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2006年4月15日 (土)

聖金曜日

Img_1972_1 昨日は聖金曜日でした。午後3時頃にイエスは息を引き取ったとありますから、それを記念し黙想する聖式は、午後3時に行うのが適当なのかもしれません。しかし平日の午後3時では、参加してくださる方も限られるため、多くの教会で、夜行っているのだと思います。新潟教会でも、昨夜7時から、大瀧主任司祭司式で、聖式が行われました。

聖金曜日の聖式は、日本人にとっては何となく落ち着かない始まり方と終わり方をします。つまり、歌も何もなく唐突にそして物静かに司祭が入堂し、これまた何も言わずに床に突っ伏してしまうのです。しばらくするとむんずと起き上がり、やにわに祈りを、しかも何も言わずに突然に祈り始めます。終わりも突然です。聖体拝領が終わると、祈願を唱え、会衆のための祈りをし、そしたらこれまた何も言わずに司祭は帰っていきます。つまり、日本の文化にとても特徴的な、始めと終わりの「かけ声」がないのです。何となく始まった気分にならず、何となく終わった気分にならない。例えば「ただいまより・・・・」、「これをもちまして・・・」がないと、落ち着かないのと同じです。

そんなの別になくても構わないと思ったのは、アフリカにいるときでした。ここでは最初の挨拶もなければ、終わりの挨拶もなく、集会は何気なく誰かのスピーチで始まり、いつの間にか散会している。ところ変われば、であります。

昨晩は平日の夜と言うこともあり、参加者は多くはなかったのですが、そうなると、十字架礼拝式の時に聖歌隊が困ります。歌う歌はたくさんあって何番もあって長いのに、礼拝にでる人たちがあっという間に終わっては、喉の見せ場がない。これまた、ところ変わればですが、ガーナの南部の人たちは葬式が大好きで、ですから聖金曜日は教会と関係ない人まで含めて、超満員です。だいたい午前11時から、教会からはじめて村の真ん中まで道路沿いに設置された十字架の道行きの絵をたどって、数組に分かれての十字架の道行きが延々と続きます。そしてそれが終わるのがちょうど2時半頃。そのまま聖式に突入です。聖式のクライマックスは、十字架礼拝。一人ひとり歌にあわせて踊りながら出てきては、踊るのでなかなか十字架にたどり着かない人までいて、そして十字架の前に来るや、やにわに崩れ落ち、十字架に接吻をして、そして隣に置いてある洗面器に献金を入れていくのであります。年間で一番献金の多いのも聖金曜日でした。

今夜は聖土曜日。典礼の暦では日没と共に翌日ですから、聖土曜日はミサも何も全くなしで、土曜の夜は、日曜の典礼です。復活徹夜祭では、火の祝別から始まって洗礼式もあります。7時から、どうぞご参加下さい。明日は新潟教会では、9時からミサです。司教の司式です。

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