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2005年10月30日 (日)

村松教会訪問


 新潟市から車で40分ほどのところにある村松教会を訪問しました。このほど新潟市に合併した新津からさらに進んだあたりとでもいいましょうか、微妙な距離感のところにある町です。来る1月には隣の五泉市と合併になるのだそうです。
 村松教会の歴史は結構古く、戦後すぐにカマボコ型兵舎を利用して教会は始められたそうで、当時は神言会の宣教師が新潟から通ってきていたとか。
 ミサに集まった信徒の方は6人。近隣にもう少し信者さんがいるはずだということでしたが、だいたいこれが村松教会の現状です。担当は寺尾教会(新潟市内)の佐藤師です。確かに新潟教区内では一二を争う小さな共同体ですが、少なくとも土地と建物があります。こじんまりとした聖堂はきれいに内装され落ち着いた雰囲気で、私にとっては好きな聖堂のひとつといえます。
 ミサのあとには名物のおいしい鯉料理をいただきました。小さい教会ですが、なにかまだまだ有望な未来があるように感じました!

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2005年10月29日 (土)

・・・と書いたらインドで・・・

 下の記事を書き終わってニュースを見たら、インドのニューデリーで4カ所での同時爆発があったということでした。インド政府としては、今回の地震救援に伴ってカシミールでのパキスタン国境のセキュリティーが緩んでいたためではないかとまず疑ってかかるでしょうから、再び交通を厳しく制限することになるのかもしれません。パキスタン側を見たことがないので客観的ではありませんが、少なくともインド側では目に見える形でパキスタンからの攻撃のあとが、しかもそんなに古くないあとがいくつも見られたことや、実際に避難民キャンプに暮らす人の話を聞けば、相互の理解は簡単には確立しえないという疑心暗鬼な気持ちは良く分かります。

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何事にも時があり

「何事にも時があり 天の下の出来事にはすべて定められた時がある(コヘレトの言葉3章1節、新共同訳)

 うまくいかないことの方が人生の大半を占めています。すべてが思い通りになる方がおかしい。でも、そうしようとあがいてみるのは、人間の性です。もっとも、周りの出来事をあきらめてそのまま受け入れるということでもなく、いまその「定められた時」に従っている「出来事」は何なのかを見極める心の目が欲しい、そう思う一日でした。
 何もしないで休んでいた一日でしたから、たまには聖書の言葉でも・・・。
 明日は村松教会を訪問する予定です。
 写真は、先日の地震にあったパキスタンと国境を接するインド側カシミールの国内避難民キャンプ。

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2005年10月28日 (金)

そろそろクリスマス?


 郵便局に行った帰りに、新潟三越の向かいにあるNEXT21のロビーからクリスマスキャロルが流れてきたので、思わずロビーに足を踏み入れました。ロビーでは障害のある方々の絵画展も行われていましたが、それより何より真っ先に目につくのは、写真の背が高くきれいなクリスマスツリーでした。もちろんフィリッピンみたいに9月にはいるともうクリスマス商戦開始の国もありますが、日本も12月24日までが勝負ですから、そろそろ開始ですね。日本の年中行事の中で、クリスマスが受け入れられたのはどうしてだったのでしょう?年末年始の直前、冬の本格的な開始を告げる年中行事としてちょうど良いときに当たったからかもしれません。もともと暗い冬の中での太陽のお祭りが降誕祭と結びついたともいわれていますから、季節感的にはぴったりだったのかもしれません。朝晩冷え込むようになりました。風邪を引かないように暖かくしてお過ごし下さい。

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2005年10月27日 (木)

日記について

 昨日、この日記やホームページのサービス提供をしていただいているニフティからメールで通知があり、現在この日記に使用している機能の提供を中止してブログに移行するとのことでした。来年5月末までの移行期間が設けられています。いずれにしろブログ形式に移行しますが、やってみたことがないのでどうなるのか分かりません。しかしホームページはそれで必要なアイテムですから、そちらを主にして日記がくっつくという形式は変えずにおきたいと思います。
 ところで新聞の片隅に山口県の私立校、多々良学園が民事再生法の適用申請をしたとの記事がありました。学校法人では初めてだとか。少子化の時代、私立学校ではいずれこういう事態が到来すると覚悟はしていたとはいえ、厳しいことになってきました。明治以来日本の教育の一翼を担ってきた私立学校ですが、このまま少子化が継続すれば経営が立ちゆかなくなる学校が続出する恐れもあります。学校の経営とは不思議なもので、定員通りの入学者が見込めるのであれば、その年の収入は自ずと明らかになり安定した運営が出来ます。ところが、定員割れをすると収入が減るものの、支出の大半を占めている人件費や教育関連費を削減するにも限界があり(まさか一人の教員が二クラス同時に教えるわけにも行かない)、あっという間に赤字に転落します。教育レベルの維持と健全な経営を両立させるのも至難の業となってくるのです。

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国際カリタス事務局長来日

 国際カリタス(本部バチカン)の事務局長ダンカン・マクラーレン氏が来日中です。ダンカン氏はスコットランド出身で、イギリスの国会で政策関連の調査員をしたり、スコットランドのカリタス事務局長をした後に国際カリタスに入り、1999年の総会で国際カリタスの事務局長に選出され、現在2期目です。
 今回は初来日で、韓国での会議に先立って日本によられたものです。本日は午前中に五反田の清泉女子大学で主に一年生を対象に講演会をしていただき、不肖私が通訳を致しました。昨日原稿を渡されて一応目を通したのですが、もちろんその通りに話は進まず、かえってしどろもどろの通訳となり迷惑をかけてしまったかもしれません。グローバル化する世界において真の連帯をもたらす努力を続けること、また開発において平和構築と和解を重要な要素として取り上げ、また政策提言をしていくことなど、1時間に亘ってお話しいただきました。午後にはカトリック会館で社会系の諸委員会事務局の方々と意見交換をしたり、カトリック新聞の取材を受けたりと忙しい毎日でした。明日にはソウルに向けて離日されます。写真は講演後のダンカン氏。

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2005年10月24日 (月)

小教区を訪問し終えて

 鹿角訪問で教区全体の小教区はすべて訪問しました。それにしても新潟、山形、秋田という三県を結ぶ交通網の悪さを痛感しました。高速がないのはまだしも、唯一の動脈国道7号線にしても、随所で海岸沿いの「細道」になりますし。定時性で頼りの鉄道も大雨や雪でしばしば止まりますし。とても移動が大変です。
 小教区は新潟などの都市部はまだしも、そのほかの地域ではいずれも少子高齢化の波をもろにかぶり、ただでさえ信徒が少ないこの地域で今後の小教区の進むべき方向に不安を感じさせるものがあります。とはいえ、最終的には私たちに宣教命令を下された主ご自身のなせる業ですから、その配慮と計画に信頼するしかないということを再確認させられています。
 写真は鹿角教会聖堂

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鹿角教会訪問


週末は鹿角教会を訪問していました。新潟教区にある小教区(巡回を除く)で、一番最後に残っていたのが鹿角です。そして距離的にも新潟から一番遠い。秋田の北の端です。いみじくも信徒の方がいわれてましたが、秋田県なのに、秋田に出るより盛岡(岩手)に出る方が便利。なんといっても近くには東北高速のインターチェンジまであるんですから。秋田までは山を越える道路(とはいえ、いまは紅葉が美しいのですが)を車で2時間、さらに秋田から新潟までは車で5時間半。都合7時間半強のドライブでした。さすがに新潟へもどったら血圧が急上昇して、考えてみたら同じ姿勢で車を長時間運転していると、それこそエコノミークラス症候群にでもなるかもしれません。次回はもう少し無理をしてでも余裕のある日程にしようと誓いました。
 さて美しい山に囲まれた鹿角教会は、今月の「毎日のミサ」の表紙にもなってますね。80年以上の歴史を誇る小さな教会と幼稚園があります。かつては小坂あたりの鉱山などで栄えた地域です。隣町小坂にあった教会もいまでは閉鎖となりました。若い信徒の方が全くいない事への大きな不安の声が聞かれました。
 写真は鹿角教会の信徒の方々と。(主任は大館の伴神父様)

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2005年10月20日 (木)

山田神父様の葬儀


 本日は亡くなられた山田恵尚神父様の葬儀が新潟教会で行われました。神父様は亀田教会で29年に亘って働かれ、幼稚園を大きく育てられました。またボーイスカウトを育成し、教戒師としても活躍されました。昨夜のお通夜にはそういった関係者の方々が多数参加してくださいました。本日の葬儀にも聖堂が一杯の方々が集まってくださり、山田神父様と別れの一時を過ごしました。山田神父様は秋田県の出身でした。そして昨日まで存じ上げませんでしたが、名古屋の南山高校の私の大先輩でした。
 68歳というのは司祭としてはまだまだ現役です。教区司祭は仲間を失いました。残念です。神父様の仕事を継いでくれる司祭志願者が出ることを願います。R.I.P.
 

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2005年10月18日 (火)

山田神父様の通夜と葬儀

 昨日亡くなられた山田恵尚神父様の通夜と葬儀の日程は以下の通りです。
 通夜:10月19日(水)午後7時から、新潟教会で。
 葬儀:10月20日(木)午前10時から、新潟教会で。

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2005年10月17日 (月)

山田神父様が亡くなられました

 亀田教会の前の主任司祭であった新潟教区司祭アロイジオ山田恵尚神父様は悪性リンパ腫のため、昨年11月頃から入院中でしたが、本日(10月17日)午後9時半頃、新潟市内の病院で亡くなられました。68歳でした。通夜・葬儀の日程は未定です。どうかお祈り下さい。

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2005年10月16日 (日)

鶴岡マリア幼稚園80周年

 昨日(土曜日)は、山形県の鶴岡市にあるマリア幼稚園の創立80周年記念式典に出席してきました。式典は市内の結婚式ホールを会場にミサから始まり、ショータイムあり、昼食会ありの楽しいもので、園児たちも最初から最後まで一緒に過ごしました。130名ほどの園児たちは「つまらない」ミサの間もとても静かで、私の方が驚きました。
 ミサの入場には子供たちと司祭が手を繋いで入場したり、子供たちによるステンドグラスの奉納があったり、もちろん大勢の来賓の大人もいましたが、そのなかでも出来る限り子供を中心に持ってくるような演出でした。
 ショータイムは遊び歌などで幼稚園関係者には絶大な人気を誇る旅芸人の福尾野歩さんによる歌と踊りとトークの一時で、子供たちから大人までを巻き込んだ魅力的でおもしろいショーでした。先生たちもステージで踊りました。
 80年といえば創立当初はちょうど大正から昭和になる頃で、今からは考えられないいろいろな苦労も宣教師はしたことでしょう。次の100年を目指して挑戦することを誓いました。
 準備をされた本間神父様以下職員の皆様、ご苦労様でした。すてきなお祝いでした。

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2005年10月11日 (火)

アシジの聖フランシスコのお祝い

 一週間遅れとなりましたが(本来は10月4日)、フランシスコ会の創始者、アシジの聖フランシスコの祝日を、長岡地区のフランシスコ会員と共に本日お祝いして参りました。毎年、長岡地区のフランシスコ会員と新潟教区司祭でミサを共に捧げ、そのあとお昼を一緒にしています。今年も長岡の表町教会で共にミサを捧げました。鎌田師が欠席だったため、フランシスコの霊名を祝う方は誰もいませんでしたが、長岡のブルーノ師が「ブルーノ」のお祝いが近いため、代表してお祝いのケーキにナイフを入れました。写真はケーキにナイフを入れるブルーノ師。
 フランシスコ会の修道服は折りたたむととても小さくなり、しわにもなりにくいので、持ち運びにもとても便利ですし、格好いいですね。神言会はイエズス会なんかと同じで教区司祭のスータンですから、簡単には持ち運べないのが難点です。

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2005年10月 9日 (日)

パキスタンでの地震

 世界の至る所では様々な大規模災害がこの数年相次いでいますが、ハリケーン災害への驚きもさめやらぬなか、今度はパキスタンで大きな地震が発生しました。先ほどのCNNではすでに1万8千人ほどの死者だという話でしたが、さらに増えることが考えられます。都市部では耐震性に優れていない建物が軒並み崩れ去っているようで、隣国のカリタスインド責任者からも先ほど、建物被害の惨状を伝えるメールが届いています。JICAの職員の方も崩れたアパートで命を落とされたのですね。日本政府も早速今朝方、緊急援助隊を派遣したようです。一人でも多くの方の命が救われるように願います。
 国際カリタスでも明日、電話会議を開催して、今後の対応を検討することになっています。カリタスは災害救援では復興を手掛けることを得意分野とするNGOですから、長期的復興支援を視野に入れた計画が練られることになると思います。

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神言会の叙階式


 昨日、10月8日には、名古屋の南山教会で、神言会司祭の叙階式がありましたので、一神言会員として参加して参りました。司式は野村司教様です。叙階されたのはフィリッピン出身のエドガルド・サンティアゴさんと暮林響さんの二人です。暮林神父がまだ志願生だった時代、私も名古屋の神学院で彼の養成担当者だったことがありました。昨日のミサは暮林家が静岡で合唱団を主宰していることもあり、いろいろな音楽や楽器や言葉が聞かれる、はつらつとしたミサでした。写真は叙階式後の記念撮影。司教の両隣が新司祭。右端はザビエル指導司祭。左端がキサラ管区長。その隣は市瀬神学院長。

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2005年10月 5日 (水)

シノドスと聖体の年

 第11回通常シノドス(世界代表司教会議)が10月2日からバチカンで開催されています。日本からは横浜の梅村司教様が参加されています。今回の総会のテーマは「聖体(エウカリスチア)-教会生活と宣教の源泉と頂点」となっており、典礼委員会を担当される梅村司教様の出番となりました。詳しいことは中央協議会のホームページなどをご覧下さい。
 なおこのシノドスが終了する10月23日に昨年から始まっていた聖体の年も終了することになりました。
 シノドスに集まった全世界の司教様方の上に、聖霊の導きがあるようにお祈り下さい。

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いやはや

 いやはや昨日は大変な目に遭いました。午後1時半頃からの秋田での研修会にあわせて、朝8時過ぎに新潟発でお昼頃に秋田駅に到着予定のJR特急「いなほ」に乗ったまでは良かったのですが、中条を過ぎたあたりから止まっては少し進みの繰り返しとなり、とうとう村上の駅で運転中止となったのです。どうもそこから先で架線に問題があったようで、送電停止状態とか。村上を過ぎたあたりで交直が入れ替わるので、村上までは電気が来ていたためか、何とかそこまでは行き着きました。さあそれからが大変。こう言うときはさっさと状況判断をして進む方向を決定してしまわないといけませんから、時計を見るとまだ10時半。いまから車で走れば3時には秋田に着ける。すかさず駅の外に出ると、あたかも私を待っていたかのようにレンタカー屋さんがあるではないか!しかも私に乗ってくれとばかり、鶯色のホンダ・フィットが燦然と輝きを放っているではないか!すかさず手続きをして秋田へと走りました。
 おかげさまで遅れたものの、一応お話をさせていただき、ミサも終えて、そのまま泊まればよいものを、水曜日午前には新潟で医者に行かねばならないために、夕方5時半頃に秋田を出て、真夜中に何とか司教館へ戻ってきました。これだけ走ったのにフィットは、なんと25リットルしか消費していない。なんとも燃費がよい車だと認識しました。いやおかげで、道中4時間、電車の椅子にゆったり揺られて、確認をしておこうと思った講演の原稿には目を通すことも出来ず、冷や汗をかきながら、目はうつろに原稿の字を探し回りながら、お話をする羽目になりました。人間が計画することは、常に神の掌のなかにあるのですねえ。そういえばミサの朗読はヨナの話でした。

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2005年10月 3日 (月)

明日は秋田へ

 明日は朝から秋田へ出かけ夜には新潟へ戻る予定です。ほんの数時間の秋田滞在ですが(JRの特急で片道4時間弱です)、明日は秋田の聖園天使園を会場にカトリック児童養護施設協会東北ブロックの職員研修会が開催され、開会ミサと講演をしてくる予定です。
 いろいろなところから話をするようにと声をかけてくださるので大変光栄なのですが、何かいつも同じような話題を繰り返しているだけのような思いもしまして、話をするたびに心から恐縮させられてしまいます。元来小心者ですから、会場にいる方々が「その話は聞き飽きたぞ」と語りかけているような気もしましてね・・・。
 写真は先日のアウシュビッツ巡礼で、ビルケナウムのガス室前にある慰霊碑で祈りを捧げる一同。

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2005年10月 2日 (日)

アウシュビッツ巡礼


 先週はさいたま教区と新潟教区司祭が合同で、ポーランドのオシフィエンチム(アウシュビッツ)へ巡礼旅行をして参りました。聖コルベ師が亡くなられた独房や、ビルケナウム収容所のガス室廃墟前にある慰霊碑で共に祈りを捧げてきました。
 その風景の美しさと対比するかのような残虐行為。そしてその残虐行為を正当化していった政治の論理。さらにそれによって麻痺させられた人間の倫理観と冷酷さ。そしてそこで命を奪われた数多くの人たち。いろいろと考えさせられることもありました。洗脳ではなくて、単に扇動され、時代に流されていくことで、ここまで残酷なことが「しなければならない当然のこと」と思えてしまう人間の恐ろしさと愚かさを感じました。
 写真はビルケナウムの「死の門」の前で、さいたま教区の矢吹事務局長と。

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