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2007年5月14日 (月)

歴史に残る日

たぶん、50年後くらいの歴史家は、2007年5月14日を、日本の歴史の一つの大きな転換点であると評価するのかもしれません。国民投票法が成立しました。すでにしばしば表明しているとおり、個人としては憲法を必要に応じて改正することに基本的には反対ではありません。ただ宗教者として現行憲法の9条の精神を変えることは望みませんし、信教の自由を守る20条を変更することも望みません。また憲法をまったく変えてしまい新しい憲法を作ろうなどと言うことは、現在の日本の政治体制の変革に他ならないのですから、賛成することは出来ません。

それにしても成立した国民投票を定めた法律にはよく理解できない点が数多あります。それを理解している人はそれでよいと信じておられるのでしょうからその是非を問うつもりはありませんが、しかし例えば最低投票率を定めなかったことに関しては、与党の方々の説明を何度聞いても、申し訳ないがその理由が理解できません。自民党の方々はご自分たちが常に政権を握っていることを前提にして考えておられるようですが、仮に他の政党が政権を握ったとしたらご自分の政党にとって今回法律で定めたことがどういう方向に働くかまでを考えられたのか不思議に思いました。どう見ても最低投票率を定めないのは発議するものに有利だとしか見えませんし、逆に有権者の意識が低ければ低いほど、実は反対派に有利に働くとしか思えません。加えて投票のボイコットを民意の反映としては否定するのもどうなのかと思います。どうしても他に選択肢がない場合、広くボイコットを呼びかけることは通常の意思表明手段であるのではないかと思います。

加えて、特に教育者の影響を、教育基本法の時もそうでしたが、過大に評価しすぎではないでしょうか。そんなに学校教育は思想形成に意味を持っているのでしょうか。仮にそうであれば、同じ教師に学んでいても、まったく正反対の思想を形成することがあるのはどうしてでしょう。同じ学校を出たものが、まったく同じ思想になるなどと考えられません。個々人の思想形成は、実は家庭環境に負うところが大きいのではないかと私は思っています。同一学校の卒業生の思想傾向と、同じ家族の兄弟姉妹の思想傾向を比較してみる事も考えてみてはどうでしょうか。同じ意味で、道徳を学校で教えることが出来るなんて幻想に過ぎないのではないですか。そもそも私たち自身が子どもの頃、学校の道徳や倫理の時間をどのように過ごしてきたでしょう。これが思想形成に意味があるとは思えません。国会議員の方々は子どもの頃、そんなに学校教育に影響を受けて思想を形成してきたのでしょうか。そんな柔な精神の方々ばかりがいる国会とは、ちょっと恐ろしくなります。

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