2018年6月13日 (水)

この数日の出来事は

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ちょっと忙しい毎日を過ごしています。ただいまは、カリタスアジアの年次総会のため、タイのバンコクに三日間来ております。バンコクの話は後日に。

予定が立て込んでしまい、とうとう一つの約束を忘れて電話がかかってくるという失態を犯しました。初めてのことでありました。気をつけないといけません。

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6月4日から6日は、新潟教区の司祭の集いのために、秋田県の横手市へ。横手はかまくらで有名です。毎年のこの集いには、秋田県、山形県、新潟県で働く司祭が集まり、だいたい30名の参加者。今年は、横手駅前のプラザホテルに泊り、ミサのためにはすぐ近くの横手教会へ。横手教会は20名も入れば一杯の小さな教会ですが、参加司祭で一杯になり、さらに教会の信徒の方も10名ほど参加してくださいました。しかも11時からのミサ後には、二日とも昼食を用意してくださりいろいろと話をする機会となりました。

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司祭の集いの講師は、東京教区の司教総代理である稲川神父様。婚姻の秘跡について、改訂された教会法の内容などを二日間にわたってお話しいただきました。

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6月9日には午前中に、上智大学構内のSJハウスで、全国のカトリック大学連盟の総会感謝ミサ。歴史を感じさせる聖堂でのミサでした。

その午後、このたび理事長に就任させていただいたロゴス点字図書館の社会福祉法人の文化講演会で、教会はなぜ愛の奉仕をするのかについて講演をさせていただきました。90名ほどの方に参加していただきました。おいでいただいた皆様に感謝。

6月は毎日曜日に小教区訪問と堅信が続きます。6月10日は神田教会。かつて新潟のカテドラルの主任司祭をしていただいた江部神父様が神田教会の主任です。ミサの中で、14名の方々が堅信の秘跡を受けられました。大半の受堅者が小学生から中学生で、白百合や暁星の生徒さん。そのため、暁星で働くマリア会の司祭も三名、共同司式に参加してくださいました。

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小雨模様でしたが、ミサ後には中庭に張ったテントの下で祝賀会。神田教会は、戦後に今の関口教会が完成するまで司教座が置かれたこともあり、いまでも土井枢機卿様の司教座として使われた椅子が内陣に残されています。空襲で建物自体は残ったものの窓は全壊。いまはモダンなステンドグラスが入っています。ポーランドの芸術家の作品と聞きました。伝統的な建物に、モダンなステンドグラス。独特な雰囲気でした。

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2018年6月 8日 (金)

「多様性における一致を掲げて」メッセージ

東京教区のこれからの宣教司牧の方針を定めるために、その方向性を考えたメッセージを、聖霊降臨の主日付で発表しました。

本文は二回に分けて、教区ニュースに掲載されます。すでに前半部分が6月の教区ニュースに掲載されています。こちらのリンクから、東京教区のホームページに進みますと、前半部分が掲載されていますし、PDFファイルもあります。

前半部分には10の課題が掲げられていますが、これは決定的な課題ではなく、これから検討していく課題で、多くの方の意見を伺いたいと思っています。

7月の教区報に掲載される後半は、そのうちの三つの課題を特に解説したものです。

7月の教区報が発行された段階で、教区のホームページに、日本語、英語、韓国語で全文を掲載する予定です。

教区内の多くの方々と意見を交換しながら、長期的な宣教司牧の方向性を定めていくことができればと希望しています。

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2018年6月 3日 (日)

土曜日は六本木、日曜は築地

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土曜日は午前11時から、六本木のフランシスカンチャペルセンターで、東京教区内のそれぞれの小教区にあるフィリピン出身信徒の共同体の集まりであるGFGC (Gathering of Filipino Groups and Communities)の総会ミサでした。

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この集まりは、何か独立した団体と言うよりも、基本的には各小教区共同体の枠組みの中で活動しているフィリピン人信徒のグループや共同体が、緩やかに集まっている組織です。

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ですから、各地の小教区において、その小教区共同体との関わりの中で活動することを目指している点で、私が理想としている小教区共同体における多様性と一致を具現化しているものだと感じます。

ミサは素晴らしい歌でした。ミサ後は、フィリピン文化に欠かせない(?)、写真撮影タイム。すべてのグループが入れ割り立ち替わり、私や司祭団を囲んで、写真を撮り続けました。

ミサ後は地下のホールで、これまたフィリピン文化にとって欠かせない、持ち寄りの食事タイム。

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その後に、このグループについてのプレゼンテーションを皆で聞き、私から、これからの東京教区における滞日外国人司牧の方向性についての講演をし、最後には質疑応答となりました。

参加してくださった皆さん、ありがとう。皆がそれぞれの場で、主から呼ばれ派遣された福音宣教者であることを常に心に刻んでいてください。

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そしてキリストの聖体の主日である今日は、築地教会で9時半の主日ミサでした。

築地教会は、カテドラルが関口に定められるまで、初代から4代までの教区長の時代に、カテドラルとされていた教会です。教会は聖路加国際病院のすぐ隣り。近隣の都心部にあるホテルから、多くの海外からの観光客がミサに参加されていました。

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今日のミサは、すでに亡くなられた初代から第7代までの前任司教様方の追悼ミサを兼ね、祭壇の前に歴代の写真が飾られました。

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またミサ中には、二人の小学生の女の子が、初聖体を受けられました。おめでとうございます。ミサ後に、この二人を囲んで、旧幼稚園舎を改装したホールで茶話会となりました。特に幼児洗礼から育ってきた信徒には、初聖体は重要な秘跡であり、信仰育成の通過点です。今日、主ご自身が聖体を通じてともに歩みを始められた、その主のやさしさと愛に信頼しながら、そして主の「私を忘れないでいなさい」という言葉を胸に刻んで、次のステップである堅信の時まで、大切に信仰を生きてください。

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初金を板橋教会で

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6月はイエスの御心の月ですが、その初金を、板橋教会のミサで祝うことができました。週日に小教区を訪問する機会はあまりないのですが、今回は、なるべく早く訪問してほしいという主任の久富神父様のリクエストもあり、初金の機会に集まってこられる皆さんと一緒にミサを捧げることになりました。

板橋教会は1953年以来、フランシスコ会が司牧を管轄していたこともあり、聖堂の横に立っているのは、いかにもフランシスコ会修道院の雰囲気のある建物です。いくつもの寝室が並んでいたりして、久富神父様ひとりには、確かに大きすぎるというか、さみしく感じる建物かも知れません。司牧に関しては2011年にフランシスコ会から教区司祭に移管され、現在に至っています。

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聖堂は、山小屋のような作りで、岩手県で働いていたベトレヘム外国宣教会のスイス人宣教師の設計だと伺いました。どなたか詳細をご存じですか。そしてこの聖堂の何本もある柱には、いろいろな聖人の御像が掲げてあるのですが、その一番前、右手の柱には、タルチシオの像が(写真下)。迫害時代の初代教会のローマにて、御聖体をとらえられた信徒のもとに届ける途中に殺害された殉教者ですから、侍者の保護の聖人です。

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ミサ後には、集まってくださった皆さんと昼食会。北町教会から参加してくださった方もおられました。週日の昼間に時間を作って集まってくださった皆さんに、感謝します。

以下、以前、2006年にこのブログに書いた、初金についてのエントリーを再掲します。

初金のミサは伝統的に「イエスのみこころ」の信心であるといわれています。17世紀後半の聖女マルガリータ・マリア・アラコクの出来事にもとづく伝統であります。聖体の前で祈る聖女に対して主イエスが出現され、自らの心臓を指し示して人々への回心を呼びかけた出来事があり、それに基づいて、9ヶ月の間、初金に聖体拝領を受ける人には特別なめぐみがあるといわれる伝統的信心です。イエス様がこちらをじっと見つめながら、手には燃えるような自分の心臓を持っている絵を目にしたことがありませんか。十字架上で刺し貫かれたイエスのみこころは、全人類に対する神の愛の象徴として、神の心そのものとして称えられるのです。

教皇ベネディクト十六世は、教皇ピオ十二世回勅『ハウリエティス・アクアス』発布50周年に際して、2006年5月15日付でイエズス会の総長に宛てて送った書簡のなかで、イエスのみこころへの信心は決して過去のものではなく現代的な意味があると述べながら、次のように記します。

「内面的に神を受け入れた人は皆、神によって形づくられます。神の愛を経験した人は、その愛を「召命」として生きなければなりません。人はこの「召命」にこたえなければなりません。主は「わたしたちの患いを負い、わたしたちの病を担った」(マタイ8・17)かたです。この主に目を注ぐことによって、わたしたちは人の苦しみと必要にもっと気づくことができるようになります。
 槍で刺し貫かれたイエスの脇腹を礼拝しながら観想することにより、わたしたちは、人びとを救おうとする神のみ旨を感じることができるようになります。この観想によって、わたしたちは、救いをもたらす神の憐れみに自分をゆだねることができるようになります。それと同時に、この観想は、神の救いのわざにあずかり、神の道具となりたいというわたしたちの望みを強めます。」(全文は中央協議会のHPで)

初金にあたり、イエスのみこころに満ちあふれた神の愛を想い、その愛に与りながら、自らも神の意志を実現する道具として生きる決意を新たにすると共に、神が作られた命を育むすべての兄弟姉妹に、思いを馳せて生きたいと思います。

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2018年6月 2日 (土)

新しい司教が3名誕生@日本

教皇様は先ほど、6月2日ローマ時間の昼12時、日本の教会のために新たに3名の司教を任命されました。

まず、長らく空位が続いていたさいたま教区の司教として、マリオ山野内倫昭(やまのうち・みちあき)師を任命されました。1955年生まれの山野内被選司教は、サレジオ会員で、現在サレジオ会の日本管区長を務めておられます。アルゼンチンで育ち、サレジオ会にもアルゼンチンで入会されていますので、当然、スペイン語に堪能です。

さらに、先頃前田大司教が枢機卿に任じられた大阪教区のために、二人の補佐司教を任命されました。

そのうちの一人はホセ・アベイヤ師。アベイヤ被選司教は、クラレチアン会員で1949年にスペイン生まれ。クラレチアン会の総会長も務められました。

もうひとりの補佐司教は、パウロ酒井俊弘師。1960年生まれの酒井被選司教は、属人区であるオプス・デイの会員で、長らく大阪教区の司牧の現場で働いておられます。

三人の司教様、おめでとうございます。それぞれの司教叙階式については、今後その日程がそれぞれの教区から発表されることになります。

残念ながら、新潟教区の後任司教人事は、まだ決定していないようです。

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2018年6月 1日 (金)

訃報:川原謙三神父様

東京教区司祭、レオ川原謙三神父様は、昨日5月31日(木)午後7時56分、帰天されました。97歳でした。

神父様のこれまでの東京教区でのお働きに感謝するとともに、ともに永遠の安息を祈りましょう。

  • なお仮通夜が秋津教会で6月3日(日)18時より行われます。
  • 通夜は、6月7日(木)18時から東京カテドラル聖マリア大聖堂にて行われます。
  • 葬儀告別式は、6月8日(金)13時から、同じく東京カテドラル聖マリア大聖堂で行われます。

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2018年5月31日 (木)

聖母のご訪問@5月も終わりです

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5月最後の日は、聖母マリアのご訪問の祝日です。典礼の暦が改訂される前は他の時期に合ったようですが、現在は聖母の月である5月の最後を締めくくる祝日として、定められています。

イエスの母となるマリアは、洗礼者ヨハネの母であるエリザベトを訪問されました。現在その地は、エルサレム郊外のエインカレム(エン・カレム)とされ、丘の上に聖母訪問の教会が建ち(写真上)、構内には各国語でマグニフィカトが掲示されています。

ちなみに谷を挟んで反対側の丘の上には洗礼者ヨハネが誕生した教会があり、こちらにはベネディクトゥス(ザカリアの讃歌)が各国語で掲示されています。

ところで、教皇フランシスコの使徒的勧告「福音の喜び」も他の教皇文書と同様、最後は聖母マリアへの言及で締めくくられています。ただし、「福音の喜び」における聖母への言及部分は、結構な分量となっており、教会の福音宣教への姿勢に関して教皇フランシスコが聖母の存在を重要だと考えていることが理解されます。

教皇は、「聖霊とともにマリアは民の中につねにおられます。マリアは、福音を宣べ伝える教会の母です」と、単に「教会の母」という伝統的な称号に留まらず、「福音を宣べ伝える教会の母」という呼び方をします。その上で、聖母マリアは、福音宣教の業において、「私たちとともに歩み、ともに闘い、神の愛で絶え間なく私たちを包んでくださる」方(286)だと指摘します。すなわち、教会の福音宣教において、聖母は脇役ではなくてその中心に位置している重要な存在であることが示唆されているのです。

さらに教皇フランシスコは、「教会の福音宣教の活動には、マリアという生き方があります。というのは、マリアへと目を向けるたびに、優しさと愛情の革命的な力をあらためて信じるようになるからです」(288)とも述べています。

ここで指摘されている、「マリアという生き方」が福音宣教にとって重要な姿勢であるという指摘に注目したいと思います。いったい「マリアという生き方」という言葉で何を語っているのでしょうか。

カテキズムには次のような指摘があります。「マリアは、しみやしわのない花嫁としての教会の神秘、つまり、その聖性を、私たちすべての者に先立って現しました。『教会のマリア的な面がペトロ的な面に先立っている』のはこのためです。(カテキズム773)」

教会のペトロ的な面とは、ペトロの後継者であるローマ教皇に代表されるような使徒的な側面、目に見える地上の組織という側面です。

教会のマリア的な面については、教皇ヨハネパウロ二世が使徒的書簡「女性の尊厳と使命」の中でこう指摘しています。「聖性の段階において教会の『かたどり』となるものは、ナザレのマリアであることを思い起こします。マリアは聖性への道において皆に『先行』するものです。彼女において『教会は、すでに完成に到達し、しみもしわもないもの』でした。(27)」

つまり聖母マリアこそはキリスト者が完成を目指して進むときに模範となる存在であり、教会のあるべき姿、「かたどり」なのだという指摘です。ですから教会にはマリア的な面があるというのです。

教皇フランシスコは、教会のマリア的な面がペトロ的な面に先行することを強調しつつ、同時にマリア的な面こそが福音宣教をする教会にとっては不可欠であることをいっそう強調されていると考えることが出来ます。それほどまでに、教皇フランシスコが大切だと考える福音宣教における教会のマリア的な面は、「マリアという生き方」という言葉に表されています。

聖母マリアがマグニフィカトにおいて「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます」と歌い上げる理由は何でしょうか。それはそのすぐ後に記されている言葉から明らかです。それは主が「身分の低い、この主のはしためにも目を留めてくださったから」に他なりません。

教皇フランシスコはこの言葉に、「謙虚さと優しさは、弱い者の徳ではなく、強い者のそれである」ことを見て取ります。そして続けます。「強い者は、自分の重要さを実感するために他者を虐げたりしません。(288)」

聖母マリアの人生を見れば、それは決して弱さのうちに恐れているような生き方ではありません。それどころか、神から選ばれ救い主の母となるというすさまじいまでの人生の転換点にあって、恐れることなくその運命を受け入れ、主イエスとともに歩み、その受難の苦しみをともにしながら死と復活に立ち会い、そして聖霊降臨の時に弟子たちとともに祈ることで、教会の歴史の始まりにも重要な位置を占めるのです。それほどの選びを受けた聖母マリアは、あくまでもその力を誇ることなく、謙虚さと優しさのうちに生きて行かれます。

教皇の言葉は、現代社会が優先するさまざまな価値観への警鐘であることがしばしばですが、この部分にも、いったい本当に力のあるものはだれなのかという基準への警告が含まれているといえるでしょう。今の世界では、いったいどういう人が強いものだと考えられているのか。その判断基準は本当の強さに基づいているのか。本当の強さとは、謙虚さと優しさという徳のうちにあるのではないか。

聖母の生きる姿に倣い、神のみ手にすべてをゆだねるところにすべては始まるという生き方。それはあきらめた弱い生き方ではなく、力ある生き方であることを、聖母は示しています。

明日から6月です。6月の主な予定を記しておきます。

  • 6月1日(金) 板橋教会初金ミサ (10時)
  • 6月2日(土) フィリピン共同体・GFGCミサ (六本木、11時)
  • 6月3日(日) 築地教会ミサ (9時半)
  • 6月4日~6日 新潟教区司祭の集い (秋田県内)
  • 6月7日(木) 常任司教委員会ほか (潮見)
  • 6月8日(金) 日本カトリック大学連盟総会など
  • 6月9日(土) 日本カトリック大学連盟ミサ (11時)
  • 6月9日(土) ロゴス点字図書館文化教室講演会 (14時、ニコラバレ)
  • 6月10日(日) 神田教会ミサ (10時)
  • 6月11日~14日 カリタスアジア年次総会 (バンコク)
  • 6月16日(土) 故市川嘉男師納骨式 (府中墓地、11時)
  • 6月17日(日) 吉祥寺教会堅信式 (10時半)
  • 6月18日(月) 司教顧問会ほか (教区本部)
  • 6月19日(火) カリタスジャパン会議 (潮見)
  • 6月20日(水) 横浜教区女性の会パスカ ミサなど (10時半、関口)
  • 6月20日(水) (福)ブドウの木(ロゴス点字図書館)評議員会 (14時、潮見)
  • 6月20日(水) オルガンコンサート 挨拶 (19時、関口)
  • 6月21日(木) カリタスジャパン会議 (9時半、潮見)
  • 6月21日(金) (福)ゲマインダハウス評議員会 (18時半、名古屋)
  • 6月23日(土) ペトロの家後援会ミサ (13時、関口)
  • 6月24日(日) 麹町教会堅信式 (15時半)
  • 6月25日(月) 司祭金銀祝ミサ (11時、関口)
  • 6月26日(火) カリタスジャパン委員会 (10時、潮見)
  • 6月27日~30日 ローマ

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2018年5月27日 (日)

この一週間は・・・

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この一週間は、なんとも忙しい一週間でした。21日の月曜日と22日の火曜日は新潟。23日の水曜日と24日の木曜日は軽井沢。そして25日の金曜日は仙台。さらに26日の土曜日は東京で宣教司牧評議会。今日の日曜日、三位一体の主日は、志村教会で堅信式でありました。

新潟から軽井沢へ回って仙台へ行くためには、新幹線を乗り継いでいたのでは時間とお金がかかりすぎるので、とりあえず新潟と軽井沢へは自分で運転していくことに。関口を出発すると、本当に一度右折するだけで、まっすぐに練馬インターから関越道へ。道路がそのまままっすぐに関越道になるので、一度も右左折しません。何を言っているかというと、いわゆる都市伝説で、関口教会の近くにある故田中角栄邸から新潟の西山にある実家まで、車で移動するには三回しか曲がらない、といわれているのです。今回走ってみて、なるほどと思いました。実際私も、新潟中央インターで降りたので、関口から新潟教会前まで四回しか右左折しませんでした。

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新潟へ出かけたのは、日本カトリック女性団体連盟(日カ連)の第44回新潟総会に参加するため。昨年、まだ新潟教区司教であったときに、講演するように頼まれていました。

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21日は夕方の懇親会から参加。顧問の浜口司教とともに、舞台に『引きずり出されて』、仮装のうえで踊らさせられました。私が人生で一番苦手としているのが踊り、ダンス。そのまま、山形教会の千原神父の職人芸とも言うべきギター演奏で、歌まで歌わさせられました。歌は、ダンスに比べれば、何百倍も得意なので構いません。

翌22日は、朝から講演会。「いのちへのまなざし」をメインテーマに、どうして教会は人を助けるのか、カリタスジャパンでの活動で学んだことを中心にお話しさせていただきました。

講演会後は派遣ミサ。新潟市内や近隣の司祭も参加してくださり、私と浜口司教の共同司式で、ミサを捧げました。参加してくださった全国の女性団体の方々、ありがとうございます。また準備に当たってくださった新潟の女性団体の皆様や小教区の皆様、ご苦労様でした。素晴らしい大会でした。

残念ながら東京からは日カ連に加盟していないので、できれば何らかの形で、将来的に、東京のカトリックの女性団体も、全国とつながることができればと期待しています。

水曜日と木曜日は、軽井沢の宣教クララ会修道院を会場に、全国で働く男子修道会と宣教会の管区長や責任上長の全国会議。修道会などは日本管区として独立しているところは『管区長』ですが、会員の減少から、多の国の地区と一緒になって管区を構成している会では、『地区長』などのタイトルを持っておられます。

ほとんどの会が、東京に何らかの拠点を持っておられますが、例えば神言会やカルメル会のように、管区本部が名古屋にあったり、そのほかの町(例えば淳心会は姫路)にあるものもあります。

今回でかけた理由は、これまた二年越しで、会長の柴田神父様(アウグスチノ会)から、講演を頼まれていたため。日本の教会で修道会が果たす役割について、質疑応答もあって、一時間のお話を三回。いろいろと意見交換もできました。

それぞれの修道会が会員の減少や高齢化という悩みを抱えるなかで、これからの日本の教会の福音宣教にどのような役割を果たしていくのかについて、今回同伴してくださった勝谷司教も交えて、良い話し合いができたと思います。初日には教皇大使も来られ、港意見を交わして行かれました。

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金曜日は定例の仙台教区の東北大震災復興支援の会議。7年が経過し、全国の教会としての支援活動である震災から10年目が視野に入る中で、例えば大槌のように閉鎖となったボランティアベースや、活動を地元に移管した宮古での札幌教区の活動なども出てきています。釜石のベースは、すでにNPO法人として独立しました。これから、10年以降にどのように地元に引き継いでいくのか、方策を考える時期になってきました。もっとも、福島は事情が異なり、まだまだ先が見えません。東京教区ではCTVCが中心になって南相馬市の原町教会敷地内の拠点を設置しています。今後これをどのように地元に根付かせていくのかが、課題となってきますが、10年と言わずさらに長期の関わりが、必要だと感じています。

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そして今日の日曜日、志村教会での堅信式。志村教会は、深水神父様が担当されています。ミサには100人近い方が集まり聖堂はいっぱい。東京教区の標準から言うと、小さい部類の小教区だと思いますが、例えば新潟教区であれば、十分に大きな小教区です。

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今日は9名の方が堅信を受けられました.。またそのうちのお一人は、今日が洗礼式。またお一人は今日が初聖体でもありました。堅信を受けられた方との関係で、イエズス会の竹内神父様(写真下)も共同司式に加わってくださいました。

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ミサ後には、先日教区の司祭団でもお話ししたのと同じパワーポイント資料を使って、アフリカでの宣教の体験についてお話しさせていただき、その後、皆で祝賀会。

堅信を受けられた皆さん、本当におめでとう。

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2018年5月24日 (木)

教区合同堅信式@聖霊降臨の主日

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5月20日の聖霊降臨の主日は、東京カテドラルの関口教会で、午後2時半から教区合同堅信式が行われました。

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いくつの教会から信徒の方が来られたのかは数え忘れたのですが、(もちろん公式な記録は残っています)、少なくとも7つくらいの小教区から、206人の方が集まり、堅信の秘跡を受けられました。

私にとって、200人を超える堅信式は、ガーナで働いていた30年ほど前以来、久しぶりのことでした。

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そのためにカテドラルに皆さん来られたのですから、司教が堅信を授けないわけには行きません。私ひとりですべての方に堅信を授けました。ですからミサ中の堅信の秘跡の部分だけで1時間以上かかり、結局2時半に始まったミサが終わり、記念撮影も終わったら、すでに5時を過ぎていました。参加した皆さん、おめでとうございます。そしてお疲れ様でした。カテドラルに一緒に集まり、教区の共同体の一部としてともに歩んでいることを肌で感じていただけたのであれば、幸いです。

以下、堅信式ミサの説教の原稿です。

私たちは、信仰に生きています。私たちが生きていくためには、例えば食事を誰かに代わりに食べてもらうことができないように、信仰に生きることも、誰かに変わってもらうことはできず、私たち一人ひとりの個人的な関わりと決断が必要です。その意味で、信仰に生きると言うことは、プライベートな個人的な事柄と言うこともできるでしょう。

しかし、第二バチカン公会議の教会憲章には、こう記されています。
「神は、人々を個別的に、まったく相互の関わりなしに聖化し救うのではなく、彼らを、真理に基づいて神を認め忠実に仕える一つの民として確立することを望んだ。(9)」

そして教皇フランシスコも、「福音のよろこび」の中で、こう言われます。
「神は人々を個々人としてではなく、民として呼び集めることをお選びになりました。一人で救われる人はいません。」(「福音の喜び」113)

わたしたちは、個人として信じると決断して受けたこの信仰を、一人で孤立して生きるのではなく、共同体の中でともに生きていくのです。それは神ご自身が、わたしたちを、一つの民、「神の民」として呼び集められたからに他なりません。教会にとって、信仰者が共に生きる共同体の存在はとても大切なものです。共同体なしに、教会はあり得ません。信仰者は個人として責任を持って信仰に生きるのですが、同時にその信仰を共同体の中で育むのです。

聖霊降臨の主日にあたり、多くの方がこのミサの中で堅信の秘跡を受けられます。聖霊の賜物をこの秘跡を通じて受けることで、キリスト教入信の秘跡が完結します。聖霊の賜物はそれぞれの方に、それぞれ固有の生き方の可能性を与えます。堅信の秘跡を受けることによって、いわば大人の信徒になるのですから、神からいただいた恵みに応える大人としての責務を自覚して行動してください。

五旬祭の日に、弟子たちは一つになって集まっていたと、第一朗読に記されていました。そこには共同体として一致している弟子たちの姿が描かれています。同時に集まりからは、主イエスを失い、戸惑いと恐れのうちに、社会の現実から自らを切り離し隠れようとしている、消極的な姿勢も垣間見ることができます。

しかし、その消極的だった弟子たちは、聖霊を受けることによって、「霊が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話し出した」と記されています。

聖霊を受けることで、急に外国語がペラペラになるのであれば、そんな素晴らしいことはないのですが、残念ながらそういうことはなかなか起こらない。ではこの弟子たちに起こった変化には、どういう意味があったのか。

この弟子たちの様子を目撃した人々の言葉にこうあります。「彼らが私たちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは」。

すなわち弟子たちは聖霊に満たされることによって、神の業を語り始めたのだけれど、それは人々が理解できる言葉であったということです。私は、たぶん、外国語を話したと言うことよりも、人々がわかる言葉で、福音を語り始めたことの方が大切であるように思います。

堅信の秘跡を受ける信仰者は、大人の信徒としての道を歩み始めます。大人の信仰には、与えられた賜物に応えていく責任が伴います。その責任とは、主イエス御自身が弟子たちを通じて私たちに与えられている、福音宣教の命令です。大人の信徒の責任は、福音宣教の務めを果たすこと、すなわち、神の業を人々がわかる言葉で語ることであります。

聖霊を受けた弟子たちがそうであったように、私たちも教会共同体において聖霊を受け、そこから外に向かって派遣されていくのです。ですから問題は、派遣されて出た社会の現実の中で、果たして私たちは、人々が理解できる言葉で福音を語っているのかどうかであります。

私は口べただから、何を語って良いのかわからない。そうかも知れません。実は、福音宣教は、雄弁に語ることだけなのではありません。問題は聖霊の賜物を受けて、どのように生き.その生きる姿勢であかしをするのかであります。

わたしたちは、自分の生きる姿を通じて、福音をあかしいたします。それがわたしたちの福音宣教です。
わたしたちは、ほかの方々との関わりの中で、福音をあかしいたします。それがわたしたちの福音宣教です。
わたしたちは、愛の奉仕の業を行うことで、福音をあかしいたします。それがわたしたちの福音宣教です。

本日の第二の朗読、ガラテヤの教会への手紙でパウロは、霊の望むところと、肉の望むところは相反しているのだ。私たちは霊の導きに従って生きるのだ、と教えます。

肉の望むところとしてパウロは、具体的な様々な罪を掲げます。それらはすべて見てみると、結局は自分の欲望を中心とした、全くもって自分中心の利己的な欲望やそれに基づく罪ばかりであります。

それに対してパウロは、霊の結ぶ実として、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制を掲げます。これらは、自分の欲望を中心にするのではなく、誰か相手に対して良くしよう、仕えよう、奉仕しようとするときに必要な徳であります。他者中心の徳です。

すなわち私たちが、聖霊に促されて社会の現実の中で福音をあかしするとき、その言葉と行いは、自分中心ではなく、困難を抱えている人を中心に据えた、他者のために自らを犠牲にする行いによらなければなりません。まさしく、イエスご自身の人生は、他者のために自らを犠牲にする人生でありました。

一人ひとりの能力には限界があります。私たちはひとりでは完璧にはなることができません。でも私たちには互いを支え合う信仰の共同体があります。そしてなによりも、私たちを支え導く聖霊の照らしがあります。聖霊の導きに信頼しながら、そして共同体の支えに力づけられながら、勇気を持って、自らの言葉と行いで、福音をあかしして参りましょう。

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2018年5月22日 (火)

アフリカ開発の新しい視点を求めて@上智大学

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アフリカの新たなビジョンをテーマにした国際会議が、ローマから帰国した翌日、5月19日に土曜日に上智大学で開催されました。

今回の会議は、カトリックの聖エジディオ共同体、上智大学、立正佼成会が共催し、駐日イタリア大使館も協力。日本の政府関係者(外務省関係、国会議員、JICA関係者など)も参加し、日本とイタリアがアフリカでどのような役割を果たしていけるかの、意見を交換。

私は、主催者の一人であり、今回の企画を自らの人間関係の豊かさの中で実現した立役者である、聖エジディオ共同体の事務局長、アルベルト・クアトルッチ氏を以前から存じ上げていたこともあり、東京の大司教として、また元アフリカ宣教師としてあいさつをしてほしいと依頼され、参加しました。

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また講演者の一人は、ガーナ独立の父クワメ・エンクルマの娘サミア・エンクルマ女史でした。お名前は存じ上げていたものの、初めて話を聞き、挨拶をすることもできました。サミア女史は現在、ガーナの国民会議党の党首として、政治の場で活躍中ですが、ガーナにかかわるものとして、その父クワメ・エンクルマはガーナ独立の父として伝説の人物です。

1957年3月7日のガーナ独立の立役者であり、初代ガーナの首相、その後大統領になったエンクルマは、1966年に北京訪問中に起こったクーデターで失脚。そのままガーナへ帰ることなく、1972年にルーマニアで亡くなりました。現在首都のアクラに立派な記念廟が建立され、そこに葬られています。

エンクルマに対する評価は分かれるところがあり、パンアフリカニズムの旗手としてジョモ・ケニヤッタやユリウス・ニエレレなどとともに新生アフリカのリーダーとなったことは確かですし、非同盟運動においても重要な役割を果たしましたが、内政はそれほどうまくは運営されていなかったのも事実です。ちなみに1966年のクーデターは、共産化を恐れた米国のCIAが深くかかわっていたことは歴史的な事実であるといわれます。

サミアさんは1960年に生まれ、父の政権が転覆させられたクーデター後、一時は母親の祖国であるエジプトに住んでいたこともありましたが、その後帰国し、政治活動を続けています。

今回の会議には、多くの講演者が招かれており、それぞれの持ち時間が本当に短くて残念でした。次回以降の企画に期待したいと思います。なおバチカンからは、総合的人間開発促進の部署から、トマシ大司教が参加されました。

聖エジディオ共同体については、どう説明してよいかわからないのですが、1999年に庭野平和賞を受賞した時の、庭野平和財団のホームページの記載がわかりやすいので引用します。

カトリックの在家運動体として30年余、祈りの精神を基盤に国内外の社会的弱者への奉仕活動を展開。国際紛争の調停にも積極的にかかわり、1987年以降は、諸宗教の対話を促進するため、「人びとと諸宗教の出会いと平和の祈りの集会」を開催している。「聖エジディオ共同体のメンバーは誰もが、貧しい人びとやホームレスの人びとと日夜接しており、その中に友情と呼び得る個人的な絆を少しずつ築いています。実際、私たちは、誰かを支援したり、助けようとしたりするよりは、福音書がか弱き人と呼ぶ人びとの兄弟姉妹になり得るようにと努めています」

ローマのトラステベレに本部があり、日本でも宗教者の平和活動や死刑廃止運動にエキュメニカルにかかわっています。

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