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2007年3月18日 (日)

Sacramentum Caritatis

教皇様の新しい使徒的勧告「Sacramentum Caritatis(愛の秘跡)」が、3月13日に発表となりました。これは2004年10月2日から23日にかけて開催された第11回通常シノドス(世界代表司教会議)の討議の結果を受けて、発表された文書です。シノドスのテーマは「聖体(エウカリスチア)-教会生活と宣教の源泉と頂点」でしたので、今回の使徒的勧告のテーマも当然「聖体」となっています。なおこのシノドスに日本の教会からは、梅村司教様が代表として参加されました。

文書は「愛の秘跡である聖体(エウカリスチア)は、イエス・キリストがご自分からお作りになったたまものであり、すべての人に対する神の限りない愛をあかししているのである」と始まります。教皇様は最初の回勅が「神は愛」であったこともあり、今回も「愛の秘跡」というタイトルをつけられたように、神の愛と言うことを非常に重要なテーマにされております。かなり長い文書ですので、今の時点ではすべてを読み切っていませんし、最初の方はいつものように神学的な考察が続くのでそれほど読みやすいというわけではありませんから、コメントすることはまだ出来ません。もっとも通常、シノドスのあとの使徒的勧告は、シノドスでの話し合いに基づいて書かれていますから、それほどのサプライズはないでしょう。数日してから、様々な評価がいろいろなところで聞かれるようになると思います。なお日本語への翻訳はすぐにも始められると思いますが、如何せん、いつもの事ながら日本の教会のキャパシティーはそんなに幅広いものではなく(人的にも資金的にも)、例えば翻訳にしても何十人もの専属スタッフを抱えているわけではありませんから、多少の時間はかかるであろうと想像されます。

ところでその翌日となる14日には、バチカンの教理省が、久しぶりにある神学者の言説への苦言を公式に発表しました。解放の神学で有名なイエズス会のJon Sobrino(ジョン・ソブリノ)神父の、特にイエスについての神学的解釈に対して、教理省は公式の警告を発表されました。ただ以前の教理省に比較すれば、今回は徹底的に否定するとか、ご本人に対する罰を加えるとか、著作を発行禁止にするとかという事は一切無く、最終的な判断は読者の自主性に任せているところが変わったところであると言えるでしょう。また文書では、教会が貧しい人たちへの配慮を優先させることは当然であると何度も何度も繰り返して、南米の教会の現実に対してかなり配慮しながら、純粋に神学的な問題に集中して指摘するという姿勢を貫いていることも、新しい姿勢であるといえます。

私たちはしばしば「バチカン」とか「ローマ」という言葉を使って、なにやら一つの実体を指し示しているつもりでいるのかもしれませんが、実際にはその様態は多種多様であり、必ずしも一つの実体ではありません。私自身、司教になるまでの6年間、国際カリタスのアジア選出理事(3名)の一人として、それこそバチカンで毎年開催された理事会に参加してきましたので、バチカンなるところの雰囲気をある程度肌で感じ取ってきたつもりでいます。 当たり前のことですが、そのバチカンとは基本的には様々なレベルでの権限を持った様々なレベルの役人の集まりであり、誰が担当者になるかによって、そのセクションの対応は明確に違ってきます。もちろん聖座の最終的な決裁権は教皇様にあり、教皇様が決められたことに対して、叙階にあたって忠誠を誓った司教が逆らうことはほとんど考えられないことですが、そうではないレベルでの決定に関しては、しばしば議論と交渉が必要になることも少なくありません。また信仰のレベルでの決定と、バチカン市国としての政治的な決定には、必ずしも関連性があるとは限りません。特に、国家としての政治的意志は、当然のことながら政治的言語を使って表現されますし、典型的な政治的意思表示方法もしばしば採用されます。そういう意味では、先頃、聖座の政治的な頭痛の種となっている南米のある国での引退司教が大統領候補となろうとしていることなどと、信仰のレベルでの頭痛の種である今回の警告に、関連性があるのかどうかは、憶測のレベルを出ることはありません。

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