« 祈り倒す | トップページ | 聖アーノルド・ヤンセン »

2007年1月14日 (日)

新潟教会で新年の祝い

Img_0704 新潟教会では、本日、ヨセフ会とマリア会主催で新年のお祝いが開かれました。ヨセフ会とマリア会はそれぞれ他の小教区では壮年会とか女性の会とか呼ばれているのでしょうか。名前はどうあれ、教会の中核をなしている男性と女性のそれぞれの集まりで、本日は9時半のミサが終わった後、それぞれの会の総会を開いて、会長と副会長が決められました。その後12時頃から信徒会館二階のホールで、司祭団や私も参加しての食事会でした。良くできたお弁当を頂き、お酒も少々。近頃なにやらこういう催し物では定番になりつつありますが、エンターテインメントもございまして、信徒の斎藤さんのマジックやら高橋師の科学ショーやら、歌を歌うかと思いきや本日は見事に怪しいマジックを見せたフェルディ師やら(写真はその怪しいマジックを遂行するフェルディ師)、そして私が歌を歌うことになっているようです。これまでは誰も知らないアフリカの歌でごまかしましたが、今日は一応、ちょっと練習しておいたので、「涙そうそう」をピアノで弾き語りをいたしました。私はギターがまったく弾けないので、歌を一人で披露すると言えばピアノを自分で弾くしかありません。でも実は、ピアノを弾きながら歌うというのは、結構難しくて、鍵盤に気をやれば歌がしどろもどろになりますし、必死で歌えば指があやふや。まあ、完全に記憶するくらい、練習しておけばよいだけの話ですよね。

先ほどの夕方のニュースで気象予報士の方が、12月の平均気温は世界的に高かったという話をしていました。何年からのグラフか見落としましたが、このところ12月の世界の平均気温は徐々に上昇を続けているのだとか。私が中学生か高校生の頃、まもなく氷河期がやってくるなんて言う説が、どこかにあったような気もするのですが、現実は逆のようであります。そういえば小学生の頃良く目にした21世紀の世界の姿なんて言うのも、ほとんど違ってますし。ということは、将来の予測というものは、あまり本気に出来るものではないということなのでしょうか。いろいろな科学が発達しているからもちろん予測の精度が上がっている事柄は多くあるのでしょうが、基本的に人間には今の現実とこれまでの経験しかないのですから、それに基づいて将来を語ることは非常に困難であると言うことを肝に銘じておく必要がある気がします。「絶対にこうなる」とも言えないし、逆に「絶対にそんなことはあり得ない」とも言えない。言えるのは「そうなる可能性が存在する」と言うことだけだと思います。しかし、このまま本当に暖冬傾向が続いていくのでしょうか。

|

« 祈り倒す | トップページ | 聖アーノルド・ヤンセン »

司教の日記」カテゴリの記事