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2006年8月 8日 (火)

新潟祭り

新潟市は昨日から明日まで、毎夏恒例の新潟まつり真っ最中であります。今日の夜は、駅前から万代橋を通り、司教館近くの古町まで、新潟のメインストリートを通行止めにしての、民謡流しが行われました。様々な団体や会社、官公庁、学校や病院のグループが、それぞれ名前を掲げ、そろいの浴衣や法被に身を包んで、延々と2時間ほどの踊りの輪が新潟の夜を彩りました。あれだけの人数が、同じ歌に会わせてほぼ同じような動きをする。すくなくとも一つひとつのグループはほぼ同様の振り付けで踊っていました。そう言えば、近頃は総踊りなどと呼ばれて、様々なグループが個性的な踊りを披露し合う催しが全国で開かれ、新潟でも開催されますが、あれも一糸乱れぬダンスを披露したグループほど、高い評価を得ているように思えます。

同じ踊りをみなで一様に踊るというのは、当たり前のようですが、必ずしも人類共通とも言えません。踊りを含めて音楽という側面からいえば、民族音楽者の故・小泉文雄が指摘していたように、いわゆる原始的民族ではポリフォニー(多声音楽・唱)が中心的歌唱法であり、ユニゾンの合唱、すなわち斉唱は、高度に文明化された社会で成立したといわれます。未分化社会における精神的不統一性や役割の不統一性が、自然発生的に生み出すのが、合唱だというのです。原始的かどうかは別として、少なくともアフリカや、欧米の教会などにいると、そんな聖歌でも必ず誰かがハモっているという体験をしますし、ガーナの教会で働いていたときも、聖歌隊の自由なハモりの巧みさには舌を巻いたものですが、逆に斉唱があまり上手ではないと感じました。盆踊りなどもそう言った要素があるのではと感じることがあります。もちろん日本人だけではありませんが、統率がある程度とれて、同じ動きが出来るのは、ある意味非常に個性的であるのかもしれません。

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