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2006年3月26日 (日)

また、司教誕生

「また」、司教誕生といっても、これ「また」日本のことではありません。「またまた」友人の一人が司教に任命されました。昨日(土)のバチカン時間お昼に、教皇様はチリ人の神言会会員 Carlos Pellegrin(カルロス・ペレグリン)神父を、チリのChillánという教区の司教に任命されました。ペレグリン師は私と同い年で、同じ頃、いまから20年前にガーナ管区へ宣教師として派遣されました。私より一年長くガーナにいたはずです。その後チリに戻り、管区の様々な仕事をされていました。ペレグリン師はガーナの北で働き、私は南にいたのですが、何回か休暇の時に遊びに行ったことがあります。特に彼がその頃発生していまでも尾を引いているガーナ北部の部族対立に巻き込まれたときは、何度か励ましに訪れました。訪ねていったある晩、深夜に銃撃の音が響き、教会の近くのチーフの家で、誰かが狙撃された音でした。教会の敷地には南部から派遣されてきた治安維持のための警察隊が寝泊まりしていたのですが、そのときの警官達の大あわての様子はいまでも忘れません。その次の日、本部に救援を要請しようとした警察隊の装甲車に積んだ無線機は故障し、(電話がありませんでしたし、まだ携帯もない時代ですので)、結局司祭館の無線機を使って本部に何とか緊急連絡と応援要請しているの聞き、私はそのまま退散することにしました。南へ向かう私の車の助手席には、その頃いのちを狙われるサイドにいた部族の青年が乗っていました。ペレグリン師に頼まれて、南へ逃げる彼を乗せたのです。とにかくまっすぐ道を南下して、ボルタ川を渡るフェリー乗り場に到着するまで、何度後ろをふり返り、何度私設検問が無いことを祈り、激走したことか。

ペレグリン師はその紛争の間に、幾度か司祭館の床に伏せて、銃撃戦をやり過ごすという恐怖の体験をしています。その数ヶ月語に再び訪ねたときには、今度はもう警察ではなく、軍が出動して治安維持にあたっていました。村に入る道路には機関銃が据えられ、さすがに軍隊が出ると警察と違って威圧感がありました。Carlos

写真はそんな当時のある日、たぶん私の教会を何かのついでに訪れてくれたときに、一緒に飲みながら撮った写真です。左がペレグリン被選司教、右が私です。もう15・6年前のことです。

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