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2007年5月22日 (火)

記憶の片隅に

昔どこかで聴いたことがあって、何となくフレーズは憶えているけれど、何というタイトルで全体がどういう曲かは分からないけれど、がぁ、しかし、どうにも気になってたまらない歌ってありませんか。私にはそういう歌がひとつあったのです。しかも30年以上耳と記憶に残っていた歌が。

時は1975年。秋。名古屋の南山高校の文化祭で、私が当時所属していた音楽部(今では立派なブラスバンドになっていますが、当時は数名でジャズをしていました)は体育館の入り口横にある教室で、コンサートを催しました。私は当時、まだドラムを叩いてました。どういう理由であったかは定かではないのですが、ジャズの演奏の合間に、同級生が女子部の生徒とデュエットで、これまた何故かフォークを弾き語りでやったのであります。私は、はっきり言って、当時、フォークにはまったく興味がなかった。いまでこそジャズは相当に若者の間でも市民権を得ているメジャーな音楽ですが、どう見ても当時は「オジサンの音楽」でしかなかった。忘れもしない中学三年生の時、モダンジャズのレコードを買いに行ったら、店員さんに、「お父さんに頼まれたの?」なんて言われたものです。でもジャズの出自を思えば、そのマイナーなところがまさしく本領であって、マイナーだからこそ、生まれた音楽だったのですから、今のようにメジャーになるのもなんだかなと思ってしまうのです。ビ・バップの頃、後の帝王マイルスだって、警官に殴られながらクラブで吹きまくっていたのです。「負けるものか」という熱い思いが、ジャズを生んだのです。わたしはそういう、負けるものかという気概に溢れた時代のジャズが好きでたまらなかったのです。ですから、フォークにはあまり興味がなかった。

でもその日、耳にしたフォークのある曲が、そのまま記憶の片隅に引っかかるようにして残っていたのです。とてつもない名曲というわけではないが、ひびきが耳と心に残ってどうしようもない。忘れることが出来ない曲です。

「遊園地、ローラースケート。二人で乗るはずだったのに」で始まる歌であります。その切ない歌詞。切ないメロディー。切なさがびしびしと心に響いてくる歌でした。といいながら、それ以降、気にはなっていたもののとくに調べたりはしなかったのです。そして32年が過ぎました。

先日たまたま、全然関係ない検索で、この歌にたどり着いたときにはびっくりでした。NSPというグループの「ぼくの夏休み」でした。しかもNSPを調べてもっとびっくり。メンバーは天野滋さん(故人)で一関出身、中村貴之さんで宮古出身、平賀和人さんで花巻出身。岩手県の方々ではないですか。花巻の平賀さんなんて、仙台教区の平賀司教と親戚ではないでしょうね?30年も耳について離れなかったメロディーと詩が、同郷の方々のものだったと思うだけで、なにやらうれしくなったのでした。(実際の歌詞は、「二人で乗るはず」ではなくて「二人で行くはず」でした。いまは歌詞を検索できるサイトまであるのですね)

ただ、それだけの話です。

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