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2007年2月15日 (木)

貧しさ

1973年、アフリカのケニアの首都ナイロビで、世界銀行の理事会が開催されました。世界銀行の理事は、出資率によって投票権が決められているので、国連の場のようにメンバー国がそれぞれ同じ議決権を持っているわけではありません。理事会に集まるのも、大多数が先進国を代表している面々になってしまうのですが、その理事たちを前にして、当時のロバート・マクナマラ総裁は「貧困との闘い」という歴史的な演説を行いました。この演説以降、「絶対的貧困の撲滅」や「BHN(人間の基本的必要)の充足」という概念が、世界的な援助政策の目標として語られるようになったのです。

マクナマラ総裁は、ケネディ・ジョンソン政権の国防長官としてベトナム戦争に深く関わった人物です。マクナマラ氏のその後の演説に目を通したり、「マクナマラ回顧録」(仲晃訳、共同通信社)を読んでみて、氏の考えに共鳴するところも少なくありません。しかし、基本的に彼は「共産主義ファイター」として国防長官を務め、その流れにそって世銀の総裁を務めたと見られます。マクナマラ氏にとっては貧困こそが共産主義の温床であり、当時のドミノ理論に基づき、共産主義の拡大を未然に防ぐための方策としての貧困撲滅を唱え、その推進機関として世銀の役割を拡大していったのだと思います。そのマクナマラ氏の演説です。(以下、拙著「カリタスジャパンと世界」より引用)

『この演説の中でマクナマラ氏は、国内の経済問題に目を奪われて第三世界への援助を渋る先進国を批判しながらこう述べています。「(国内経済政策にのみ目を奪われている国々は)二つの種類の貧困を区別できていない。それは相対的な貧困と絶対的な貧困だ。相対的な貧困とは・・・ある人が他の人よりも少なく持っているというような・・・いつでもどこにでもあるような事だ。しかし絶対的な貧困とは、病気や読み書きが出来ないことや、栄養失調や、犠牲者から基本的な人間としての必要でさえも奪ってしまうような卑劣さによって、卑しめられている人間の状態のことだ。」
 先進諸国に対してマクナマラ氏は、国内の「相対的な貧困」問題と、第三世界で多くの人々が直面している「絶対的貧困」問題をはっきりと区別して捉える必要性を強調します。その上でマクナマラ氏は、「・・・開発援助は倫理的なものだ。・・・豊かで権力を握っているものには、貧しく弱いものを助ける倫理的義務がある。これこそが共同体というものの持っている意味なのだ・・・」と、政治的な思惑から離れて、徹底的に倫理的問題として貧困撲滅に取り組む必要性を訴えたのです。』

13日の衆議院予算委員会で、菅直人議員の質問に答えていた首相は、「絶対的貧困率」を例に持ち出されました。日本は絶対的貧困率が低いではないかと、格差問題での反論に使われたのです。そして「絶対的貧困」を「生活必需品を調達できない」とごく一般的な定義を述べられました。かつてマクナマラ総裁がナイロビの地で「絶対的貧困」という言葉を使って先進国に訴えかけ、それ以来しばしば使われるようになったこの言葉には、その定義をはるかに超えた人類の悲惨さが背景に横たわっているのです。普通の人間の努力で克服することなぞ不可能な、構造としてあたかも運命を決定づけるかのように存在する「絶対的な格差」の問題です。再チャレンジで努力すればどうにか克服することが出来るなどという議論をしている中で、持ち出してくるような程度の言葉ではないと、非常に違和感を憶えました。

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