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2005年12月21日 (水)

司教館にいればいたで・・・

 昨日は新潟清心女子中学高校のクリスマス礼拝で、ミサをして参りました。いろいろな機会に、信者さんがごく僅かで参加者の大多数が信者さんではないミサを捧げることがあります。なるべく何をしているのか、言葉を労して説明するようにしています。教会でのミサであれば、ちょっと語りすぎかもしれません。とはいえ、ガーナにいたときは、あの文化は語る文化ですから、ミサ中もやたらと話しましたね。聖体拝領後にもう一度説教したりして。奉納の時なんかもやたらと語りました。日本であれをした日には、うるさがられるのだと思います。

 清心にはすてきなハンドベル部があります。生徒さんの中にはすごい技術を持っている子もいて、オペラ座の怪人のテーマをやっていたのですが、両手にそれぞれ二つずつベルを持って、それを交互にひとつずつ早業でならしている姿なんて、見惚れてしまいました。コーラスも迫力がありました。毎年1月に、京都のとある女子校で高校1年生に二日間に渡り修養会で話をしていることを、ここ7・8年続けているのですが、ここの生徒さんたちは蚊の鳴くような声でしか歌が歌えない。それに較べて清心の生徒さんの歌には迫力がありました。アウグスティヌスの言葉でしたか、「歌う人は二倍祈る」です。

 とりとめもないことを書きますが、音楽は教会にとって大事ですよね。もちろん私はかろうじて第二バチカン公会議前のミサを知ってますし、侍者で階段祈祷もラテン語をカタカナ書きで暗記しましたし、小神の頃は毎日曜のミサがラテン語でしたし(歌がグレゴリアンだけでなく、朗読と説教以外はすべてラテン語)、今でもラテン語の歌は最高の典礼の音楽だと思っています。ミサのクレドなんて、一番有名なのは3番でそれもいいのですが、1番を歌った日には涙が出ます。寝る前の祈りで、福音の歌はラテン語が一番美しいですし、ミサをしていて叙唱なんて、ラテン語のメロディーに勝るものはありません。

 そうであるとは思うのですが、しかし、それにもかかわらず、やはり日本語の歌をしみじみと歌うと、心の底から祈ることが出来る。当たり前です。美しく深い音楽に感動することも宗教には大切ですが、やはり自分の言葉で、心から祈ることは不可欠です。第二バチカン公会議が終わってからまだ、たったの40年。40年で最高の典礼音楽が出来るはずもありません。今ある日本語聖歌がすべてすばらしいわけもありません。試行錯誤をこれ間らも続けて、次の次の世代の頃には、是非日本語で本当に心から祈る事が出来る典礼音楽を確立していって欲しいと思っています。ですから当分の間はがちゃがちゃするのです。仕方がないと私は思います。

 私自身、一部の人たちからは蛇蝎の如く忌み嫌われる、ギター伴奏の聖歌を、神学生時代に何十も作曲しました。神学生のミサで歌われ続けて、結局残っているのは2・3曲です。そんなものです。良いものは残っていくのです。駄作は消えていくのです。

 先日クララ会の修道院に泊まったとき、晩の祈りに参加しました。ゆったりと朗唱(レチタティーボで、つまり典礼聖歌の詩編のように歌われる)される詩編を一緒に歌いながら、そこはかとない感動を覚えました。詩編の言葉を味わって祈るには、やはり自分の言葉が一番です。

 

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