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2007年4月 1日 (日)

受難の主日(枝の主日)

Palms0702_2 今年の聖週間が始まり、本日は受難の主日です。ミサが始まる前にイエスのエルサレム入城、すなわち受難への序曲の始まりを思い起こしながら、枝をもって行列をする習わしになっておりますので、枝の主日とも呼ばれます。このため本日のミサでは、福音朗読が二度あります。ミサ前の行列が始まるときに、イエス入城の朗読がおこなわれ、ミサ中には受難の朗読があります。この二つが同じ日に朗読されるというのは、非常に意義深いものがあります。イエスを王として歓呼の声の内に迎える群衆の姿と、(まったく同一人物ではないでしょうけれど)十字架につけてしまえと叫ぶ群衆の姿の対比。人の心がどれほど外の力にもてあそばれてしまいやすいかがはっきりと分かりますし、自分で決めているつもりでいながら実は何かに操られていることに気がつかない人の限界を、この二つの話に見て取ることが出来ます。

受難の朗読については、近頃は「聖書と典礼」には、司祭を含めた三人の朗読者以外に、参加している会衆も声に出して読む箇所が設定されています。何となく変な感じで事前に打ち合わせしていないとうまくいかないのですが、でもこの朗読が会衆に割り振られているというのには、それはそれで意義のあることだと感じます。神の子イエスが十字架上でその身を捧げられたのは、昔のユダヤの人たちだけのせいではなく、誰か他人のためでもなく、まさしく私たち一人ひとりの罪のためであったということ、すなわちイエスの受難の現在的意味を身に感じるために、あの言葉を口に出すことは重要だと思います。今日は新潟教会でミサを捧げました。信徒会館から聖堂まで小規模ながら行列を行いました。

さて先日嬉しい話と書きましたが、本日のミサで新潟教会の皆様には紹介しましたので、ここで教区の皆様にもお知らせいたします。

Palms0701_1 新潟教区は高橋学師が叙階されてから神学生不在でありましたが、この度、仙台教区の平賀司教様のゆるしを頂き、仙台教区の坂本耕太郎神学生が新潟教区へ移籍となりました。私と同じ岩手県出身の坂本神学生は、今年度(07年度)から、新潟教区神学生として東京の神学院で勉強を継続します。なお坂本神学生は神学3年となりますので、順調に進展すれば、2年ほどで司祭叙階が期待されます。皆様のお祈りをどうぞよろしくお願いいたします。なお神学院は春休み中ですので、御復活の主日まで新潟教会での聖週間の典礼に参加します。(写真は挨拶をする坂本神学生)

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