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2007年1月28日 (日)

盛岡にて

Img_0740 昨日の土曜日27日は、岩手県の盛岡にいました。盛岡は幼稚園の一年と、小学校の4年間を過ごした地で、懐かしいところです。父親の仕事の関係で当初は四ツ家カトリック教会に住んでいましたが、小学校(仁王小学校)の4年生の時に、父親の転職で教会を出て、黒石野に半年ほど仮住まいをしました。その後静岡に一家で引っ越しが決まっていたこともあり、両親がどういう交渉をしてくれたのか知りませんが、引っ越し先の小学校に転校することもなくバスで通学するという、当時の私にとってはかなりエキサイティングな体験をさせてもらいました。今にして思えば20分くらいのバス通学だったのでしょうが、当時はとてもとても学校が遠くに感じたのを憶えています。その頃本当に山奥だった黒石野という地域はそのさらに奥にニュータウンが出来て、街の真ん中になりました。いまでも母の姉がその地に住んでおります。

さて昨日の朝は、そのさらに奥にあるドミニコ会ロザリオの聖母修道院へミサをしに行ってきました。女子の観想修道院です。この修道院は昔私がこの黒石野という地に一時住んだ頃、それよりも盛岡の中心により近い地に建っていたのですから、そしてその地はむかし蝦夷森と呼ばれていたらしいのですけれど、そのことからもいかに黒石野が奥まったところであったかが分かります。当時の修道院跡地の前は4車線道路が通り跡地にはデパートが建っています。(写真はシスター方の一部と、私の横は母の姉)

20名ほどのシスター方の中には、私が小学生の頃、侍者として神父さんにくっついて修道院へ来たことを憶えておいでの方がおられました。お恥ずかしい限りです。当時は訳も分からず、カタカナで書いてもらった階段祈祷のラテン語を一生懸命、唱えておりました。とにかくラテン語のミサは、何がなにやら子どもにはちんぷんかんぷんでしたし、実際当時の祈祷書なんかを見るとミサの間のどこそこで唱える祈りなんてのがたくさんあるのですから、神父さんは神父さんでラテン語のミサをたてつつ、信徒は信徒で祈祷書の祈りを日本語でしていたのかもしれません。良く憶えておりませんけれど。だからこそ聖変化の時の鈴が必要になるのですから。

シスター方には教区のために、また日本の教会のために、いつもお祈りをしていただいており、その祈りによって私たちは支えられています。心から感謝すると共に、これからも一層のお力添えをお願いしたいと思います。シスター方にも高齢化の波は押し寄せているようで、かつてこの修道院はガレットを製造していたのですが、先頃その製造を県内の製菓業者に譲ったとか聞きました。観想修道会への召命のためにもお祈りしたいと思います。

さて昨日盛岡まで出かけた一番の理由は、講演を頼まれたからでした。岩手県立病院と日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団の主催で行われた、緩和ケア実践セミナーで、「精神ケア」についての話をしてまいりました。もちろん私は医療の現場で働いているわけではないのですが、様々な道筋を伝って私のところに話が来たようです。実際にホスピスで働いている信徒の方とかいるのに、そちらの方がよいのでは等とも思いまして非常に心配して出かけました。私に声をかけて下さったドクターが、私の書いた本「カリタスジャパンと世界」(サンパウロ)を読んでいて下さり、その中に書いたボランティアについての話が良かったということで声をかけてくださったようで、ありがたいことでした。私の前には県立中央病院のドクターによる、パワーポイントを使っての「痛み」のコントロールについての講演でした。様々な薬の名前が出てきてちんぷんかんぷん。そのあとに出てきた私は医療の素人ですから、知ったかぶりの話はもちろん出来ません。宗教者として他者との関わりについてキリスト教の立場からの話をさせていただきました。会場な500人以上が岩手県下かうちから集まり、そのうち20人ほどがドクター、あとは看護師の方々で、入りきれない人が他の部屋でモニター聴講までしているという盛況ぶりで、ホスピスや緩和ケアについての医療者の関心の高さと取り組みへの熱意が感じられました。午後にはさらに3名の講師の方を招いて、ワークショップが行われたようですが、わたしは午後には新潟へ戻って参りました。

ホスピスのような場所では、どうしても宗教的要素が不可欠であろうと思います。しかし公立の病院では直接宗教者が関わることが難しいために、その実施は、例えば精神科のドクターやカウンセラーの方々に任せられるのでしょうが、やはり何らかの形で、宗教的というか超自然的領域への理解を深める道が必要なのだろうと思います。痛みを取り除くことと同時に心の不安や怒りを取り除くことも、どうしても必要になるのですから。

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