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2006年12月31日 (日)

良い年になりますように

まもなく2006年が幕を閉じ、2007年が始まろうとしています。新潟教区の皆様、この一年はどういう年だったでしょうか。まもなく始まる一年が、皆様一人ひとりにとって、神の祝福に満たされた良い日々の連続となりますように、心からお祈り申し上げます。

すべての方に直接ご挨拶申し上げることが出来ないのが残念ですが、この一年、本当に多くの方々の祈りに支えられてきたこと、心から感謝申し上げます。一人の人間の力では、司教という役目を果たすことは不可能です。どうぞ来たる年においても、殊に祈りを持って、司教を支えてくださることをお願い申し上げます。また同時に、新潟教区のために、殊に司祭のために、お祈り下さるように、心からお願い申し上げます。

1月1日は神の母聖マリアの祭日で、日本では守るべき祝日でもあります。同時にこの日は「世界平和の日」でもあります。ベトナム戦争が泥沼化する中、教皇パウロ6世が1968年の1月1日に定められた祈りの日です。今年も教皇様の世界平和の日のメッセージが発表されています。全文は中央協のホームページに掲載されていますので、ご一読下さい。

このメッセージの中で教皇様は、様々な側面から平和について語られていますが、その中に次の一節があります。『いのちへの権利と、神に対する自分の信仰を自由に表明する権利は、人間の権力に従属するものではありません。平和は、人間の自由にゆだねられていることと、ゆだねられていないことの間に明確な境界を定めることを求めます。このような境界を定めることによって、人間が人間であるために必要な価値の領域に対する、認めることのできない侵害が避けられるのです』

いのちへの権利と信仰の自由の権利は、国家などの公権力によって簡単に制限されてしまう権利であり、実際にそのような例は枚挙にいとまがありません。「人間が人間であるために必要な領域」が侵害されることのないように、こういった権利の大前提である神によって創造された一人ひとりの人格の尊厳を、弛むことなく主張していきたいと思います。

まもなく深夜12時から、新潟教会では私司式で、新年一番の「世界平和の日」のミサが捧げられます。また明日11時からは、大瀧師の司式で、神の母聖マリアの祝日のミサが捧げられます。

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2006年12月29日 (金)

新潟教区青少年の集い

昨日の朝には、新潟県内のスキー場でも「雪乞い」のご祈祷をしたとやらのニュースがあったのが嘘のように、昨夜から新潟は雪です。さすがに雪の少ない海岸沿いの新潟市内では時折風と共に雪が多少吹き付けて来る程度ですが、全般に強風の影響の方が大きいかもしれません。

Niigataseinen06 さて昨夜は新潟教会を会場に開催されている、新潟教区青少年の集いで、お話をさせていただきました。担当の高橋学神父を中心に、リーダーたちといろいろと工夫しながらプログラムを作っているようです。自炊したり、話し合いをしたり、聖書を学んだり、祈ったりと、なかなか感心な内容です。ただ、新潟教会には十分な入浴設備がないので、夕食後に市内のいわゆるスーパー銭湯に出かけるのですが、これがちと時間がかかる。そのため私の話は、夜の10時からと相成りました。さすが若者の時間です。体調を崩した参加者も居たようですが、昨晩は29名が私の話に集まり、30分ほど話した後、11時半頃まで、質問に答える形で一緒に時間と過ごしました。参加者の年齢が10代半ばから20代後半までと幅広いため、話の焦点の当てようがなくて困りましたが、それでも、信仰生活についていろいろと真剣に考えている姿勢が伝わってきて、頼もしく感じました。今回の参加者は秋田県と新潟県の教会メンバーだけではなく、東京と名古屋からも数名が参加してくれています。若者のネットワークが出来て、これからも様々な手段で交流を深めて、説くに新潟教区の青年たちには他教区の青年と交流を深めてもらえたらと思います。そこまで言ったら困るでしょうが)例えば、こちらが心配になって止めにはいるような、そんな積極的な行動を期待します。

Niigataseinen0602 青年たちの多くが、福音に誠実に生きるためにはどうしたらよいのか、真剣に考えている姿勢に本当に感心します。しかもそれが、ちょっと外れている言い方かもしれないですが、内向きの、つまり教条主義的な姿勢ではなく、しっかりと外に向かって、実生活の中でいかに実践していくのか、どうやってイエスの存在を感じていくのか、どうやって生きるのかと考えている姿勢が、様々な発言から感じられて、頼もしく思いました。実社会の中で、ごく少数派であるという現実は、どうしても生きる姿勢を妥協へと導くものですし、自分自身の自戒も込めてふり返れば、福音に従って生きているといいながらどうしてそのような行動がとれてしまうのか疑問に思わざるを得ない生き方をしてしまっていることがしばしばです。いわゆる大人の信徒が、自らの日々の行動を福音の視点から見直す作業を怠らないようにしたいと思います。もちろん、そのたびに、自分の足りなさに気がつくのですけれど。(写真は丸くなって夕の祈りを唱える参加者・上、閉会ミサ後に内陣の前で・下)

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2006年12月28日 (木)

年頭司牧書簡

2007年1月1日付の年頭司牧書簡が出来上がっております。すでに印刷したものを小教区には送りましたので、1月1日のミサ以降にお受け取り下さい。私自身もそうですが、だんだんと小さな字が見えにくくなりましたので、今回からサイズを一回り大きいA4版に変更し、活字のサイズも大きくいたしましたので、是非ご一読下さい。なお同書簡は新潟教区のホームページと私のホームページの両方にも掲載されております。http://homepage2.nifty.com/isaoymk/BishopTop.htm

ご利用下さい。

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2006年12月27日 (水)

教区青少年交流会

Chiristmas06 昨日から29日までの予定で、新潟教会信徒会館を会場に、教区の青少年交流会が開催されています。全日程に参加する人もそうではない人もいるため、全体では40名ほどの参加者になるようですが、そのうち、今日の時点で集まっている参加者30名ほどが、本日11時から、新潟県内で働いている司祭のクリスマスのお祝いのミサに一緒に参加してくれました。なお秋田からは参加者8名を引率して、秋田教会のヘリ神父が一緒に来ていますし、また名古屋からは神言会のサンティアゴ神父も参加しております。各地域から集まった若者たちが、数日間の交わりを通じて、これからのためのネットワークを構築してくれることを願っています。なお明日の夜には私も話をすることになっていますから、雰囲気はまた明日にでも報告します。

今年の冬は、今のところ新潟でも暖かく、本格的な雪はまだ降っていません。今週末、つまり年末年始には雪が降るという予報ですから、冬はこれから。31日には真夜中12時から、新潟教会で新年一番のミサが私司式で行われます。

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2006年12月25日 (月)

いのちへの尊厳

主の降誕のお祝いは、イエスの誕生をお祝いするということと同時に、人間のいのちへの尊厳についても考えるときであると思います。ちょうど降誕の日中のミサ(25日の午前中のミサ)の集会祈願は、「永遠の父よ、あなたは人間を優れたものとして造り、救いの業を通して、さらに優れたものにしてくださいました」と祈りを始めます。つまり、もともと神の似姿として創造された人間が、受肉の神秘を通じて神ご自身が人間となることによって、さらにその「良さ」がまし加えられたのだという事実。そこから、人間は互いに尊重されてしかるべき存在であるということを、命の尊さということを、あらためて自覚する日でもあるのだと思います。

新潟教会の10時のミサが終わり、平日の午前中ですから参加者はそれほど多くはなかったものの、歌あり手品ありの祝賀会が終わって、司教館へ戻ってニュースを見たら、なんとも悲しいニュースがありました。そんな神聖な日に、4名の死刑が執行されたとあります。人の命が神から与えられたものである以上、私個人的には、国家に命を奪う権利が神から与えられているとは考えられず、死刑制度自体に反対ではあります。しかし同時に、特に被害に遭われた方の残された家族や関係者の無念の思いを考えるとき、また犯罪を犯したことに全く罪の意識を感じていそうにもない犯罪者も存在しうることを考えれば、その制度がすぐには廃止にはならないであろう事は分かります。それにしてもクリスマスのその日に、よりによっていのちへの尊厳を考える聖なる日に、死刑を執行しなくても良いではありませんか。昭和20年以降の死刑の歴史をふり返っても、12月21日とか27日に執行された例はいくつかあっても、クリスマスのその日に執行されたのは今回が初めてではないでしょうか。いくらキリスト教とは関係のない国だからといって、法務大臣には、多少の宗教的配慮があってしかるべきではないかと思うのです。主キリストの降誕の祝日に、死刑を執行する国。私の愛する祖国は、悲しい国です。

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2006年12月24日 (日)

降誕祭

新潟教区の皆様 主の降誕 おめでとうございます。良いクリスマスの一時をお過ごし下さい。

新潟教会の8時のミサが終わりました。この後12時(深夜)にも大瀧主任司祭の司式でミサが捧げられます。いつものように8時のミサは信徒の方々、また教会とは普段関係のない方々、大勢がいらしてくださり、聖堂は一杯でした。聖歌隊も素敵な歌を披露してくださいました。おいで下さった方々には特に豊かな主の祝福がありますように。また様々な理由でクリスマスのミサに預かれない方々にも、同じく豊かな祝福がありますように。体調を崩されている人たちには素早い回復が、困難に直面している方々には解決の光が、主イエスから豊かにありますように。今夜、新潟教会の聖歌隊がミサの終わりに歌ってくださった「トランゼアムス・ウスクェ・ベトレヘム」という合唱曲には、私も神学生時代の思い出がある素敵な歌です。ありがとうございました。世間の多くの人たちも今宵は一時の幸せに浸っていることだと思います。神から与えられる本物の幸せが、すべての人にありますように。

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クリスマスのミサ

本日は待降節第四主日であると共に、すでに夜には主の降誕のお祝いが始まるクリスマス・イヴでもあります。新潟教会では夜8時から、私の司式で主の降誕の夜半のミサが行われます。また真夜中12時からも、ミサがございます。そしてクリスマス当日の明日、25日は、午前10時から、再び私司式でミサが捧げられる予定となっております。なお、12月31日の深夜12時から、すなわち2007年1月1日になったと同時に、世界平和の日のミサが私の司式で捧げられる予定となっています。どうぞお誘い合わせの上、お出かけ下さい。

Img_0470 なお26日午後から29日には、新潟教区青年交流会が、新潟教会を会場に開催される予定です。詳しくは新潟教区のホームページをご覧下さい。この際、27日午前11時には、クリスマスのお祝いのために集まる新潟県内の司祭団と共に、交流会に参加する若者も一緒に、私が司式でミサを捧げる予定です。いったい何名くらいの若者が参加するのか蓋を開けるまでは分かりませんが、これからの新潟教区の青年の活動の行方をある程度切り開く大事な集まりですので、どうぞ成功をお祈り下さい。また今からでも参加は可能かと思いますので、我こそはと思われた方は、新潟教会の高橋神父までお問い合わせ下さい。写真は先日のアフリカ訪問の際、現地のシスターたちと。

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2006年12月20日 (水)

響け歌声!清心高校のクリスマス

本日午前中に、新潟市にある清心中学高校でクリスマスのお祝いが開かれました。清心中学高校では、毎年恒例の行事として二日間をかけて降誕祭をお祝いしており、初日の昨日は各学年・クラスが奉仕活動や施設などの訪問に出かけたとのことです。その成果は本日のお祝いの式の中で、それぞれのクラスの代表から発表がありました。今日は、まず9時から全校生徒が参加してミサを捧げました。ミッションスクールでのミサは、通常、生徒さんの中に信徒が少ないのが普通で司式する立場としては微妙な難しさがあるのですが、それでも清心の生徒さんたちは静かにそして真剣にミサに参加してくれました。私も出来る限り随所では、最低限必要な説明などをしながらミサを行ったつもりです。それでも聖体拝領時には想像以上に多い信徒が生徒さんの中にいて、ちょっとうれしい驚きを感じました。ミサの後には合唱、ハンドベル、弦楽演奏、キャンドルサービス、タブロー(生誕の出来事の各場面を人間がポーズをとって絵画のように現したもの)などの出し物があり、最後に高校三年生の合唱で幕を閉じました。清心はいつ出かけても歌声が力強くて感心させられます。きっと音楽指導の先生がすばらしい指導力をお持ちなのだろうと想像いたします。若くて力に溢れた歌声には、本当に感動させられます。

Img_0505b 写真は、先日お休みを頂いている間に出かけたアフリカでのマリア祭巡礼の時のものです。ミサの奉納で、奉献されたプランテーン(バナナですが、煮たり焼いたりして食べる)を頭に、行列をつくる女性たちです。アフリカの某国で毎年無原罪の御宿りに近い週末に、金曜から日曜まで開かれる「マリア祭」は、その地域の部族の大きな巡礼行事となっています。朝早く4時頃から始めるキャンドル行列や、すばらしい歌声の聖歌隊、一晩中踊り歌い、そして祈りを捧げて、また「あかし」をする人々のパワー。一緒に祈り、ミサを捧げて、本当に信仰を体で表す人々から、パワーを頂きました。それぞれの文化によって宗教心の表現方法は全く違いますから、同じようなことが日本でも出来るなどとは思いませんが、しかし、パワーみなぎる礼拝は、私には心地よく感じられるものでした。先日のタイでのアジア宣教大会といい、今回のアフリカ巡礼といい、信仰の喜びを体で、言葉で、生きる姿勢で、礼拝で、本当に生き生きと表現することの出来る人たちをうらやましく思うと共に、自分なりの信仰の生き生きとした表現を見極めていきたいと思います。

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2006年12月18日 (月)

山形教会信徒会館落成式

Kc280030 山形教会(主任はピアス神父)の信徒会館、「洗礼者聖ヨハネ会館」の新築工事が完了し、予定通り昨日17日の日曜日に落成式と感謝ミサが行われました。聖堂前の以前からの信徒会館があった場所に新築されたものですが、将来の都市計画に合わせて、数メートル後ろへ下げて設計されています。信徒の方々の委員会などでいろいろと話し合った結果、バリアフリーを優先させて、平屋となっていますが、十分に広いスペースが確保されており、この日の祝賀会でもその広さが証明されました。計画通りに建築工事を進めてくださった升川建設にはご苦労様でした。また長い歴史を背景にしてこの建築計画を進めてこられた建設委員会の方々、そしてすべての信徒の方々に心から感謝します。

Kc280031 当日はさすがに雪にはなりませんでしたが、冷たい小雨が降っているなか、まず建築関係者の参加も頂いて聖堂で待降節第三主日のミサを捧げ、その後に新しい建物の祝別とテープカット、そして祝賀会というプログラムでした。なおこれに先立って待降節の準備として土曜の夕方に、私が講話をさせていただき、ゆるしの秘蹟も行いました。また当日は午後2時から英語のミサもあり、これも久しぶりに司式をさせていただきました。

東京から新幹線で出かけた関係で、今日も新潟まで新幹線で戻りました。4時間ほどかかります。山形市の今朝は多少の雪がぱらつく程度でしたが、米沢あたりではかなりの降雪となりました。福島や大宮から高崎あたりまでは良い天気でしたが、やはりトンネルを抜けると雪国でした。越後湯沢あたりは激しい雪。これで先週末は営業できなかった越後湯沢あたりのスキー場も、営業が出来るのではないかと思います。この冬初めての本格的な降雪です。

新潟教区内では山形教会以外にも現時点で、新潟市の亀田教会が聖堂の新築工事を行っています。こちらはクリスマスまでにはある程度完成の予定で、来春に、雪解けを待って献堂式を予定しています。戦前からしっかりと建てられていた聖堂などは別ですが、戦後に相次いで建てられた教会関係の建物には、やはり当時の事情を反映して建築されたためにかなりくたびれてしまった建物も少なくありません。また寒い地方では現代の技術を取り入れて新築した方が、暖房の側面からかなりの省エネルギーになりうるという可能性も見逃せません。そんなわけで建て替えや改築を考えている小教区も少なくないと思いますが、なにせ資金面でいろいろと困難がつきまといます。改築を実現した小教区の体験を、是非分かち合って、出来るところから少しずつ、進めて行ければとも思います。新しく建物を造った共同体においては、どうぞそれを契機に新しい共同体のあり方を模索して、新しい建物が生き生きとした信仰を反映した輝く「あかし」となるように、心がけていただきたいと思います。

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2006年12月15日 (金)

復帰しました

お休みを頂いておりましたが、本日から復帰いたしました。ご迷惑をおかけしました。どこへ出かけていたかは、またそのうち触れるとして、中身は実質的に巡礼でありました。無原罪の御宿りの祝日にあわせて、赤道近くのある国で毎年開催される三日間のマリア祭に出席し、日曜のミサを現地の司教様と一緒に捧げてまいりました。ドバイ経由のエミレール航空で出かけ、帰りは3時間の遅延のため日本到着後の予定が完璧に狂ってしまいましたが仕方ありません。一番安い値段を提示してくれたのがエミレーツでしたから、文句は言えません。それにしても帰国して中部国際空港の税関で、係官に、「そのお腹のあたりに何か隠してませんか?」といわれたのはショックでした。私の「自腹」です。シェイプアップを心がけなければなりません。

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2006年12月 4日 (月)

お休み中です

Img_1092 12月5日から14日まで、お休みを頂いております。15日は職務復帰します。その後の予定としては、17日に山形教会の信徒会館落成式と待降節の黙想会、19日は火曜日ですが都合で月曜会ミサ、20日は清心中学高校のクリスマスミサなどがあります。またクリスマスは、24日の夜8時のミサと翌朝25日の午前10時のミサを司式する予定でおります。またその後新潟教会で26日から29日まで青少年の集いが開かれますので、出来る限りご一緒しようと思います。良い待降節をお過ごし下さい。(写真は秋田県由利本荘市の本荘教会聖堂ステンドグラス)

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2006年12月 3日 (日)

加茂教会訪問

Kc280027 待降節第一日曜日は、新潟県の加茂教会でミサを捧げました。(写真は、加茂教会聖堂の十字架)主任司祭は、佐藤勤師です。本日、新潟近辺は雪模様の一日でした。すでに朝、北陸道で新潟から三条燕インターまで雪の中、その後、信濃川沿いの堤防道路を冷や冷やしながら加茂まで走りました。天気予報を昨日耳にして、あわてて冬用タイヤに変えようと思ったものの、どこもかしこも同じ事を考える人で一杯で、今日は普通タイヤで走りました。もっともこの冬初めての雪でしたから、雪自体が怖いと言うよりも、昼になってもあまり気温が上がらないため、橋などでの凍結がちょっと怖いかなというところです。そこは四輪駆動の車を信じるしかありません。昔神学生の頃に、仲間の神学生を乗せて耐寒訓練に出かけた帰り、トンネルを出たところでスリップして車が水平にくるりと一回転したことがありました。幸い対向車がなく、何事も起こりませんでしたが、焦って後ろを見ると、みんな気持ちよさそうに眠っていたのには驚きました。ちなみに耐寒訓練とは正月休みに根性を鍛えようと、穂高の登り口まで行って、雪の中、夏用テントに冬用寝袋か冬用テントに夏用寝袋のどちらかで一晩耐えようという常軌を逸した行動で、後者にあたった私は、他の二人と共に、新聞紙がいかに暖かいかを身をもって知ったのでした。今なら絶対にしません。

加茂教会は小さな、しかし本当に家庭的な共同体です。ミサの終わった後にカレーを一緒に食しながらいろいろ話しましたが、近隣には若い世代の信徒もいるのだが、なぜか教会にやってこない、この世代にどうやって教会の指導権を譲っていくのかが課題だという話になりました。少子高齢化は確かに教会にも影響を及ぼしていますが、しかし、実際にはいろいろな理由から教会から足が遠のいている若い世代も多くいることは確かだと思います。より多くの人が自分も一員だと感じることが出来る、教会共同体づくりをめざしたいと思います。

さて、あさって5日から14日まで、ちょっとお休みを頂きます。15日からは職務に復帰いたします。行く先は、秘密です。

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2006年12月 1日 (金)

職員研修会

12月となりました。時間が過ぎゆく日々の速度には、本当に驚かされます。あと一月で新しい年となってしまいます。もちろんその前に待降節ですから、クリスマスに向かって、身も心も整えていかねばなりません。

さて本日は夕方から、見附にある聖母乳児院、聖母愛児園、天使幼稚園そして栃尾の天使幼稚園の職員を対象に、研修会の予定です。一時間ほど私がお話をさせていただいて、その後は交流会も予定されています。また明日の夕方には、新潟近辺のカトリックの医師や医療関係者の方に集まっていただき、ミサを捧げて祈った後、交流会も予定されています。様々な職業に携わる方々で、信仰を同じくする人たちが集まり、福音に基づいた意見を交換したり交わりを深めたりすることには、深い意義があると思います。それぞれの研修会や交流会を計画してくださった方に感謝いたします。

次の日曜日、12月3日は、待降節第一の主日であると共に「宣教地司祭育成」の日でもあります。日本の教会は長らく海外から派遣されてくる修道会や宣教会の宣教師によって霊的にも物質的にも支えられてきました。宣教師の働きによる恩恵を豊かに受けて、日本の教会はここまで育ってきたとも言えるでしょう。同じように世界の各地の教会、特に宣教地と言われる地域では、司祭が一人でも多く求められています。日本ももちろん宣教地ですから、その例外ではありません。この日曜日、物質的に司祭養成を支えるために特別献金をお願いすると共に、召命のためにお祈りをお願いしたいと思います。

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