2017年11月21日 (火)

新潟司教として最後の司牧訪問@新庄教会

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11月19日の日曜日、山形県の北部にある新庄教会を司牧訪問し、主日ミサを捧げてきました。

わたしは、まもなく12月16日から新潟司教ではなくなるわけですが、その新潟司教としてこれまで13年間、秋田県、山形県、新潟県内にある30を越える教会共同体を、「公式訪問(司牧訪問)」という名称で訪れてきました。ときにはそういう機会に堅信式も行われたりしましたが、基本的には教区の中のそれぞれの教会共同体の方々とともに祈り、ひとときを過ごし、少しでも現実を理解するためにと、これまで続けてきました。

その、新潟司教としての最後の「公式訪問(司牧訪問)」が、この日の新庄教会です。最後の訪問としてわざわざ予定されたのではなく、たまたまですが、もともとの年間予定の中で、この日に新庄を訪れることになっていたのです。しかしそれはある意味わたしにとって、非常に象徴的な共同体を最後に訪問することになりました。新庄教会は、わたしにとって、新潟教区内の大切な教会共同体の中でも、とりわけ大切な教会共同体の一つだからです。

この教会が誕生した経緯は、こちらの以前の「司教の日記」をご覧下さい。リンクです

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2010年に、この地域で暮らすフィリピン出身の信徒の方々と(多くがこの地域で結婚している人たち)、以前からおられた日本人の信徒の方々が一緒になり、教区内外の多くの方の支援で誕生しました。わたしの記憶が正しければ、その頃、90名近い共同体の信徒の中で、日本人信徒は3名だけだったと思います。

教会ができた当初から、主にフィリピン人のお母さんたちの共同体でしたが、一つだけ要求をしました。それは日本にある教会なのだから、基本的に日本語でミサをするように。ときに外から司祭を招いてそれぞれの言葉でミサや黙想会があっても良いけれど、日曜日のミサは基本的に日本語でと、それだけを要求しました。彼らの子どもたちやご主人たち、そして地域の人たちへと教会の輪を広げるためには、日本語で教会を造ることが不可欠だと思うからです。

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ですからこの日のわたしのミサも、日本語でした。ミサの最後に、皆さんのメッセージと花束をいただいたので、そのお礼の言葉だけは英語で話しましたけれど。

前日の土曜の晩に、いつものように何人か集まって、一緒に夕食会になりました。この楽しい夕食会は、ときに近隣の住民も巻き込んで、いつも明るい笑い声が絶えない新庄教会のシンボルになっていると思います。

これからも、地域に根ざした共同体を、この地で育て上げ、地域の人たちにも、その笑顔の源であるイエスとの出会いを広げていって下さることを、新庄教会の皆さんには期待しています。

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なお、これで公式訪問は終わりですが、次の日曜日、11月16日の王であるキリストの主日は、例年通り、新潟教会でミサを捧げます。

山形はこの日大雪が降り始めていました。新潟の帰り道、小国のあたりの峠道は、すでに除雪車が大活躍していました。わたしの車も直前に、冬タイヤに変えておいて助かりました。

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2017年11月15日 (水)

聖地巡礼を終えました

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聖地巡礼から,先週の土曜日、11月11日夜に帰国しました。以前から予定されていた巡礼だったとはいえ、このたび東京への任命をいただき,新しい場へ移る前に、霊的な準備をする機会をいただきました。(写真上、オリーブ山からエルサレム旧市街を望む)

わたしと添乗員を含めて16名の巡礼団でしたが、結構平均年齢は高かったと思います。聖地巡礼は,エルサレム旧市街など思いの外歩かなくてはならないのですが、皆さん元気に健脚を披露してくださいました。また今年司祭叙階銀祝を迎えた鶴岡教会の伴八郎神父も,同行してくれました。

また数年前に比べて,政治や治安状況が安定しているためか、観光客や巡礼者が戻ってきているようで、どこに行っても駐車場に入りきれないほどのバスが列をなし、重要な巡礼地では長時間列に並ぶこともありました。

それでも今回初めて,ガイドの方に無線のイヤホーンガイドを使ってもらったのですが,これがガイド以外にも役に立ちました。まずは旧市街での十字架の道行き。人混みの中で,大声で祈るわけにも行きませんので、イヤホーンガイドを使って一緒に祈ることができました。そして長蛇の列になった聖誕教会。待っている間に,皆で一緒に小さな声でロザリオを唱えることができ、長い待ち時間も祈りのうちに過ごすことができました。(写真下、エインカレムの洗礼者聖ヨハネ誕生教会小聖堂でのミサ)

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今回の巡礼は、まずガリラヤ湖畔から始まり、ティベリアに三泊しながら,イエス様が弟子たちと過ごした地を訪れました。その後、国境を越えてヨルダンへ行き、モーセの終焉の地であるネボ山で約束の地を望みながらミサを捧げ、世界遺産でもあるペトラの遺跡も訪ねました。(写真下、ヨルダンのペトラ遺跡)

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その後、ネボ山近くのヨルダン側の死海湖畔で、死海遊泳。再び国境をわたり、エリコからベトレヘム、そしてエルサレムと進みました。(写真下、ベトレヘム郊外の羊飼いの野の教会で,伴神父と)

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巡礼の地はどこでも感動しますが、わたしにとって今回は、とくにモーゼが約束の地を望みながら入ることができないと神から告げられたネボ山が印象深くありました。人間の望み通りにはならない。神の計画が成し遂げられることを,心に刻み込まれました。

参加してくださった方、お祈りくださった方、ありがとうございます。

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2017年11月 5日 (日)

聖地巡礼中です

今週は,かねてより予定されていた聖地巡礼中です。参加者全員元気で、日曜の朝を迎えました。今日は、カナで主日ミサの予定です。写真は今朝のガリラヤ湖の朝日。

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2017年11月 4日 (土)

東京の着座式について

先日教皇様からいただいた東京教区大司教の任命ですが、任命されますと2ヶ月以内に,その新しい司教座に「着座」をしなければならないと定められています。

わたしは東京教区司教座に,正式に着座をするまでは,新潟教区の教区司教です。

その着座式は、12月16日土曜日の午前11時から、東京教区のカテドラルである関口教会で行われることになりました。お時間がありましたら,ご出席くださり、一緒にお祈りください。

また、新潟教区の教区司教を離れるに当たり、新潟教区では離任ミサをしてくださることになりました。それは着座式の一週間前、12月9日土曜日の午後1時から、新潟教会で行われます。こちらも参加していただけると幸いですが、ただ東京とは異なり新潟教会の聖堂は300人ほどしか収容できませんので、そのことはご承知おきください。

新潟教区の司教座は、12月16日から「空位」(教区司教が任命されていない状態)となります。しかし教区は生きていますから、教区管理者が任命されます。それについては、空位期間が始まってから、発表となります。

なお、東京教区の皆さんにあっては、わたしが着座後即座に、ばりばりと東京で働くことをご期待いただくのやもしれませんが、もうしわけない。

なにぶん年末から来年1月末までは,すでに数年前からお約束した事などが山積みで、それを順番に行っていかなくてはならず、そのため東京への引っ越しも着座式以降になろうかと思います。もちろん着座式前に,少しずつ東京に住むことができるようにはいたします。ですから何月何日をもって,きれいに新潟を去り,東京へ移りました、とはならないことをも,ご承知おきください。

どうぞみなさまのお祈りによるお支えを,心よりお願いいたします。

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2017年10月29日 (日)

酒田教会50周年で堅信式ミサ@山形県酒田市

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東京に移ることが急遽決まったため、新潟司教としての司牧訪問は、予定されているあと二つを残すのみとなりました。

そのうちの一つ、酒田教会を本日の日曜日に訪問し、ミサを捧げました。主任司祭は鶴岡と兼任で神言会の伴神父。ちょうど今年は酒田教会ができて50年になり、そのお祝いと、先週に続き主任司祭の伴神父の叙階銀祝のお祝いなど、様々な祈りを込めたミサでした。

ミサの中ではおひとりの方が、堅信の秘跡を受けられました。おめでとうございます。

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酒田教会は、住宅地にある小さな教会で、いつもは10数名の方がミサに参加されると伺いました。今日は、7年前に亡くなられた信徒の方の追悼も含まれていたので、そのご家族も参加され、20名を超える方で小さな聖堂は一杯でした。

ミサ後には聖堂隣の部屋で、食事会が催されました。終わりには伴神父さまの銀祝のために用意されたケーキと、さらにはわたしの東京大司教任命を祝って、もう一つのケーキまで用意していただきました。感謝します。

台風が接近して荒れ模様でしたが、温かく、それこそ「家庭的」な酒田教会のもてなしに、心温まって新潟へ戻りました。

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上の写真は、酒田教会の会議室に掲げられているものですが、コリント人への第一の手紙1章27節以下の言葉。ちょっと今の状況から、心に語りかけるものがありました。

新潟司教として最後の司牧訪問は、新潟教会を除けば、11月19日の新庄教会を残すのみとなりました。

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2017年10月26日 (木)

東京大司教の任命をいただきました

教皇様は昨日10月25日、東京教区のペトロ岡田武夫大司教の定年に伴う引退願いを受理されました。その上で教皇様は、後任の東京大司教に、わたしを任命されました。

東京での着座式は12月中頃を予定していますが、決定次第、お知らせいたします。

東京は信徒数から言えば9万人を超えて、日本で一番大きな教区です。わたしは東京に住んだことも、そこで働いたこともありません。まったく何をどうしたらよいのか見当もつかない中での任命で、教皇大使から内示を受けてからのこの数日、そして今でも、大きな困惑のうちにおります。どうぞ務めを忠実に、より良く果たすことができるように、みなさまのお祈りをお願いいたします。

またこれまで13年間、司教として育ててくださった新潟教区の皆さんには、心から感謝申し上げます。以下、今回の任命にあたって、新潟教区の皆さんに向けた挨拶のビデオです。

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2017年10月22日 (日)

伴神父の銀祝と堅信式@鶴岡教会

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山形県の鶴岡教会で、本日、主任司祭の伴八郎神父の司祭叙階25周年(銀祝)の感謝ミサと、4名の方の堅信式ミサを執り行いました。伴神父さま、そして堅信を受けられた皆さん、おめでとうございます。

鶴岡教会の聖堂は、一般の市民の方々にも「天主堂」として親しまれ、国の重要文化財に指定されています。献堂は1903年。初期はパリ外国宣教会の宣教師が担当し、その後は神言会、そしてイエズスマリアの聖心会、そして現在は再び神言会会員の伴神父が担当しています。

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伴神父は、社会で働かれてから修道会に入られた方で、叙階25周年を迎えた今年に70歳になられました。しかしとても70歳には見えません。若々しい。名古屋の神言会の神学院に入った年からいえば、わたしの後輩になりますが、若い神学生たちと一緒に養成を受けたこともあり、いつまでも若さを保っておられるのかもしれません。次は金祝ですが、そうすると彼は95歳ですね。今の時代、不可能ではない。

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今日のミサには、秋田教会から同じ神言会のホー神父、そして新潟から教区のアンリ神父もお祝いに駆けつけ、一緒にミサを捧げました。

あらためて、伴神父さま、そして堅信を受けられた皆さん、おめでとうございます。来週の日曜はお隣の酒田教会で訪問で、これもまた伴神父が担当。今度は酒田教会の50年をお祝いします。

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2017年10月21日 (土)

カリタスアジアの会議でバンコクへ

今週は、火曜日と水曜日にタイのバンコクで、カリタスアジアの理事会にあたる地域委員会(Regional Commission)が開催されたので、出かけてきました。

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カリタスアジアの地域委員会は、アジアに四つある地域の代表(現在はミャンマー、マカオ、モンゴル、パキスタン)と総裁であるわたしで構成され、今回の会議には、国際カリタスからアジア担当と、カリタスアジアの事務局長が参加しました。(上の写真は19日から開催された中央アジアの研修会参加者)

今回の会議はバンコク市内のビルにあるカリタスアジアの事務局で行い、火曜日朝9時のミサで開始。現在事務局には、フィリピン出身の事務局長と、5名のスタッフ(タイ出身2名、インドネシアとカンボジアからそれぞれ1名ずつ。そしてプロジェクト関連でドイツ人スタッフが一名)が常駐しています。現在はタイの司教協議会の協力で、その一部として運営しタイ国内では登録されていますが、現在、タイの法律に従って、NGO法人としての登記を目指して各方面との調整が続いています。今回の理事会ではそのあたりの対応と、会計や今後の活動計画について話し合いが行われました。

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カリタスアジア自体は独立して活動する団体ではなく、アジア各地に24あるそれぞれの国のカリタスの調整と研修の提供、その他の地域のカリタスとの協調プロジェクトの調整にあたっていますが、近年、国際カリタスの方向性に合わせて、組織としての能力強化に関連する研修プログラムが多数組まれており、その企画実施が主な仕事になっています。アジアに24あるそれぞれの国のカリタスは、カリタスジャパンもその一つでですが、資金的にも規模的にも異なっており、それぞれがカリタスの名称を背負って責任を持って活動するためにも、組織能力の強化は不可欠になっています。(上の写真はカリタスアジア理事会)

今回は、この理事会直後の19日木曜から21日土曜まで、中央アジア地域のカリタスのためのワークショップも開催され、わたしは時間の都合もあったので、19日の部分にだけ顔を出してその晩の深夜便で帰国しました。

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中央アジアにはカザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、キルギス、モンゴルの5つのカリタスがあり、現在キルギスが国際カリタスのメンバーとなるための最終的な手続きを進めているところです。それぞれが教会自体が小さな国ですので、カリタスもまだできたばかりで、これからの能力向上と組織強化のために研修と、他のカリタスからの協力が欠かせません。

今回の研修には、モンゴルから司教さんが、そしてキルギスとタジキスタンからは教区管理者が参加してくださいました。

教会にとって愛の奉仕は付け加えではない、というのは、ベネディクト16世が「神は愛」の中で強調されたことです。「神は愛」にこうあります。

「教会の本質はその三つの務めによって表されます。すなわち、神の言葉を告げ知らせること(宣教とあかし)、秘跡を祝うこと(典礼)、そして愛の奉仕を行うこと(奉仕)です。これらの三つの務めは、それぞれが互いの前提となり、また互いに切り離すことのできないものです。教会にとって、愛のわざは、他の人に同じように任せることのできる福祉活動の一つではありません。それは教会の本質の一部をなし、また、欠くことのできない教会の本質の表現です。(「神は愛」25)」

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多くの国で、教会に生きるすべての方々が、このベネディクト16世の言葉をかみしめ、困難に直面する人々に福音のあかしである愛の奉仕のわざの心をもって、手を指しのべる勇気を持つことが出来ますように。(上の写真は中央アジア研修会の様子)

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2017年10月15日 (日)

高田教会で堅信式@上越市

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本日の日曜日は、新潟県の上越市にある高田教会で、堅信式でした。7名の方が堅信の秘跡を受けられましたが、そのうちのおひとりは今日のミサの中で、まず洗礼の秘跡も受けられました。皆さん、おめでとうございます。

上越市には高田教会以外にも直江津教会があります。また近隣には、巡回となっていますが妙高教会、そしてさらに富山との県境に糸魚川教会があります。これに柏崎教会をあわせて5カ所の教会を、フランシスコ会の会員が司牧を担当してくださっています。 

以前はすべての教会に司祭が常駐していました。高田教会は、今現在でもそうなのですが、フランシスコ会の高田修道院としての役割も果たしています。 

ところが近年、海外から来られていた宣教師会員の高齢化と引退が進み、いまでは、残っている宣教師の会員は柏崎教会のバッシ神父さまのみ。それ以外の教会は、すべて、伊能神父が主任で、南雲神父が協力司祭。それ以外にはお二人のブラザーが共住されています。 

今日は伊能師が所用で不在。南雲師が、健康を回復され高田に復帰され、一緒にミサを捧げました。南雲神父さまとは、神学院などで典礼を教えておられ、司教団の典礼委員会の重要なメンバーでもあります。 

ミサ後には受堅者と一緒に祝賀会。以前は受堅者と家族だけの祝賀会でしたが、今回は信徒の方も残れる方は皆で参加する祝賀会。途中で会場を広げなくてはならなくなるほど、大勢の方が参加してくださいました。 

司祭が高齢化が進み、今やこの地域でも主任司祭の兼任もあり、時として集会祭儀を行うことも増えてきました。確かにこのことを悲観的に捉えることもできるでしょうが、わたしは、良い機会として生かしていただきたいと、願っています。司祭が切り盛りする教会に、客としてやってくる様な構図ではなく、司祭と一緒に信徒が様々な責任を担っていくことにより、教会共同体はさらに成長していきます。それを通じて、教会共同体に対する一人一人の責任感と、福音宣教への積極的な意識も、育てることができる、そういう機会になるのではないかと思うのです。みんなで一緒に、教会を生かしていきましょう。優しさといつくしみにあふれる場にしていきましょう。交わりの魅力を発信する場としていきましょう。

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2017年10月 9日 (月)

本荘教会堅信式@由利本荘市

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昨日、10月8日の日曜日は、秋田県の由利本荘市にある本荘カトリック教会で、堅信式を行いました。(上の写真。市街地の左後方は鳥海山。教会は右下の一群の緑色の屋根)

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本荘教会は秋田県南部にあり、主任司祭は桃田清明師(神言会員。上の写真中央)。教会に隣接する本荘カトリックこども園の園長も兼任されています。堅信を受けられたのはお二人で、そのうちのお一人は、お隣の秋田市にある土崎カトリック教会の信徒の方でした。

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本荘教会は、秋田県内の他の教会と同様に小さな共同体です。日曜日のミサには20名ほどの方が参加されると伺いました。地域の人口そのものが減少する中で、これからも地域における福音の小さいけれど確かな光として輝き続けて下さることを期待しています。

説教の中でも少しお話しいたしましたが、先日の福音宣教省長官来日にあたっての教皇様の司教団へのメッセージに、次の様に記されていました。

『日本の教会には、イエスから託された使命の選択を絶えず新たにし、そしてさらに「地の塩」「世の光」であることが緊急に必要なことなのです。殉教者たちの教会、証聖者たちの教会であったという皆さんの教会がもつ福音宣教の真の力は、守り、かつ発展させるべき偉大な宝です』(メッセージ全文はこちらのリンクから)

厳しい現実の中に存在する小さな共同体ですが、小さいけれど世の光となり、小粒ではあるけれど地の塩となることで、福音をあかししていくことは可能です。そしてわたしたちの教会には、長年にわたって受け継いできた殉教者の信仰における心意気があります。殉教者たちの模範を心に留め、その心意気に倣い、それぞれが生きる場で、福音をあかしする存在となっていきましょう。

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ところで今年のノーベル平和賞受賞者の発表がありましたが、核兵器廃絶のために国際的なキャンペーンを行っているNGO、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)にその栄誉が与えられることになりました。心から賛辞を送りたいと思います。核兵器廃絶には様々な道が存在するのだと思います。日本政府を始め、いわゆる核保有国は、先般署名式が国連の場で行われた核兵器禁止条約を通じて廃絶を目指す道とは異なる道を選択されています。その道は様々あれど、同じゴールを目指しているはずです。そのゴールを忘れることなく、いつの日か、この夢物語が現実となる様に、不断の努力を続けていかなくてはならないでしょう。

教会は、長年にわたって核兵器廃絶を訴えてきました。教皇ヨハネ23世の表した「地上の平和」に始まって、今に至るまで、繰り返しの呼びかけを行っています。先日5月の司教の日記にそのことを記していますので、こちらのリンクをご覧下さい

また聖座(バチカン)は、9月21日に国連の場で、ギャラガー大司教が核兵器禁止条約に署名し、その核兵器廃絶への態度を明確にしています。以下は、平和賞受賞のニュースを受けて、カリタスアジアの責任者として書いたお祝いのひと言です。

今年のノーベル平和賞が、核兵器廃絶国際キャンペーンに与えられることが発表されました。心からお祝い申し上げます。今回の受賞は、その方法、道のり、また政治信条が異なっていても、核兵器を廃絶しようとする多くの人々の努力を後押ししてくれることでしょう。 また今回の受賞は、核兵器禁止条約の署名批准を各国政府に促そうとする世界的な動きに、大きな力を与えるに違いありません。核兵器を保有するいくつかの国と、唯一の被爆国が、この署名批准にイニシアティブを発揮していないことは残念です。聖座(バチカン)はこの9月21日に同条約に署名することで、核兵器廃絶と永続的な平和の確立への強い取り組みの姿勢を明確にしています。このICANに対するノーベル平和賞の授与が、夢を現実へと変えてくれることを、心から願います。

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