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2007年3月16日 (金)

秋田は、時にとても遠くなる

この数日、日本海側は本当に冬になりました。11日の日曜に秋田の大館教会から新潟の新発田教会へ黙想指導のためにこられた伴神父さん。午後に秋田行きの「いなほ」に乗り込んだものの、走っては止まりの繰り返しで、通常3時間半のところ、本人曰く、「9時間もかかっちゃったよ」とのこと。ということは入れ替わりで新発田から大館へ出かけた石黒神父様も新潟へ戻れなくなり、結局、大宮経由の新幹線乗り継ぎでやっと帰ってきたと聞きました。そしてその翌日、12日は、すでに書きましたが、一日中の大風で「いなほ」は全休のため、私も秋田行きを一日延期しました。山形での事故以来、JR東日本はとても慎重になっているのでしょう。風が吹けば電車は結構すぐに止まるみたいですね。

Akita070301 さて13日は朝8時過ぎに新潟駅へ。その時点で、酒田からやってくる一番の「いなほ」の新潟到着が1時間遅れ。それでも折り返しとなる秋田行き「いなほ」一号(写真)は、定刻35分遅れで新潟駅を出発。最初は順調でした。まるでこの日のために特に選抜されて乗車したかのように、とても低姿勢で丁寧な車内放送をする車掌さんが、何度も何度も遅れのお詫び放送をしますし、それどころか新潟駅での案内の不備までを詫びる放送を繰り返しているではありませんか。村上あたりまでは何事もなかったのです。「これは難なく、多少の遅れで秋田に到着できそうだな」と思った瞬間、なにやら暗雲が立ちこめるがごとき車内放送が。「秋田方面へお出かけのお客様は、申し訳ございませんが、念のため車掌に行く先をお申し出下さい」。件の車掌さんが検札と一緒に行く先を尋ねて回っていきます。しかしまだこの時点では、乗客の質問に、「秋田から先がちょっと心配なものですから」などと答えていた車掌さん。しかし雲行きの怪しさは、パワー全開で伝わって来るではありませんか。そして、聞け、見よ、学べ(ラテン語でこれを言いますと、Audio, Video, Disco)。鶴岡を過ぎると、「ただいま入りました情報をお知らせいたします。秋田県内の暴風の影響で、この電車は酒田での運転打ち切りが決定しております。」車掌さん、もう一度人数を数え始めました。つまり酒田より先に行く乗客のために、代行バスを用意してくれるとのこと。ありがたい。酒田で放り出されたら、その先をどうするか真剣に悩みましたから。それにしても秋田方面へ出かける人が結構いるものだと関心したのですが(前日が一日運休だったためもあるでしょうが)、酒田駅前には大型観光バスが2台待っていて、これが満席になりました。酒田から秋田駅まで、電車が1時間半ほどかかるところを2時間半ほどかけて、秋田駅まで送っていただきました。とにもかくにも秋田へ到着。

そのまま聖体奉仕会へ。3時から修道院で会員に一時間ほど講話をしてそのままお茶会。いつものようにとてもおいしい食事を会員と一緒に頂いて、ゆっくりと眠りました。さすがに昨年のような大雪はありませんが、それでもこの数日に降った雪がかなりあり、雪深い山の中の静けさがあたりを支配して、いつもながら、聖体奉仕会に来るとよく眠ることが出来ます。翌朝は聖体奉仕会のあのまるでお寺のような聖堂で朝のミサを共に捧げ、これまたおいしい朝食を頂いて、聖霊短大まで送っていただきました。

今回の秋田訪問の第一の目的は、聖霊女子短期大学の卒業式に出席することです。シスター平垣学長に続いて、お祝いのお話をさせていただきました。聖霊女子短期大学は制服なので、華やかさはないものの、清楚で引き締まった感じの式でした。この短大には音楽科があり、卒業式のステージの真ん中にはパイプオルガン調の電子オルガンがおかれ、先生によるすばらしい演奏があるのも、いつも楽しみにしております。

その日の午後には秋田県内の神言会が担当するカトリック幼稚園を束ねる秋田カトリック学園の理事会がありました。神言会の管区長と共に新潟教区長も理事になっています。名古屋から市瀬管区長もやってこられました。超多忙の管区長は、この日東京から新幹線で秋田までこられ、会議が終わったら夕方7時前の飛行機で名古屋へ戻られるとか。ちなみに名古屋便はあのボンバルディア機を使うANAではなく、小牧行きの小型ジェットのJAL便でした。

Akita070302 そしてさらに翌朝、9時前の「いなほ」で一路新潟へ。ふと反対のホームに到着した夜行列車をみましたら、大阪を前の晩に出で青森へ向かう寝台特急「日本海」でありました。そして到着した「日本海」から、どこかで見慣れた制服の高校生の一団が続々と降りてくる。秋田の聖霊高校生でありました。そういえば昨日、短大で、修学旅行に出かけた高校生たちが、悪天候で予定の列車に乗れなくて大変であるという話を聞きました。その高校生たちであります。予定はかなり変更になったでしょうし、添乗員は真っ青だったでしょうし、先生も疲れ切ったでしょうが、彼女たちは楽しそうでありました。旅のハプニングは、結構人生に楽しみを与えてくれるポイントでもあります。(写真はこの日の朝9時前に、ホームに入ってくる青森発の「いなほ」と、お隣のホームに着いた「日本海」)

Akita070303_1 さて話は続きまして、この「いなほ」に乗った私は、実は新潟まで行かなかったのでありました。村上で降りました。小和田家ゆかりの町であります。毎年、7月7日頃には、山車が何台も出る勇壮なお祭りある町であります。三面川を上ってくる「鮭」でも有名な町であります。毎年この時期、3月1日から4月2日まで、「町屋の人形様巡り」と称して、街中の様々な家に飾ってあるおひな様を、ぐぐーいと家の中まで押し入りまして見せていただける貴重なお祭りの時期でもあります。いろいろと説明もしていただけます。でも大概がお店屋さんなので、なにか、そこで売っているものを買いたくもなるように出来ています。お上手。今年で第8回目であるといいます。実は昨年も、この人形様巡りを見に出かけました。ちなみに私は本当は「出不精」です。子どもの頃から(などと書くと人間の中身を分析されそうで怖いので、詳しくは書きません)お外へ遊びに行くのがとても苦手で、お友達の家に遊びに行くなんて事は滅多になかったですし、学生時代もいわゆるサークル系なんかでみんなでどこかに遊びに出かけるというのが一番苦手でした。そして今では世界を股にかけて飛び回るフットワークが軽い人間などといわれたことまでありますが、そんなことは実は全くなくて、家で一人でぽつねんとしているのが一番好きなのであります。いまだにどうしてわざわざ家を出て、喫茶店なんかに「一人で」お茶を飲みに行くのが良いのか理解できない。誰かとお会いするときは行きますが、一人で?でそんなわけですから、わざわざ一人で村上に降りるわけがありません。そうです。村上駅の改札口には、横浜教区の梅村司教様が待ちかまえていたのでありました。きっと後輩司教の私を心配なさって、力づけに来てくださったのでしょう。村上の町を見てから、少し暖まるところでゆっくりとご接待させていただいて、先ほど新潟へ戻って参りました。梅村司教様も横浜へ戻られました。明日は新潟で、清心中学校の卒業式です。(写真は村上の町屋で、展示されているおひな様飾りに見とれる梅村司教様)

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