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2005年11月30日 (水)

上越には雪がちらほら

 常識なのかもしれませんが、上越新幹線は東京から上越へ向かっているのではありません。東京から下越へ向かっているのです。上州と越後を結ぶので上越だとか聞いたことがあります。で、新潟県で新潟市は下越地方、長岡は中越地方、そして上越地方は上越市です。で、上越市といわれても名古屋で育った私はよく知らなかったので申し訳ないのですが、つまりかつての直江津とか高田です。直江津や高田なら知っている。高田の自衛隊ってスキーで有名なところでしたよね。白装束で斜面をおりてくる自衛隊員って格好いいですよね。そうそう確か、高田といえば、スキーの発祥の地だったですよね。で、その高田を含む上越市は、そろそろ雪です。今日の午後にはちょっとだけでしたがちらついてました。すぐ近くの妙高山ではもう雪でしょう。

 高田にはクララ会の修道院があります。修道院といっても函館のトラピスチンなどを想像してはいけません。住宅街にこじんまりと存在する2階建てのちょっと大きな住宅のような修道院。そんな規模のシスターの家なら、いまや全国に数多あるではないかと言うなかれ。ここは修道院の中に「教皇禁域」を持つ、伝統的な意味での修道院です。「教皇禁域」とは、その修道院の修道者以外が立ち入ったり、修道者がそこから出るためには、司教の許可が必要だという厳しい一般立ち入り禁止区域です。この中で絶対的な観想生活を送るシスターたちは、その祈りによって教区の宣教司牧活動を支えてくださっています。観想修道院がなかった新潟教区にクララ会を招致して、祈りの基盤を創られたのは故佐藤司教様です。

 で、今日はその修道院で3年に一回の院長選挙が行われました。教区司教は責任者として選挙会の議長を務めます。とはいえ、高田の修道院は他の修道会同様、会員の高齢化と後継者不足に悩んでおり、所属シスターは8人ですが、そのうち二人が高齢に伴う様々な病気を抱えておられます。新潟教区の皆様には、どうかクララ会を始め、教区に存在するいくつかのシスターの修道会を、毎日のお祈りの中で憶えておいていただけないでしょうか。「正しい人の祈りは、大きな力があり、効果をもたらします。(ヤコブ5:10)」とあります。写真は修道院の教皇禁域外の廊下。シスターは聖クララの像です。IMG_0061_1

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2005年11月29日 (火)

司祭評議会

 昨日(月曜)午後から本日昼まで、定例の新潟教区司祭評議会を開催しました。春と秋、年に2回開催の定例総会です。新潟県はもちろんのこと、山形、秋田で働いておられる神父様方の代表も参加されました。今回は特に、数年後には設置を目指している宣教司牧評議会の構想について、信徒使徒職協議会からの具体的な提案をいただいて話し合った結果、来年中に宣教司牧評議会準備会を開いて意見交換を行うことで合意しました。これにはすべての小教区の信徒代表とすべての主任司祭、また修道者代表などが参加することになりますが、詳細は未定です。

 教区に限ったことではありませんが、会議で話し合われたことが実際に機能するためには、例えば事務局のような実施組織が不可欠ですが、教区でもいろいろな会議で決められたことを実際に推進するためのリード役としての事務局組織の充実が不可欠だと思います。今回の会議でも例えば継続養成コースに関して意見を交換しましたが、やはり実施していくためには、各主任司祭に任せると言うだけでは十分ではありませんから、そのためにも推進役が必要だなと感じています。これまでもたくさんのことが会議で決められてきているわけですが、それを一つひとつ具体化するためにも、事務局組織または体制を強化していきたいと思います。

 高田(上越市)のクララ会では修道院長の選挙が行われますが、高田修道院の直接の責任者は教区司教ですから、明日の選挙に備えて、今からクララ会修道院へ出かけて参ります。

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2005年11月27日 (日)

柏崎教会堅信式

 本日は待降節の第一主日です。柏崎教会で堅信式が行われ、14名の方が受堅されました。14名には海外から来られた方も含まれていましたが、なんと言っても若い人たちが多くいたことに感動しました。主任のバッシ神父様はここに書くと誰もがびっくりするような「高齢」なのですが、いつまでも若々しくはつらつとして、老若男女を数多く引き寄せている魅力が漂っています。司祭にとってここまで到達するのはなかなか容易ではありません。(なお柏崎教会聖堂は2階にありますが、前回訪問したときにはなかった3人乗りエレベーターが設置されていました。小教区の信徒の方々の努力のたまものだそうです)

 耐震強度偽装事件は、一人の方の命を奪う事にもなり、またさらに安全に疑問が呈される建物が発見されるなど、まだまだその波紋は広がりそうですね。考えてみれば、長年をかけて築き上げたはずの安全保証のシステムが、案外単純なことで全く機能しなくなる恐れがあるという、至極当たり前のことを教えてくれています。システムを支えているのは、結局は人間ですから、やはり一人ひとりの倫理観という価値観は重要です。DSC06178

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2005年11月26日 (土)

沖縄で風邪を・・・

 別に沖縄が悪いわけではないのです。その前の不摂生が祟ったのです。沖縄に着いたときから何となく、その暑くもなくかといって寒くもない、本来ならちょうど良い季候に感じるはずの風が、何となく心地よくなかったのは、風邪のせいでした。結局、カリタスジャパンの全国担当者会議でも、初日の援助関係のプレゼンは何とかこなしたものの、(しかも事務局担当者が入院中でその代わりも務めるはめに)、さすがに翌日は寝込んでしまいました。熱はそれほどないのですが、いつもの喉と鼻にくる風邪です。泡盛をしこたま飲めばだいじょうぶという周囲の忠告に従いましたが効き目はなく、近くの薬局で進められた葛根湯も効なく、いろいろと迷惑をかけ、最終日の現地学習をキャンセルして新潟へ舞い戻りました。それにしても沖縄そばやゴーヤーチャンプルーはうまい。風邪をひいていてもうまい。それから帰りの飛行機では、初めて空気圧の調整がきかずに(私が、です)、高度を下げ始めたら急に機内が静寂になる。耳が聞こえなくなりました。耳を押さえたり肩や首をひねって「どうなってんだこれは」と、もがいている私の異常な動きに気がついたのでしょう。CAさんが飴を持って飛んできましたが、彼女が何を言っているのかうまく聞き取れない。いや、驚きました。着地のなんと静かなこと。ANA機内誌の勧めに従って、しばし口を大きく開けたりしてがんばっていたら、やにわに耳の中にガス抜きのような音が響いて、聞こえるようになりました。新潟空港の荷物受け取りで、ローマンカラーをして、盛んに大きな口を開けては首をひねっていたのは、私です。

 本日はそれでも何とか新潟市内寺尾にあるノートルダム幼稚園で、特に父親参観日のお父さん向けに、講演をしては来ました。未だに自分が自分ではないような感じで、何ともちぐはぐな講演になってしまいました。明日は柏崎教会の堅信式です。

 それにしても数年前、韓国でデパートのビルが無惨にも崩れ去った事故の映像を目にし、手抜き工事であったなどの報道を聞いたとき、「まさか日本ではこんな事は起きないよ」と思ったものでした。海外に出かけて地震のことを聞かれても、「日本の建物は頑丈だ」と自慢したものでした。しかし、今回の耐震強度偽造の一件には本当に驚きました。それに次から次から「危ないかもしれない」建物が発見されるし、さらに「こんなのは氷山の一角で、何らかの手抜きは他にも山ほどある」などという声もちらほら聞こえ、今後どう展開していくのか、心配です。

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2005年11月20日 (日)

王であるキリスト

 本日は王であるキリストの終日、教会の典礼暦では最後の日曜日です。早いものですね、来週の日曜はすでに待降節です。新潟教会(カテドラル)は王であるキリストにささげられていますから、今日の9時半にはミサをささげました。その後、信徒会館二階ホールで茶話会を行いました。茶話会では、20年ぶりだと思われる方にであいました。20年前に協力隊員としてガーナにおられた女性が、ご主人の仕事の都合で新潟へ引っ越してこられたのです。当時はたくさんの隊員の方と仲良くしていただきましたので、懐かしかったです。

 午後からは新潟女性の会の講演会でした。「ポーランドの光と影」と題して、先日の教区司祭のポーランド巡礼からアウシュビッツの話をさせていただきました。多くの方に集まっていただきありがとうございました。

 夕刻には新潟市内でいわゆるホームレスの方々の越冬支援をしているグループの方が挨拶に来られました。佐藤司教様の頃から、司教館の裏にあるビアンネ館一階を、冬期間に限ってシェルターとして開放しているからです。今年の冬も例年通り開設したいと思います。

 明日からまた会議で不在です。沖縄でカリタスの教区担当者の全国会議が行われます。新潟からは担当者の町田神父様も参加の予定です。

 ところで数日前から日記をブログ形式に変えたのですが、皆様、読めていますか?定期的な管理が難しいのでコメントをつけることができない設定にしてありますので、ご連絡はプロフィールのところまたはホームページからメールを下さい。DSCF1664

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2005年11月18日 (金)

ちゃんと話を聞いて!

 国際カリタスの会議に参加してきたのですが、いやはや毎度の事ながら、同時通訳に基づく会議の難しさを感じました。基本的に、フランス語とスペイン語が使われる場合が多いので、(なんと言っても議長の国際カリタス総裁がフランス人ですから)、同時通訳が終わるのを待って次に移る、何とも言えない間延びした会議になります。

 しかしそれにしても、ラテンアメリカの人たちの話すこと話すこと。もちろんこの会議では(他の場合は違うかもしれません)、アジアの会議では発言しまくるフィリピンやインドの代表まで黙ってしまうほどラテンアメリカがしゃべる。(前回の理事会までアジア代表はインド、フィリピン、日本でした)。それに負けずと欧米もしゃべる。もちろんアメリカ合衆国の人は、やはり若い頃からそう訓練されているからでしょうが、いかにも理路整然と演説しますね。自分の言葉で話すことが出来る優位さはうらやましいですよね。思わずこちら、英語もフランス語もスペイン語も母国語ではない日本人は、思わず黙ることが多いのです。

 それにしても、話しまくる諸外国の人の言うことを聞いていると、他人の話をちゃんと聞いてものを言ってくれと思う発言が多いのであります。そんなことさっき誰かが言っていたじゃない、なんて思えても、威風堂々、言いたいことはしっかりと発言するというのは、ある意味うらやましい文化ですが、しかし、他人の話はちゃんと聞いて欲しい。勝手に解釈しないで。ちゃんと他人の話を聞いて、ちゃんと理解していれば、会議はもっと早く済むような気がします。国際カリタスの事務局長は先日日本に来て日本の会議のあり方やアジアの会議をつぶさに体験しているのですが、今回の会議の合間にも私を捕まえて、「アジアであればこんなに時間はかからないよね」といってました。どちらがいいか悪いかの問題ではないのでしょうが、それにしても、他人の発言にはしっかりと耳を傾けて欲しい!心から思います。

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帰国しました

 ローマでの国際カリタスの理事会も無事終わり、今朝ほど帰国しました。国際カリタスはアジア、オセアニア、北米、ラテンアメリカ、アフリカ、中近東、ヨーロッパの地域に分かれており、それぞれからの代表国各一名で19名の理事と、それぞれの地域の総裁が国際カリタスの副総裁となり、それ以外にも全体の総裁(現在はフランス人の信徒、デニス・ビノ氏)や事務局長なども加わり、各地域のコーディネーターやゲストも含めて総勢50人近い会議でした。カリタスジャパンは東アジアの代表として1999年から理事国になっています。現在二期目で、2007年に改選です。

 会議は、ローマ市内のバチカン領地(飛び地)カリスト宮殿にある国際カリタス本部で行われ、英語、スペイン語、フランス語の同時通訳付きです。会議最終日の水曜午前中には全員で聖ペトロ大聖堂前に出かけ、教皇様の一般謁見にも与りました。教皇様の席のすぐ横の特等席でしたが、なんと、司教の正装(黒のスータンと赤い帯や帽子)をしていると、中に入って直接教皇様に挨拶が出来るのですねえ。知りませんでした。今回の会議に来ていた司教さんでもインド、カメルーン、タイの司教さんたちは、どこからか正装を調達してきて、直接挨拶に行ってました。残念。写真は国際カリタス事務局長と親しく言葉を交わす教皇様。IMG_0031

 

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2005年11月13日 (日)

出かけてまいります

 明日月曜日の朝からローマのカリタス本部で理事会が開催されます。今から成田空港発で出かけてまいります。会議は水曜日の夕方までです。季節の変わり目ですから、皆様健康にお気をつけください。次の日曜日は王であるキリストの主日です。典礼の暦では年間最後の日曜になりこの週が過ぎるととうとう待降節でクリスマスの準備です。早いですね、時間が過ぎていくのは。王であるキリストの主日は新潟教会で9時半のミサを司式いたします。クリスマスはまさしく日本の文化にある意味で習慣として定着しつつある珍しい祝いです。宗教的な意味合いが薄れつつあるとはいうものの、多くの人たちに何らかの形で祝っていただける重要なお祝いになりつつあると思います。それぞれの教会や地区においても、より魅力的な(宗教的意味合いでの魅力です)降誕節のお祝いになるように、待降節を有効に使って準備をいたしましょう。

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2005年11月11日 (金)

マニラは寒い?

 マニラから戻ったというと「暑かったでしょう」と尋ねられるのですが、実は寒かったのであります。会場のホテルは「ギンギン」にクーラーが効いていて、たぶん外は30度近くあったでしょうが、会場では上着が必要でした。しかも今回は朝から夜遅くまで会議が続いたため、ほとんどホテルの外へ出るチャンスもないという悲しい日程でしたので、寒かったことしか憶えていません。
 ダイキンの電車内広告で、タイではとにかく寒くすることと、中国ではごつい筐体が好まれるというふうに、地域によってクーラーに求められるものも異なっているという話がありましたが、本当にその通りです。バンコクなどでは、タクシーから一歩出ると、メガネが曇って仕方がないほど、車内と車外の温度差は激しいことがしばしばです。
 来週月曜から水曜は、国際カリタスの理事会に出席のため、ローマに出かけています。

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APHD総会


 マニラで開催されていたAPHD(アジア人間開発パートナーシップ)の4年に一回の総会に参加してきました。APHDはアジアのカリタスを中心に欧米のカリタス以外も含めた援助団体が一緒になって33年前に始めたNGOで、香港で登記をしており、バンコックに事務局を構えています。アイディアは援助側と被援助側という力関係ではなく、パートナーという平等な関係から互いにアジアの人間開発プロジェクトに当たっていこうというもので、カリタスジャパンも当初から重要な役割を果たしています。
 しかしこの数年、欧米の援助団体側に政府資金が入るようになってから、このようなプール制度をとってそこから独立して援助する団体に対する支出が難しくなってきていたこともあり、APHDのあり方にも疑問が呈されるにいたっていました。今回の総会ではこれからのAPHDのあり方について、真剣な意見交換が3日間行われました。結果としては今後、カリタスアジアという組織もあることですから、そことの連携(または合併)を念頭に組織改革を図ると言うことになりました。時代の流れで、避けることが出来ない方向でしょう。

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2005年11月 5日 (土)

また会議です

 明日(11月6日)の夜から、会議のためにマニラに出かけています。帰国は10日(木)の予定です。今回の会議は、APHD(アジア人間開発パートナーシップ)という主にアジアのカリタスが参加している開発援助のNGOの総会です。11月は会議が続く月となりそうですので、あまり新潟にはいないかもしれません。急用の場合、新潟教区事務所へお問い合わせ下さい。
 先ほどフジで噂だった「スイングガールズ」を見ました。確かに「スイングしなけりゃ意味がない」ですが、それにしてもあまりに出来すぎのストーリーで、ある意味驚きでした。私も中学生時代からブラスバンドに関わってきましたし、自分でジャズもしてましたが、あんなに急に楽器がうまくなれません。でもいい感じの音楽映画でした。竹中直人の役割がいまいち分かり辛かったですが。写真は若かりし頃、ジャズにまぜたシカゴ的サウンドを目指して歌っていた、SVD Gospel Folk Bandです。

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2005年11月 4日 (金)

オズワルド・ミューラ師司祭叙階金祝


 秋田県の能代教会主任を務めるオズワルド・ミューラ神父様(神言会)が、司祭叙階50周年を迎えられました。1955年の8月にドイツで叙階された神父様は、その後来日され、私とほぼ同じくらいの年月、日本で生活をされています。
 11月3日に秋田教会で記念の感謝ミサとお祝いが開かれ、ミサには300人近い人が、また祝賀会には130人を超える人が参加し、主任の飯野神父様が、はじめの祈りで、「(祝賀会場である信徒会館の)二階の床が落ちませんように」と祈る一幕もありましたが、それは冗談としてもたくさんの方が集まって、宣教師のこれまでの活躍と苦労を称えました。
 ミューラ師は日本語研修と助任生活のあと、新潟県の新津で16年、秋田県の大館で16年、そして能代で8年の主任生活を送られており、新潟教区の大切な働き手でもあります。ダイアモンドを目指して、健康に留意してがんばっていただきたいと思います。

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