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2006年11月16日 (木)

日韓司教交流会

0japankorea06_1 第12回目を迎えた日本と韓国のカトリック司教の交流会が、14日火曜日の夜から本日16日の昼まで、韓国の大邱(テグ)教区で開催されました。日本からは15名の司教が、韓国からは18名の司教が参加して、大邱市郊外のハンティという殉教の聖地に設けられている教区黙想の家を会場に、両国の神学生養成について体験を分かち合いました。今回は、日韓だけにとどまらず東アジアにも視野を多少広げようと言うことで、香港から、中国における司祭養成に詳しい湯漢(トン・ホン)司教にも参加していただきました。湯司教は香港教区の補佐司教で、陳日君枢機卿と共に、カトリック教会の対中国政策に重要な役割を担っている方です。もちろん公式日程のでの神学生養成のお話にも興味深いものがありましたが、それ以上に夜の交流会の場でも、日韓中の司教の交わりですから、さらに興味深いお話を伺うことが出来ました。

Kc280017 韓国の教会にはとても勢いがあり、神学生も多く在籍しています。例えば今回会場となった大邱の大神学校は、大邱教区と安東教区の神学生約150名を抱えていると言うことです。会場となった黙想の家の敷地内には、第一学年の神学生だけが生活を共にして霊的養成を受ける神学院が開設されていますが、ここにも30名を超える神学生が元気に生活をしていました。もっとも韓国の司教達に言わせれば、やはり社会の事情は日本と変わらず、世俗化が激しく進行しているために宗教を真剣に考えない世代が増加しているとのこと。今はこれだけの人数を確保しているが、このままでは将来、召命が激減する可能性もあると心配しておられました。それにしても、一人も神学生がいない教区の身としては、うらやましい限りでした。

このハンティの地は、19世紀初頭に迫害を逃れて山間に出来たクリスチャンの避難村だったそうです。この地で1868年に30名ほどの信徒が殉教したのだと言います。当時殺害されてそのまま放置された場所に、殉教者たちは葬られたと言います。今はその場所に記念碑が建てられ、野外ミサや屋内ミサが出来る施設が整えられて、特に毎年9月には毎日のようにここでミサが捧げられるのだと言います。山間の紅葉がとても美しい地でした。なおこの大邱教区では、1942年から46年まで、早坂久兵衛司教が第三代の教区長を務めていました。早坂司教はこの地で亡くなられ、大神学校の敷地にある教区墓地に葬られています。本日午前中に今回参加した日韓の司教全員で墓参に訪れ、早坂司教は仙台出身ですから、仙台教区長の平賀司教が代表で花を捧げました。もちろん当時の日本政府の教区長邦人化方針との絡みもあったのでしょうが、とても苦労なさったというお話を伺いました。なお早坂司教は、日本人第一号の司教となった長崎教区長早坂久之助司教の弟さんです。

行きも帰りも新潟からの大韓航空直行便を利用しましたので、とても便利でしたし、ソウルからは韓国が誇る時速300キロ営業運転区間もある韓国新幹線KTXで東大邱駅まで2時間の旅も楽しませていただきました。韓国は寒かったものの快晴でしたが、今夜の新潟は、今にもみぞれにでもならんばかりに寒い雨模様です。

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