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2006年3月 2日 (木)

四旬節

 昨日は灰の水曜日でした。新潟教会でも、昨日朝6時半のミサで、灰の式を司式させて頂き、信徒の方も何人か参加しておいででした。小教区では次の日曜日に灰の式をするところも多いかと思います。「あなたはちりであり、ちりに返るのです」という言葉を耳にして、実際に灰を額に受けるとき、神の前にいかに力のない小さな存在であるかに、思いを馳せ、謙虚になりたいと思います。神によって創造されたという事実を思うとき、その前でどれほど謙虚になってもなりすぎることはないでしょう。

 教皇様は四旬節にあたりメッセージを発表しておられます。(全文は中央協議会のホームページでご覧ください。)その中で特に先日発表された「Deus Caritas Est(神は愛である)」を意識されて、貧困にあえぐ人々に対するイエスのまなざしを自分のものとしようと呼びかけながら、こう記されます。

「世界のあまりにも多くの人々を苦しめている貧困というとてつもない難題を前にして、無関心と利己主義は、キリストの「まなざし」とあまりにも懸け離れています。教会が四旬節の間にとくに勧める、祈りを伴った断食と献金は、わたしたちがこの「まなざし」に従う者となるためにふさわしい手段です。」

そしてこうも記します。「福者コルカタのテレサがしきりに述べていたように、最悪の貧困はキリストを知らないことなのです。ですから、わたしたちは他の人が、キリストのいつくしみ深いみ顔のうちに神を見いだす助けとならなければなりません。こうした観点がなければ、文明社会は確かな基盤を欠いてしまいます。」

 この四旬節にあたり、世界の貧困にあえぐ人々に思いを馳せるとともに、「最悪の貧困」にあると言っても過言ではない日本の現実に対して、人間の尊厳を最大限に尊重する福音のメッセージを伝える努力を続けていきたいと思います。

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