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2007年2月27日 (火)

若き司祭の悩み

新潟の司教座聖堂は、今年で献堂80年を迎えます。11月3日には、80年のお祝いを挙行する予定で、計画進行中です。佐藤司教様時代の1996年に、その後100年は大丈夫な聖堂にすることを願って、大改修工事が行われました。1964年の新潟地震で、土台から少し傾いていたのですね。基礎を全く新しく作り替えて、床を張り直したそうですが、そのときに、地震で傾いて土中に埋まっていた玄関の階段一段が発見されたと聞きました。聖堂は今では美しく修復されております。難を言えば窓枠でしょうか。木の窓枠は機密性が低く、嵐になるとどうしても雨が漏れて聖堂内に侵入してくるのです。どうにかしなければ、きれいに張り替えた床がだめになります。

そして教区事務所も置かれている新潟司教館は、やはり聖堂と同じ頃、80年前に建てられたようなのです。詳しい資料が残っておらず、どこからか移築してきた建物に増築したという話も耳にしたことがありますが、いずれにしろたいそう古い建物です。地震で傾いた床は直されましたが、実は新潟地震の時に、立ち位置がだいぶずれてしまったようで、聖堂にずっと近寄って移動したのだという話を聞いたことがあります。おかげで、聖堂の裏と司教館があまりに近くて、裏の保育園に食品などを運ぶ業者の方は、軽トラックを何度も切り返して毎朝この隙間を通過して行かれます。普通の車は絶対に通れません。

Bishophouse01 昨年11月に、ガスの工事をしました。というのもそこらで漏れていたんですね、ガスが。土中のガス管があまりに古くて、もうどこを手直ししていいのか分からず、(業者の方がこんな元栓は見たことがないと言うくらい歴史的な元栓がついていたそうです)とうとう新しく配管をし直しました。そしてガスストーブを入れ替えたのですが、そのときに撮影したのがこの二枚の写真です。壁に開けた穴に近寄ってみると、外の壁と内壁の間には見事に隙間があるのであります。そしてここからが問題。

Bishophouse02 この隙間は司教館の建物すべてに及んでおり、ついでに一階と二階の床の間とか床下とかと繋がっていて、ここに、あの有名な、といいながら新潟に来るまで私は知らなかった、「ハクビシン」という動物が住み着いているらしいのですね。夜になると、ハクビシンがあまりにがさごそと動き回るので、一階に住んでいた方々は夜も寝られない、一時は佐藤司教様も苦しまれたとか。私は今のところそれほど気がついていないのですが、一階に住んでいる教区で一番若い司祭は、夜な夜な寝られずに、ずっと苦しんできたと言います。自ら屋根裏に入り込んで、かなりの隙間をふさいできたのだそうですが、それでも夜な夜な走り回るハクビシンのタフなこと。歴史と共に生活するのは楽ではありません。そんな若き司祭も、この復活後には見附へ転任で、ハクビシンからは解放です。

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2007年2月26日 (月)

風邪は去らず

風邪は一向に良くなる気配を見せず、喉の違和感と軽い鼻水の攻撃中です。木曜には秋田聖霊高校の卒業式、金曜には山形で老人施設みこころの園などの職員研修、土曜には同じく山形のこまくさ保育園新園舎の竣工式、ついでに次の日曜は山形教会訪問とスケジュールは目白押しで、体調を何とか回復しなければなりません。卒業式はだいたい体育館などで行われるので、非常に冷えるんですよね。その日の朝に、調子に乗っていつものようにコーヒーの二杯でも飲んでしまった日には、式中に大変な目に遭います。一番前の方にいるのに、ちょっと失礼というわけにはいきませんし。

それほど生活に大きな影響があることではないので、どうでも言いといえばどうでもいいのですが、またまたJR東日本の話。鉄道で出かけるときにはしばしば、「えきねっと」というインターネット上のチケット予約システムを活用させていただいているのですが、そのセンターからお知らせのメールが来ました。曰く、『えきねっとの「JR券申込サービス」をお客さまにご利用いただきます際に、「JR券申込サービスに関する規約」を設けておりますが、この規約を2007年3月1日(木)より一部改正いたします』とのこと。それを読んで納得しないときは、駅ネットを脱会しても良いとまで書いてあります。そして「ご確認下さい」と、クリックすればよいようにURLが記してある。これは親切にとクリックしました。でもその先には、とても長い規約が、ただ記してあるだけで、いったいどこがどういうように「一部改正」されたのかは、全く分からない。もちろん現行の規約を探し出して比較すればよいのですが、これって少し不親切ではないですか?せめて新しい規約の中に、改正された部分を赤にするとか、何かわかってもらおうという心配りがあっても良いのではないかと思いました。

Niigatastjr で、この写真は、先日に続いてJR東日本の新潟駅の話。新幹線東改札口の上にある案内表示板の一番右の矢印と真ん中の矢印は、全く正反対をむいているのですが、実は同じ方向を教えているのです。つまり一番右は、このまままっすぐ行くと新潟スタジアムなんかの方向へ行けますよということで(実際にはその先で90度右に曲がらないとその方面の外へは出ないのですが)、そして真ん中の矢印は、まさしくこの案内板の真下こそが「新幹線東改札口である」と示しているのであります。しかも真下を示しているであろう矢印の解説には「改札」の文字はなく、「上越新幹線東口(出口)」と書いてある。もちろん「乗り換え口」と比較して「出口」であることは分かるのですが、真下の改札を示した矢印であるとはなかなか気がつかない。ちょっと考えれば分かるのですし、まあ大概の人はあまり見ることもないのでしょうからどうでも良いのですが、何となく不思議な案内板だと、いつも思っております。ちなみにJR東日本の名誉のために付け加えますが、メールなどでの問い合わせにはとても迅速に丁寧に答えてくださる会社です。

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2007年2月24日 (土)

司教総会終わる

月曜日から始まった司教総会も昨日終わり、夜には新潟へ戻りました。司教総会では、正面に3大司教と会長(野村司教)、そして左右の列にその他の司教が叙階順に並ぶのですが、そうすると私の隣はいつも谷司教と郡山司教となります。今回はその谷司教が風邪気味でやってこられたので、会議中にしっかりとその風邪がこちらに引っ越してきたらしく、今朝はどうにも喉が痛いです。

今回の総会中には、6月からの3年任期で始まる次期会長選挙も行われ、結果はまた公式な発表があってからにしますけど、私も常任司教委員会のメンバーに選ばれてしまいました。常任は会長と副会長を始め全部で7名の司教からなり、宗教法人カトリック中央協議会の法人責任役員会も兼務します。これで毎月一回の会議が増えることになりました。そのほかにもいろいろと仰せつかりました。私の後に司教になった方々は皆私より年長で、未だに私が一番若いので、どうしてもそうなってしまいます。はやく私より若い司教が誕生しないかな。

一年ほどの時間をかけて話し合ってきた「信教の自由と政教分離のメッセージ」もやっと最終的に採択され、司教団メッセージとして発表されることになりました。すでに中央協議会のホームページには掲載されていますので、ご一読下さい。司教団メッセージとは、委員会などが発表するそのほかのメッセージ類と違い、司教全員が賛成して採択された日本の司教団の考えの表明という意味です。

そのほかにもいろいろと決まりましたが、例えば先日のアジア宣教大会のふり返りの会でも指摘がありましたが、20年前に開催された福音宣教推進全国会議(いわゆるナイス)のふり返りを行うことになり、それについても詳細を次回の司教総会までに詰めていくことになりました。

そのほかで一番時間がかかったのは、すでに何回か触れましたが、典礼式文翻訳の課題です。翻訳とは、現在日本の教会で使っている日本語式文の手直しなどという生やさしい問題ではなく、世界中の司教団がバチカンから求められている規範版第3版の翻訳という課題です。日本では数年前から専門の委員(典礼の専門家、神学者、国語学者、典礼音楽家など)が様々な角度から検討して試訳を作成し、そのたびに司教総会で話し合って手直しを加えた上で、神学院などで一定期間の試行がなされました。その上で再度手直しを加えたものを司教総会で話し合い、昨年、典礼秘跡省へ検討を依頼しました。その結果いくつかの点で再検討を指示されたため、今回の総会には再検討指示に従って手直しされた訳が提出されました。それをさらに司教さんたちの様々な角度からの意見でさらに手直しをして、もう一度神学院などで試行した上で、最終的に次の総会で議論した上で、典礼秘跡省に提出することになります。

一番話題になっているのは、Et cum spiritu tuoの訳かもしれません。典礼秘跡省の見解では、spirituは単に「霊」ではなく、司祭が叙階の時に受けた霊の「たまもの」を浮かび上がらせるような言葉を使いなさいというのですが、これがなかなか難しい。しかも長々と解説するような言葉遣いになって単語が数多く並ぶと、「原文と違う」と指摘するという困難さ。あとはmea culpaの部分とか、Sursum cordaとか。「私の罪、私の罪、私の非常に大きな罪」と言うのも何か奇異ですし、「心を持ち上げましょう」っていったいどういう意味?になりかねませんし。いろいろございます。いずれにしろ最終的には典礼秘跡省の認可を受け、秘跡制定句に関しては教理省の認可を受けなければ、正式には発行できないのですから、あと3年はかかると見られています。その間にも、たぶん教会にあるあの赤い大きなミサ典書は、すでにぼろぼろになっているのでしょうが、まだ次が出ないので、どうか大事に使ってください。

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2007年2月22日 (木)

優先すべき事

私も英語の本を翻訳して出版したことがありますし、いろいろな文書の翻訳を試みたことがあります。外国語の文章を機械翻訳にかけるととんでもなく笑ってしまう翻訳になることが多い事からわかるように、英語の文章を日本語に訳すことは容易いことではありません。どうしても、原文の意を汲んで、意味が通じるように意訳せざるを得ないこともしばしばです。最たるものは、もちろん画面のスペースの問題と、目がついて行けるスピードの問題があるからでしょうが、映画の字幕。あれこそは意訳の頂点です。

原文への忠実さをとるか、意味への忠実さをとるのか。どちらも重要であるにも関わらず、両者を同時に成立させることは難しい。

今回の司教総会に限らず、ここ数年間続けて議論されているのは、数年前に第三版が発行され、世界中の司教団が聖座から、自国語に翻訳をするように指示をされているミサの典礼式文の翻訳問題です。日本では特に最初の翻訳ですら暫定訳としての承認であったのですから、第二バチカン公会議後、決定版の翻訳は未だに出現していないことになります。もちろん教会の歴史は右に左にユルリユルリと触れながら、のんびりと確実に前進を続ける性質のものですから、人間の一生を尺度にして焦っても仕方がない側面があります。とくに典礼という重要な側面の問題ですから、第二バチカン公会議が終わってまだ40年程度しか経っていない時点で、不完全だと焦っても仕方がありません。最終的には100年くらいはかかって当然ではないかと、個人的には感じています。

典礼は伝統と神学のせめぎ合いで成り立っているように感じます。第二バチカン公会議後は神学が優勢を占めていたのだと思うのですが、それによっていろいろと試行してみた結果として出てきたのは、現時点での第三版を中心とした諸文書に現れる伝統を重視する立場であると思います。特に翻訳においてはラテン語原文の忠実な訳であることが強調され、例えばある一つの言葉の翻訳を巡って、すでに多くの国で神学的に正しい意味を表すように異なる言葉を持って翻訳された言葉遣いを、そちらの方が神学的にはふさわしいと聖座も認めながらも、しかし、伝統を守って原文通りに戻すように要求していることなどに、それが現れています。(ちなみにこの「ある言葉」の翻訳という点に限ってだけ言えば、日本の翻訳ではもともと原文通りであったため、問題はなかったのですが)。聖座は、まず伝統通りに忠実に翻訳し、そしてそれが実は表している神学的意味を、そのままの言葉ではわからないからカテケージスせよと指示されています。そうしなければならないでしょう。現在検討されている翻訳は、まだまだ最終段階ではないので、これから何度も直されていくのでしょうが、かなり原文に忠実な翻訳になっています。いくつかの問題では、現行の暫定訳と同様に、聖座から特別の許可を頂かなくてはならないと考えることもあります。ゴールはまだまだ先で、あと何年かかるのかわかりませんが、できる限り日本語としても美しく、かつしっかりと歌えて、しかも神秘性を併せ持ち、同時に原文に限りなく忠実な典礼の翻訳ができあがるように、膨大な量の翻訳と研究に、日夜取り組み努力を続けてくださる典礼委員会委員の皆様には、心から敬意を表し、感謝したいと思います。

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2007年2月21日 (水)

灰の水曜日

本日は灰の水曜日、四旬節の始まりです。新潟教会では朝のミサと午前中のミサで灰の式が行われるでしょうし、各小教区でも本日、または次の日曜日に灰の式が行われる予定であると思います。

日々のミサの中でもはじめに、生活を振り返りながら自らの心を神に向けなおす「回心の儀」がありますが、灰の式はその最たるものともいえるでしょう。人間の存在が神の前にいかに小さなものであるのか、神の前にへりくだる心を持つために、灰を頭や額に受け、自分はその「ちりにすぎない」事を再認識します。司祭はこのとき、伝統的な「あなたはちりであり、ちりにかえるのです」と唱えるか、または「回心して福音を信じなさい」ととなえることになっています。どちらにもそれぞれ深い意味があり、私は両方が一度に唱えられればよいのになどと思うのですが、神の前に謙遜に生きる姿勢を改めて確認しながら、この四旬節に福音に真正面から向き合って生活の規範とする決意を新たにしたいと思います。

教皇様は四旬節にあたりメッセージを出しておられます。教皇様は「彼らは自分の突き刺したものを見る」を今年のテーマに選ばれ、十字架の上でイエスが示された愛について、教えられています。十字架上の主イエスに私たちのまなざしを向け、その身を持って示された愛に、私たち自身もならい生きるようにと呼びかけられます。全文は中央協議会のホームページに掲載されていますので、一度ご覧ください。

四旬節には伝統的に、祈りと節制と愛の業の三点セットが奨められています。また灰の水曜日と聖金曜日は大斎と小斎の日と定められています。もちろん目に見える形としての断食にも意味がありますが、それ以上にどのような心持ちでそうするかが大切なのは言うまでもありません。大斎は満60になるまでの成人が、一日に一回だけの充分な食事ともう一度わずかな食事をとること、小斎は満14歳以上が基本的には肉類を控えることですが、そのほか様々な信心業にかえることもできます。もちろん病気であったり妊娠などの理由がある場合には免除されます。また四旬節中には、愛の業の一つとして、カリタスジャパンを通じた愛の献金も行われていますから、どうぞご協力ください。毎年この献金によって、世界の様々な国の兄弟姉妹に、日本の教会から協力の手をさしのべることができているのです。

私はこの四旬節にあたり、信仰生活にメリハリをつけるためにも、それぞれ一人ひとりの信仰生活において普段あまりできていないことを、一つでかまいませんから、実行してみることを呼びかけたいと思います。ほんの簡単なことでかまいません。食事の祈りでも、朝晩の祈りでも、単に十字架のしるしをすることでも、ミサに出ることでも、ロザリオをひとつ祈ってみることでも、平日のミサに一回くらいは与ってみることでも、何でもかまいません。四旬節のはじめにあたり、日々の信仰生活を振り返り、欠けている多くのことに気がつかれることでしょうから、その中のたった一つでかまいません。普段できていないことを、一つ、実践してみることを心がけませんか。四旬節は私たち一人ひとりが信仰の原点を見つめ直すときです。自分は一体何を信じ、誰を信じているのか、振り返ってみましょう。

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2007年2月20日 (火)

司教総会中です

昨日の午後2時から、東京の潮見にある日本カトリック会館を会場に、全国の教区長司教と補佐司教が集まって、臨時司教総会が開催されています。「臨時」とは言っても、定期的に毎年2月に開催されます。規約上、6月の総会が定例総会となっており、それ以外は臨時や特別などと呼ばれますが、一応、毎年開催される2月を臨時と呼び、本当に緊急に招集するものは特別臨時などと呼んでおります。

Wangansho 昨日は恒例に従って、教皇大使が臨席され、まず司教団へのメッセージを述べられました。いろいろなことを述べられましたが、なかでも昨年のクリスマス、日本においては死刑が執行されたことにショックを受けたと言われたことが印象的でした。教皇庁大使館の隣は欧州連合の代表部ですが、ヨーロッパ系の外交団の間では、クリスマスの死刑の件はかなり話題になったようです。

昨日は基本的に報告の日で、私も昨年開催されたアジア宣教大会について、報告をいたしました。また夕方には長崎管区の司教団と大阪・東京管区の司教団に分かれて、神学院の合同に関する基本的な確認を行いました。少しずつですが、基本的には福岡のサンスルピス大神学院の養成を中心にして、東京の方針もその中にとけ込ませていく方向で、調整を進めていくことになります。

今日の会議は、特に典礼について、バチカンから指示されているローマミサ典書第3版の翻訳(既存版の翻訳の見直しを含む)についての話し合いが中心になる予定です。

ところで、上の写真は、知っている人は知っている、知らない人は知らない、フジテレビ系の「踊る大捜査線」でしたっけ、あの舞台になる「湾岸署」であります。日本カトリック会館ではありません!!しかし、実際には警察ではなく、某有名会社のオフィスビルであります。しかもカトリック会館の私の部屋から見えるとこに建っております。私の部屋の真正面の水辺では、ヒーローもののロケなどにも以前は使われていたようです。都内です。東京駅から京葉線の電車でたったの8分です。都心であります。

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2007年2月19日 (月)

司教総会です

本日2月19日から金曜日まで、臨時司教総会が潮見のカトリック会館で開催されます。今から出かけますが、詳しくはまた現場から。

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2007年2月18日 (日)

新聞の力

Osmass_1 今日付のカトリック新聞の一面に掲載されているためでありましょう。またカトリック新聞のホームページにも同じく掲載されているためでありましょう。この数日、急激にアクセスが増えました。しかも全国各地から。アクセスしてくださった方、ありがとうございます。

さて今一度、この日記の趣旨を記しておきますが、基本的には新潟教区(秋田・山形・新潟県)の地理的状況を考慮して、一体感に欠けるこの教区に、何らかの共通認識を生み出そうという意図で、とりあえず教区長である私が何をしているのか、徒然と記してみたいと思ったのであります。従って、お話の中心は新潟教区ですが、同時に私の身辺で起こっている事柄でもあります。

なってみて初めて分かりましたが、司教というのは、やたらと会議が多い役目です。そして今年は全国の司教の諸担当の改選の年で(6月)、きっと私は担当が増え、つまり会議が増えるであろうと思いますので、新潟を留守にすることも多く、この日記も必ずしも毎日更新されるというわけではありません。出来る限り、毎日になるように努力はします。なお、そういうわけで、細かく管理とケアが出来ませんので、コメントは受け付けません。トラックバックは、以前トラックバックを利用して「ホスト」関係の話が日記本文として登場したことがあって以来、これまたコメントと同様の理由から停止しています。

ご質問、ご感想、ご意見がございましたら、プロフィールのところから、メールを出せるようになっておりますので、ご利用下さい。時間が許す限り、お返事をするように努力はいたしますが、失礼する場合もございますこと、ご承知おき下さい。

なお私の主な説教は、ホームページ「第三世界の諸問題」から、「司教のページ」へはいってご覧下さい。

お見知りおきを。

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自分の量る秤で

日本カトリックボランティア協議会という組織があります。全国各地で活動しているカトリックの様々なボランティア団体の育成・促進を目的にしている協議会です。ここでは3年ごとに、その活性化や情報交換を目的として、総会を開催してきました。前回の総会は昨年4月に長崎で開催されましたが、すでにこの日記でも触れたところですが、次回、2009年の総会は、新潟教区で開催されることになっています。昨年このお話があった段階では、09年なんて永遠にやってこない未来の話だと思っていたのですが、やはり時間は確実に前進を続けており、そろそろ何かを考えなくてはならない段階に入りつつあります。とはいうものの、新潟教区には社会福祉を担当する委員会組織があるわけでもなし、ボランティアの活動団体も教会として存在するわけではありません。昨日から今日にかけて、前々回の総会を開催した横浜教区から、担当者の信徒の方が、新潟教区の準備にアドバイスをしてくださるために、新潟教会を訪問してくださいました。新潟教区としては、マリアの宣教者フランシスコ会のシスター佐久間(亀田修道院)を窓口として、大瀧事務局長と共に教区としての対応を考えていくことにはしておりますが、私としては、これから大会に向けての約2年間、新潟教区各地でそれぞれ個人の立場で様々なボランティア活動に活躍しておられる皆さんと、連絡を取り情報を交換して、ネットワークを築き上げていただければと期待しています。またこの大会を契機として、教会としての様々な活動を目にみえる形で構築することが出来ればとも、希望します。ちなみに総会は2009年の4月、御復活のあとに開催されます。

確かに全国の他の大きな教区と比較すれば、地理的条件や人的条件から、出来ないこと、出来そうもないことが、新潟教区には多いのは事実です。しかし、マイナス面ばかりを見て、無理だ無理だと、あきらめるだけが道ではないのだろうと思います。社会問題に取り組むカリスマのあるリーダーがいてくれれば何とかなるのだが、などと思うこともあります。でも実際に問題なのは、一人リーダーの取り組みではなくて、教会という共同体を構成している一人ひとりが、どのような心意気をもっているのかなのだと思うのです。「心意気」です、「心意気」。

今日の日曜日、第7主日のミサに与って、福音を耳にされましたか。あのイエスの言葉を耳にして、「どうみても無理。現実的に不可能。イエス様、そりゃ理想に過ぎない」と思いませんか?そう、イエスの語られる理想は、我々のレベルをはるかに超えるところにある。言ってみれば人間業では到底到達できるところにはない「理想」です。敵を愛することが出来たら、どれだけの仲違いが減ることか。人を裁かないならば、どれだけの対立が減ることか。無理無理。でも無理だからといって、その理想のレベルを現実にぐっと近づけてしまっては、矢張りだめなのです。なぜなら私が量る秤で、私自身が量り返されるから。門口は広くあった方が通過し安いではありませんか。だから「心意気」を、二千年前に、イエスに従っていくぞと決意した弟子たちのような心意気を。時には恐怖に逃げ出してしまったけれど、「それでも(と鹿児島の司教様のモットーのように)」、必死で従っていった弟子たちのように。「心意気」をもって、キリスト者の生を全うしたいと思います。

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2007年2月16日 (金)

札幌教区の、まもなく司祭

Img_0743 もちろん札幌教区に「まもなく」さんという神父がいるなどという話ではなく、まもなく、3月21日に司祭に叙階される札幌教区の森田健児助祭が、新潟教会を訪問してくださいました。新潟教会では、神学校で同窓である高橋神父と旧交を温め、神学校の教師でもある大瀧神父の心温まるアドバイスを受け、最初は一泊の予定を、二泊にまでのばして、新潟を堪能して行かれ、たかどうか。実は天候が良くなかったため、乗船予定のフェリーが欠航となり延泊したのですから、あまり新潟市内も見て回ることは出来ませんでした。彼が今回新潟まで来たことで、東京から北海道へ、時間はかかるが、なるべく安く旅する道のひとつが、新潟経由であることを知りました。なかでも安くてしかも旅が楽しめるのは、この新潟経由です。すなわち、東京から新潟までは高速バス。そして新潟から北海道まではフェリーの旅。すばらしい。

森田神学生の司祭叙階式は、3月21日午前10時半から、札幌の北一条教会(司教座)において、地主司教様の司式で行われます。どうぞお祈り下さい。

来年度は高松教区からも久しぶりに東京大神学院に入学する神学生がいるとか言うことで、これで四国・本州・北海道で神学生がいない教区は新潟だけとなりました。新潟教区の皆様、まもなく来週の水曜日からは四旬節です。四旬節にはもちろん自らの信仰をふり返ることが大切ですし、「愛の献金」があったりして、他の人たちへの思いやりの心を磨くことも重要です。しかし同時に、新潟教区の皆様には、四旬節の間、これまで以上の熱意を持って、召命のために祈りを捧げていただきますよう、お願い申し上げます。主の計らいに心から信頼しつつも、恵を願い求めることも忘れてはなりません。(写真は森田まもなく司祭と私)

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2007年2月15日 (木)

殉教者はどうなった

最新版(2月18日付)のカトリック新聞には掲載されているので、もうここにも書いて良いのでしょうが、ペトロ岐部と187殉教者の列福申請のプロセスは、とうとう最終段階に到達しました。2月6日に開催された教皇庁列聖省の枢機卿会議において、この列福についての審査が行われ、無事に通過したそうです。あとは列聖省の長官が教皇様に拝謁して、最終的な裁可を頂くだけとなりました。最終的な裁可がいつになるのか見当がつきませんが、なるべく早い発表となることを期待いたしましょう。なお列福式は長崎で行われる予定としていますが、日程については列聖省長官の都合もありますので、今の段階では未定です。

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貧しさ

1973年、アフリカのケニアの首都ナイロビで、世界銀行の理事会が開催されました。世界銀行の理事は、出資率によって投票権が決められているので、国連の場のようにメンバー国がそれぞれ同じ議決権を持っているわけではありません。理事会に集まるのも、大多数が先進国を代表している面々になってしまうのですが、その理事たちを前にして、当時のロバート・マクナマラ総裁は「貧困との闘い」という歴史的な演説を行いました。この演説以降、「絶対的貧困の撲滅」や「BHN(人間の基本的必要)の充足」という概念が、世界的な援助政策の目標として語られるようになったのです。

マクナマラ総裁は、ケネディ・ジョンソン政権の国防長官としてベトナム戦争に深く関わった人物です。マクナマラ氏のその後の演説に目を通したり、「マクナマラ回顧録」(仲晃訳、共同通信社)を読んでみて、氏の考えに共鳴するところも少なくありません。しかし、基本的に彼は「共産主義ファイター」として国防長官を務め、その流れにそって世銀の総裁を務めたと見られます。マクナマラ氏にとっては貧困こそが共産主義の温床であり、当時のドミノ理論に基づき、共産主義の拡大を未然に防ぐための方策としての貧困撲滅を唱え、その推進機関として世銀の役割を拡大していったのだと思います。そのマクナマラ氏の演説です。(以下、拙著「カリタスジャパンと世界」より引用)

『この演説の中でマクナマラ氏は、国内の経済問題に目を奪われて第三世界への援助を渋る先進国を批判しながらこう述べています。「(国内経済政策にのみ目を奪われている国々は)二つの種類の貧困を区別できていない。それは相対的な貧困と絶対的な貧困だ。相対的な貧困とは・・・ある人が他の人よりも少なく持っているというような・・・いつでもどこにでもあるような事だ。しかし絶対的な貧困とは、病気や読み書きが出来ないことや、栄養失調や、犠牲者から基本的な人間としての必要でさえも奪ってしまうような卑劣さによって、卑しめられている人間の状態のことだ。」
 先進諸国に対してマクナマラ氏は、国内の「相対的な貧困」問題と、第三世界で多くの人々が直面している「絶対的貧困」問題をはっきりと区別して捉える必要性を強調します。その上でマクナマラ氏は、「・・・開発援助は倫理的なものだ。・・・豊かで権力を握っているものには、貧しく弱いものを助ける倫理的義務がある。これこそが共同体というものの持っている意味なのだ・・・」と、政治的な思惑から離れて、徹底的に倫理的問題として貧困撲滅に取り組む必要性を訴えたのです。』

13日の衆議院予算委員会で、菅直人議員の質問に答えていた首相は、「絶対的貧困率」を例に持ち出されました。日本は絶対的貧困率が低いではないかと、格差問題での反論に使われたのです。そして「絶対的貧困」を「生活必需品を調達できない」とごく一般的な定義を述べられました。かつてマクナマラ総裁がナイロビの地で「絶対的貧困」という言葉を使って先進国に訴えかけ、それ以来しばしば使われるようになったこの言葉には、その定義をはるかに超えた人類の悲惨さが背景に横たわっているのです。普通の人間の努力で克服することなぞ不可能な、構造としてあたかも運命を決定づけるかのように存在する「絶対的な格差」の問題です。再チャレンジで努力すればどうにか克服することが出来るなどという議論をしている中で、持ち出してくるような程度の言葉ではないと、非常に違和感を憶えました。

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2007年2月14日 (水)

新潟駅の難しさ

初めて新潟へ新幹線で来たとき、ホームから降りてきて、次にどこへ行くのか、かなり迷いました。これから在来線の立体化が始まり、駅自体が変身していくらしいので、きっと良くなるのでしょうが、しかし先日時間があったのでよく観察しましたが、やはり分かりにくい。

Ekiniigata01 問題はどこへ行ったら外へ出られるのかが、瞬時には分かりにくい構造と、それに拍車をかける案内板であろうと思います。雪深い新潟の駅なので、即座に外へ出られないとしても、新幹線の改札を通過したあとで、初めての人間はいったいどこへ行けば外なのか、必ずや迷うことでありましょう。「東口」や「西口」と書かれた改札を通過して「外」へ出たと思っても、そこはなにやら建物の中で、そこから外へ出るまでにはまだまだ長い道のりがあるのです。これが分かりにくい。そもそも街の中心部に向かうタクシーやバスに乗れる出口は「万代口」ですが、そこへ簡単に出るためには新幹線乗り換え口を通過して在来線の駅舎へ向かわなくてはならない。ところがその目を欺くかのように、「上越新幹線西口」と「上越新幹線東口」なる改札が直線方向で左右にEkiniigata02 並び、乗り換え口はちょっと斜に構えているのですね。しかも写真の案内はホームからのエスカレータと水平方向で設置されているため、見にくいし気がつきにくい。万代口へ向かう乗り換え改札口でどこへ行ったらよいか分からず、乗り換え客の滞留が発生して、毎度毎度、混雑するのであります。しかも、実は何もなさそうな西口へ向かうと、ここにも万代口へ出られる乗り換え改札があり、上越新幹線から例えば秋田や酒田へ向かう「いなほ」に乗り換えるときは、乗り換え時間が短いことが多いので、案内のないこちらへ来た方が早いのですね。先日出かけた盛岡駅もそうでしたが、いったいどうやったら外へ出られるのか、初めての人間には皆目見当がつかない駅舎が、JR東日本の新幹線駅には結構あるような気がします。高架事業を契機として、わかりやすい駅にして欲しいと願うものです。

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裁量権

 16年間日本で暮らしてきたイラン人の一家が、オーバーステイであったために強制退去になるというニュースが注目を浴びています。特別在留許可に期待をかけたもののかなわず、裁判に訴えたものの、地裁では勝訴したが高裁でひっくり返り最高裁では実質的に審理にはいることもなかったということでした。

注目を浴びているのは、お嬢さんが日本で短大に合格していたことであり、かつそのお嬢さんがこれまでの人生の大半を日本で過ごしてきたという事情から、今更まるで異国である「祖国」に戻すことはないだろうという視点からの関心を呼んだからでした。そして報道によれば、家族の帰国を条件に、お嬢さんの「留学」は認められることになりそうです。これを良い話と感じるのか、悲しい話と感じるのか、法律を厳格に守るのは当然と見るのか、不公平と見るのか、それには様々な視点があろうでしょう。ただ私が、こういう話を耳にするときいつも何となくしっくりこないのは、法務大臣の「裁量」という言葉です。

今回も法務大臣の裁量で滞在が許可されそうになったと言います。うむ、人道的な判断をする、優しい法務大臣の「裁量」が下されまして、なかなか良い話、なのでしょうか?つまり、お許し頂いた大臣には確かにありがたいものの、それほどまでに裁量権に幅のある大臣とは、ちょっと恐ろしい存在だと思うのです。法律ではそう決まっているものの、私の大きな心で許してやるぞと、法務大臣が幅広く判断することができるということ自体が、どうも納得できないのです。別に四角四面にすべて細かく法律通りがよいといっているのではなく、確かに何らかの救済措置として裁量権の範囲は広い方はよいのは当然としても、それは伝家の宝刀として残されるべきもので、そうそう簡単に顔を出すべきものではないように思うのです。根本的には、裁量権に頼らなければならないような事態が続出するのであれば、その状況を生み出している制度なり運用方法なり、または法律自体に何か問題があると考えるべきであって、一大臣の裁量にすべてを任せるようなものではないのではないか。制度や運用や法律に不備があっても、一度決めたことはなかなか変更せず、なにやら御慈悲の裁量権で処理してしまって良しとしていることは、その「裁量」が善の方向に向かうときはよいものの、当然逆も真なのですから、反対方向に「裁量」が働く可能性もあるのですから、ちょっと恐ろしいではありませんか。

よく言われる難民認定の問題にしても、難民条約上はどう見ても難民であるにもかかわらず、国内法的に認定される数は少なく、認定しないで送還するのかと思いきや、裁量権で特別在留許可を出して、実質的に受け入れることが少なくありません。実質的に受け入れるのだから、一見その裁量権による判断は良いことに見えてしまうので批判されることも少ないのでしょうが、しかし、実際に必要なのは難民認定の制度の根本です。殊に「人道」に関わる事柄で、なるべく伝家の宝刀を抜かなくても良いような国家になって欲しいと思うのです。

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2007年2月13日 (火)

アジア宣教大会振り返りの会

11日の日曜日の午後から昨日12日のお昼頃まで、潮見の日本カトリック会館で、アジア宣教大会の振り返りの会が開催されました。これは昨年10月にタイのチェンマイで、アジア司教協議会連盟(FABC)とバチカンの福音宣教省が共催したアジア宣教大会でに、日本の教会から参加した代表が集まって、その体験を分かち合い、さらに日本の教会のこれからに提言をしようという意図で行われました。振り返りの会には野村、郡山そして私の3司教をはじめ15名が集まってくださいました。

初日は主に、チェンマイでの体験をそれぞれが分かち合いました。大会における分かち合いの時間で、アジアの様々な国の信徒の方々の話を耳にする機会がありましたが、そこで出会った生き生きとした信徒の姿に、深い感銘を受けたという声が多く聞かれました。特にアジアの多くの国ではキリスト教は少数派であるにもかかわらず、困難な状況の中で自ら共同体を作り上げ信仰を守っている信徒の姿には、私自身も深い感銘を受けました。また福音宣教と言うことを、そしてなかでも自らの信仰それ自体を、真摯に探求する姿は、私自身にも欠けているものを教えられた気がしました。今回の振り返りの会の参加者には、私たち日本の教会では、信仰をあまりにも軽く考えすぎているのではないか、もっと真剣に信仰に取り組まなくてはならないではないか、社会全体の宗教への無関心が教会にも影響を与えているのではないかという声が聞かれました。目に見える形式の側面でのこだわりではなくて、大切なのは信仰を深めることであり、信仰へのこだわりがなければ、すべてはむなしくなってしまいます。

二日目の分かち合いでは、来週開催される司教総会への報告書にも盛り込むべき、日本の教会への提言がいくつもありました。20年ほど前に開かれた全国福音宣教推進大会の精神に立ち返り、教会全体で宣教への取り組みを新たにするべきではないか。司祭だけに任せた教会運営ではなく、信徒にしかできないことは信徒が広く担って教会共同体を作るべきではないか、など、、いろいろな意見が表明され、予定された時間を遙かに超えて話し合いは続きました。最後に私の司式で、感謝のミサを捧げ、振り返りの会を終了しました。参加してくださった方々の声を、これから報告書にまとめ、来週の司教総会で発表しなくてはなりません。それにしても分かち合い時間がこれだけ充実するほど、皆さんが、宣教大会のテーマ「イエスの物語を語る」を体得されているとは。良い意味での驚きでした。

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2007年2月 9日 (金)

自立を支援する?

夜のニュースを見ていて、ちょっと気になったこと。断片的に切り取られたやりとりなので、全体を把握していないことを承知の上で、それでも気にかかるやりとりがありました。障害者自立支援法について、民主党の議員さんと安倍首相のやりとりです。この法律の施行によって、サービスが受けられなくなった障がいのある人や、閉鎖になった施設があるではないかという質問者の問いかけに、いやいやこういう成功例もある、こういう実績も上がっていると、明るい側面を強調しての首相の反論。

それはそうでしょうし、法律が出来たことの意味もそれはあるでしょうし、確かに政府も法律の不足に気がついて、補正予算措置をしたのでしょうが、でもこの法律の冒頭に掲げた理念を見るならば、その議論はないだろうと思います。

法律の冒頭にはこうあります。『障害者及び障害児がその有する能力及び適性に応じ、自立した日常生活又は社会生活を営むことができるよう、必要な障害福祉サービスに係る給付その他の支援を行い、もって障害者及び障害児の福祉の増進を図るとともに、障害の有無にかかわらず国民が相互に人格と個性を尊重し安心して暮らすことのできる地域社会の実現に寄与することを目的とする

少なくともこの法律によって成功したところもあるでしょうが、でも苦しんでいるところ、閉鎖せざるを得ないところ、サービスをあきらめざるを得ない人も実際にはあるのであり、そうであるならば、「国民が相互に人格と個性を尊重し安心して暮らすことが出来る地域社会の実現」を妨げているそういった例が、なぜ発生しているのか、その根源の理由を探ろうとすることが先決ではないですか。それに対して、こういったプラスがあるのだと反論しても、議論にはなりません。この法律の趣旨ではプラスはあって当然、マイナスはまさしく法律の失敗そのものです。さすがにそこは、(この数日、発言問題でやり込められているとはいえ)、柳沢厚労大臣の方が齢を重ねているだけあって手練手管に長じており、質問者をうまく持ち上げて答えておられたようでした。人の命がかかっているのですから、失敗例から即座に学ぶことが必要だと感じます。

私自身が現在二つの社会福祉法人に理事または理事長として関わっていますが、愛知県内の知的障害者援護施設(これも法律が変わり知的障害者通所更正施設から名称変更)では、確かに補正予算を見る限り、収入が激減しています。政府にあっては自ら作った法律の趣旨に鑑み、予算措置に逃れるのではなく、何が法律の問題なのか、早急に見直しをしていただきたいと思います。

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2007年2月 8日 (木)

世界病者の日

次の日曜日、2月11日は「世界病者の日」と定められています。この日はルルドの聖母の祝日でもあります。教皇様はこの日のためにメッセージを発表されています。(全文は中央協HPまたはカトリック新聞で)

今年のメッセージの中で教皇様は、「教会はあらためて苦しむ人に目を向け、人々が不治の病を患う人に関心をもつように呼びかけます。不治の病を患う人の多くは、終末期の病気によって死を間近にしているからです。こうした病気の人はあらゆる大陸にいますが、とくに貧困と欠乏が大きな苦痛と悲しみを生み出している地域に見られます」と記され、終末期のケアに特に言及されています。その上で、次のように呼びかけます。

「教会は、不治の病の人と終末期にある病人を支えたいと望みます。そのため教会は、公正な社会政策を要求します。公正な社会政策は、多くの病気の原因を取り除くために貢献できるからです。また教会は、死を間近にした人や医学的治療の方法がない人のための看護が改善されることを促します。人間が人間らしいしかたで、不治の病や死をも受け入れることができるような条件を作り出す政策を推進することが必要です。ここで、緩和ケアセンターをもっと増やす必要があることをあらためて強調しなければなりません」

私も先日、1月の末に盛岡で、岩手県の病院で働く医療関係者の方々が集まった「緩和ケア・セミナー」において、宗教者の立場から「精神的ケア」について話をさせていただきました。公立の病院という場では、どうしても宗教的な側面を欠くことが多く、私を招いてくださった精神科のドクターも、日頃のご苦労を切々と語ってくださいました。教皇様がメッセージの中で言及されているように、苦しみの中にある人への霊的な同伴が自然な形で実現できればと思いました。

なお教皇様は病者の日に当たり、免償を与えることを宣言されました。「通常の条件(ゆるしの秘跡、聖体拝領、教皇の意向のための祈り)のもとで、あらゆる罪から離れようとする心を持ち、来たる2月11日に、ソウル、または教会の権限によって定められたあらゆる場所において『第15回世界病者の日』のために神に祈ることを目的とした一つの儀式に敬虔に参加する信者に全免償が与えられる」とされています。詳細は今朝、小教区宛てにファクスを送付してありますが、新潟教区においては、各小教区の主日のミサで世界病者の日のために祈ることで、通常の条件を満たしながら全免償を受けられることにいたします。

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2007年2月 5日 (月)

26聖人の祝日

Niigata070204 2月5日は長崎の西坂で殉教されたパウロ三木をはじめとする26人の殉教者の祝日です。日本以外では聖アガタの祝日が優先されて明日が26聖人、日本は殉教の日の今日が26聖人で明日が聖アガタになっています。昨日からの殉教者のための特別な週間も、この26聖人にあわせて設定されました。「おおしくも、いさぎよき、強者は主のため」というカトリック聖歌集の威勢の良い歌が聞こえてきそうです。新潟教区の一粒会のために献金してくださっている方がたのために、今朝のミサを捧げました。今後とも、召命のために、より一層のお祈りをお願いいたします。

昨日の午後には、新潟教会を会場に、新潟・新発田地区の信徒会長と会計担当者に集まっていただき、新潟教区司祭の給与制の改定について会計説明会を行いました。すでに司牧書簡でも触れましたが、教区で働いてくださる司祭には、教区司祭であると修道会司祭であるとにかかわらず、教区がその働きに対する報酬をお支払いするのが本来の筋であろうと思います。つまり教区という教会共同体として、働いている司祭の生活を支えるのが本来の姿であろうと思います。今は、修道会司祭の生活は、修道会に一任しているのが現状です。というのも、かつて日本の教会は海外から来られた宣教師によってその大部分が支えられ、宣教師方は故国や修道会からその生活や活動を支えられていたからです。しかし同じ事を今の時代にも続けることは難しくなってきています。新潟も伊藤司教様の時に「教区」という名前で独り立ちしてから50年になろうとしています。外の援助に頼るのではなく、自分たちの手で、教区を支えていく道を確立しなければと思います。教区司祭の給与制度は、新潟・新発田地区で実施した後に、可能であれば修道会の地区にも広げていきたいと思います。もちろん修道会には給与という制度が馴染まない側面もありますから、何らかの方法を考えなければならないでしょう。いずれにしろ、秋田も、山形も、新潟も、一致して全体の宣教活動を支えるという意識をもっていただくことをめざして、今後、4月に始まる宣教司牧評議会の場でも、財政全般に関連して議論していただきたいと思います。(写真は、昨日開催された会計説明会)

本日は、午後2時から新潟県内の17幼稚園を擁する聖母学園の園長会を行いました。特に、幼保一体化に関連して、取り組みたいものの、あまりにも行政側の縛りが多くハードルが高いのでどうだろうかという議論などが交わされました。また夜6時から明日昼にかけては、月に一回の教区司祭の静修です。

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2007年2月 3日 (土)

殉教者を想い、ともに祈る週間

Kc280038 日本のカトリック教会は、明日2月4日から一週間を、「殉教者を想い、ともに祈る週間」と定めております。これはまもなく教皇様からの発表が期待されている、ペトロ岐部と187殉教者の列福が間近であることを踏まえ、殉教者の現代教会への意味を見つめ直し、信仰を伝える上で重要な、「共通の記憶」を深めるために設けられています。

この殉教者列福調査特別委員会に20年以上携わってこられた溝部司教様が、なぜこの殉教者を列福することが大切なのかについて、この一週間のために用意された小冊子の冒頭に書いておられます。教会にも何冊か配布されていると思いますので、是非ご一読いただきたいと思います。

日本の教会は、殉教者の血を礎として成立しています。これまですでに栄誉を受けた26聖人をはじめとする247人の殉教者は、必ずしも日本の教会が自ら運動を起こしたことによって誕生したのではなく、聖座や修道会の意向が強く働いていたと溝部司教様は書いておられます。そして一番迫害が激しかった時代を生き抜いた人々の代表が、そこには含まれていなかったと言います。日本の司教団が188人の殉教者の列福運動を始めたきっかけについて、溝部司教様の文章を引用します。

「188人が、たんに偉い殉教者であったというより、彼らの生き方を通して、現代日本に生きるキリスト者に、信仰を持って生きていくための示唆を与えてキリスト者のアイデンティティを深め、ひいては、日本の社会に強い影響をもたらすことが出来ると信じたからです。」

すでにご存じのように、今回の188人の福者殉教者には、新潟教区の信仰の先達(せんだつ)が53名も含まれております。1629年1月12日、キリシタン迫害の嵐の中、山形県米沢において、ルイス甘糟右衛門(あまかす・うえもん)をはじめとした53名の信徒たちは、その信仰を勇敢にも守り、神との完全なる一致を願いながら、その命を捧げたのでした。

特に米沢の殉教者が重要なのは、司祭不在の中で信徒による共同体づくりであったこと。信仰の伝統が家庭を通じて伝えられていったこと。またその家庭生活を通じて、生き方によるあかしを行い、それによって千人以上の信徒の共同体となっていたこと。こう行ったことが挙げられます。まさしく今に生きる新潟教区にとって、必要とされること、倣わなければならないことがそこにはあります。信仰の先達に敬意を表しながら、その信仰の生き方に倣い、今の時代にそれを生かしていく道を共に探りたいと思います。

なお4日は、新潟教会の朝9時半のミサにおいて、司教の司式で、この「祈る週間」を始めるミサを捧げます。また、すでに小教区には案内を送りましたが、今回の列福を感謝して米沢の地でも感謝の式を行う予定です。米沢教会の信徒の方々を中心に、教区として、準備を進めています。詳細はまたお知らせいたしますが、このお祝いのための資金が教区にはありません。そこで、明日から一年間、300万円を目標に教区のための特別献金をお願いしております。これは司教団が呼びかけている献金とは別ですので、どうかよろしくご協力下さい。

(写真は、昨日久しぶりに雪が降ったものの、見事に消えてしまった本日の新潟市内)

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2007年2月 1日 (木)

男と女

柳沢厚生労働大臣の講演における発言が、大きな政治問題となっています。政治的責任に関しては、政治に考えていただくとして、その発言に現される心情を考えてみたいと思います。これは私の講話のいつものネタの一つですから、あまり詳しくは書きません。

人間には生物学的な意味での男女の違いと共に、心のあり方においても男女の違いがあります。そしてそれは必ずしも一致するとは限らないのがふしぎなところです。

2001年に沖縄で、米軍兵士による女性暴行事件があったとき、事件を報道するフジの夕方のニュース番組で、キャスター氏(男性)のコメントをたまたま耳にしました。偶然つけたテレビで見たことですから、正確な引用ではありませんが、思わずびっくりするようなコメントでした。概ねこういう内容でした。「大変不幸な事件ではあったが、地位協定見直し問題などにおいては日本側に有利に働く幸いな事件となるかもしれない。」このコメントに対して、番組中すでに40を越える抗議の電話があったと、翌日新聞に掲載されていたのを憶えています。番組の最後には本人によって、不適切なコメントについての謝罪がありました。

このコメントを耳にした瞬間、「これはよろしくない」と、誤解を恐れずにもっと俗っぽい言い方をすれば、「まずい」と思いました。ところが翌日、複数の女性たちと話をしている中でこれについて触れると、彼女たちの多くは「まずい」とは思わなかったというのです。そうではなくて「なんて酷い」と思ったと言います。ステレオタイプ化して、すべてがそうだとは断定できないものの、世の多くの男性は、このコメントを批判的に見ながら、どこを見ているかと言えば、発言者の存在であります。発言者の社会的位置であります。発言者の社会的規範における位置づけであります。

ところが女性たちの多くは、発言者の言葉のその先にいる、犯罪の被害者である女性自身を見つめているのであり、被害を受けてずたずたになった心を見つめていたのではないかと思うのです。

あえて言えば、「よろしくない、まずい」と感じる世の多くの男性の判断基準は、社会組織を支えている価値観であり、組織における人間関係の論理であり、社会規範であり、「おかれている立場を考えれば、非常にふさわしくない発言であり、それによって何らかの責任をとらされるべきものだ」という意味で「よろしくない」のでしょう。しかしそれに対して「ひどい」と感じる女性の思いは、キャスター氏の発言のさらに向こう側にいる被害を受けた女性の心の痛みに目を向けている。「こんなにひどい仕打ちを受けた女性の心の痛みを慮ることはできないのか」という意味で「なんてひどい」なのでしょう。

そして今回の厚生労働大臣の発言も、問題の根幹はここにあると思うのです。発言された言葉について、ここで言う意味合いでの「男性的」な視点の判断と「女性的」な視点の判断は、全くすれ違っていて、責任の取り方についての明確な結論が出ないのです。野党のある女性議員が、「女性の代表として」大臣の責任を追及していましたが、私は、その意味では「女性として」責任を追及すると言うより、「人間として」どうであったかを真摯に思い直していただきたいと思いました。特に現在この方が担っている職責は、まさしく人の存在自体に関わる厚生労働大臣です。

イエスご自身の視点は、徹頭徹尾、ここでいう女性的な視点だと私はいつも感じています。この世の決まり事や常識によってがんじがらめにされた立場にいる人々の、一人一人の心に思いを馳せ、心を慮るイエスのまなざしを、福音書の随所で感じることが出来ます。この世の常識や価値観に捕らわれ、そればかりを優先し、本当に大切なこと、つまり人の心に目を向けない多くの人たちを目前にして、深く嘆息するイエス。そんな姿が、福音を耳にするとき、目に浮かびます。
 
ヨハネ福音12章にこうあります。(新共同訳から引用)
12:1 過越祭の六日前に、イエスはベタニアに行かれた。そこには、イエスが死者の中からよみがえらせたラザロがいた。 12:2 イエスのためにそこで夕食が用意され、マルタは給仕をしていた。ラザロは、イエスと共に食事の席に着いた人々の中にいた。 12:3 そのとき、マリアが純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ持って来て、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった。家は香油の香りでいっぱいになった。 12:4 弟子の一人で、後にイエスを裏切るイスカリオテのユダが言った。 12:5 「なぜ、この香油を三百デナリオンで売って、貧しい人々に施さなかったのか。」 12:6 彼がこう言ったのは、貧しい人々のことを心にかけていたからではない。彼は盗人であって、金入れを預かっていながら、その中身をごまかしていたからである。 12:7 イエスは言われた。「この人のするままにさせておきなさい。わたしの葬りの日のために、それを取って置いたのだから。 12:8 貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるが、わたしはいつも一緒にいるわけではない。」

ユダの視点はひじょうに「男性的」視点です。常識的に考えれば、そんな無駄なことをするより、売り払って施せとは、私なんかも思わず口にしそうな言葉です。でもイエスのまなざしは、徹底的に、この女性の心の悲しみへと注がれているのです。「彼女の心の悲しみが、おまえには分からないのか」という、イエスのまなざしの語りかけが聞こえてくるような気がします。自戒の念も込めて、自らのまなざしが、イエスのまなざしに近づいているのか、自らの言動をふり返りたいと思います。

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