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2007年2月24日 (土)

司教総会終わる

月曜日から始まった司教総会も昨日終わり、夜には新潟へ戻りました。司教総会では、正面に3大司教と会長(野村司教)、そして左右の列にその他の司教が叙階順に並ぶのですが、そうすると私の隣はいつも谷司教と郡山司教となります。今回はその谷司教が風邪気味でやってこられたので、会議中にしっかりとその風邪がこちらに引っ越してきたらしく、今朝はどうにも喉が痛いです。

今回の総会中には、6月からの3年任期で始まる次期会長選挙も行われ、結果はまた公式な発表があってからにしますけど、私も常任司教委員会のメンバーに選ばれてしまいました。常任は会長と副会長を始め全部で7名の司教からなり、宗教法人カトリック中央協議会の法人責任役員会も兼務します。これで毎月一回の会議が増えることになりました。そのほかにもいろいろと仰せつかりました。私の後に司教になった方々は皆私より年長で、未だに私が一番若いので、どうしてもそうなってしまいます。はやく私より若い司教が誕生しないかな。

一年ほどの時間をかけて話し合ってきた「信教の自由と政教分離のメッセージ」もやっと最終的に採択され、司教団メッセージとして発表されることになりました。すでに中央協議会のホームページには掲載されていますので、ご一読下さい。司教団メッセージとは、委員会などが発表するそのほかのメッセージ類と違い、司教全員が賛成して採択された日本の司教団の考えの表明という意味です。

そのほかにもいろいろと決まりましたが、例えば先日のアジア宣教大会のふり返りの会でも指摘がありましたが、20年前に開催された福音宣教推進全国会議(いわゆるナイス)のふり返りを行うことになり、それについても詳細を次回の司教総会までに詰めていくことになりました。

そのほかで一番時間がかかったのは、すでに何回か触れましたが、典礼式文翻訳の課題です。翻訳とは、現在日本の教会で使っている日本語式文の手直しなどという生やさしい問題ではなく、世界中の司教団がバチカンから求められている規範版第3版の翻訳という課題です。日本では数年前から専門の委員(典礼の専門家、神学者、国語学者、典礼音楽家など)が様々な角度から検討して試訳を作成し、そのたびに司教総会で話し合って手直しを加えた上で、神学院などで一定期間の試行がなされました。その上で再度手直しを加えたものを司教総会で話し合い、昨年、典礼秘跡省へ検討を依頼しました。その結果いくつかの点で再検討を指示されたため、今回の総会には再検討指示に従って手直しされた訳が提出されました。それをさらに司教さんたちの様々な角度からの意見でさらに手直しをして、もう一度神学院などで試行した上で、最終的に次の総会で議論した上で、典礼秘跡省に提出することになります。

一番話題になっているのは、Et cum spiritu tuoの訳かもしれません。典礼秘跡省の見解では、spirituは単に「霊」ではなく、司祭が叙階の時に受けた霊の「たまもの」を浮かび上がらせるような言葉を使いなさいというのですが、これがなかなか難しい。しかも長々と解説するような言葉遣いになって単語が数多く並ぶと、「原文と違う」と指摘するという困難さ。あとはmea culpaの部分とか、Sursum cordaとか。「私の罪、私の罪、私の非常に大きな罪」と言うのも何か奇異ですし、「心を持ち上げましょう」っていったいどういう意味?になりかねませんし。いろいろございます。いずれにしろ最終的には典礼秘跡省の認可を受け、秘跡制定句に関しては教理省の認可を受けなければ、正式には発行できないのですから、あと3年はかかると見られています。その間にも、たぶん教会にあるあの赤い大きなミサ典書は、すでにぼろぼろになっているのでしょうが、まだ次が出ないので、どうか大事に使ってください。

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