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2006年9月 3日 (日)

日曜雑感

テレビを見ていたら、マラソンランナーのジョセフ・モガンビ・オツオリさんが、故郷のケニヤで交通事故のため亡くなったという話を耳にしました。新潟の重川材木店陸上競技部に移り、大工仕事を覚えながら選手兼コーチとして活躍されていたという話を、地元のテレビ報道で見たことがありました。

Img_1633 アフリカで働いていた頃、マラリアをはじめとする様々な熱帯の病気に恐れをなしていましたし、実際に何度も罹ったものですが、それ以上に恐ろしかったのは交通事故でした。いろいろな理由があるのですが、とにかく人命が失われる事故がしばしば起こりました。外国人が巻き込まれることも珍しくなく、私が働いていた間でも、ガーナで働く青年協力隊員が二人、交通事故のため命を落としています。私自身は、幸い事故に巻き込まれたことはありませんでしたが、二台前を走る乗り合いバスのトラックが、対抗して前方から来たトラックと正面衝突するという現場に遭遇したことはあります。谷底へ転落したバスから引き上げられた怪我人を、荷台に乗せて(教会の車はランドクルーザーのピックアップ)病院へ走ったことも数度ありました。そういう意味では日本にいるよりも、交通事故に遭遇する確率は高かったのだと思います。宣教師達の間でも、とにかく交通事故には気をつけよう、よくよく周囲に注意して運転しようと言い合っていたものです。

Img_1625b_1_1 写真のように、定員などを無視した超過積載の問題もありますし、車の整備が車を作っている国では考えられない手法で行われているとか、問題は多いのだろうと思います。整備については、思想が違うのだろうと思うこともあります。故障したら最初に制作された状態に限りなく近づけるのが修理であると考えるのか、それともとにかく車というものが与えられた使命を果たすようにすること(つまり何が何でも動くようにする)が修理と考えるかの違いであるような気がします。山の中の道ばたに、天才的なフィッター(修理工)が存在して、とにかく動くようにしてくれることもよくあるからです。もっともそれ以上に、道路の整備状況の悪さが、火に油を注いでいるのだろうとも思います。特に舗装。定期的に補修されないために、舗装路面は路肩からだんだんと内側に向かって崩れて無くなっていきます。そうすると、当然車道部分は狭くなるのですが、これが不規則に連続すると、車はどうしても中央線によって走行しがちになる。これが頻発する正面衝突の一因であろうとも思います。交通ルールというものが確立されて、事故が減って行くには、道路の整備が進まないとどうしようもないのではないかと思います。(写真はどちらもケニヤのお隣のウガンダで、2005年夏に撮影)

Ghana032 P.S. 舗装状態が悪くなって路肩から崩れていくというのは、この写真のような状態をいいます。もっともこれはその中でも最悪の状態で、こうなるとあまりの乗り心地の悪さに、車は歩くほどのスピードでしか進むことが出来なくなりますので、そういう意味では正面衝突はないのかもしれません。ここに至るまでの段階で、だんだんと舗装面が狭くなると、スピードを出しながら中央に車が寄ってくることになります。ちなみにこの写真は16年ほど前のガーナ、イースタンリージョンの州都コフォリドュアからアセセワ村へ向かう幹線道路ですが、その後改修されました。現在どうなっているかは分かりません。

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