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2007年2月 3日 (土)

殉教者を想い、ともに祈る週間

Kc280038 日本のカトリック教会は、明日2月4日から一週間を、「殉教者を想い、ともに祈る週間」と定めております。これはまもなく教皇様からの発表が期待されている、ペトロ岐部と187殉教者の列福が間近であることを踏まえ、殉教者の現代教会への意味を見つめ直し、信仰を伝える上で重要な、「共通の記憶」を深めるために設けられています。

この殉教者列福調査特別委員会に20年以上携わってこられた溝部司教様が、なぜこの殉教者を列福することが大切なのかについて、この一週間のために用意された小冊子の冒頭に書いておられます。教会にも何冊か配布されていると思いますので、是非ご一読いただきたいと思います。

日本の教会は、殉教者の血を礎として成立しています。これまですでに栄誉を受けた26聖人をはじめとする247人の殉教者は、必ずしも日本の教会が自ら運動を起こしたことによって誕生したのではなく、聖座や修道会の意向が強く働いていたと溝部司教様は書いておられます。そして一番迫害が激しかった時代を生き抜いた人々の代表が、そこには含まれていなかったと言います。日本の司教団が188人の殉教者の列福運動を始めたきっかけについて、溝部司教様の文章を引用します。

「188人が、たんに偉い殉教者であったというより、彼らの生き方を通して、現代日本に生きるキリスト者に、信仰を持って生きていくための示唆を与えてキリスト者のアイデンティティを深め、ひいては、日本の社会に強い影響をもたらすことが出来ると信じたからです。」

すでにご存じのように、今回の188人の福者殉教者には、新潟教区の信仰の先達(せんだつ)が53名も含まれております。1629年1月12日、キリシタン迫害の嵐の中、山形県米沢において、ルイス甘糟右衛門(あまかす・うえもん)をはじめとした53名の信徒たちは、その信仰を勇敢にも守り、神との完全なる一致を願いながら、その命を捧げたのでした。

特に米沢の殉教者が重要なのは、司祭不在の中で信徒による共同体づくりであったこと。信仰の伝統が家庭を通じて伝えられていったこと。またその家庭生活を通じて、生き方によるあかしを行い、それによって千人以上の信徒の共同体となっていたこと。こう行ったことが挙げられます。まさしく今に生きる新潟教区にとって、必要とされること、倣わなければならないことがそこにはあります。信仰の先達に敬意を表しながら、その信仰の生き方に倣い、今の時代にそれを生かしていく道を共に探りたいと思います。

なお4日は、新潟教会の朝9時半のミサにおいて、司教の司式で、この「祈る週間」を始めるミサを捧げます。また、すでに小教区には案内を送りましたが、今回の列福を感謝して米沢の地でも感謝の式を行う予定です。米沢教会の信徒の方々を中心に、教区として、準備を進めています。詳細はまたお知らせいたしますが、このお祝いのための資金が教区にはありません。そこで、明日から一年間、300万円を目標に教区のための特別献金をお願いしております。これは司教団が呼びかけている献金とは別ですので、どうかよろしくご協力下さい。

(写真は、昨日久しぶりに雪が降ったものの、見事に消えてしまった本日の新潟市内)

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