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2007年4月18日 (水)

殉じる

Byakkotai 教区司祭は恒例の御復活の遠出で、今年は会津若松のあたりに泊まりがけで出かけてきました。帰りに、旧会津藩の藩士の子どもの学校である日新館を見学しました。戊辰戦争の時にもともとの日新館は燃え落ちたのだそうですが、現在は復元されて、観光施設となっています。先頃テレビで白虎隊のドラマが放映されたこともあり観光地として人気があるのでしょう、雨模様にもかかわらず、観光バスが次々と訪れていました。(写真は飯盛山の白虎隊士の墓)当時の状態に復元された館内では、会津藩でどれほど立派な人間教育が行われていたかが理解できるように、映画、人形による再現、そして講釈をしてくださる講師と様々に解説の工夫がなされておりました。講師の先生によるお話には、大変興味深いものがありました。また、当時の会津藩が、武道の鍛錬や知的教育を重視していたとはいえ、その大前提として、まず人格教育をもっとも大切にしていたことを知り、感銘を受けました。確かに戊辰戦争の中で白虎隊のような悲劇があり、それが今で言えばセンセーショナルな出来事であるがために、ともすれば主君のために殉じるという行為こそが人格を育成する教育の究極の目的であるかのように取り上げることがありそうですが、私はそれを良いことだとは思えません。でも、それは結局は時代の流れの中でそういう結果となってしまったということであり、人格を育成することの本来の目的ではなかったのだろうと思います。日本人全員が武士であったわけではないのですから、武士道に生きる人たちには特に「命」に関して独自の理解があったことだとは思います。ですから一般化してしまうことは出来ないのでしょうが、しかし「殉じる」と言うことについて、多少、信仰者の生き方と通じるものを感じました。

すなわち、私たちの信仰の先達である殉教者たちも、決して殉教することが目的で信仰を深めたわけではなく、信仰を深めた結果のひとつとして、殉教がそこにあったと言うことではないのかと思うのです。つまり、確かに殉教することは尊いことではあるけれど、それが全てではなく、問題はそこに至るプロセス、信仰者としてどう生きるのかの方が、重要な信仰の目的ではないかと言うことです。どう生きるのか、どのように信仰を全うする「命」を生き抜くのか。信仰は、生きているものです。

現代世界における平和を求める象徴の一つとも言うべき長崎市にあって、2代にわたって市長が銃で襲撃されるという悲劇が起こりました。どのような背景があったにしろ、暴力によって目的を達成することは、規模の大小を問わず許されるべきことではありません。人間がその命をどのように生きるのかという重要な側面を無視して、行為の目的だけを優先させれば、命の価値は吹き飛んでしまいます。この国で問われるべきなのは、一人ひとりがそれぞれの人生をどう生きるのか、どのように生を全うするのか、という事であるような気がいたします。しっかりとした生き方をする人が集まれば国は美しい国と周囲から評されるのであり、決してそのような国を目的にして管理していくことではなかろうと思います。

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