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2006年9月18日 (月)

ローマから・その3

Img_0358m ローマでの研修会も第一週目が終了し、本日の日曜日は、あいにくの小雨が降る中、アシジへの巡礼となりました。アシジへ出かけるのはこれで4回目となりますが、大聖堂でミサを捧げるという、いかにも巡礼らしいことをするのは今回が初めてでした。70名以上の司教がミトラをかぶり、ぞろぞろと並んで出てくるのは、たまたまアシジを訪れていた人たちにとっては、滅多にないおもしろい出来事だったかもしれません。ミサの司式は福音宣教省長官のディアス枢機卿でした。日曜日でしたから大勢のかたの会衆席での参加もあり、またパイプオルガンと少人数な割にはとても上手な聖歌隊が、荘厳さを増してくれました。アシジの大聖堂のなかには、フランシスコゆかりの昔の小さな聖堂がそのまま収まっているため、聖堂の入り口からは祭壇を直接見ることができません。そのため聖堂の真ん中に大きなスクリーンが設けられ、後ろからも祭壇付近を見ることができるように工夫されていました。また内陣では祭壇を囲んで昔風の聖歌隊席が三段でぐるりと設けられており、そこに私たちも座りました。初めてそういうところに座ったのですが、なんと説明して良いものか、一人一人のボックスのようになっており、ちょうど肩の当たりに左右に出っ張りの棒がもうけられているのは、よそ見をせずに正面だけを見るためなのかもしれません。よく見ると皆さんしっかりと収まっているのに、私とか数人の座高が高い人間はその出っ張りが肩にあたって非常に座り心地が悪いものでした。しかしその席に、三段にも渡って、ミトラをかぶった司教さんたちがぞろりと座っているのは、確かに壮観でした。日本では幾ら多くても20人を超える司教の共同司式は見ることがありませんから、70名を超える司教集まりは見応えがありました。

Img_0352m フランシスコ会の方々にとっては最重要の聖地ですから、語りたいことはたくさんあるのだろうと思います。ミサが終わってから退堂前に、修道院長様がいろいろと説明してくださったものの、これがまたとても長い(しかもイタリア語)。今日のミサは説教が二度あったようなものでした。ミサ後は食堂でとてもおいしいイタリア料理を皆で頂き、その後山の上にのぼってフランシスコの葬られている聖堂を訪れましたが、ここでまたフランシスコ会司祭が説明を語ること語ること。おもしろい説明でしたが、あのまま語らせておいたら、一日中語り尽くさんばかりの勢いでありました。写真は語ってとどまるところを知らない神父様です。

Img_0356m 夕方には聖クララ修道院を訪れ、クララ会のシスターたちと面談室で対面し、その後、一緒に夕の祈りを唱えて、巡礼を終わりにしました。新潟県の上越市高田にも、同じクララ会の修道院があります。そこに行ってもそうですし、この発祥の地の修道院でもそうでしたが、とにかくシスターたちの表情がとても明るい。完全に沈黙の観想生活を送る中に、本当の喜びがあるのかもしれません。発祥の地の修道院には二名の志願者と一名の修練女がおりました。新潟の修道院にも、志願者が豊かに与えられることを、聖クララの遺体の葬られた聖堂で祈りました。

研修会はあと一週間です。今週もまた、よく名前を耳にする有名な枢機卿たちの話を聞くことができることになっています。また最終日の土曜にはバチカンで再び共同のミサを捧げ、その後カステルガンドルフォで教皇様とお会いできることになっています。

Img_0332m 今回ローマに来て、いろいろ気がついたこと。①コレジオ・サンパウロは、とにかく蚊が多い。普段アフリカなどへ出かけるときは充分気をつけて蚊取り線香や虫除けを持参するのですが、今回はそこまで思い至らなかったため、まあそこら中を刺されております。しかも網戸なるものはないし、窓を閉め切るとまだ暑いですし。しかも今回は、いつも持参する正露丸まで忘れてしまいました。②集まった司教はこの3年の間に任命された訳ですが、結構年齢に幅があります。一番若い方が私を含めて40代半ばから後半。年長では60代後半。年齢の資料がないので正確にはわかりませんが、どちらかというと50代後半から60代前半が大多数であるという印象を受けました。③ローマに留学した経験の無い司教も3割くらいいること。これはイタリア語ができない司教の割合でわかりますが、結構、ローマ人で無い司教がいるものだと感心させられました。④私と全く同じく、アフリカに宣教師で派遣され、神学生養成のために母国に戻り、そして司教になった人が他にもいたこと。⑤外交官としての教育を受け実際に外交官として数年働いた後に、司教に任命された人も少なくないこと。⑥特に典礼のインカルチュレーションの問題で感じましたが、バチカンの役所同士は、結構横の連携が無く、思いのほか方針に食い違いが見受けられること。写真は、同じ神言会の台湾は嘉義教区(Chiayi)の洪(Hung)司教と。

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