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2007年1月11日 (木)

本質を見抜く目が

毎日利用しているわけでもなく、月に二・三度の頻度にしか過ぎないにもかかわらず、この4ヶ月の間に同じ場所で二回も目撃したからには、それが結構頻繁に行われていることだということなのでしょう。初めて目の前でそれが起こったのは昨年の9月27日、そして二回目が今日。場所はJR東京駅の丸の内中央口と八重洲中央口を結ぶコンコースです。

いや別に犯罪を目撃したとかそういうドラマチックなことではないのです。そうではなくて、私服の警察官とおぼしき人物が、道行く人に声をかける瞬間です。一回目はお一人、今朝はお二人。どう見たって警察官には見えない私よりはるかに年上のおじさまたち。もっとも今まで直接出会った私服の警察官の方々で、テレビに出るような「寄らばぶった切るぞ」みたいないかにも警察官風貌(どういう風貌か?)だった人は、愛知県警の要人警護担当の警察官のお二人だけで、あとの方々は、そういわれなければ分からないような風貌の皆様でしたから、風貌で判断するわけにはいきません。

一回目は私の目の前を歩いていた初老の男性が声をかけられて、肩を抱かれて端へ連れ込まれながら、正確に聞こえたわけではないですが、「私ね、警察官なんだけど」と、例の警察手帳を開いて見せている。そんなシーン本当に見たことがないですし、凝視するわけにも行きませんので、そのまま通り過ぎました。

そして今朝は、20代の女性が二人私の目の前を歩いていて、そこへ初老のおじさまが二人近づいてきて、「お嬢さんたちどこへ行くの」と声をかけたわけでした。私の目の前の二人が立ち止まったので、真後ろにいた私も立ち止まって、こんな朝からおじさんたち、若い女性に声をかけるとは何事かぁ、とおもって思わず凝視すると、やはりお二人はコートの内ポケットから例の警察手帳を出すのでした。急に見知らぬおじさんたちに声をかけられたお二人の若い女性は、非常に戸惑っておられたのですが、その後に警察手帳がでてきて、そうですね、いうならば「まーじぃ?」という現代的な表情でありました。

もちろん私は安全な社会を守るために、私服の警察官諸氏が雑踏の中で犯罪防止のための職務執行することは必要だと思いますし、感謝こそすれ批判するものではありません。しかし、ああやって、突然声をかけられて、テレビでしか見たことのない警察手帳を見せられて、「私、警察なんだけど」といわれて、肩でも抱かれて端の方へと導かれたら、一瞬、「ほんもの?」と思いませんか。というのも「ほんもの?」みたいな例は、さすがに日本ではそんなにありえないのでしょうが、外国にいるとこれがあったりするのですから。特に何も知らないよその国から来た観光客などがこれでうまくだまされて身ぐるみはがれるなんて事もあるではないですか。私は海外にいるときには、基本的に知らない人はすべてまず疑ってかかることで、これまで身を守ってきたつもりでした。そして日本でも、制服マニアみたいな人が、すべてそっくりの模造品を(警察手帳も含めて)もっていたなんて話もありましたでしょう。さすがに東京駅のど真ん中でニセ警察官が制服着て立ってたらすぐばれちゃうでしょうが、私服は分からないですよね。

ちょっと怖くなった私は、新幹線に乗る前に、雑踏警備をしていた若い警察官に尋ねてみたのでした。そしたらこの実直そうな若い警察官氏は、「本物はこれですよ」と警察手帳を見せてくれたのでした。すると、あの私服の皆さんが見せていた手帳と同じでありました。疑った私が悪かった。皆様、職務執行、ご苦労様です。出来れば、外側に惑わされずに、中身を見抜く心の眼力が欲しいと思ったのでした。

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