2016年12月 8日 (木)

亀田で堅信、そしてルワンダのお話

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巡礼から帰国した翌日、待降節第二主日の12月4日、新潟市内の亀田教会で堅信式を行いました。前晩にわたしが成田から新潟へ戻ることが出来なかった(最終の上越新幹線に間に合わなかったため)ので、この日は始発の新幹線で新潟へ戻ったため、いつもは9時のミサを10時に変更していただきました。

ミサでは、4名の方が堅信の秘跡を受けられました。そのうちの3名はご家族で、ご両親と小学生の息子さん。堅信の秘跡を受けられた皆さん、おめでとうございます。

亀田教会は、主任司祭の山頭神父のもと、少ない信徒数ながら、長年の積み立てを基にして、2007年に聖堂を新築されました。当時の献堂式の「司教の日記」はこちらです

なかなか新しいメンバーが増えず、信徒の高齢化も顕著ですが、しかしそれでも信徒自身のリーダーシップで、ミサの30分前にはロザリオを唱え、機会あるごとに皆で集まって鍋パーティーをする家庭的教会です。つい先日は、聖堂につながる司祭館と信徒会館の外壁と屋根を更新する工事も行われました。

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さて亀田での堅信式と、その後の昼食会を終えて、今度は新潟市のサッカースタジアムであるビッグスワンへ。サッカーの観戦ではありません。ビッグスワンの会議室で行われた、講演会に参加するためです。そして久しく会っていない方々に会うために。

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アフリカのルワンダで、1996年頃から義肢製作所を設立して、障がいのある方々のために働いておられる、ガテラ・ルダシングワさんとルダシングワ(吉田)真美 さんご夫妻。ルワンダの首都キガリをベースに、義足を制作し必要としている方々に提供し、さらにはルワンダで障がいと共に生きる人々に様々な助力をするムリンディ・ジャパン・ワンラブ・プロジェクトという団体を運営しているお二人です。現在はお隣のブルンジにも活動の場を広げているそうです。NHKや民放の番組にも、先般取り上げられていました。

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お二人がルワンダの首都キガリで、ベースとなるゲストハウスや義肢製作所などのセンターを立ち上げたのが1996年。わたしはその翌年の夏、カリタスジャパンの視察でルワンダを訪れた際に、キガリでお二人に初めてお会いしました。(上の写真が、1997年夏に初めてキガリでお会いしたときの写真。右が真美さんで左がわたし)

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その後、2003年までは、ほぼ毎年ルワンダに出かけていましたので、お二人には何度も会うチャンスがありました。最後にキガリで二人を訪ねたのは、2003年に、当時のカリタスジャパン責任司教であった池長大司教と一緒に、ルワンダとケニヤの援助先視察に出かけたときでした。(上の写真が、2003年にキガリで池長大司教と真美さん。下は同じ日にガテラさんと池長大司教)

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カリタスジャパンは長年にわたって、ルワンダでの子どもたち(特に両親を失い、同伴者のいない子どもたち)への支援事業を続けています。現在はその最終フェーズになっています。わたしは2004年に司教になってから、一度もルワンダに出かけていないので、それ以来のお二人との再会でした。下の写真が講演会後のお二人と一緒に撮った写真です。

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お二人の活躍は、テレビをはじめ様々なメディアで紹介されています。本当に、素晴らしい取り組みをあの厳しい地ではじめ、ここまで育て上げ、さらに将来を見据えているお二人の努力と熱意に敬意を表します。これからも応援したいと思います。(今回の講演会を企画してくれた新潟県立大学の坂口先生にも感謝です)

次のリンクがムリンディ・ジャパン・ワン・ラブ・プロジェクトのホームページです。ご覧ください。http://www.onelove-project.info/index.html

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2016年12月 6日 (火)

聖地巡礼から帰国しました

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先週末の土曜日夜、成田空港に夜8時頃に到着したターキッシュ航空便で、聖地巡礼から帰国しました。(写真上:ペトロの首位権教会でミサを司式する平賀司教)

私と平賀司教を含め15名にパラダイス社の村上氏を含めた16名は、皆無事に帰国。巡礼は最終の二日間、エルサレム近郊で雨と風の寒い天気の中を歩いて回ったため、風邪を引かれた方も少なからずおられましたが、基本的には皆さんお元気です。感謝。

前回の同じ時期は、地域の安全などへの不安もあったのか、聖地はどこに行ってもガラガラでした。ところが今回は巡礼者も観光客も戻っており、どこに行っても長蛇の列でした。それでも、毎日のミサを始め、祈る時間をしっかりととることもできました。

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巡礼はガリラヤから始まって湖畔のティベリアに3泊して、イエスの足跡をたどり、その後は死海に向かって一泊、さらにベトレヘムに二泊してエルサレムを中心に歩きました。前半は温暖な晴れの日でした。(写真上:ガリラヤ湖畔の山上の垂訓の教会)

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それでも最終日の出発前の最後のミサは、金曜日の夕刻にエンカレムのご訪問教会で、巡礼を振り返りながら落ち着いて捧げることができました。というのも木曜と金曜の雨と風で、巡礼者の足が鈍り、前半と比べると訪問者も少なかったためです。(写真上:エルサレム旧市街神殿の丘)

あらためて写真とともに巡礼の記事を掲載しますが、ひとまず、無事巡礼から帰国した報告までに。

なお12月になりましたので、今月の主な予定を。

  • 12月6日 常任司教委員会 (潮見)
  • 12月7日 神学院常任委員会 (東京キャンパス)
  • 12月11日 宮古教会黙想会、釜石教会黙想会 (岩手県)
  • 12月12・13日 カリタスジャパン会議 (三島) 
  • 12月14・15日 臨時司教総会 (潮見)
  • 12月17・18日 カリタスアジア会議 (バンコク)
  • 12月20日 カリタスジャパン会議 (潮見)
  • 12月21日 新潟清心女子中高クリスマスミサ (新潟)
  • 12月22日 新潟カリタス会理事会 (新潟)
  • 12月24日 降誕祭深夜ミサ (新潟教会夜20時)
  • 12月25日 降誕祭ミサ (新潟教会朝9時半)

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2016年12月 2日 (金)

巡礼は6日目が終了

聖地巡礼は6日目終了。皆元気です。今日のエルサレムは雨模様。

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2016年11月27日 (日)

聖地巡礼中です。

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ただ今、聖地巡礼中です。私と平賀司教に仙台教区の小野寺神父と聖職者三名を加え総勢15人のグループは、宿泊のティベリアで最初の朝を迎えました。全員元気です。今日の主日ミサは、ペトロの首位権教会の予定です。

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2016年11月23日 (水)

日本カトリック神学院ザビエル祭@東京キャンパス

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とても冷え込んだ勤労感謝の日の今日、日本カトリック神学院東京キャンパスで、恒例のザビエル祭が開催され、近隣にとどまらず遠方からも多くの方々が参加されました。

今年のテーマは「来なさい。そうすれば分かる」とされており、東京キャンパスの神学生(哲学1年と2年、そして助祭団)に加えて福岡キャンパスの神学生(神学1年、2年、3年)が加わり、神学生全員で実行されました。準備をし、また今日訪ねてこられたお客様を笑顔で迎えた神学生の皆さん、ご苦労様でした。(上の写真:閉会式で勢揃いした神学生)

わたしは実行委員会に依頼され、本日10時の開会ミサと、昼過ぎからの講演を担当させていただきました。今朝9時過ぎに武蔵関の駅から神学院へ歩いていると、前にも後ろにも、ザビエル祭に向かうとおぼしきたくさんの人影が。神学院の門前には、観光バスまでいるではありませんか。毎年のように、多くの方がこうやってザビエル祭に来られ、そして神学生のために、また召命のためにお祈りくださっています。

ミサは、合併前の東京の神学院を卒業した多くの司祭たちをはじめたくさんの教区司祭が駆けつけ、近隣の修道会司祭と神学院で養成にあたる司祭たちも全員そろい、若い司祭も大先輩の司祭も含めた、大司祭団の共同司式となりました。聖堂のあちらこちらには、黒のスータンに身を固めた神学生の姿が。あまりに多くの人が集まっているのと、背後に大司祭団が控えているので、説教は非常に緊張いたしました。

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ミサ後には神学院のキャンパス全体を使って、様々な企画や販売が行われていました。そういった企画はすべてで28。恒例となっているようですが、小教区や一粒会などからの食品の提供あり、古本市あり、お化け屋敷あり、神学院ツアーあり。この日の収益は東日本大震災の被災地のために献金されるとうかがいました。(写真上:挨拶する院長代行の中野神父)

12時半からは、聖堂に集まった多くの方々を前に、講演をさせていただきました。テーマは、神学院祭のテーマである「来なさい。そうすれば分かる」とさせていただきましたが、内容は貧困とそれにいかに立ち向かうのか、というお話。テーマとの関連は、自分の殻に閉じこもっていては、福音の種をまくべき現実が見えてこないのだから、「来て、みなさい」です。自分の世界から足を踏み出すことによって、分かることがあります。そんな思いで、カリタスジャパンの活動で訪問した国や、ガーナでの宣教での体験をお話しし、貧困と格差の現実、そして貧困撲滅を目指し、神の望まれる世界を実現しようとすることは平和のための働きであることをお話しいたしました。

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教皇フランシスコの、ランペドゥーザ島での司牧訪問の際の説教の言葉が、わたしたちに自分の世界から抜け出して、世界に広く関心を向けるように呼びかけています。無関心のグローバル化から抜け出すように呼びかけています。

「居心地の良さを求める文化は、私たちを自分のことばかり考えるようにして、他の人々の叫びに対して鈍感になり、見栄えは良いが空しいシャボン玉の中で生きるようにしてしまった。これが私たちに、はかなく空しい夢を与え、そのため私たちは他者へ関心を抱かなくなった。まさしく、これが私たちを無関心のグローバル化へと導いている。このグローバル化した世界で、私たちは無関心のグローバル化に落ち込んでしまった」

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2016年11月22日 (火)

主日のあいだにローマで会議

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特別聖年の閉門ミサが終わった11月13日の夜、成田空港からターキッシュ航空(トルコ航空)に乗ってイスタンブールを経由してローマに出かけました。成田を夜10時25分に出発して、乗り継いでのローマ到着は、現地時間月曜日の午前10時過ぎ。国際カリタスの理事会にあたる、地域代表委員会に出席するためです。(写真上:国際カリタス本部玄関前で。バチカンのローマ市内飛び地、サンカリスト宮殿)

地域代表委員会(RepCo)は年に二回、5月と11月に開催され、国際カリタスの七つの地域からその責任者と代表が参加します。アジアからは責任者のわたしとパキスタンとミャンマーの3名が代表。それにオブザーバーとして地域コーディネーターが加わります。

会議は火曜日の昼食から。午前中にジェズ教会に安置されている聖フランシスコ・ザビエルの右腕の前でしばしお祈りを。時間が許す限り、ローマに来たときにはここを訪れて日本の宣教のために祈ることにしています。

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前回5月にルルドで行われた地域代表委員会には、国際カリタス総裁のタグレ枢機卿(マニラ大司教)が体調不良で欠席されましたが、今回は元気に議長を務められました。すでに前週にはローマに入り、イタリア中部の地震被災地も訪ねられた由。会議後は新枢機卿親任の枢機卿会と特別聖年閉幕ミサに参加、そしてさらにもう一つの会議と、当分ローマから離れられないとか。(写真上:会議の議長を務めるタグレ枢機卿)

会議の主な論点は2017年の予算や四年間の戦略的枠組みに基づく2017年の活動計画の承認。そして新しく取り組もうとしている難民や移民をテーマにした世界的キャンペーンについてなどでしたが、一番時間を費やしたのは、『シリアに平和は可能だ』と題して現在展開中の平和構築キャンペーンに関連した意見交換でした。これは特に教皇フランシスコから国際カリタスに託された使命の一つで、地域代表委員会のメンバーには中東と北アフリカ地域の責任者としてシリアのアレッポ(カルデア典礼)のアントニ・アウド司教がおられることもあり、重要な課題となっています。今回は現地の状況と宗教的課題に詳しい専門家を招いて話をうかがい、その後にいろいろな意見の交換がなされました。(写真下・平和キャンペーン用の写真撮影。会議参加者全員と事務局員で)

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なお国際カリタスの会議では、公用語である英語・フランス語・スペイン語のどれでも使うことが出来、専門の同時通訳がつきます。ちなみに国際カリタスの総裁になるためには、少なくともこの三つの内の二つは自由に話せて、残りの一つはある程度理解することが資格要件として求められるので、タグレ枢機卿はこの三つに通じている(さらにイタリア語も堪能です)才能の持ち主ですが、逆にわたしが立候補する可能性はありません。

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木曜日には会議参加者全員で聖年の扉まで巡礼し、聖ペトロ大聖堂内の小聖堂でミサを捧げ、その後午前11時から教皇様にお会いする機会を与えられました。

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その日の午後、今度は正義と平和評議会議長のタクソン枢機卿に来ていただき、2017年1月1日からタクソン枢機卿を長官として成立する新しい役所、「総合的人間開発促進」について、意見交換を行いました。というのも、現在の制度では、教皇庁の開発援助促進評議会が国際カリタスの担当となっているのですが、その評議会がこのたびは新しい役所に統合となることから、1月以降はタクソン枢機卿が教皇庁側の窓口となるからです。現在活動中のいくつかの評議会を合併するので、事務所の場所の選択から職務内容まで、ゼロから調整しなければならず、本格的始動は来年の復活祭以降になるとのことでした。(写真上:タグレ枢機卿の向かって左隣にタクソン枢機卿)

金曜日は、日本政府からバチカンに派遣されている中村大使に会っていただき、その後、夜の7時にローマを出るターキッシュ航空で再びイスタンブール経由で成田へ。成田に着いたのは土曜日の午後7時半過ぎでした。そのまま上野まで出て、最終の上越新幹線で新潟へ。(写真下:タグレ枢機卿と一緒に)

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そして日曜日は王であるキリストの主日。カテドラルである新潟教会は王であるキリストに捧げられた教会ですから、毎年この日がお祝い日。それにあわせて毎年この日を、司教公式訪問日としています。いつも近くに住んでいるので「公式訪問」という名称もどうかとは思いますけれど。先週の聖年の扉閉門ミサとあわせて、新潟教会は二週連続の司教ミサとなりました。ミサ後にはセンター二階ホールで茶話会。聖歌隊や子どもたちと若者が、素晴らしい歌声を聞かせてくれました。

そして月曜と火曜は、教区顧問会と新潟教区司祭評議会。明日は日本カトリック神学院東京キャンパスで、ザビエル祭に参加し、ミサを司式し、その後講演をする予定です。明日は天気がどうなりますか。

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2016年11月14日 (月)

「原子力発電の撤廃を」@司教団メッセージ発表

日本のカトリック司教団は、11月11日、「原子力発電の撤廃を -福島原子力発電所事故から5年半後の日本カトリック教会からの提言- 」と題する、司教団メッセージを発表しました。

こちらのリンクで、中央協議会のホームページの同メッセージ掲載ページに飛びます。

10月4日には、神学や科学の専門家の方々に執筆をお願いした、日本カトリック司教協議会『今こそ原発の廃止を』編纂委員会・編になる、「今こそ原発の廃止を――日本のカトリック教会の問いかけ」という書籍も発行されています。

司教団メッセージは、将来の世代に責任を持って神の創造された被造界を引き継いでいくために、信仰の立場からどの方向に進むことがより望ましいのか、その道を指し示すメッセージですので、ご一読ください。

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2016年11月13日 (日)

いつくしみの特別聖年閉門ミサ@新潟カテドラル

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いつくしみの特別聖年は、来週日曜日、王であるキリストの主日に行われる教皇様のミサを持って閉幕します。それに先だって教皇様は、今日、11月13日の日曜日に、各地方教会におけるいつくしみの扉を閉門するミサを捧げるようにと指示をされました。新潟教区司教座聖堂である新潟教会では、本日日曜日の午前9時半からのミサをわたしが司式して、閉門ミサを行いました。

といっても、聖年の扉は聖堂の正面扉ですから、これを閉めてしまうわけにもいきません。同じような事情の聖堂が世界にはたくさんなると思われます。というわけで、聖座が用意した閉門のミサの典礼には、具体的な扉を閉める式は含まれていませんでした。回心の祈りと、拝領後の聖母讃歌が普段のミサとの違いでした。

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新潟教会では今日のミサの中で、子どもたちへの祝福も行われました。またミサ後には、センターで、ミニバザーも行われ、素晴らしい晴天に恵まれた今日、近隣の小教区も含めて、多くの方が参加してくださいました。

以下本日の説教の原稿です。

いつくしみの特別聖年閉門ミサ
2016年11月13日
新潟教会

昨年12月8日に開幕した「いつくしみの特別聖年」は、普遍教会全体ではローマにおける教皇ミサを持って来週閉幕となりますが、それを前にして、各地方教会においては、今日、11月13日に聖年の扉が閉じられることになります。

この一年間、新潟教区にあっては、特別聖年のための祈りのリレーを行ってきました。教区100周年の時には、二本の十字架が教区内をリレーされていきました。目に見える十字架を順番にリレーしていたのですし、実際に代表が十字架を運んで次の教会へ出かけていったことで、具体的な結びつきを実感することが出来たと思います。

しかし祈りのリレーは、実際には何もリレーするものがないので、十字架リレーに比べると、互いの結びつきを実感することは少なかったのではないかと思います。その意味では、意識することが難しいリレーであったとは思います。しかし同時に、わたしたち教会の霊的な結びつきとは、結局はそういう目に見えない絆であって、同じ意向を持って、同じ方向を向いて、一緒に歩み続けている一つの民としての意識を深める機会となればとも願っていました。

第二バチカン公会議の教会憲章は、教会は「人間的要素と神的要素を併せ持つ複雑な一つの実在を形成している」と述べています。まさしく目に見える形での十字架のリレーは教会の人間的要素、祈りのリレーは神的要素を象徴しているのではないかと私は思います。

祈りのリレーによってわたしたちはこの一年間、同じ意向を持って、神のいつくしみを黙想しながら、毎日を祈りの中に過ごすことが出来ました。自分自身が祈っていないとしても、同じ共同体を構成する誰かが、祈りをつないでいる。それによって自分自身も祈りの絆の中に結ばれているのだ。そういう、わたしたち教区共同体の目に見えない絆が、あの祈りのリレーであったと思います。

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さて、教皇フランシスコは、いつくしみの特別聖年をはじめるにあたって出された大勅書「イエス・キリスト、父のいつくしみのみ顔」において、わたしたちがどのようにこの一年を過ごすべきなのかを明示しておられます。わたしたち自身の一年を振り返ってみましょう。

 「この特別聖年は、信者のあかしがより力強く、より効果的になるために、教会にとってふさわしい時となるでしょう」と教皇様は述べられています。果たしてこの一年は、それ以前の年と、信仰的側面において何か異なる年だったでしょうか。わたしたちは、何かを力強くあかしすることが出来た一年だったでしょうか。

 「教会には、神のいつくしみを告げ知らせる使命があります。いつくしみは福音の脈打つ心臓であって、教会がすべての人の心と知性に届けなければならないものです」と教皇様は述べられました。この一年、わたしたちの教会共同体は、それ以前と異なり、何か神のいつくしみを積極的に宣べ伝えたでしょうか。

 「教会のあるところでは、御父のいつくしみを表さなければなりません。小教区においても、共同体においても、団体や運動においても、つまりはキリスト者がいるところではどこででも、だれもが、いつくしみのオアシスを見いだすことができるはずです」と教皇様は述べられます。わたしたちの教会は、この一年を通じて、「いつくしみのオアシス」になっていたでしょうか。

 「この聖年の間に経験すべきなのは、自分とはまったく異なる周縁での生活――現代世界がしばしばその劇的な状態を引き起こしています――を送るすべての人に心を開くことです」と教皇様は述べられます。わたしたちは、わたしたちが生きている現実とは異なる厳しい現実の内に生きている人々に心を開いてきたでしょうか。

 教皇様はこの一年、以前にも増して、混乱が続くシリアのために、和平の呼びかけのメッセージを発表されてきました。さらにはシリア難民の受け入れについても、各国に寛容な態度で臨むように要望され、またご自分から具体的に、昨年の4月16日にギリシアのレスボス島を訪問した際には、シリア難民の三家族12人を一緒にローマへ連れ帰ったりしてきました。

国際カリタスが世界中のカリタスや司教団に呼びかけて、「シリアに平和は可能だ」と題して行っている和平を求めるキャンペーンに、昨年の7月5日、教皇様はビデオメッセージを寄せられ、その中で教皇様は次のように呼びかけました。

「市民の苦しみの一方で、大量の資金が武器に費やされている。・・・平和を説く国々の間には、武器を供給している国もあり、右手で人を慰めながら、左手で人を打つ人をどうして信用することができるだろうか。・・・この『いつくしみの特別聖年』に、無関心に打ち勝ち、シリアの平和を力強く唱えよう」

 この教皇様の呼びかけに、わたしたちはどのように応えたでしょうか。

 「この聖年の間に、教会はこれまでにも増してこの傷の手当てをし、慰めの油を塗り、いつくしみの包帯を巻き、連帯としかるべき気遣いをもって世話をするよう呼びかけられることになります。侮辱を与えることになる無関心、心を麻痺させて新しいことを求めさせないようにする惰性、破壊をもたらす白けた態度、そうしたものに陥らないようにしなければなりません。世界の悲惨さと、これほど多くの尊厳を奪われた兄弟姉妹の傷をよく見るために、目を開きましょう。」

日本の現実をみても、神の望まれる世界とはまったく異なる世界の価値観によって生きている人々の姿が目につきます。生命の価値をないがしろにしたり、自らの欲望の実現のために他者を犠牲にしたり、経済の利益を最優先にしてみたりりする人間の醜さが目につきます。そういった社会にあって、わたしたちは神の価値観を高く掲げ、困難に直面する人たちへ、積極的に手を差し伸べていかなくてはなりません。

いつくしみの特別聖年は終わりますが、神のいつくしみに終わりはありません。間違えていけないことは、何もわたしたちはいつくしみを掲げることで、すべての人が性格的に優しい人に変わるべきだと主張するのではありません。人の性格は様々異なっており、その違いをそのままに受けとめた上で、性格的な優しさを越えて、わたしたちすべてはまず神のいつくしみに包まれているからこそ、それを他者にも伝えていく務めがあるのだと、そういう意味でわたしたち自身が慈しみ深くあることを捉えておきたいと思います。使命です。何者も排除することなくすべてを包摂する神の愛、神のいつくしみ。わたしたちはその神のいつくしみを、教会を通じてこの社会にあかししていく道を、常に歩んでいきましょう。

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2016年11月12日 (土)

聖ザベリオ宣教会でお話@泉佐野

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今週も移動が続きました。その前にまず、月曜の夜から火曜の昼にかけて、主に新潟・新発田・長岡地区で働く司祭団の毎月の集まりである静修が司教館で。今回はフランシスコ会の伊能神父(いよく)に講師をお願いして、フランシスコ会が現在進めている宣教の新たな取り組みなどについて分かち合っていただきました。

火曜日の午前中に、新潟教会で静修のミサを共に祝い、いつものようにカレーの昼食を頂いた後に、急いで新潟空港へ。そこから伊丹まで飛びました。泉佐野にある聖ザベリオ宣教会の日本管区で働く会員の集まりに招かれて、日本の宣教についてお話をすることになっていたからです。

伊丹までは近くの尼崎教会で働く同会の同会の神父が迎えに来て下さり、そこから一路関空方面へ。大阪の地理がわからなかったので想像もつきませんでしたが、すでに夕方の時間帯で高速は渋滞。伊丹空港から関空近くまで、一時間以上かかるのですね。すぐ近くに関空一帯が見える泉佐野市の聖ザベリオ会日本管区本部へ。

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ひと休み後に、今度は泉佐野教会へ移動。午後7時から、同会の創立者である聖グイド・マリア・コンフォルティ司教の記念日にあたり、集まった会員と、また教会のメンバーの方々と一緒にミサを捧げました。初めての教会でしたが、主任司祭が音楽の素養があるのか聖歌をしっかりと指揮しながら先唱し、すばらしい歌のミサでした。せっかくでしたので、福音の後に、自分自身のガーナでの宣教師としての体験を少し分かち合いました。ガーナでの話しをするのは、久しぶりです。

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翌日、朝9時から、同会本部の会議室で30人ほどの神父様がたを前に、お昼まで「日本における福音宣教をあらためて考える」みたいなテーマでお話をさせていただきました。主にイタリア出身のほとんどの会員が私より年長で、日本での宣教体験も豊かにあるのですから、そのような方々を前にして、日本における福音宣教を考えるなどという話しをするのは、実は大変勇気のいることです。恐縮しつつ、お話しさせていただきました。

お話はいつもどこでもする内容なのですが、ガーナでのたくさんの洗礼とあふれんばかりのミサ参加者と過ごした8年間の体験。それと全く対極にあるような新潟教区での教会の現状。そしてルワンダの虐殺事件や難民との関わりから感じた、福音宣教の成功は数字でははかれないという実感。そういうあたりから、お話をはじめさせていただきました。

2007年にアドリミナで教皇ベネディクト16世に謁見したとき、教皇様から「あなたの教区の希望は何ですか」と尋ねられました。「希望?」と一瞬答えに詰まりました。何せ弱小教区ですから、どう考えても「希望」は浮かんでこない。そんなときに思い出したのが、山形県の新庄をはじめとして、新潟の各地で元気に教会の集まってこられるフィリピン人信徒の方々のことでした。

もちろん新庄ではその後、教会の建物が具体化し、2010年10月には献堂を迎えることもできました。そのほか多くの小教区で、フィリピン出身の信徒の方々とその家族が、共同体に元気を与えてくれています。まさしく「希望」です。彼らの存在について教皇様に話しました。

でも彼らの存在は、単に元気を与えてくれるだけではなく、実は教会がこれまで関わりをもてなかった地域に福音のあかし人が存在するという、新潟教区における福音宣教にとって大きな意味を持っているのだと、その後に気がつきました。ですから、彼ら自身に、自分たちの宣教者としての使命を思い起こしてもらうことも司牧の重要な課題だと思うようになりました。

神さまは、そうやってご自分の方法で、全国各地に宣教者を送り込んでいるとも考えられないでしょうか。滞日外国人司牧の一つの側面は、そうやって神自身が送り込んだ宣教者に、自分に与えられた使命に気がついてもらうこと、そしてそれを果たすように促すことにもあるのではないかと考えています。それが日本の宣教を力づける力になると私は思っています。

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午前中の話を終えて、一緒においしいイタリアンの昼食を頂き、関西空港から東京へ移動。写真は静岡上空あたりで、雲の間に垣間見えた富士山。

水曜日は朝からHIV/AIDSデスクの会議。昼からは社会司教委員会。そして金曜日は朝から常任司教委員会が午後3時まで。それが終わって、新潟へ急いで戻り、今度は東北カトリック学校教員研修会に合流。

東北(仙台教区と新潟教区の7県)から11校のカトリック中高の教員が集まり、二年に一回の割合で教育研修会を開催してきました。今回は27回目で、当番が新潟の清心女子中学高校。昨日金曜日と土曜日の二日間の開催。

金曜日の昼間に行われた講演会や研究授業には参加できませんでしたが、夕食会には間に合いました。土曜日は、午前中に分科会に参加して、その後新潟教会へ移動して、閉会のミサを午後1時から司式しました。参加は80名近い先生方。準備にあたった新潟清心の教員の皆様には、本当にご苦労様でした。

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2016年11月 6日 (日)

堅信式ミサ@栃尾教会

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新潟県の長岡市にある栃尾教会で、本日の日曜日、堅信式が行われ、7名の方が堅信の秘跡を受けられました。

栃尾教会は、かつては栃尾市にありましたが、現在は平成の大合併で栃尾は長岡市と一緒になり、教会は現在、長岡市内に存在しています。そのため、新潟県内の地区割りでは長岡市(長岡地区)にありながらも新発田地区に所属するという、変則状態です。1964年に、神言会の宣教師によって、見附教会の幼稚園の分園が栃尾に開設され、ミサが捧げられるようになったそうです。現在の聖堂は1973年の献堂とうかがいました。栃尾は山間の町で、冬には大雪が降ることでも良く知られています。名産品は栃尾の油揚げ。長岡市方面からは山を越えトンネルを抜けて、栃尾に到達します。2004年の中越大地震では、この地域も震源に近いことから大きな被害を受け、田畑が被災した信徒の方もおられます。

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小さな教会共同体ですが、信仰を長年守り続けてきた力強さが感じられます。今日のミサは、見附教会の担当であるスタン神父とナジ神父と一緒に捧げました。ナジ神父は見附のミサが終わってから駆けつけ、栃尾のミサは11時から始まりました。

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堅信を受けられた7名の中には、なんと95歳になられる女性信徒がおられ、その年齢を感じさせない力強い姿が印象的でした。また一家5人もおられました。おばあちゃんとお母さんと3人の息子さん。目に見える教会共同体だけでなく、生涯にわたって神の民の大きなネットワークの一部として、共同体を構成している部分なのだという意識を持ち続けてくださることを願っています。

堅信を受けられた皆さんが、これからも末永く信仰を守り、共同体を守って行かれることを期待し、また祈ります。ミサ後にはホールで皆で食卓を囲み、お弁当をいただきました。栃尾教会の皆さん、ありがとうございます。

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