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2006年12月29日 (金)

新潟教区青少年の集い

昨日の朝には、新潟県内のスキー場でも「雪乞い」のご祈祷をしたとやらのニュースがあったのが嘘のように、昨夜から新潟は雪です。さすがに雪の少ない海岸沿いの新潟市内では時折風と共に雪が多少吹き付けて来る程度ですが、全般に強風の影響の方が大きいかもしれません。

Niigataseinen06 さて昨夜は新潟教会を会場に開催されている、新潟教区青少年の集いで、お話をさせていただきました。担当の高橋学神父を中心に、リーダーたちといろいろと工夫しながらプログラムを作っているようです。自炊したり、話し合いをしたり、聖書を学んだり、祈ったりと、なかなか感心な内容です。ただ、新潟教会には十分な入浴設備がないので、夕食後に市内のいわゆるスーパー銭湯に出かけるのですが、これがちと時間がかかる。そのため私の話は、夜の10時からと相成りました。さすが若者の時間です。体調を崩した参加者も居たようですが、昨晩は29名が私の話に集まり、30分ほど話した後、11時半頃まで、質問に答える形で一緒に時間と過ごしました。参加者の年齢が10代半ばから20代後半までと幅広いため、話の焦点の当てようがなくて困りましたが、それでも、信仰生活についていろいろと真剣に考えている姿勢が伝わってきて、頼もしく感じました。今回の参加者は秋田県と新潟県の教会メンバーだけではなく、東京と名古屋からも数名が参加してくれています。若者のネットワークが出来て、これからも様々な手段で交流を深めて、説くに新潟教区の青年たちには他教区の青年と交流を深めてもらえたらと思います。そこまで言ったら困るでしょうが)例えば、こちらが心配になって止めにはいるような、そんな積極的な行動を期待します。

Niigataseinen0602 青年たちの多くが、福音に誠実に生きるためにはどうしたらよいのか、真剣に考えている姿勢に本当に感心します。しかもそれが、ちょっと外れている言い方かもしれないですが、内向きの、つまり教条主義的な姿勢ではなく、しっかりと外に向かって、実生活の中でいかに実践していくのか、どうやってイエスの存在を感じていくのか、どうやって生きるのかと考えている姿勢が、様々な発言から感じられて、頼もしく思いました。実社会の中で、ごく少数派であるという現実は、どうしても生きる姿勢を妥協へと導くものですし、自分自身の自戒も込めてふり返れば、福音に従って生きているといいながらどうしてそのような行動がとれてしまうのか疑問に思わざるを得ない生き方をしてしまっていることがしばしばです。いわゆる大人の信徒が、自らの日々の行動を福音の視点から見直す作業を怠らないようにしたいと思います。もちろん、そのたびに、自分の足りなさに気がつくのですけれど。(写真は丸くなって夕の祈りを唱える参加者・上、閉会ミサ後に内陣の前で・下)

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