2010年2月 9日 (火)

ロシアへの足

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写真は一昨日、札幌のカテドラル北一条教会で午後から行われた、地主司教様への感謝ミサの様子です。新潟教区の方々には、どことなく雰囲気の似ている聖堂というイメージもあるかもしれません。天井が船の底のようになっている構造で、新潟よりは天井が低く感じます。また札幌では箱形のパイプオルガンが祭壇内陣の前、向かって右側に配置されております。祭壇の後ろ側に司教座が配置されておりましたが、座ってみるとこれが思いの外座面が高く、足がつきません。新潟も以前は座面が高くて足がぶらつきましたが、現在はいすを変更したために解消されました。それほど足が長くはないものですから。

さて、今朝の新潟日報によれば新潟とハバロフスクやウラジオストクを空路で結んでいるウラジオストク航空は、この夏スケジュールから成田空港にチャーター便として週に2便を飛ばすことにしたために、新潟便を減便することに決定したと報じられておりました。これまで金曜日と月曜日に飛んでいたハバロフスク線は3月末から水曜日だけになるとか。長い歴史を持った路線であるだけに残念ですが、ロシアの企業も昔と違い私企業ですから、リスクをとることはできないのでしょう。とはいえ、このフライトを前提として、新潟教区とハバロフスクの教会との友好関係を深めようとしていた矢先です。しかもやっと道筋が見えてきて長期的な関係が確立されそうとなっているこの時点で、この決定は打撃であります。今朝方新しく赴任してきたロシアの総領事と新潟市長が面談し、路線の維持や週2便の復活を要請したとニュースで聞きましたが、何とか新潟市にもがんばっていただきたいと思います。

以前、ダリアビア航空が破綻してこの路線の存続が危ぶまれたとき、ウラジオストク航空が路線を引き継いでくれて何とかここまできていたのですが、さすがにウラジオストク航空もハバロフスクとウラジオの二便はきつかったのかもしれません。巨大マーケットである首都圏から観光需要をと考えての成田選択かもしれません。もっとも成田に移ることが、必ずしもベストの選択ともいえません。都心やそのほか周辺地域からのアクセアスのことや、国内各地との接続のこと、また空港自体の利便性などを考えれば、ロシア極東路線の規模であれば小規模で使いやすい地方空港発着を維持した方が、ビジネス的にはベターな気もします。新幹線で新潟に入りバスで空港へ向かって登場するのも、アクセスが改善されつつある現在、思いの外便利になっています。もちろん空港の小さい規模が、混雑することもなく飛行機までたどり着ける環境を生み出しているし、国内線との連携をもう少し改善できれば、各地からロシアへ飛ぶ利便性を向上させることもできます(その意味で、福岡線は何とかならないものかと思います。以前、前日の夕方に福岡から飛んで一泊して翌日午後ハバロフスクへ出かけた人に出会ったことがあります)

とにもかくにも、ウラジオストク航空。がんばってくださることを期待します。応援します。

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2010年2月 8日 (月)

地主司教様に感謝のミサ

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昨日の日曜日、小雪舞う札幌のカテドラル北一条教会で、引退された地主司教様への感謝ミサが午後3時半から捧げられました。司式と説教は私。一昨日に札幌へ来る予定が、3日間に渡る新潟空港の滑走路閉鎖の影響で北海道国際航空便も欠航となり、日曜日の午前11時55分に挑戦という手もありましたが、日曜に空港がどうなっているのかわからず、結局朝早くに東京へ出て、11時の羽田便に乗ることに。東京はいい天気でしたが、羽田空港のゲート近くに集まった人たちは、スキーにでも行くような出で立ちの方々ばかり。しかもこの11時の便はジャンボを使っているのですが、満席で空席待ちまで出ている。確かにインターネットで押さえたとき、あと2席しかないと出ておりました。国内線用ジャンボで満席ですから500人を超える人たちということ。すごい熱気でありました。札幌は雪祭りの真っ最中であります。

さて午後3時半からのミサには、北海道各地から代表の司祭の方々も集まり、聖堂は一杯でした。北一条教会の収容人数はどれくらいでしょう。もちろん同じカトリック教会ですから典礼は変わりませんが、しかし、教区が違うとそのほかの「しきたり」でいろいろと異なるところもあり、ミサの始まる前の準備からはじまって、とまどうことが多くあります。勝手のわからないところに迷い込む気分は、仕事柄しばしばあるにもかかわらず、大変苦手です。慣れることがありません。

ミサ終了後にはお隣の幼稚園ホールでちょっとしたパーティーに。聖園幼稚園は、「せいえん」と読むんですよね、確か。新潟ではこれを「みその」と読みます。それはさておき、写真はその時に信徒の方が撮ってくださったものです。地主司教様には1988年以来22年間、本当にご苦労さまでした。しかも定年の75歳を過ぎてから4年以上も後任が任命されず大変であったと思います。お働きに感謝します。普通であれば、引退と同時に後任が発表され、その後任の叙階または着座式が前任者への感謝が述べられる機会となるのですが、今回はそれがありません。そこで是非にとお願いして、今回のミサといたしました。準備してくださった小教区の方々、ありがとうございました。

ミサの説教や挨拶でも申し上げましたが、教会は牧者に導かれた羊の群れとして、共同体性を最たる特徴にして存在していますから、牧者がいない期間は短いほど良いということになります。つまり私の今の教区管理者という役割が、一日も早く終了することこそが、今目指すべき目標です。ですから一日も早く新しい牧者が札幌教区に与えられるように、お祈りをお願いします。

本日の月曜日は札幌教区の司祭連絡会議です。いわゆる司祭評議会と同じメンバーですが、教区司教が空位の間は司祭評議会も解散となっているので、開催することはできません。しかしそれでは教区の様々な行事に滞りが発生するので、次善の策として、連絡会議を行うことにしました。今日は天候も回復しているようですから、夕方には新潟へ戻れそうです。

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2010年2月 6日 (土)

札幌へ行けずにいます

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新潟の雪はやむことなく、市内は本日も大雪。昨日はそれでも風もない一日でしたが、本日は朝から風の強い一日で、吹雪のような状況が繰り返します。おかげで昨日に続いて本日も、新潟空港の滑走路は閉鎖中。夕方7時過ぎの北海道国際航空便で札幌へ向かう予定でしたが、残念ながらこの便を含めほぼすべての便が欠航に。さあ、札幌に行けません。珍しいことです。

明日は地主司教様への感謝ミサですが、始まるのが午後の3時半。そこで明日の朝早くに新幹線で東京へ向かい、11時の全日空で羽田から札幌へ向かうことにしました。ちょうど開催中の雪祭りのためなのでしょうか、羽田から札幌へ向かう便は満席の様相です。この地域の鉄道は、在来線は除雪や風のために止まることも多いのですが、新幹線は運行することが多いので、たぶん明日の朝は大丈夫でしょう。新潟の司教館の屋根にもつぶれんばかりの雪が積もっています。私の寝室の窓からは、雪で外が見えない状況となりました。

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2010年2月 5日 (金)

新潟は大雪です

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新潟は雪国ではありますが、新潟市内でこれだけ雪が降るのは珍しいことです。市内は昨日あたりから大雪です。今朝はすでに降り始めから80センチを超える積雪で、20何年ぶりの降雪量のようです。昨日は東京で常任司教委員会と社会司教委員会でした。会議が終わってから新潟に戻りましたが、まもなく新潟の燕三条の駅では新幹線がなかなか発車しない。するとアナウンスが。「雪のため扉が三カ所閉まりません。しばらくお待ちください」。雪で閉まらない。新潟に到着して駅の外へ出ると、街は雪に埋まっておりました。

日本26聖人(聖パウロ三木と25同志殉教者)の祝日であり初金でもある本日。新潟の街は大雪で大混乱でした。江部主任司祭と坂本助任は、朝のミサ後に雪かきで大汗を流し、私も少し手伝わせて頂きましたが、毎日これをしたら、かなり体重を落とすことができると実感いたしました。

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教会のすぐ目の前には海岸方向へ上る坂道があります、しかもかなりきつくカーブを切っている。今朝は除雪も追いつかず、頂上付近でトラックが立ち往生。写真の如くその後ろに路線バスが数珠つなぎとなりました。教会の目の前は新潟中央消防署ですが、消防士の皆さんが「緊急出動」して、トラックを押し上げ、やっとの事で渋滞も解消。

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明日の夜は札幌へ飛ばなくてはなりませんが、明日も大雪のようですから、どうなることか。

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2010年2月 2日 (火)

2月となりました

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1月最後の日曜日は山形教会でミサを捧げました。雪の時期に峠を越えて山形まで行くのはなかなかの旅ですが、かといって大宮経由で新幹線という代替手段しかありませんから、車を利用するしかありません。写真はその日曜の山形教会聖堂です。

そして2月1日の月曜日は午前中に聖母学園の理事会。午後からは同じ聖母学園の園長会。新潟県下の17カトリック幼稚園の法人組織です。さらに夕食からは新潟教区司祭の月の集まりでした。今朝は朝からの会議のあと、11時15分から小聖堂で司祭団と共に、主の奉献の祝日のミサを捧げました。小教区の朝のミサでは、教会の伝統にしたがってロウソクの祝福が行われました。

さて2月になりましたので、今月のこの後の主な予定を記しておきます。

  • 2月4日(木) 常任司教委員会と社会司教委員会・東京
  • 2月7日(日) 札幌教区、地主司教様への感謝ミサ・15時半から
  • 2月10日(水) 月曜会のミサ・新潟教会
  • 2月14日(日) 清泉女子大学で講演・東京
  • 2月15日(月)から19日(金) 司教総会・東京
  • 2月22日(月) 札幌教区司祭の月例会
  • 2月26日(金)27日(土)難民移住移動者委員会東京教会管区セミナー・札幌

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2010年1月30日 (土)

YYSPのワークショップ開催

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昨日の夕方、東京でカリタスジャパンのHIV/AIDSデスク主催の小さなワークショップが開催されました。ワークショップの対象は学校の先生たちで、今回が2回目の開催。HIV/ADISデスクでは若者を対象にしたこの課題の啓発を考えてきましたが、そのためには学校で教えてもらうのが一番だと考え、先生たちを対象にした勉強会を定期的に開催しています。

今回はYYSP、つまりYoung for Young Sharing Program、つまり若者対若者のわかちあいプログラム(若者相互によるAIDS啓発プログラム)を紹介して頂きました。さまざまな学校でこのプログラムを実施してきたHIVと人権・情報センターのスタッフによって、二十名ほどの参加者が中学生になったつもりで、実際にプログラムを行って頂きました。

YYSPは「子どもたちがAIDSについての認識と理解を深めていくことにより、自分や他の人の生命や健康、個性を尊重しながら、豊かな人間関係を築くこと」を目的としているとのこと。

わたしにとってはやはり自分自身が主任司祭を7年ほど務めていたアフリカ・ガーナの山村の教会での体験が忘れられません。87年から94年までそこに務めていたのですが、しばしばAIDSで亡くなっていこうとする人たちのために祈るようにと招かれました。まだこの病気が発見されたばかりの時期で、ほとんどの人たちが何の治療も受けることもなく、主に結核を悪化させて、本当に血を吐きながら亡くなっていった時期でした。患者さんたちへの偏見もその頃は強く、窓もないような奥の部屋でひっそりと亡くなっていった人たち、その冷たくやせ細った腕を握りながら、一帯どのような言葉をかければ人生の最後に希望をもっていくことができるのか、本当に悩みました。

そんな話をワークショップの最後にしたら、なんとスタッフの青年のひとりが、ガーナで、しかもわたしが昔働いていた地区で活動したことがあると分かり、ビックリでした。

HIV/AIDSへの取り組みには、一つの正解があるわけではなく、さまざまな方向から手を延べなくてはならないと思います、教会にもその中で担っていくべき役割があると感じております。

なおHIV/AIDSデスクでは、啓発活動の一環として携帯などに使えるストラップを用意しております。レッドリボンを十字架型にデザインしたカリタスのオリジナルデザインです。詳しくはカリタスジャパンのホームページに掲載され次第、お知らせします。

P.S. HIV/AIDSデスクのストラップがカリタスジャパンのホームページに紹介されています。こちらをクリックして、ひとりでも多くの方に

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2010年1月27日 (水)

札幌は寒い

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月末は札幌の司祭の集まりですので、日曜日の夜から札幌に来ております。新潟市内と比較をすれば、やはり雪が半端ではありません。寒いです。司祭の集まりは札幌市から少し離れた石狩市の花川というところで行われました。と書いても、未だに地理がよく飲み込めていませんのが、車で40分ほどのところです。ここには殉教者聖ゲオルギオのフランシスコ修道会という、名前を聞いただけでドイツから来たことが連想される女子修道会が修道院を構え、同時に藤女子大学を開設しているところでもあります。毎月の集まりはここで行われるということ。とにかく雪の深いところで、加えて昨日は吹雪のような一日でしたから、どこがどうなのかはまったく把握できず。きっと雪がなくなった季節になって初めて、その地がどんなところかがわかることでしょう。

修道院の中に入って、以前一度来たことがあるのに気がつきました。その昔名古屋教区の研修委員会委員を務めていたときに、札幌教区に招かれて、共同体作りについての話をしに訪ねた場所がここでした。雪の深さにも驚きましたが、修道院の入り口の正門のすぐ脇には、居酒屋の「つぼ八」があるのですが、これがまた巨大。聞くところではその昔はボーリング場だったりスーパーだったりした建物だったようで、こんな巨大なつぼ八は見たことがありません。その晩には司祭たちとともに訪れたのはいうまでもありませんが、これがけっこうにぎわっている。しかも家族連れで。マーケットリサーチをしての開設だったのでしょう。

この日の集まりでは、フランシスコ会の濱田了神父様をお招きして、教会法の結婚に関する手続きのことなどについて勉強会をいたしました。教会法は、新たに定められた後にも神学的研究の成果や整合性の検証、そして現実的課題などを総合的に勘案して、様々な改正が施されていますが、そういったあたりを中心にして、婚姻の秘跡に関して学び直しをいたしました。小教区の司牧の現場では、もっとも頻繁に遭遇する課題でもあります。

また集まりの後、夕刻には、札幌教区の顧問会も開催いたしました。写真は、翌朝、シスター方と朝のミサをともにした後、ふと窓の外を見たらの、雪の風景です。今日、水曜日は天気も良いので、夕方の飛行機で新潟へ戻る前に、司教館の近くを歩いてみようかと思っております。

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2010年1月25日 (月)

倉橋神父様、新潟教会で講演

Img_8476 昨日の年間第三の主日、新潟教会の9時半のミサはサレジオ会の倉橋神父様の司式でした。倉橋神父様はこの30年ほど、南米のボリビアで宣教活動に従事されております。一時帰国の機会に、一昨日の土曜日は新発田市で、信徒の関わっているネパールの学校支援の市民団体に招かれて講演会をされたそうです。ちょうど良い機会だということで、日曜日のミサを新潟教会でお願いすることになりました。

ミサ後には、40名近い人が聖堂に残り、倉橋神父様からボリビアの話を伺いました。もっとも30年の宣教の話を一時間程度にまとめるのは容易ではないことは、簡単に想像できます。そもそも私たちの多くがボリビアについて、また南米について、ほとんど知らないということもあります。倉橋神父様はそこらあたりをしっかりと把握されており、日本の生活と南米の生活の違いを様々な事例を持ち出して、話してくださいました。例えば日本における自動販売機の存在や、全国に散らばる郵便局やポストの存在。これは私もアフリカにいた頃に痛切に感じた日本との違いでした。特に郵便の宅配なんて夢物語で、加えてポストを維持することも容易ではない。郵便を出したり受けたりするためには郵便局へ出向かねばならず、しかもその郵便局がそれほど存在しない。だから受け取りの住所は、住まいの住所ではなく、必ず私書箱になります。そのほかいろいろと例を挙げてくださいました。

そしてハーモニカの演奏の披露。これがまたお上手です。文化の違いもあるため、ボリビアのミサの歌と比べると日本のミサの歌は元気がないと、ボリビアの入祭の歌を一曲披露してもくださいました。確かに文化の違いでありました。

そして最後に、いろいろな苦労はあるし貧しさもあるけれど、ボリビアに働いていると日本では味わえない幸せなことがある。それはカトリックの国なので、どこへ行っても司祭として生きていくことができる。郵便局や警察などからも、しばしばミサを頼まれる。祝福を頼まれる。司祭として生きていくことが楽しい世界である。日本では決して味わうことのない世界であると思います。

倉橋神父様を始め、多くの日本人宣教師が世界各地に派遣されています。どちらかといえばシスターの方が司祭よりも多い。日本の教会から派遣されているこの宣教者たちのために、どうぞお祈りくださいますように、お願いいたします。

というわけで、本日は雪の札幌から、でした。

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2010年1月23日 (土)

倉橋神父様、来訪

サレジオ会の倉橋輝信神父様が新潟を訪れています。倉橋神父様といえば、南米のボリビアで30年ほども宣教活動に取り組まれているベテラン宣教師です。現在は健康のこともあり、年に一度、ボリビアが夏休みのこのころに、日本に戻ってこられるのだとうかがいました。

倉橋神父様は、新発田教会の信徒の関わりで、本日は新発田市で講演をされました。これは海外の学校などを援助している民間団体関連で、公共の施設で行われたそうです。明日の日曜日は、倉橋神父様が新潟教会の9時半のミサを司式してくださり、その後、ボリビア宣教のお話を聞かせて頂けることになっています。なかなか聞ける話ではありませんから、どうぞご参加ください。

新潟は今日も雪。暖冬のはずが、とても寒い毎日が続いています。明日の夜から数日間は北海道です。

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2010年1月21日 (木)

ガーナに新しい司教誕生

Kumordji 昨年11月にローマを巡礼で訪れた際に、その筋の関係者から噂を耳にしていたので期待していたのですが、教皇様は1月19日、ガーナに新しい司教を任命されました。Gabriel Kumordji被選司教は、神言会の会員でガーナ管区長も務められた方です。2007年6月にガーナの東州アフラム・プレインズ(Afram Plains)がKoforidua教区から独立して誕生したドンコクロム(Donkorkrom)使徒座管理区を、この度Vicariate Apostolic・代牧区に昇格させ、その初代代牧区長として、これまで使徒座管理区長であったKumordji師を任命し司教とすることを発表されたのです。

聖座の発表によれば、この地区の人口は約16万人で、信徒は約1万7千人。働いている司祭は12名ということです。わたしがいた頃、Afram Plainsはダム湖に突き出た半島であるにもかかわらず陸路がなく、外へ出るにはフェリーしかなかったのですが、いまはどうなのでしょう。

Kumordji(クモジと読みます)被選司教は、わたしがガーナで働いていたときに一緒させて頂いた方で、わたしが1986年8月15日にアクラに到着したときに空港まで迎えにきて来れた方でもあります。おめでとうございます。(写真は2006年12月に、ガーナのOsonson教会聖堂の香部屋で)

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