2018年11月20日 (火)

2019年の主日の予定

来年2019年の復活祭以降、日曜日の教会訪問などの予定についてお問い合わせを頂いております。今の段階ですでに予定されている2019年1月から12月の日曜の小教区などの訪問予定を、ご参考までに記載いたします。

  • 1月20日 一致祈祷集会小金井教会
  • 1月27日 碑文谷教会

  • 2月3日 本所教会 ベトナム共同体
  • 2月10日 新庄教会
  • 2月24日 八王子教会

  • 3月10日 一粒会総会
  • 3月17日 新潟教会
  • 3月24日 北町教会
  • 3月31日 茂原教会

  • 4月28日 千葉中央宣教協力体

  • 5月5日 フランシスカン・チャペルセンター
  • 5月12日 世界召命祈願日
  • 5月19日 フランス語共同体
  • 5月26日 国際カリタス総会

  • 6月2日 成城教会
  • 6月9日 聖霊降臨・合同堅信式
  • 6月16日 吉祥寺教会
  • 6月23日 築地教会、イグナチオ教会
  • 6月30日 豊四季教会

  • 7月7日 赤羽教会
  • 7月21日 高円寺教会

  • 8月18日 新潟教区
  • 8月25日 宮古教会

  • 9月8日 徳田教会
  • 9月15日 聖体奉仕会
  • 9月22日 葛西教会
  • 9月29日 青梅教会

  • 10月6日 あきるの教会
  • 10月13日 巡礼
  • 10月20日 新潟教会
  • 10月27日 大森教会

  • 11月3日 合同追悼ミサ
  • 11月17日 豊島教会

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2018年11月19日 (月)

東京国際カトリック青年の集い@関口教会

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東京教区の国際センター(CTIC)と主に海外出身の青年心とのグループが一緒に、東京国際青年の集い(TICYG: Tokyo International Catholic Youth Gathering)を東京カテドラルのケルンホールで11月18日の日曜日に開催し、15カ国出身の青年信徒が160名以上参加してくれました。

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午前中から集まった青年たちは、自分たちのコアグループの作成したプログラムに従い、7つのステージをクリアするグループゲームや、互いの分かち合い、それぞれの文化からの歌やダンスの披露などの交わりの時間を過ごし、最後に午後5時から、ケルンホールでミサを捧げ、一日の活動を締めくくりました。ミサは私が司式し、国際センター所長の高木神父、関口教会の西川神父、真境名神父が共同司式。

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今の日本には様々な国からやってきた人たちや、様々な国を背景に日本で生まれ育った方々が多くおられ、その中には信徒の青年たちも少なくありません。文化の違いや言葉の違いもあり、なかなか一緒になって一つのキリストの体を作っているのだという意識を持ちきれていないと感じます。お客さん的な扱いも、時に見受けられます。

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そんな中で、同じキリストにおける兄弟姉妹としてともに歩んでいくためには、互いを知り合うことが重要です。それぞれが抱えているそれぞれの人生の物語を、互いに分かち合うところから、互いの理解が始まり、支え合うことにつながることでしょう。

その意味で、今回の集まりは、海外をベースに持つ青年たちだけではなく、日本人の青年も多く参加したことには、大きな意味があると思います。プログラムの企画も、日本人を含むさまざまな文化的背景を持った人が集まって行いました。

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そして、私にとって一番重要だと感じたのは、その地の言葉で、つまり日本語でのミサが締めくくりのミサで会ったことです。プログラム中のアナウンスや語りは、すべて英語と日本語で行われました。ミサの私の説教も、日本語と英語でしたが、ミサ自体は日本語。生活の基盤のある国の言葉でのミサで一致することには、一緒になって一つの体を作り上げる道にとって大切なことです。

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もちろん司牧的な配慮として、それぞれの言葉でのミサや霊的生活は否定しませんし、必要であると思います。しかしそこだけに留まっていては、一つの体はできません。やはりそこを前提にした上で、基盤のあるその地の言葉での交わりと祈りは、重要です。

これからも、さらにこの輪を広げて、大きなキリストの体を育て上げていってください。

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江戸の殉教者記念ミサ@高輪教会

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11月18日の午前中10時から、高輪教会を会場に、江戸の殉教者記念ミサが捧げられました。高輪教会の記念ミサは今回が59回目。59年にわたって、毎年記念ミサが続けられてきました。

高輪教会のホームページには、次のような記載があります。

「1623年(元和9年)12月4日、宣教師を含む信者50名は小伝馬町の牢から 江戸市中を引き回され、東海道沿いの札の辻(現在の田町駅付近)から 品川に至る小高い地で、火刑に処せられました。中でも、下総(千葉)六万石の臼井城々主の長男、原主水がキリシタンの 中心的人物であったと記録されています。」

50名の中から、原主水は188殉教者の一人として列福されています。また205福者殉教者の中には3名の江戸の殉教者が含まれています。

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ミサの前には子どもたちによって、殉教の様子を再現した朗読劇もあり、小教区管理者である古郡神父も一緒に熱演しておられました。

ミサ後には、歩いて20分ほどの距離にある江戸の殉教者が処刑された地、札の辻まででかけ、祈りを捧げました。祈念碑がちょうどその地に建った高層オフィスビルの公開空き地になり、立ち入ってお祈りをすることができます。また東京都の史跡にも指定されているようです。

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ここでは、同じ宣教協力体の目黒、麻布からも司祭と信徒が参加。マルコ師(目黒)、稲川師(麻布)、古郡師(高輪)と一緒に祈りを捧げました。

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殉教者たちがいのちをかけて生き抜いた信仰。その勇気あるあかしの生き方に、現代に生きる私たちも倣いたいと思います。

確かに今の時代、私たちは当時と同じような肉体的な意味での迫害は受けていませんし、信仰のために「公」からいのちを奪われることはないのかもしれません。

しかし現実を見ると、神からの賜物であるいのちがその尊厳を奪われ、あたかも人間がその価値を決定できるかのような錯覚に満ちあふれた言動が後を絶ちません。

そういった現実の中で、いのちを最優先にし守り抜こうとすると、その行動自体が蔑視されてみたり、ときに命の危機にすら直面することもあります。

それはたとえば、障害のある人たちには生きる価値がないと切り捨てるような言動だったり、心優しい人たちが軟弱だとして追い詰められ、時にはいじめに遭い、命の危機にまで追い込まれたりする現実です。

ですから今の時代に合っても、すべての根本である私たちのいのち、神からの愛に満ちた賜物であるいのちを守り抜こうとする言動は、それこそ命がけです。わたしたちは命を守ろうとするから、愛の奉仕を行い、平和について語り行動します。信仰に生きることは、あの殉教者たちにのあかしの生き方にあるように、まさしくいまでも命がけであります。

信仰の先達である殉教者の取り次ぎによって、私たちも信仰を生き抜く勇気を頂くことができるように祈りましょう。

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2018年11月17日 (土)

第24回日韓司教交流会@議政府教区

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第24回目となる日本と韓国の司教団の交流会が、今年は韓国のソウルの北にある議政府教区(ウィジョンブ)にある「ハンマウム(一つの心)」青少年センターで11月13日から15日まで開催されました。

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毎年交互にそれぞれの国を訪れ、お隣同士の教会が互いに抱える福音宣教の課題について、学び、分かち合い、さらに相互の理解を深めるために行われており、今年は「青少年たちの現実と司牧の展望」と題して勉強会が行われました。ちょうど青少年をテーマにしたシノドスが開催され、そこに参加した司教が日本にも韓国にもいることから、時宜に適ったテーマとなりました。

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日本と韓国には同じ数の16の教区がありますが(韓国は15教区と軍教区で16)、教会の規模は韓国の方が遙かに大きいので、補佐司教の数も多く、参加者は日本からは全員の18名(引退された郡山司教も参加)、韓国からは24名(ベネディクト会大修院長を含む)となりました。

初日には駐韓教皇大使のシュエレブ大司教も参加され、ご挨拶をいただきました。大使は数年前まで、教皇様の個人秘書を務めておられた方です。

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初日には韓国と日本、それぞれの青年たちの主張と希望をまとめたビデオも上映され、さらに二日目には韓国科学技術情報研究院のパク・ヨンソ博士が、「第四次産業革命時代のAIと将来の展望」と題して、めまぐるしい科学技術の発展と、これからのAI時代の見通しについてお話しくださいました。

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また二日目午後には、信徒が先導した韓国カトリック教会の発祥の地でもあるマジェの聖地を訪問し、聖堂でミサをささげることもできました。またここでは、著名な両腕を失っている義手の芸術家による即興の水墨画作成の披露もありました。

規模を違うとはいえ、日本でも韓国でも教会における青少年との関わりには共通の課題も多く、また技術革新が激しく進む中で、私を含め高齢者の多い教会の指導層は肝心のコミュニケーションから取り残されているようなところもあり、これからの時代の新しい若いリーダーたちを見いだし育てていくことの重要性も、互いに確認しました。

来年の記念すべき25回目の交流会は、日本で開催されますが、会場は未定です。

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2018年11月12日 (月)

合同堅信式@新潟教会

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昨年12月に私が東京へ着座して以来、新潟教区には新しい司教が任命されていません。ですから新潟の司教座は空位です。そのため、いまでもわたしは、東京の大司教とともに、新潟教区の教区管理者を務めています。一日も早く、新しい司教様が新潟教区に任命されるよう、皆様のお祈りを改めてお願いいたします。

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さてそういうわけで、新潟教区の合同堅信式を、11月11日の日曜日午前9時半から、新潟教会で行いました。新潟の司教を私は13年間務めましたが、合同堅信式を行ったのは初めてです。主に新潟県内の信徒の方を中心に、14名が堅信の秘跡を受けられました。おめでとうございます。

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またこの日のミサでは、拝領後に、子どもたちの祝福の祈りも行いました。10名近い子どもたちが元気に集まっていたのには、うれしい驚きでした。心も体も健やかに育ちますように。

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ミサ後には信徒会館でお祝いの茶話会。前日から用意してくださった軽食を頂きながら、しかも準備された椅子では足りずに、椅子の補充をしなければならないほど多くの方が参加してくださいました。

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茶話会では、私の還暦のお祝いのケーキも頂き、また質問コーナーもあって、久しぶりに新潟での楽しいひとときを過ごしました。

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また前日の土曜日には、集会司会者、聖体授与の臨時の奉仕者の養成講座も行われ、全三回の二回目のこの日には、40名以上の参加者が、新潟県内だけではなく山形県からも、また遠くは秋田からも駆けつけてくださいました。講師は教区管理者代理の大瀧神父様。

ちょうど新しい集会祭儀の儀式書も出たことですし、これからの日本の教会の現状を考えたとき、集会祭儀をふさわしく行う養成を行うことは不可欠です。現実の司祭志願者の数と、現役司祭の年齢を考えれば、数年後には各地で、小教区すべての司祭を配置することは不可能となります。それはすでにいくつかの教区では起こっていることです。司祭の数の増減に左右されて、小教区の数を変更するべきではないのですが、かといってすべての小教区でこれまで通りのミサが行えるかどうかは、厳しい挑戦であると思われます。その中で信徒の方々がふさわしく役割をになってくださり、共同体の祈りの場を保ち続けることは重要です。これから、たとえば東京教区でも、集会祭儀の司会者のふさわしい養成が必要になると考えています。

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2018年11月 9日 (金)

合同追悼ミサの説教@カテドラル

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この数日は、いろいろなところでお話をさせていただく機会をいただきました。まず水曜日の午前中には、府中にあるミラノ会の総会で、集まっていた会員の皆さんに、東京教区の福音宣教についてお話しいたしました。ミラノ会の宣教師の皆さんには、東京をはじめ、各地での宣教司牧への貢献に感謝します。

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そしてその日の夕方には、上石神井にある神学院へ出かけ、神学生の静修でお話をさせていただきました。夕食後に一時間、そしてそのまま神学院に泊まり、翌朝に一時間。そしてお昼前には一緒にミサを捧げ、お昼を一緒にいただいて戻りました。

神学生たちを前にして思うこと。私が今60歳ですから、健康が許せばこれから15年間は司教職を続けることになります。そうすると15年後くらいに教会のリーダーとなっているのは、目の前にいる神学生たちであろうと思います。もしかしたらその中から司教が誕生するかも知れない。15年後が楽しみです。神学院はこれからの長い司祭生活の霊性の土台を築き上げる時期ですから、その時間を有効に生かしていっていただきたいと願っています。

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以下、先日11月4日午後に東京カテドラルでささげられた、合同追悼ミサの説教原稿です。

イエスをキリストと信じる私たちは、イエスに結ばれることで、「イエスを信じ、その御体を食べ、御血を飲む人々を世の終わりに復活させてくださる」のだと確信し、永遠のいのちに生きる大きな希望を持ちながら、この人生を歩んでいます。

同時に、「私をお遣わしになった方の御心とは、わたしに与えてくださった人をひとりも失わないで、終わりの日に復活させることである」と言われたイエスの言葉への信頼のうちに、いつくしみ深い神が、その深い愛をもって、すべての人を永遠のいのちのうちに生きるよう招かれていることも信じています。

葬儀や追悼のミサで唱えられる叙唱には、「信じる者にとって、死は滅びではなく、新たないのちへの門であり、地上の生活を終わった後も、天に永遠のすみかが備えられています」と私たちの信仰における希望が記されています。

わたしたちの人生には時間という限りがあり、長寿になったと言ってもそれは長くて100年程度のことであり、人類の歴史、全世界の歴史に比べれば、ほんの一瞬に過ぎない時間です。この世のいのちに限るのであれば、その程度の時間しか、私たちには与えられていません。

人生には順調に進むときもあれば、困難のうちに苦しむときもあります。よろこびの時もあれば、悲しみの時もあります。人生において与えられた時間の間には、自らの努力の結果を味わうことができないこともあります。仮に私たちのいのちが、人類の歴史の中における一瞬ですべてが終わってしまうとしたら、それほどむなしいことはありません。

しかし私たちは、歴史におけるその一瞬の時間が、実は永遠のいのち一部に過ぎないことを知っています。ですから私たちは、「人生が一瞬に過ぎないのであれば、その中で様々な努力をしたり善行をすることはむなしい」、などとあきらめてしまうことはありません。永遠のいのちの流れを見据えながら、わたしたちは常により良く生きるように努力を生み重ね、この命を懸命に生きたその報いが、永遠のいのちに必ずやつながっていくことを信じています。

昔、アフリカのガーナで働いていたとき体験したことを少しお話ししたいと思います。ガーナの人たちからしばしば、「祖先たちは今でも皆と一緒に生きている」と言うような話を聞いたことがあります。初めての家などを訪問すると、必ずライベーションが行われました。お酒を、祈りの言葉とともに、少しずつ地面に注ぐ儀式です。どうしてそうするのかと尋ねたとこと、「祖先たちは今でも皆と一緒に生きている」と言われたのです。

つまり、人は死んでいなくなってしまうのではなく、目に見えない形で生きていて、一緒にいるのだ。だから客人が来たら、祖先たちに、この人は悪い人ではないから機嫌を損ねないでほしいと酒を注ぐのだというのです。

祖先たちが一緒に生きているのだという感覚は、大切だとそのとき思いました。キリスト教の信仰に通じるところもあるからです。

私たちも、信仰宣言で「聖徒の交わり」を信じると宣言しています。そもそも教会は「聖徒の交わり」であります。私たちは地上の教会において、御聖体を通じて一致し、一つの体を形作っていること、互いに与えられた賜物を生きることによって体全体を生かす分かち合いにおける交わりに生きています。同時に教会は、地上で信仰を生きている私たちの教会が、天上の教会と結ばれていることも信じています。カテキズムには「地上で旅する者、自分の清めを受けている死者、また天国の至福に与っている者たちが、皆ともに一つの教会を構成している」と記しています。

ですから私たちは互いのために祈るように、亡くなった人たちのために祈り、また聖人たちの取り次ぎを求めて祈るのです。そのすべての祈りは、一つの教会を形作っている兄弟姉妹のための、生きた祈りであります。死んでいなくなってしまった人たちを嘆き悲しむ祈りではなく、今一緒になって一つの教会を作り上げているすべての人たちへの生きた祈りであります。

確かに、祖先たちは、ガーナで言われたように、死んでいなくなってしまった人たちではなく、今一緒になって生きている人たちだと言うこともできるでしょう。

伝統的な信仰の中で、死後すぐに私審判を受け、世の終わりの最後の審判までの間、煉獄で清めの時を過ごす霊魂のために祈ることが勧められてきました。その伝統はなくなってしまったわけではありませんし、教会の教えから、天国や煉獄や地獄がなくなったわけでもありません。

「死者のためのわたしたちの祈りは、死者を助けるだけではなく、死者がわたしたちのために執り成すのを有効にすることができる」とカテキズムに記されています。

私たちは、互いに祈り合う一つの教会に生きているのです。
私たちに先立って永遠のいのちへと旅立たれたすべての霊魂を、いつくしみ深い御父のみ手にゆだねましょう。また私たち一人ひとりも、神のめぐみといつくしみのうちにこの人生をより良く生き、いつの日か先達とともに御父のもとで、ともに永遠のいのちに与ることができるように、「旅する神の民にとって確実な希望と慰めのしるしとして輝いている」聖母マリアの取り次ぎのうちに、神の導きを祈り求めましょう。
 

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2018年11月 5日 (月)

東京教区青年の合宿、そして合同追悼ミサ


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東京教区の青年たちの合宿、「mass mass 楽しい」が、11月3日と4日、イエスのカリタス会管区本部を会場に行われ、60名を超える青年たちが参加しました。

主催は東京教区の青少年委員会。そのホームページには、今回の目的が次のように記されていました。

「神様のもとで、同年代の若者が集うこと。それが第一の目的です。 共に学び、語り合い、食事をし、ミサを受ける中で、仲間の広がりを大事にします。   

そして、ミサについて少しでも知って考えてもらうこと。

ミサに関して、分かっている / 分かっていない ひとまず置いておいて、ひとつひとつ大事な基本要素を学んでいきます。ミサの中で行われることひとつひとつに意味があって、それぞれに思いがあります。 ただ学ぶばかりではなく、ミサについて考え、若者によるミサを作ることを目的にします。

ミサについて、たくさん知っている人は、もっと深めるために、まったく知らない人は、この機会にちょっぴり知るために、興味ない人も、楽しさを見つけ出すために、単純に、仲間と楽しく過ごすために、ぜひ、この青年合宿参加してみてください。」

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というわけで「mass mass 楽しい」をテーマに、参加者は典礼について真剣に学び、いくつかのグループに分かれて意見を交わし、私たちの信仰の中心にある聖体祭儀への理解を深めたようです。

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わたしは二日目の10時から行われたミサを、司式させていただきました。事前にしっかりと学んだこともあり、よく準備され、また積極的に参加する、良い典礼であったと思います。修道院のシスター方も一緒に参加してくださいました。

準備したリーダーたちに感謝。もっとこの輪が広がりますように。

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そして、同じ11月4日の日曜日午後2時から、東京カテドラル聖マリア大聖堂で、合同追悼ミサを執り行いました。

11月は死者の月です。11月最初の日曜日に、府中と五日市のそれぞれの教区墓地と、納骨堂のある関口で、合同追悼ミサが行われています。関口の納骨堂にご親戚やご家族が眠っておられる方々を中心に、多くの方がミサに参加され、亡くなられた方々の永遠の安息を祈るとともに、地上の教会と天上の教会の交わりを心にとめ、互いに祈り合うことの大切さを再確認しました。

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復活の主を信じる者にとって、死は終わりではなく永遠のいのちへの門です。私たちは、目に見えるこの世の生活だけで、すべてが完結するものではないことを信じています。常に、永遠のいのちへの希望のうちに生きています。

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ミサの奉献では、亡くなられた方々を追悼して記入された名簿が奉納されました。またミサ後には、地下の納骨堂へ移り、祈りが捧げられました。

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亡くなられた方々の、永遠の安息を、心からお祈りいたします。

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60歳となりました

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11月1日は、私の60歳の誕生日でありました。多くの方々からお祝いの言葉やお祈りをいただいたことに、心から感謝申し上げます。これまでも多くの方々のお祈りによる支えをいただき、司教職をなんとか務めることができました。健康が許すならば、司教職の定年は75歳ですので、まだ15年も先があることになります。どうか皆様のお祈りによる支えをいただきますように、心からお願い申し上げます。お一人お一人に、御礼を申し上げることが適いませんので、この場を借りて、感謝申し上げます。

還暦ですから、何か赤いものを身につけるのが慣例ですが、先般行われた東京教区の司祭研修会では、伝統的な還暦の衣装をいただきました。その写真は、白黒ですが、教区ニュースの最新号に掲載されています。

カリタスジャパンのチームからは、10月末に行われた全国担当者会議の懇親会で、Share the Journeyキャンペーン(日本では排除ゼロキャンペーン)のTシャツを、記念にいただきました。もちろん赤色のTシャツです(写真上)。

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そこでもお祝いのケーキをいただきましたが、日曜日のイエスのカリタス会管区本部で行われていた教区の青年の集まりでも、ミサの後の振り返りの集まりで、お祝いのケーキをいただきました。配慮してくださった青年のリーダーたちに感謝します。(写真上)

これからも、職務に忠実で、そして懸命に使命を果たしていくことができるように、皆様の変わらぬお祈りをお願いいたします。

感謝のうちに。

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2018年10月31日 (水)

日曜日は清瀬教会へ、そして・・・

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10月28日の日曜日は、清瀬教会を訪問し、10時の主日のミサを、主任司祭の伊藤淳神父と一緒に捧げました。

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もちろん聖堂に一杯の信徒の方々が集まり祈りをともにしてくださったことは大きなよろこびですが、同時に侍者をしてくれた『少年・少女』が10名もいたことに、ちょっと感動。これからも、楽しく教会に通い続けてくれることを、期待してます。

また、清瀬教会にも長年にわたってフィリピン出身信徒のグループがあり、みなと一緒に協力しながら共同体を育てている姿が印象的でした。

カトリック教会は、日本において、「日本人の教会」や「フィリピン人の教会」など「○○人の教会」を生み出さないようにしたいと思っています。なぜなら私たちの教会は、「一つの教会」です。キリストの教会です。信仰は一つ、洗礼は一つ。同じキリストの元に集まっている教会です。日本に生まれた人も、海外からやってきた人も、同じ神を信じ、同じキリストの名の下に集まるとき、おなじように安心して心やすく、信仰生活を歩めるようにすることが重要だと思います。ですから教会は、もちろん不安定な立場にあり、文化の違いに戸惑う人たちに手を差し伸べますが、同時に、同じいつくしみの心を持って、日本に生まれた多くの人たちの生きる困難さにも寄り添い手を差し伸べる存在でありたいと思います。

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ちょうどバチカンでは若者をテーマにした世界司教会議(シノドス)が終了しました。最終文書が中央協議会でいずれ翻訳されますが、参加された勝谷司教からも様々な発信が始まることが期待されます。これからの次代を担う青年たちが、文化や国籍の違いを乗り越え、外にも内に心を配りながら教会共同体を生かしていくように、失敗を恐れず歩み始めることを期待しています。

11月4日には青年たちの集まりがイエスのカリタス会を会場に行われ、これには主に日本人共同体の青年たちが集まります。そして11月18日にはCTIC主催で、国際青年の集いがカテドラルで行われます。近い将来、この二つが合同して、一緒に歩みを初めてくれることを、心から願っています。

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清瀬教会では、ミサ後に30分間お話をさせていただき、その後30分間の質疑応答をいたしました。時間があれば、ほかの教会を訪問したときにも(堅信式など行事がないときには)こういう質疑応答の時間も持ちたいと思います。

そしてその後は懇親会。準備してくださった皆さん、ありがとうございます。

この日は、清瀬教会からの帰り、お隣の小平教会へちょっと立ち寄りました。ちょうどサンマを焼く集まり中。おいしいサンマをいただきました。ごちそうさま。小池神父様が率先してサンマやらなにやら、バーベキュー係のように働く姿が光ってました。

そしてそのまま、米軍の横田基地の横を通過して八王子へ。

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八王子にある、師イエズス修道会の日本管区本部修道院へ。この日が会のお祝いの日だと言うことで、管区本部と、その隣にある修道院のシスター方があつまり、午後4時半からミサ。ミサ後は一緒に夕食をいただき、シスター方からの合唱の歓迎もありました。

今更言うまでもなく、師イエズス修道会のシスター方は御聖体の前での祈りとともに、典礼のために奉仕してくださるカリスマで、教会関係者なら必ずお世話になる典礼用品店「ピエタ」を運営しておられます。シスター方の使徒職に、感謝します。今月10月は、東京教区のために取りなしの祈りをしていただきました。感謝。

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2018年10月27日 (土)

聖オスカル・ロメロ大司教列聖感謝ミサ@東京カテドラル

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去る10月14日にローマにおいて列聖されたエルサルバドルの殉教者、聖オスカル・ロメロ大司教の、列聖感謝ミサが、本日10月27日の土曜日午前10時から、東京カテドラル聖マリア大聖堂でささげられました。

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私が司式し教皇大使が共同司式された今日のミサは、エルサルバドル大使館の主催で行われました。駐日エルサルバドル大使のマルタ・リディア・セラヤンディア・シスネロス 閣下が、8月の中頃に大司教館においでになり、是非とも母国の偉大な聖人の列聖に感謝してミサを捧げたいと希望を述べられたことからすべてが始まりました。(上の写真、右端がエルサルバドル大使、その隣は教皇大使)

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今日のミサには、東京在住の外交団からも、大使の招きに応じてたくさんの方が参加してくださいました。また信徒の方々もおいでくださったことに感謝します。

また聖オスカル・ロメロ大司教は、国際カリタスの保護の聖人の一人でもあります。そのこともあり、今回カリタスジャパンでも列聖記念のカードを作り、今日のミサでも受付などで協力させていただきました。

エルサルバドルの兄弟姉妹の皆さんに、心からお祝いを申し上げます。

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以下、本日のミサの説教の原稿です。

1980年3月24日午後6時ころ。エルサルバドルの首都サンサルバドル教区のオスカル・ロメロ大司教は、住まいとしていた神の摂理病院の聖堂でミサを捧げておられました。午後6時25分、説教を終えて奉献に移ったところで、聖堂の扉の陰に隠れていた暗殺者の放った銃弾によって、聖オスカル・ロメロ大司教は殉教の死を遂げました。 

去る10月14日、教皇フランシスコはサンピエトロ広場で行われたミサの中で、7名の方々を聖人として宣言し、その中には、第二バチカン公会議を主導した聖パウロ6世、そしてエルサルバドルの殉教者聖オスカル・ロメロ大司教が含まれています。

聖オスカル・ロメロ大司教は、エルサルバドルの方々にとって尊敬するべき聖人であるとともに、全教会にとっても、そして特に私が長年にわたって担当させていただいている教会の人道援助団体である国際カリタスにとっても、重要な位置を占める聖人であります。

世界各地160を越える地域のカリタスを束ねる国際カリタスは、3名の保護の聖人を定めています。一人目は、聖マルチン・デ・ポレス。1579年にペルーのリマで生まれたドミニコ会士は、謙遜のうちに生き、祈りに多くの時間をささげ、人種や皮膚の色、社会的地位によらず、すべての人を大切にし、貧しい人たちに奉仕した聖人です。困難に直面する人たちへの奉仕の模範の聖人です。

もう一人は、コルカタの聖テレサ。マザーテレサとして有名な聖女について、あらためて説明するまでもないと思います。

そして三人目が聖オスカル・ロメロ。『友のために命をささげる。それ以上の愛はない』と言うイエスの言葉を、人生のすべてをかけて、その行いと言葉で証しをした聖人です。

『友のために命をささげる。それ以上の愛はない』と、聖書の言葉を口で繰り返すことは難しいことではありません。しかし、現実の苦しみと困難の中で、また自分のいのちの危機が迫っている中で、本気でこの言葉を口にし、その言葉通りに真摯に生きることは、簡単なことではありません。

わたし自身の、アフリカでの様々な体験からも、いのちが危機に瀕しているいざというときにあってでさえも、そのように行動しようと決断することは、大きな勇気と深い信仰の力を必要とします。そして、その「大きな勇気と深い信仰の力」は、今必要だからと即席に身につけることができるものではありません。人生をかけた決断は、人生の中での信仰の積み重ねによって初めて可能になります。

ロメロ大司教の人生は、まさしくその積み重ねが生み出した、「友のために命をささげる。それ以上の愛はない」を具体的に生きた人生であります。

オスカル・ロメロが大司教となったのは、エルサルバドルで富裕層と結託した軍事政権が、抑圧的な支配によって、数々の人権侵害が起こっていた時代でした。70年代、貧富の格差にはすさまじいものがあり、貧困層の農民の声を代弁しようとする教会の指導者が多く現れ、軍部や富裕層と激しく対立していました。そのような中で、聖オスカル・ロメロは首都サンサルバドルの大司教に任命されました。

ロメロ大司教は、最初から先頭に立って権力に対峙するような過激な人物ではなく、穏健派とみられていたと言われます。聖人を個人的に知っている人たちは、すくなくともその頃、聖オスカル・ロメロが将来殉教者になるなどとは、誰も想像していなかったと言います。ただ、ロメロ大司教はサンサルバドルに任命される前の3年間、司教を務めたサンチアゴ・デ・マリア教区において、農民に対する激しい抑圧に衝撃を受け、圧迫され搾取されている貧しい農民たちのために何かをしなければならないという思いを強めていたと言われます。

ロメロ大司教が1977年2月22日にサンサルバドル教区に着座した直後、3月12日、イエズス会のルティリオ・グランデ神父が、ミサに向かう途中、殺人集団によって暗殺されました。貧困層のために尽くしていたグランデ神父は、ロメロ大司教の個人的な友人でもありました。

この日を境にロメロ大司教は、保守的で政治に無関心な人物から、貧しい人たち、権利を奪われている人たちのために積極的に発言し、行動するリーダーの立場を明確に生きるようになったと言われます。その決断は、当然、自らの命を危険にさらすものでありました。そしてそのような人生を賭した決断は、簡単にできるものではありません。信仰における勇気は、簡単に手にすることができるものではありません。そこには長い年月の霊的な蓄積があり、堅固な信仰の基盤があったからこそ、自らの信じる福音に忠実に生きようとする決断をすることができたのだと思います。

翌日曜日、ロメロ大司教は教区内のすべてのミサを中止にして、カテドラルでの司教ミサに集まるように呼びかけました。集まった10万人以上の前でロメロ大司教は、「だれでもわたしの司祭に手を出すものは、私に手を出すのだ」と宣言します。そして軍部による誘拐、監禁、拷問、殺害などあらゆる人権侵害の事案について調査する委員会を立ち上げ、被害者の家族を援助する仕組みを構築しました。

そういった彼の「変身」を快く思わない人々は様々な圧力をかけ、とうとう1979年9月には、殺害予告がロメロ大司教のもとに届いたのです。

そして運命の1980年3月24日。その前日のミサの説教でロメロ大司教は軍人たちに向かって語りかけ、倫理にもとる命令には従う義務はないとさとし、こう締めくくりました。「神の名において命じる。抑圧を止めなさい」

10月14日の列聖式ミサで、教皇フランシスコは次のように呼びかけました。
「ロメロ大司教は、福音にしたがって自分の命をささげようとして、貧しい人たちや友と一緒にいるために、イエスとその兄弟姉妹のために心を割いて、この世における安住と自分の身の安全さえも手放しました。」

その上で教皇は、「イエスはラディカルです。彼はすべてを与え、すべてを求めます。完全な愛を与え、揺らぐことのない心を求めます。今日でも主は、ご自身を生きたパンとして与えられます。私たちは、せめてパンくずくらいでさえも、主にお返しできるでしょうか」

友のために、兄弟姉妹のために、その命を危険にさらすことを恐れず戦った聖オスカル・ロメロ大司教は、62歳で殉教の死を遂げました。すべてを与えられた主イエスに、すべてを返されました。

私たちも、聖人の取り次ぎのよって、勇気を持って福音に生きることができるように、祈り続けましょう。

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