の神言会の神学生養成を支援してくださったこともあり、毎年、この殉教祭には名古屋の神学生がやってきて、楽器を演奏したり、歌を歌ったりしておりました。わたし自身も1972年の殉教祭が初めてだったと思いますが、中学生から高校生、そして大学2年頃まで、毎年この時期は、東京へ遠足気分できておりました。記憶には、とても大きな教会で、とても華やかなお祭りでありました。上の写真はその40年ほど前の、名古屋の神学生が本所教会の聖堂前の庭で楽器演奏をしているところで、右手で立ってサックスを吹いているのが、当時の私です。

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規模は小さくなったものの、大勢の方が聖堂には集まり、日本の殉教者の祝日を祝いました。ミサは、主任司祭の渡邊神父、フランシスコ会のマリオ・カンドゥッチ神父との共同司式でささげられ、信徒の中には、昔から存じ上げている方もいれば、侍者をする青年たちの姿も。そして海外から来られた信徒の方の姿もありました。

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ミサ後には信徒会館で茶話会。準備してくださった皆さん、ありがとうございます。スカイツリーがすぐ目の前に見えて、そびえ立つ姿に、それもちょっとした驚きでした。できれば、また来年も。

同じ日の午後、今度はイグナチオ教会へ移動して、15時からのベトナム語ミサに参加。毎月第一日曜の15時に行われているミサだそうです。

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この日は、直前にはスペイン語のミサもあり、イグナチオ教会は大盛況でした。スペイン語ミサが終わると、今度はベトナム語ミサのために音響機材が大量に運び込まれ、ちょっと驚きました。ミサが始まってわかりましたが、制服をそろえた聖歌隊と(下の写真)それに伴う大がかりな演奏グループ。

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もちろん聖堂は一杯で、立ち見の方も大勢おられました。ベトナム語のミサに来られる方々は、以前から日本に生活されている方に加えて、近年とみに増加している実習生と見られる皆さん。いやあ、その若さと、エネルギーに圧倒されました。

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ミサ中には、お一人が洗礼と堅信を受けられました。残念ながら私はベトナム語ができないので、ミサは日本語で、説教は通訳していただきました。以下は、ベトナム語ミサの説教の原稿です。

年間第四主日
2019年2月3日
ベトナム語ミサ、 麹町教会

わたしたちは、すべて旅人です。実際に、ここにいる多くの方々もそうですが、自分の生まれた故郷を離れて他の町や国で生活をするという旅人もいます。そういう実際の旅に出なくても、わたしたちは時間の流れの中で生きているので、生きている限りは、ある一瞬に立ち止まることはできません。時間は常に前に向かって進んでいきます。ですから、わたしたちは、命のある限り時間の流れを旅する旅人です。この世における人生の終わりに向かって、誰ひとりの例外もなく、わたしたちは旅を続けています。

喜びや希望のある旅もあります。でも、また悲しみや不安の中で続けられる旅もあります。戦争や紛争から逃れるために、いのちの危険のなかを、不安のうちに旅する人たちも、世界中に多くおられます。

教会は、すべての旅人が、まもられなくてはならないと、常に主張してきました。なぜならば教会は、神の似姿である人間のいのちの尊厳が、必ず守られなくてはならないと主張しているからです。すべてのいのちは大切にされなくてはならない。そしてそのすべてのいのちは、全員がいろいろな意味での旅人です。ですから、旅人はまもられなくてはなりません。

もちろんわたしたちキリスト者が知っているように、困難に直面する人々に、救いの手を差し伸べることは、キリスト者の愛の務めです。

コリント人への手紙に、「愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。」と記されています。自分のことばかりを考え、自分の幸せばかりを考える人は、他人のために我慢することができません。自分だけを大切にする人は、他人に対して情け深くなれません。自分ばかりが大切な人は、いつも他の人の方が幸せそうに見えて、ねたみを捨てることができません。自分ばかりが大切な人は、自分を大事にするために威張り散らします。

でもそれはすべて、神の教える本当の愛とは反対のところにある態度です。わたしたちは、困難にある人たちを優先して、手を差し伸べなくてはならない。だから、他人のいのちを大切にし、旅を続ける人に救いの手を差し伸べるのです。

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教会は、現実に旅を続ける人たちの現在の法律的な立場ではなく、人間としての尊厳を最も優先しなくてはならないと、長年にわたり主張してきました。

教皇フランシスコは、旅する人たち、特に難民や移住者への配慮を、いのちの尊厳に基づいて強調されています。多くの旅する人たちが、それぞれの国家の法律の枠内では保護の対象とならなかったり、時には犯罪者のように扱われたりしています。さらには社会にあって文化や言葉が異なる人たちを歓迎しないどころか、排除することさえ、多くの国で起こっています。日本もその例外ではありません。教皇フランシスコは、危機に直面するそのような人間のいのちの現実を前にして、まず人間のいのちはどうやったらまもられるのか、それを最優先するようにと呼びかけています。

2013年の5月、教皇就任直後の最初のローマ教区の外への司牧訪問は、イタリアのランペドゥーザ島でした。この島は、イタリアと言っても限りなくアフリカ大陸に近い島です。2000年頃から、アフリカからの移民船が漂着するようになり、亡くなる人も多く出て、社会問題化していました。

難破した船のさまざまな部品を組み立てたような祭壇や朗読台。この象徴的な朗読台の前に立ち、教皇様はこの日の説教で、その後何度も繰り返すことになる「無関心のグローバル化」という事実を指摘しました。教皇様はこう言われました。

「居心地の良さを求める文化は、私たちを自分のことばかり考えるようにして、他の人々の叫びに対して鈍感になり、見栄えは良いが空しいシャボン玉の中で生きるようにしてしまった。これが私たちに、はかなく空しい夢を与え、そのため私たちは他者へ関心を抱かなくなった。まさしく、これが私たちを無関心のグローバル化へと導いている。このグローバル化した世界で、私たちは無関心のグローバル化に落ち込んでしまった」

母国を離れようとする人には、他人が推し量ることなどできない様々な事情と決断があったことでしょう。それがどんな理由であったにしろ、危機に直面するいのちに、誰が手を差し伸べたのだろうか。その苦しみとその死に、誰が涙を流したのだろうか。教皇様は力強くそう問いかけました。

世界各地でいのちが危機にさらされています。困難の中で希望を見失っている人たちが増えています。苦しんでいる人たちへの無関心も広がっています。自分とは違う人たちを排除することで安心しようとする社会の傾向も強まっており、排除や排斥によって人間の尊厳が危機にさらされる事態も相次いでいます。

こういった事態を打破するために、互いをよく知ろうと努力することが不可欠だと教皇フランシスコは強調されます。互いに良く語り合う、対話が必要だと強調されます。私たちは、知らない人に初めて出会うとき、どうしても警戒感を持ってしまいます。その人が、良い人なのかどうなのかわからないので、警戒するのです。でも一度良く話をしてみると、その警戒感から解放されることがあります。対話がない限り互いの理解はありえず、理解のないところに支えあいはあり得ません。そして互いの支えあいがないところに、希望は存在しません。

「信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る」とコリント人への手紙に記されていました。

神への信仰を持って、一つの体として、わたしたちは生きています。その信仰は、わたしたちが愛をもって、互いに支え合うように求めています。互いに支え合うときに、そこには希望が生まれます。

福音の光に導かれて生きようとする私たちは、神から賜物として与えられた人間のいのちが、その始まりから終わりまで、一つの例外もなく尊重されまもられなくてはならないと、あらためて強調します。人間のいのちを危機にさらすような現実を目の前にして、信仰における愛をもって、互いに支え合いましょう。その支えあいから、本当の希望を生み出し、互いに神における希望を持って、社会の現実を変えていきましょう。

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2019年2月 1日 (金)

教皇フランシスコ

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教皇フランシスコの来日がほぼ確実となってきましたが、バチカンの通例通り、半年前くらいにならないと確実な発表が行われませんので、まだ100%とはいえませんが、しかし教皇様ご自身がパナマへ行く機中で、「準備していてください」と言われたようですので、準備をしておきたいと思います。

教皇様のご意向のために、是非ともお祈りをこれまで以上にささげてください。同時に、教皇様の考えておられる教会のあり方について、信仰者の生き方について、少しずつ学びましょう。

これから折を見て、特に「福音の喜び」から、特徴的な言葉を、ごく短く紹介していきたいと思います。その一回目。

「私は出て行ったことで事故に遭い、傷を負い、汚れた教会の方が好きです。閉じこもり、自分の安全地帯にしがみつく気楽さ故に病んだ教会より好きです」49

少子高齢化の波は、当然日本の教会を激しく飲み込んでいます。そのためか、だんだんと将来の心配ばかりをするようになってしまっていないでしょうか。教会の中に、ある種の積極性があることは確かですが、それが後ろ向きの積極性になっていないでしょうか。確かに今あるものを失いたくないですし、護りたいですし、大切にしたいのですが、それでもやはり、福音を掲げて、前向きの積極性を持ち続け、常に福音における挑戦者であり続けたいと思います。

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去りゆく務め、新たな務め

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教区の司教職とともに、様々な法人や団体の理事とか評議員とか委員とかの務めをいただいております。任期が定まっている役も多々あり、時には終わりを迎えたり、またはある時には新たなお役目をいただいたりしております。

まもなく終わろうとしている務めは、カリタスアジアの総裁であります。国際カリタスは、世界を7つの地域に分けており、そのうちの一つがカリタスアジアで、現在はカリタスジャパンをはじめ、アジアの24のカリタスがメンバーとなっています。その総裁は、選挙で選ばれ、一期が4年で再選は一度のみ。同時に、国際カリタスの理事会でもある代表委員会のメンバーにもなります。

私は2011年3月に開催されたアジアの総会で総裁に選ばれ、一度再選されましたので、これで8年の任期が終わろうとしています。

この3月にバンコクでカリタスアジアの総会があり、そこで後任の選挙。さらに5月にローマで開催される4年に一度の国際カリタス総会の場で、任期が終了となります。

カリタスアジアの事務局は、タイのバンコクにあり、専任の職員を5名雇用しております。フィリピン出身の事務局長をはじめ、インドネシア、カンボジア、タイの出身者です。

多くの業務はメールやスカイプで済ませることができますが、それでもこの8年間、しばしばバンコクに出かけました。

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3月の後任の総裁選びは推薦選挙ですが、その総会の準備のために、臨時の地域委員会が1月末に開催されたので、23日と24日、バンコクへ出かけてきました。バンコクは、乾期で涼しいのですが、大気汚染がひどいらしく、マスクをしている人たちであふれていました。地域委員会は、マカオ、モンゴル、ミャンマー、パキスタンの代表委員と、国際カリタスの担当者に、私と事務局長。前後の日本での予定があったので、現地は一泊にし、深夜便で出かけて、深夜便で帰国。(上の写真は、会場となったバンコク市内の会議施設。まるで宇宙船のような建物)

終わりを迎える務めもあれば、新しい務めもいただいています。その一つが世界宗教者平和会議(WCRP)日本会議の理事職。今回が初めての理事会参加でしたが、その設立の中心的存在である立正佼成会の本部で会議が行われ、初めて、立正佼成会の本部大聖堂を目にしました。(WCRPについてはこちらのリンクからホームページへ飛びます

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大聖堂の立派な佇まいは言うに及ばず(写真上)、会議のあった法輪閣という建物も巨大で、それだけではなく、そこに働きわたしたちを迎えてくださる職員の方々の、丁寧で、また笑顔の美しいこと。そういえば、新潟教区の米沢で、殉教者の列福記念感謝ミサを行ったとき、千人は集まるという参加者のために、あの狭い殉教地に、朝一番で現れて、「お手伝いします」と手を貸してくださったのは、地元の立正佼成会の方々でありました。

日本の諸宗教の方々が集まり、平和について考え行動するこの団体の活動は、白柳枢機卿様も力を入れて協力していた活動ですので、互いにより良い世界の実現のために、できることを忠実に果たしていきたいと思います。ちなみに現在の理事長は、聖公会の首座主教であり、札幌の主教でもある植松主教様です。

これ以外にも、今年からの新しい務めとして、日本聖書協会の理事にも就任することになっています。

なお2月になっていますので、今月の主な予定を。

  • 2月02日(土) アレルヤ会講演会 (14時イグナチオ教会)
  • 2月03日(日) 日本26聖人殉教者祭 (9時半、本所教会)
  • 2月03日(日) ベトナム語共同体ミサ (15時、イグナチオ教会)
  • 2月04日(月) 司教顧問会など (教区本部)
  • 2月05日(火) カリタスジャパン会議など (潮見)
  • 2月07日(木) 常任司教委員会など (潮見)
  • 2月09日(土)10日(日) 雪の聖母祭 (山形、新庄教会)
  • 2月11日(月) スカウト東京BP祭ミサ (9時半 カテドラル)
  • 2月11日(月) 世界病者日のミサ (13時半 カテドラル)
  • 2月12日(火)~15日(金) 定例司教総会 (潮見)
  • 2月16日(土) 藤岡師、國枝師、納骨式 (11時 府中墓地)
  • 2月17日(日) 南山常磐会ミサなど (10時 カテドラル地下聖堂)
  • 2月18日(月) カトリック小学校連合音楽会 (10時半 午前のみ出席)
  • 2月18日(月) CTIC会議、ロゴス会議 (13時 潮見)
  • 2月22日(金) 聖書協会共同訳発行記念行事
  • 2月23日(土) 御受難会助祭叙階式 (13時半 秋津教会)
  • 2月24日(日) 八王子教会堅信式 (10時)
  • 2月25日(月) 司祭月修 (10時半 教区本部)
  • 2月25日(月) 平和旬間常任会議 (18時 教区本部)
  • 2月26日(火) カリタスジャパン会議 (10時 潮見) 

 

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2019年1月27日 (日)

碑文谷教会訪問

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本日の日曜日、目黒区にある碑文谷教会を司牧訪問し、ミサを捧げて参りました。碑文谷教会は、サレジオ教会と呼ばれて地域では親しまれ、教会の前のバス停も「サレジオ教会」です。

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日本の教会としてはちょっと珍しく、イタリアなどでよく見られる、聖堂の正面入り口が直接外の道路に面している造りで、門を通って塀に囲まれた敷地内にある聖堂に入るのではなく、歩道から直接聖堂に入ることができるようになっています。また、鐘楼はシンボル的で、表通りから入ってくるとちょうど正面にそびえて見えるようになっており、独特の雰囲気を醸し出しています。

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現在の主任司祭はサレジオ会のロロピアナ神父様。今日は助任の三島神父は、子どもたちの聖歌の伴奏に回り、協力司祭の張神父が共同司式してくれました。

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1月31日がドンボスコの祝日であることから、碑文谷教会では1月の最後の日曜日にそのお祝いのミサを捧げていると言うことです。また今日は子どもたちの参加するミサで、多くの子どもたちが聖堂の一番前に陣取って、素晴らしい歌声を響かせてくれました。

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また、このドンボスコのお祝いに合わせて、碑文谷教会では毎年、餅つき大会をしていると言うことで、今日もありました、餅つきが。わたしも、おいしい餅を頂いただけではなく、スータンの上にエプロンを羽織って(もちろん用意されていました)、ちょっとばかり餅つきに挑戦させて頂きました。

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碑文谷教会の聖堂については、教区のホームページにこう書いてあります。

「ロマネスク様式で、イタリア産の大理石が荘厳な落ち着いた雰囲気をかもしだしている。教会建設のためにイタリアの多くの人々の協力支援がなされた。故フェラリ修道士の力作である壁画や天井画は祈りの雰囲気を作り上げ、近年入れられたステンドグラスはキリストの生涯や、聖書や教会のシンボルなどを見事に映し出している」

美しい聖堂と素晴らしく活気に満ちた共同体でありました。今日の一日を準備してくださった皆様に感謝。

なお、25日金曜日の早朝、高円寺教会の司祭館で火事がありました。出火の原因は警察と消防で調査中です。ちょうどミサの時間であったため、主任司祭の吉池師をはじめ、怪我などをされた方はおられません。迅速に通報してくださった近隣の方々に感謝いたします。幸い近隣への類焼は免れましたが、早朝から近隣の方々にはご心配とご不便、ご迷惑をおかけしましたこと、大変申し訳ありませんでした。

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2019年1月21日 (月)

シノダリティ

東京教区の皆様には、新年の教区ニュースの冒頭でお願いしているとおり、宣教司牧の基本方針を策定するために、今年の聖霊降臨までに、多くの方の意見を伺いたいとお願いしているところです。(教区ニュースへのリンクです

具体的なお願いの詳細については、あらためて短い文書で、月末までに、各小教区にお願いをいたします。

でもその前に、今回のご意見を伺うに当たって、是非とも心にとめて頂きたい言葉があります。それが、「シノダリティ」です。

昨年10月のシノドス閉会ミサ後のお告げの祈りでの、教皇様のメッセージを、是非ともお読みください。このリンクに、中央協議会の翻訳があります。是非、ご一読を。

その中で、教皇様は、次のように言われます。

「それは「いやしと希望」のときであり、何よりも「傾聴」のときでした。傾聴するためには、時間、注意力、さらには心と気持ちを開け放つことが必要です。しかしその行程は、日々、いやしに変わっていきました」

互いの話に耳を傾け合うことの重要性です。その上で、

「傾聴というこの基本的な手だてを通して、わたしたちは現実を解釈し、現代のしるしを把握しようとしました。そして、みことばと聖霊の光のもとに、「共同体としての識別」が行われました。それは、主からカトリック教会に与えられたもっとも素晴らしいたまものの一つです。つまり、まったく異なる状況にある人々の発言や表情を集め、つねに福音の光のもとに、その現象の利点と複雑性を考慮に入れながら解釈しようとしたのです」

神の求める道はどこにあるのかを、識別するのです。それも一人でそうするのではなく、共同体としての識別です。そして、

「書面の文書を作成することを第一の目的としない「シノドス様式」です。書面の文書も貴重で有益なものですが、それ以上に、現状に即した司牧的選択をするために、老若男女が集まり、協力しながら傾聴と識別を行う方法を推進することが重要です」

「シノドス様式」と訳されている「シノダリティ」。東京教区の宣教司牧の方針を定めるに当たっても、シノダリティの道を歩みたいと思います。互いの意見に耳を傾けあい、共同体としての識別を重ねたいのです。

ですから、今回、意見を求めるにあったては、個々人の方のご意見ではなくて、二人三人が集まって形成する「共同体」の識別の結果を伺いたいと願っています。小教区全体では無理としても、何らかの形での複数の方の互いの分かち合いと傾聴と、その上での識別の結果をお聞かせ願えればと思います。

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キリスト教一致祈祷週間東京集会@小金井教会

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毎年この時期は、キリスト教一致祈祷週間です。今年は1月18日から25日まで、「ただ正しいことのみを追求しなさい」をテーマに、世界各国で開催されています。

東京教区のエキュメニズム委員会(油谷神父様担当)がプロテスタント諸派の方々と共同で企画をされた東京集会が、1月20日(日)の午後2時半から、カトリック小金井教会を会場に開催されました。

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この祈祷週間のために、小冊子が毎年用意されます。これは世界教会協議会(WCC)と教皇庁のキリスト教一致推進評議会が共同で作成するもので、これを日本キリスト教協議会(NCC)とカトリックで翻訳して利用しています。

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毎年特定の国などをテーマの中心に据えて準備が進められ、その国の教会や人々の状況に思いを馳せながら、祈りの集いがもたれていますが、今年はその対象がインドネシアの教会でした。(写真は、インドネシアの民族衣装を身にまとった、小金井教会主任の加藤豊神父様)

小冊子のテーマの解説には「人口2億6千5百万の86%がムスリムであるインドネシアは、世界最大のムスリム人口を有する国として知られています。しかし、残りの約10%は様々な教派のキリスト者です」と記されており、そこには2千万人を越えるキリスト者が存在していることを教えています。

多様な民族、言語、文化が存在する巨大な国では、多様性のうちに一致することが目指され、そのために時としてキリスト者には困難な状況も発生します。そのような中で、一致をもとめつつも、しかし自らの進む道を妥協することない信仰に生きようと、「ただ正しいことのみを追求しなさい」がテーマとして選ばれたようです。

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小金井教会の集会には、カトリックのみならず多くの教派の方が参加してくださり、聖堂は一杯でした。

礼拝の司式は私が、そして説教は、日本キリスト教協議会(NCC)の議長である渡部信師が行いました。

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確かに考えてみれば、異なるいくつもの教派が一つの名称で合同し、具体的に一つの教会として存在できると安易に考えることは、それぞれの教会に長い歴史の積み重ねがあり、教会のあり方自体に異なる見解がある現在では、非現実的であろうと思います。

しかしながら同じイエスを主キリストと信じ、同じ父を神とあがめ、同じ聖霊の働きを信じるものが、心において共有できるものがないはずがありません。わたしたちは同じ福音を信じているのですから、同じ方向を向いて、同じ価値観に支えられて、現実社会にその価値観を、それぞれの教会を通じてともに証ししていく務めを果たすという意味で、教会の一致が推進されることを祈らざるを得ません。

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