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2006年9月21日 (木)

ローマから・その4

朝晩にはそろそろ上着が必要な程度に涼しくなり始めたローマでの研修も、残すところあと数日となりました。今回の研修では、もちろんバチカンの様々な省庁の長官のお話も聞けたのは、それはそれでためになったと思いますが、ほとんどのお話は精神論的なものや神学校で昔聞いた話も多く、脳天を打ち砕かれるほどの衝撃的な内容ではありません。もっともそんな衝撃的なことを今になって知ったとしたら、そちらの方が衝撃的ですが。とはいえ、いくつかの新しい知識も得ました。カトリック教会には教会法という成文化された決まり事がありますが、それ以外にも成文化されていない様々な決まり事が、伝統的に存在するという事実。そして教会法の解釈も、成文化されていない範囲で非常に広いと言うこと。「へぇぇぇぇ」とボタンを何度もたたきたくなるようなお話が、いくつかありました。いずれにしろお話のあとには一時間ほど質問の時間がもうけられているのですが、そこで各国の司教さんたちのとても具体的な質問に対して、一般的な回答と共に、「詳しくは直接問い合わせてほしい。相談しよう」となるのでありました。つまり、不可能と思われることでも、どうにかなる方法があるやもしれないということでもあります。当たり前のことなのかもしれませんが、基本的には掟を厳格に適応して縛ることよりも、いかに不可能を可能にすることによって相手を助けるのかと言うことに主眼がおかれていると言うことでもあります。もっとも、原則論で「だめなものはだめ」はいくつもありましたし、世俗化に飲み込まれてしまった現代社会のあり方に対する厳しい批判も多く聞かれました。原則は決して崩さないけれども、できる限りの理解と優しさを示そうとしているバチカンの姿がそこにはありました。

Img_0370m 月曜には教育省長官のグロコウルスキー枢機卿、バチカン市国委員会(正式名称は日本語で何というのでしょう?)のラヨロ枢機卿、火曜日にはラッツィンガー枢機卿の後継者となった教理省長官のレバダ枢機卿、保健従事者評議会のバラガン枢機卿、そして水曜日は、修道者省長官のローデ枢機卿と正義と平和評議会のマルティノ枢機卿(写真)のお話でした。外交官を長く務めていたり、国務省で働いていたことがあったりと、国際政治に深く関わってきた枢機卿たちが多く、特に正義と平和のマルティノ枢機卿などはレバノンの大使館勤務の時にクェート政府とバチカンとの国交樹立交渉をしたり、国連への代表として長年務めてこられたこともあり、老練な政治家(ステーツマン)の威厳を感じさせる人物でありました。なお火曜日は朝のミサから二回の話までがやっとすべて英語で行われ、初めて必死にならずに耳を傾けることができました。同時通訳は、もちろんプロのわざとはいえ、語られていることを理解するには努力が必要ですから。先日の教皇様のドイツでの講演の際の発言が批判されている問題についても、それぞれの枢機卿たちがさらりと触れておられましたが、その話しぶりからは、国レベルではすでに話は付いているという雰囲気でした。今日の午後にも買い物にバチカンまで出かけて、聖ペトロ大聖堂の前を横切りましたが、特に警戒が厳しくなっていると言うこともありません。土曜日には教皇様とお会いできるので、何か聞けるのかもしれません。そういえば本日の夕方には、バチカン銀行(IOR)の総裁が訪れ、バチカン銀行の役割についても解説を頂きました。イタリア人の信徒の方ですが、そのほか総勢4人でこられましたが、格好いいイタリア実業家みたいな雰囲気の人や、ゴッドファーザーに出てきそうな感じの人やら、イタリアらしい雰囲気でありました。話を聞きながら、頭の中では、あのニニ・ロッソの奏でる哀愁に満ちたトランペットの調べが鳴り響いていたのでありました。

Img_0361m 本日、9月20日は(時差の関係で日本時間ではすでに21日ですが)司教叙階の記念日でした。ちょうど韓国の殉教者の祝日です。2年が経ちました。新潟の司教として3年目に入ります。2年といえば長い時間のようですが、あっという間でしたし、考えてみれば、何も大きな事は成し遂げていません。新潟での生活にやっと慣れ、教区のこともだんだんとわかってきた段階です。もしかしたら、「何をのろのろしているのだ」と感じておられる方もいるのやもしれません。「司教は新潟教区のことを、まだまだわかっていない」と感じられている方もおられるでしょう。教区司祭団や修道会の司祭団と共に、この2年間いろいろな課題に取り組んできました。検討してきたことを形にして、実施に移す段階に来ている事柄もあります。先日には教区の修道女や奉献生活を営んでいる方々の集まりを行い、これからの協力体制について、少し先が見えてきたような気がしています。司教一人が相撲を取っていてもはじまりません。司祭団、修道者、信徒の皆様のこれまで以上のご理解とご協力をお願いしなければ、新潟、山形、秋田の地にキリストの共同体を作り上げていく業を成し遂げることはできません。福音をさらに多くの人たちに伝える業を成し遂げることもできません。どうか共に、キリストの手足として、福音を伝える業に取り組んで頂けますように、お願い申し上げます。(写真は、毎朝のミサを捧げる、コレジオ・サンパオロの聖堂。ミサを司式しているのはレバダ枢機卿様)

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