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2007年1月15日 (月)

聖アーノルド・ヤンセン

Canonizjanssennew4 1月15日は、聖アーノルド・ヤンセンの記念日です。聖アーノルド・ヤンセンといっても、日本の典礼の暦には乗っておらずなじみのない聖人ですが、先日、カトリック新聞では紹介されておりました。神言会、聖霊会、そして日本にはありませんが永久礼拝の聖霊会と、三つの修道会を創立したドイツ人司祭です。もともと教区司祭として高校教師であったヤンセン師は、海外宣教への熱意止みがたく、ドイツ発の宣教の会を創立しようと努力をしました。当時は相談した司教達からは、まずとにかく修道会ではなく宣教会(修道誓願を宣立しない会)を創ったらどうかと勧められたようですが、本人は修道会にこだわりつづけ、とうとう変人扱いされたこともあるようです。しかしそこはさすがに頑固なドイツ人だけのことはあり、とうとう1875年に、隣国オランダのシュタイルで宣教神学院の創立にこぎつけたのでした。ドイツ国内では当時、政治的理由からそのような活動が不可能であったため、最初の神学院はオランダに創設されたのです。その後1879年には最初の二人を中国に派遣し、日本に宣教師が送られたのは1907年、その後1909年1月15日にヤンセン師は亡くなりました。創立当初は大多数の会員がドイツ出身者でしたが、各宣教地での会員育成に努めた結果、現在全世界に六千人ほどいる会員のうち、半数はアジア出身者であり、さらにその半分がインドネシア出身の会員です。

日本に送られた宣教師は、秋田の地で宣教を始め、1912年には神言会員のライネルス師が新潟知牧区長に任命されて、現在の新潟教区へと歴史は繋がっています。日本では名古屋の南山学園が一番大きな事業となっているため、教育修道会としてのイメージが持たれていますが、修道会全体としては小教区で働く会員の割合が高く、あくまでも初期宣教に取り組む宣教修道会の性格を今でも保っています(はずです)。

当初から海外宣教を目的として創立された修道会ですから、その意味では修道生活をまず第一義として出来上がった会とは性格が異なっているのかもしれません。ヤンセン師は、単に頑固であっただけでなく(とても頑固であったのは事実のようですが)、聖霊の導きに完全な信頼を置いていたようです。神の御旨であると確信することは必ず聖霊の助力によって達成されるという堅い信仰があったようです。ヤンセン師は「みこころ」への信心でも有名でしたが、それ以上に聖霊への信心も強く、とうとう会服であるスータン(もともと教区司祭が集まって出来た修道会でしたので、当時の教区司祭のスータンと同じスタイルだったようです)を聖霊の色である赤にしようとしたという話が残っています。さすがにそれは許されなかったようですが、そのかわり、スータンの帯の裏を真っ赤にしてしまいました。

現代社会に生きている私たちは、聖霊の働きへの信頼が薄れているのではないかと思います。今生きている現実の中で、聖霊の働きなどというものは、なにやらオカルト的な現象と同一視されてしまう危険もあります。しかし教会は、聖霊降臨のその日から聖霊によって導かれているのであり、私たち信仰者の生活の様々なところに聖霊は働いているのは間違いありません。日常の常識で出来事に対する価値判断を下すだけでなく、信仰の目をもって聖霊の働きを識別する努力もしたいと思います。そして人間の理解をはるかに超えた神の意思の表れである聖霊の働きを、信じたいと思います。(写真は列聖式に使われた公式の肖像がより)

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