« 聖クララの祝日 | トップページ | 殉教者の足跡 »

2006年8月14日 (月)

停電の恐怖

昨年末、12月22日に新潟は大停電に見舞われましたが、今朝方は東京と千葉の一部で同じようなことがおこったようです。さすがに首都ですから、いくつもの代替ルートが確立されているのでしょう、10時頃には全面復旧した模様です。新潟の停電は12月の寒いときでしたので、電気がないと動かない暖房器具もあって寒くて大変でしたが、東京は暑さの中ですから、クーラーが使えず難儀した方、特にお年寄りや病気の方々には、大変な目に合われたかたも多かったのではと思います。それにしても原因がクレーン船による引っかけ事故だというのですから、考えてみたら(見るまでもなく)、日本の首都機能を一時的とはいえ混乱させるには、爆弾はいらないということです。もちろん、肝心の中枢部は自家発電などがあるでしょうからあまり影響がないにしても、いわゆる「テロ」というものの本質を考えてみれば、一般民衆が混乱することで十分目的を達成するのですから。その関連でいえば、今回の英国での爆弾テロ未遂も、古典的な意味合いでの「テロ」という側面から考えれば、十分目的を達成したということになります。実際に爆発させないとしても、多くの人には十分な恐怖を与えたでしょうし、社会に混乱をまねいたでしょうし、政府にもある程度の影響を及ぼしたことでしょう。その意味での、「テロ」は実行されなかったから封じ込めたと言えるものではありません。そもそも「テロ」が存在しないという理想的状態が望ましいのであり(現実にはほぼ不可能としても)、そのための手段は、実行者を封じ込めるか関係を改善するか、どちらかしかありません。

聖地の紛争状態は、本日まもなく停戦になるはずですが、少なくとも安保理決議通りに実現するように祈りたいと思います。いずれにしろ、まさしくイスラエル政府がこれまで採用してきた方針は、おおむね実行者の封じ込めであり、また合衆国がこの数年採用しているのも、同じく封じ込めです。そして、どう見ても封じ込めは限界がありすぎる。教皇様ご自身も、こういった封じ込めは成功してこなかったではないかと、批判しておられます。そうすると、残された道は関係改善しかありません。もちろん関係改善といったところで、周囲を取り巻く政治経済の環境を大きく変化させざるを得ないのですから、そう簡単には当事者や当事国が採用する方針だとは思えません。歴史のしがらみと現実の政治経済の本音が渦巻く中で、理想的な解決はあり得ないのでしょうし、理想ばかりを語っても仕方がないのでしょうが、宗教者としてはまず、神に創造されたいのちの尊厳という側面から、小さな声ですが福音の理想を語り呼びかけるしかありません。聖地を不安定にしている要素の奥深くには、世界各地を不安定にしている要素と同じものが潜んでいるのですから。

|

« 聖クララの祝日 | トップページ | 殉教者の足跡 »

司教の日記」カテゴリの記事