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2007年4月19日 (木)

春爛漫

Ohatakoen0702 写真は司教館のすぐ近くにある、昔刑務所があったという大畑公園に咲き誇るチューリップと桜です。新潟は、ただいま春真っ盛りです。冬の間、どちらかといえば曇ったり雨や雪が降ったりと愚図ついた日が多く、太陽に照らされることがどうしても少ない新潟です。今日のような美しく晴れた暖かな日は貴重ですから、外へ出ない手はありません。まったく復活祭が春で良かったですね。新しい命への一歩を踏み出す。しかもその新しい命の季節は、前の年と同じようであって、しかし全然違う季節です。確かにいつもと同じようにカレンダーは進み、前の年と同じ花が咲くのだけれど、しかし確実に時間は歩みを進めていて、同じようだけれどもまったく異なっている「新しい時間」が過ぎていく。まさしく復活の命を象徴している季節であると感じます。教皇様も水曜日の一般謁見で、新しい命について、次のように述べられています。

『聖ルカは使徒言行録の序文でこう述べます。復活した主は「苦難を受けた後、ご自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示した」(使徒言行録1・3)。わたしたちはこのことをよく理解しなければなりません。ルカ福音書記者は、「ご自分が生きていることを示した」と述べるとき、イエスがラザロのように元のいのちに生き返ったといいたいのではありません。聖ベルナルドはこう述べます。わたしたちが今祝っている「復活祭」の意味は、「過越」であって、「回帰」ではありません。なぜなら、イエスは元の状態に戻ったのではなく、「境界を超えて、より栄えある」、すなわち、新しく、決定的な「状態へと移られた」からです。』(全文はカトリック中央協議会HPへ)

私たちの信仰は、そしてそれを具体化する私たち一人ひとりの人生と教会の歩みは、まさしく「回帰」する歩みではなく、常に「過越」ていく歩みです。常に新しくされる命の信仰に、生かされまた生きたいと思います。

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