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2007年5月 6日 (日)

日曜の午前中のテレビ

今日の日曜日、どこへも出かける予定はなかったので、一人部屋におりました。お昼前にたまたまテレビをつけると、田原総一朗氏の司会する番組で中曽根氏が憲法について語っていました。全体を聞いたわけでもないのですが、ちょっとびっくりするようなことを中曽根氏が仰る。解釈改憲は限界どころか間違っているという論旨で、田原氏に乗せられるかのように中曽根氏は現状では様々なことが違憲だと言い切るのです。そして一番最初に挙げた例が私学助成。憲法解釈でこれまで乗り切ってきたことが、実は違憲であると断言するのに持ち出すいの一番の例が、私学助成であることに驚きましたが、それじゃあ戦後これまでの国のあり方の否定になってしまうではないですか。ここまでは大丈夫、憲法から逸脱してないからといって解釈の幅を広げに広げてきたのは、「ちょっと無理がある」というならまだしも「違憲」といいきってしまっては身も蓋もない。

私学助成が全てではもちろんない議論でしょうが、この件だけに関してもすでに1979年3月13日の参議院予算委員会で、当時の真田秀夫内閣法制局長官が、「公の支配に属する」とはどういう意味であるのかの解釈から、当然私学教育は政府の監督下におかれて公教育の一翼を担うのですからそれに対する助成は問題がないと答弁していることが知られています。「私はもういまや現行の法体制のもとにおいては私学に対して国が助成をすることは憲法上も是認されるのだという解釈がこれはもう肯定的に是認され、かつ確立したというふうに考える」と法制局長が断言し、それ以降も定着してきた問題であったと思います。

数日前にも書きましたが、私自身のアフリカでの生活体験から、憲法は絶対に変更してはいけない神聖な存在などと主張するつもりは全くないのですけれど、憲法をがらりと変えるということはその国の「体制」を変更するということです。いまの憲法ではどうしても出来ないことがあるのでそれをどうにかしたいのであれば、それはその「出来ないこと」を明確にして、どう変えれば何が出来るようになるのか、何が出来ないからどう変えたいのかをはっきりとさせて、少しずつ手直しをすればよいのではないでしょうか。首相は先日「日本国憲法施行60周年に当たっての内閣総理大臣談話」で、「現行憲法の基本原則を不変の価値として継承しつつ、戦後レジームを原点にさかのぼって大胆に見直し、新しい日本の姿の実現に向けて憲法について議論を深めることは、新しい時代を切り拓いていく精神へとつながるものであります」といわれました。そういわれたことがその通りなら、なおさらのこと、自主憲法制定などということにこだわって、まったく異なる憲法を作り出そうなどという「体制変更」のようなことをいわないで、まず改正ありきではなく、根本となる国のあり方についての議論を深めていくべきであろうと感じます。

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