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2007年9月29日 (土)

列福式の日程が決まりました

先ほど福岡から新潟へ戻りました。福岡はまだ暑かったのですが、新潟は上着が必要なほど涼しくなっていました。

さて本日午後3時にカトリック長崎大司教館で記者会見が開かれて正式に発表となったということですが、ペトロ岐部と187殉教者の列福式日程が決定しました。列福式は2008年11月24日に長崎で行われます。列福式は教皇庁が主催する公式の儀式で、教皇特使として列聖省長官の枢機卿が任命されています。(列福式は今年ではなく、来年の11月24日です。ご注意下さい)。新潟教区でのお祝いについては、この日程を参考にして、なるべき早く決定としたいと思います。

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2007年9月28日 (金)

黙想会もそろそろ・・・

福岡のサンスルピス大神学院で日曜日の夜からはじまった神学生の黙想会は、明日の朝のミサで終わりを迎えます。私の一日二回の講話も、本日金曜日の夕方の講話で終わり。都合、11回もよく話しました。福岡と新潟の間には朝早くと夕方の二回しか飛行機の便がないので(全日空さんはこれを来年から廃止されるつもりのようです)、夜まで新潟には戻れません。写真は最終講話のあとに、神学生と一緒に。

Img_2227 日本の教会は、教区司祭養成のため、全国に2カ所の神学校を設けています。東京教会管区と大阪教会管区(すなわち北海道、本州、四国)のために東京神学院、長崎教会管区(すなわち九州と沖縄)のために福岡サンスルピス神学院です。東京の神学院は以前は修道会に委託され、神学生も上智大学の神学部に入学していたものですが、現在は修道会から司教団の直接運営に代わり、神学生も大学には入学せずに独自の養成を受けています。ただし現在卒業生にはウルバノ大学の学位を取得する機会が与えられるいわゆる付属神学校のような資格を持っていますから、そのカリキュラムについてもバチカンのウルバノ大学から厳しく管理をされております。なにやら一部には東京神学院の神学生はラテン語を全く学ばないという噂があるようですが、同上のカリキュラムの関係上、ラテン語ギリシア語ヘブライ語は必ず履修しなくてはなりません。

福岡の神学院はその運営が聖スルピス会に委託されています。聖スルピス会は神学院での養成を責務とする教区司祭による司祭の会で、修道会のような形式をとりながらも会員は修道誓願を立てるわけではなく、それぞれの教区司祭の立場を保持します。今回初めてサンスルピス神学院でほぼ毎週行われているという養成担当者の会議に参加させていただきましたが、まず会憲の朗読からはじまり、それぞれの参加した学会や研修の内容についての発表があるなど、興味深い会議でした。特に聖スルピス会独自の方針を持って養成にあたるために、養成者は特別な研修コースを受講する必要があるようで、(研修は2ヶ月ほどと聞きましたが)、今回は先頃そのコースを終了した司祭からも報告がなされておりました。教区司祭に限らず修道会でも、神学生の養成にあたる養成者を養成することは、常に必要だと言われながらも、なかなかなされていない現実があります。その意味で養成者に必ずこの研修を受けさせる聖スルピス会の方針はすばらしいものだと感じました。私が育った修道会の神学校というのは、他の修道会の神学校もそうなのかもしれませんが、基本的に単なる養成の場所だけではなく修道院としての機能もあるので、養成に関わらない会員も共同生活を営んでいることがしばしばです。そして神学生にとっても、そこが自分の生活の基盤である所属共同体となります。ところが教区の神学校は、純粋に養成の場所であるので、神学生の生活の基盤はあくまでもそれぞれの教区であり、神学校が生活の本拠地ではあり得ません。この違いは一緒に生活をする司祭の立場にもよく現れており、修道会系では養成に関わらない司祭は全くノータッチですが、教区の神学校では養成者しかおらず、司祭全員で養成にあたるという姿勢がはっきりとしています。

かつて福岡の神学校には神学生があふれていたはずでした。私のイメージでの福岡神学校は、神学生に満ちあふれた神学校だったのですが、召命の宝庫であったはずの長崎を抱えるこの九州でさえも、神学生が18名しかいないのです。(長崎8名、大分5名、福岡3名、鹿児島1名、那覇1名)日本の教会における召命の危機、ここにきわまれりと感じてしまいます。教会の皆さん、これから司祭は減ります。避けることはできません。

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2007年9月27日 (木)

188殉教者の小冊子

未だに教皇庁からは日程の発表がないのでちょっと困っているのですが、いずれにしろこの一年くらいの間に、ペトロ岐部と187殉教者の列福式は日本で行われることになろうと思います。さてその殉教者たちの生き様について、なるべく簡潔に解説しながらも、その現代的意味合いを記した小冊子が中央協議会から発行されました。一部税込み368円というお手ごろな価格です。小教区などでポスターが掲示されているかもしれませんが、是非一部ご購入になって、殉教者たちの生き様から今に生きる私たちの信仰生活へのヒントを得ていただきたいと思います。小冊子のタイトルは「ペトロ岐部と187殉教者」です。以下、中央協のホームページから引用。

『列福が正式に決定したペトロ岐部と一八七殉教者。その生涯と信仰を簡潔に紹介する書籍。同殉教者を紹介するため1995年に刊行された小冊子『愛の証』の内容を全面的に見直すことから出発しつつも、新規に編集方針を立て最新の研究成果を反映させ、まったく新しい一冊としてまとめられました。単に殉教者の生涯を述べるにとどまることなく、それが現代のわたしたちにどのようなメッセージを投げかけているかに思いを馳せる、編集の主眼はそこに置かれています。列福式を前にして、殉教者たちについて知りたいと思われている多くのかたにとって格好の一冊です』

サンスルピスの神学生黙想会は後半に入りました。土曜の夜には新潟へ戻れると思います。

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2007年9月25日 (火)

まだまだサンスルピスにて

Img_2211 日曜の夜からはじまったサンスルピスの神学生黙想会は、やっと三日目が終わろうとしています。すでに日曜の夜に1回と昨日と今日がそれぞれ2回。加えてミサの説教がすでに2回。6回も話をしているではありませんか。プロの黙想説教家というのは、本当にすばらしい存在である感歎の内に実感しています。よくもまあ一週間も話し続けるだけの題材がある事よ。そもそも私にはそんなに話すことがたくさんあるわけではありませんし、しかもだらだらと何でも話せばよいと言うわけでもなく、一週間を通じてある一本の筋が通ったテーマでの統一が必要でしょうから、いくら引き出しがたくさんあるといわれても、どの引き出しに何がはいっているかがだんだんわからなくなってますから、大変です。子供の頃から整理整頓が不得意でしたから。

将来の教区司祭として日本の教会を背負っていくことになる神学生たちに伝えたいことは、基本的にそんなに多くはありません。もちろん良い神父になってほしい。でもそれは個々人の努力でカバーできる領域です。そうする気があるかどうか、その必要に気がつくかどうかが問題です。そしてその一歩を踏み出すためにも必要なのは、信仰にとって何が本質的であるかを見極めておくことであろうと思います。自分の心の根本にあるイエス・キリストへの信仰の本質は、一番大切なことは一体何なのか。昨年のアジア宣教大会はそれを「イエスの物語」と表現しました。私とイエスの個人的関係の確立に他なりません。それがなければ、良い神父になろうとする努力とか良い信者になろうとする努力とかは、ともすると知識の積み重ねと規則の遵守へと傾いていってしまいます。表面的にはそれでも何とか格好はつくことでしょう。でも私たちは、別に誰かのために信仰しているわけではないのですから、表面を取り繕っても意味はありません。信仰を見つめきるのはイエスご自身だからです。

神学生たちは今日の午後、すばらしい晴天のもと、美しいお庭で十字架の道行きをしていました。この荘厳なるサンスルピスの写真を見よ。食堂に厳然と存在する朗読台を見よ。もちろん食事は沈黙ですから、その間にこの朗読台から朗読される霊的読書に耳を傾けるのです。久しぶりに「アルスの聖ヴィアンネ司祭」の伝記を聞きました。小神学生の頃よく読んだあの独特の言い回しで書かれている、ちょっと大げさな形容にあふれた伝記であります。確かに聖人の幼少の頃の偶然の出会いや出来事は、神様が備えたものなのでしょうけれども、でもそこまで感動的に形容詞たっぷりに、「知るよしもなかった」などと書かれると、いまの感性ではちょっと大げさに感じてしまいます。それにしても、フランス語を普通に話していたヴィアンネ司祭が、あれほど徹底的にラテン語に苦しんだというのも、久しぶりに聞いてちょっと不思議に思いました。

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2007年9月24日 (月)

サンスルピスにて

荘厳なたたずまいが歴史を感じさせる、これこそ神学校というべき雰囲気に満ちあふれた、福岡サンスルピス大神学院におります。これが噂に聞いた福岡の神学校であります。私は初めて足を踏み入れました。想像に違わず、東京とも名古屋とも違う、神学校らしい神学校でありました。なんというか、黒のスータンを着た神学生が一列に並んで、ラテン語会話をしながらお庭でも散策しているような、そんな雰囲気があってもおかしくない伝統に満ちあふれた神学院校舎であります。もちろん、実際にはスータンを着た神学生は、一列に並んでラテン語会話を楽しみながら庭を散策したりはしませんけれど。いやこの私のイメージは、その昔自分が名古屋の神学院にいた頃、「福岡の神学校はきびしかところよ」と九州出身の神学生に聞かされていたからでありましょう。

この荘厳な大神学院で、17名の神学生を相手に、土曜日の朝まで黙想の指導をしております。指導といっても私は黙想指導者としての養成を受けたものではないので、一日に二回、午前と午後に講話をして、さらに祈りとミサを一緒にさせて頂いているだけですが、私の話を聞いている神学生も大変でしょうが、この日課のしっかりとした神学校というシステムの中に久しぶりに入って、日課を守って暮らす私も結構大変であります。私が神学生の頃は、祈りの時間になるとあたふたと聖堂に駆け込んでくるものも少なくはなかったのですが、ここではそんなこともなく、しっかりと時間前に聖堂に勢揃いしているのには感動しました。そして先日新潟教会でも講演していただいた白浜神父様が典礼を教えているだけあって、とってもよく準備された典礼で動作もきびきびしており、気持ちの良い祈りとミサの一時であります。さあ、まだまだお話をしっかりと準備せねばなりません。

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2007年9月22日 (土)

考える若者たち

Nanzan07092201 本日土曜日の11時から12時半まで、母校である南山中学高校男子部の文化祭で、平和を考えるシンポジウムが行われ、参加してきました。特に今回のシンポジウムでは、ルワンダの虐殺事件とナチスによるホロコーストという二つを取り上げて、それぞれルワンダ人のカンベンガ・マリールイズさんとホロコースト教育資料館の石岡史子さんという二人がそれぞれの立場から虐殺について語り、そのあと私を含めてどのようにしたらそういった悲劇を防ぐことができるのかについて、語り合いました。司会はピースあいちの館長でもある弁護士の野間美喜子さんが務めてくださいました。短い時間で語り尽くせなかったものの、高校と中学のそれぞれの生徒会長が本当によく準備をしてきており、特に高校の生徒会長の意見発表には感心させられました。また200人が入る会場には120人を超える聴衆が集まってくださり、なかでも他校生も含めて学生の姿が多く見られたのが感激でした。皆様々な視点から平和について考え、はっきりと意見を表明する高校生の姿は、頼もしいものがありました。質問に答えて申し上げたことですが、漠然とした恐怖が一番危ないのです。はっきりと事実を知ることができるように、普段から興味を持って社会の動きを見つめ、いざというときに雰囲気に流されないように知性を身につけて頂きたいと思います。生徒会の皆様、準備本当にご苦労さまでした。

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2007年9月21日 (金)

我が母校にて

ちょっとだけですが、久しぶりに名古屋にいます。我が母校、南山中学高校男子部の文化祭で、平和シンポジウムが企画されているのですが、そのパネリストのひとりとして招かれました。南山学園のモットーである「人間の尊厳」をテーマに据えて、「ルワンダ大虐殺とホロコーストから学ぶもの」という内容のシンポジウムで、私はカリタスジャパンの立場から当時ルワンダ難民キャンプに関わった経験からお話をさせて頂くことになっています。ルワンダ関係ではもうひとり、福島在住のルワンダ人女性マリールイズさんにもパネリストをして頂きます。彼女は様々な経緯から家族と一緒に福島に住むことになった方で、以前からの知り合いですが、本当に久しぶりにお会いします。私たち以外に、ホロコースト教育資料センターの石岡史子さんがパネリストになり、コーディネーターをピースあいち館長の野間美喜子さんが務めてくださるとのこと。生徒会の方々が、こんなにシリアスなテーマを取り上げてくれることに感服しております。シンポジウムは土曜の11時からですが、楽しい文化祭の最中にこんなシリアスな企画に何人くらい来てくれるのか、ちょっと心配でもあります。文化祭には他にも劣化ウラン弾の話とかかなり社会的な話題を取り上げている企画もあり、今時の高校生も捨てたものではないと感心しています。私が中学一年生で南山に入学した年に、新人教員として我々にとても厳しく英語を教えてくださった伊藤先生が、今では副校長になっておられました。また高二の頃、これまた当時新人教員で、共に図書館の仕事をした(私は図書委員で図書館便りを作ってましたので)松田先生にも久しぶりにお会いしました。

なお日曜からは一週間、福岡にあるサンスルピス大神学院の神学生を対象にした黙想会のため、福岡に滞在しております。7日間の黙想指導はとても精神的にしんどいので、専門的黙想指導者ではない私は基本的に引き受けないことにしているのですが、今回は特別例外であります。

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2007年9月19日 (水)

週末から連休の山形・秋田

Tsuchizaki0701 会議が続いてクーラーの効いた部屋に居続けたせいなのか、はたまた連夜のお付き合いが効いたのか、週末はここ数ヶ月で一番の体調不良でありました。さてその週末、土曜には山形へ出かけて、翌日の堅信式に備えて受堅者と練習と夕食会。そして16日の日曜、午前中に山形教会にて13名の方の堅信式でした。受堅者には若者もいれば年輩の方もおいでで、ご夫婦そろっての受堅者もおられました。山形教会は歌唱がすばらしいといつも感じます。単に元気なだけではなく、しっかりと唄っておられるし、答唱詩編の独唱もよく練習されていて、耳に心地よい音楽環境のミサです。堅信を受けられた方々には、聖霊の息吹によって生かされていることを感じながら、それぞれに与えられている「たまもの」をそれぞれの生き方で生かしながら、信仰を深めていっていただきたいと思います。それにしても今回ばかりは、誰か運転してくれる人がいたら助かるなと思ってしまいました。新潟から山形を通って秋田へ出るとなると、どうしても電車というわけにはいかず、自分で運転するしかありませんから。

Shinjo07 山形教会でのミサ後、主任のピアス神父様に運転してもらって新庄へ。途中で90歳になったおばあちゃんを御聖体を持って訪問。腰は曲がってしまったものの、まだまだ元気に畑で草取りなんかをしているのだとか。家族の中でお一人だけの信者で、それはそれで難しさがあるだろうとお察ししました。さて新庄には教会の建物がありません。あるのは信徒の共同体だけです。ミサは、前回は新庄市内の施設をお借りして行いましたが、今回は新庄を過ぎてさらに秋田県に近づいた金山町のとある一軒のお宅で捧げました。この近隣の家は何とも威風堂々の大きなお宅ばかりと感じましたが、それも雪が深い土地柄のため、一階をコンクリートで堅め、家は二階と三階に木造で建てられているために、よりいっそう巨大に見えたのだと思います。それでもやはり広いお宅の大広間をお借りして、30人ほどが集まりミサを捧げました。今回集まった30人のうち日本人の信徒は2名のみ。あとはこの地域で結婚しているフィリピン人のお母さんと子どもたち。皆が集まったこの家も、奥さんがフィリピンの方です。ミサ後の持ち寄りパーティーでは、それぞれの住んでいる地区ごとに分かれて自己紹介をしてもらいましたが、その時の情報では、子どものスポーツ大会などでこの日はミサに来ることが出来なかった人も含めて約100人がこの共同体に所属していることが判明しました。前回ミサを捧げたときはすべてを英語でしましたが、今回は日本語を中心にしてミサをいたしました。これからお母さんたちばかりでなく、子どもたちにもミサに参加してもらうようにするためには、英語やタガログばかりというわけには行きません。基本的に日本語を中心にするように、ピアス師が指導しているそうです。ミサのテキストは大分教区が近年発行した、日本語、ローマ字、タガログ、英語の対訳ミサテキストを、みんなでゆっくりと読みました。

新庄のためには、出来るだけ早く、何らかの目に見える教会を作りたいと思います。この共同体に所属している方々もそのために努力をするでしょうが、実現に向けて動き出した際には、多くの方のご協力をお願いしたいと思います。

さて、一昨日の月曜は、記録的な大雨に見舞われた秋田県内で、土崎教会の50周年記念ミサと祝賀会が行われました。ミサには秋田地区の全司祭を始め、山形の本間師と新潟の高藪師、そして高田のマリオ師も駆けつけ、14名の司祭団の共同司式となりました。ああいう時の雨というのは、何故かタイミング悪く強く降るのですね。マーフィーの法則のごとし。車に乗ったり降りたりする時に限って滅茶苦茶強烈に降るのであります。家の中に駆け込むと小降りになったりするのであります。土崎教会の聖堂は参加者で一杯、入りきれない人は小聖堂で音声だけでの参加。資料によれば椅子は全体で230人分用意されていたようですから、それくらいは参加されていたと思います。雨のため窓も閉め切っていましたから、ちょっと気分が悪くなられた方もおいでだったようです。私もかなり張り切って長い説教をし、奉献文まで歌唱にしたので、予定時間を過ぎたかと心配したのですが、予定表がゆったりと作ってあったおかげなのか、はたまた私の説教が実は短かったのか、いずれにしろミサが終わってから祝賀会まで、かなりの時間的余裕があったのでありました。

Tsuchizaki0702 ミサ後は会場を近くのホテルに移して祝賀会。幼稚園も創立52年なので一緒にお祝いをして、まず園児の年長組の子どもたちの歌と踊りで幕が開きました(冒頭の写真)。その後PTAのメンバーでプロの民謡歌手の方によるすばらしい民謡とか、若者たちの歌とか、司祭団によるちょっと音程が外れた合唱とか、最年長のミュラー師の独唱とか、いろいろと出し物があり、加えてスピーチがほとんどなかったこともすばらしい。しかしながら圧巻だったのは、シスターらしき格好をした土崎教会の女性陣が舞台に現れ、「天使にラブソング」に匹敵するかのようなパフォーマンスを見せたことでありましょうか。見た感じでは、皆さんシスターらしかったですねえ。で、目の前で鑑賞した感想は、いや、その、すばらしい、の一言に尽きます。「100パーセントの降水確率というのは、かえってはっきりしていてあきらめがつきます」と土崎の飯野主任司祭が挨拶されていましたが、土砂降りの雨を跳ね返すような元気のある祝賀会でした。

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2007年9月14日 (金)

予測不可能な動き

カリタスの会議の連続で、水曜日から今日の夕方まで、東京です。水曜日の午後から昨日の夕方までは、新しい委員の方を迎えて、カリタスジャパンの援助活動推進部会のワークショップを行いました。毎回新しい委員を迎えると、どのような基準で援助希望に対する判断を行うかについてわからずに苦労されることが多いとの声がたたきかれた事もあり、今回はまず一回目(9月からの3年任期)の会議を利用して、ワークショップを行った次第です。今日は11時からカリタスジャパンの全体的方針を決定する委員会の会議。そのあと幸田司教様が担当してくださっている社会福祉活動推進部会という、カリタスジャパンにとって援助と共にその理念を実現するために重要な役割を果たしている部門の会議で新委員の方々にご挨拶をしてから、新潟へ戻ろうと思います。明日は山形へ出かけねばなりませんから。

さて、この数日は、国政の中枢で、予測不可能な出来事が相次ぎました。総理の突然の辞任もさることながら、その翌日の入院、そしてその後継者選びでの風向きの突然の変化。外から見ている一般人には全く予測不可能な動きの連続であります。もっとも先の選挙が終わったあとにも、その決断は予測不可能でありました。確かに政治の裏を知り尽くしているという方々には、思った通りだという動きやらシナリオなのかもしれませんが、一般常識の範囲ではあり得ないお話の連続であります。つまり、このことは、政治の世界は、一般常識で必ずこうなるであろうと推測する方向とは全く異なる方向へと風を吹かせる可能性を常に持っているものであり、だからこそ、申し訳ないのですが、政治家が「大丈夫だ」という言葉には安心できませんし、素人である我々が常識から判断して、そういう方向へ進むことはあり得ない、そんなことは杞憂にすぎない、などと断言してはならないのだと思うのです。

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2007年9月11日 (火)

この数日の講演会

Img_2061 週末の新潟教会では、献堂80年記念行事の始まりとして、福岡サンスルピス神学院の白浜神父様による典礼講習会がありましたが、一昨日の日曜に、山形県の鶴岡教会でも講演会がありました。鶴岡教会の講演会は、米沢の殉教者についての講演です。9時からのミサを私が司式させていただき、そのあとお昼まで、山形教会の筒井さんによる講演でした。筒井さんはすでに山形教会でも三回の連続講演をしておられますが、今回はなにぶん一度だけですので、その盛りだくさんの内容を短い時間に収めきれなかったのが残念です。筒井さんの豊富な資料は、単に米沢の殉教をその時点で切り取って示すことだけではなく、その前後の歴史的背景や、今に至るまでの出来事の連続性にスポットを当てています。ご本人の最初の方の言葉、「殉教者について学んでいくと、今の時代の私たちとはまったく異なるキリスト者の姿がそこには見えてきて、驚かされる」というあたりに、筒井さんのポイントがあるような気がしました。日本における教会の、そしてキリストへの信仰の全体像を見ることによって、日本文化の中での福音のあり方を解き明かそうという方向であると感じました。(写真は上が鶴岡教会と、下が講演会の模様)

Img_2067 そして昨日と本日は、鶴岡郊外の湯野浜温泉で、教区の顧問会をいたしました。実はこの温泉は、各県持ち回りで行っている毎年の教区司祭の集い(教区司祭と修道会司祭のすべてが参加する二泊三日の研修会で6月開催)の、来年度の開催候補地であります。30名を超える司祭を集めて会議をしたりするスペースなど、下見を兼ねて会議をいたしました。結論としてはすばらしい施設(つまりスペースも十分で、しかもリーズナブルにしていただける)でしたので、来年の司祭の集いは是非この地で行おうと考えております。

ちょうど本日の福音がイエスによる12使徒の選びであったように、福音は常に独善的な一人の独走を戒め、共同体的交わりの中で生きるようにと勧めています。この世における組織体としての教会と、霊的な交わりとしてキリストのからだとしての教会の二つの側面を同時に持っているのが教会の特徴です(教会憲章8)。組織体は規則で制することが出来る存在です。規則を前面に押し出しすぎると、一人ひとりが独善的な信仰の殻に閉じこもることを可能にしてしまいます。その場合、共同体的な交わりは、物理的な存在として必要かもしれませんが、そこには霊的な交わりが欠けてしまう恐れがあります。霊的な交わりとしての共同体性を突き詰めていくことは、絶対に必要です。そして、そのようなわけで、教区においても司教にとっては顧問団や司祭評議会、そして宣教司牧評議会といった集まりが不可欠です。福音的に生きるとすれば、司教が一人で勝手に物事を決めていく時代ではないとも思うからです。

それにしても、鶴岡の駅前はちょっと寂しくなってました。駅前の再開発ビルにあったショッピングセンターが、7月で閉店になっていて、本当に人通りが少ない。郊外のショッピングセンターに人は集まるのでしょうね。

明日は昼からカリタスジャパンの援助部会(新委員を含めたセミナー)、明後日もその続き、さらに金曜日はカリタスジャパン委員会(こちらも新委員)で、金曜日の夜まで東京です。その後土曜日曜は山形と新庄、来週の月曜は土崎教会50周年で秋田です。

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2007年9月 8日 (土)

献堂80周年記念行事始まる

一連の新潟教会の献堂80周年記念行事が、本日から始まります。まず本日、9月8日土曜日の午後3時から、新潟教会聖堂において、講演会が開催される予定です。講師は、福岡サンスルピス大神学院の白浜満神父様。白浜師は司教団の典礼委員会委員でもあり、典礼の専門家ですから、今回の講演会は「ミサを生きる」をテーマとした典礼講演会です。予告が遅くなりましたが、お時間のある方は是非ご参加下さい。また明日、9日の9時半のミサは、献堂80周年記念行事の開幕ミサとされています。ちなみに私は、明日は鶴岡教会でミサです。

本日9月8日は聖マリアの誕生の祝日ですが、同時に神言修道会の創立記念日でもあります。1875年、ドイツ人司祭アーノルド・ヤンセンがオランダのシュタイルで中国宣教に赴くためのドイツで初めての宣教修道会を創立した日であります。

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2007年9月 7日 (金)

東京通い

Img_2059 夏のちょっとした中休みの時期も終わり、再び通常通りの東京通いの再開です。毎月の第一木曜日は司教協議会の常任司教委員会ですから、それにあわせる形で、前日などに他の会議がついて回ることがしばしばあります。昨日はその常任司教委員会。そこで前日の水曜日には、午後1時からカリタスジャパンの事務局連絡会議、そして午後3時からHIV/AIDSデスク会議がありました。カリタスジャパン関連の諸委員会委員は、この8月で任期が切れたため、9月からは新しい委員が3年任期で任命されており、まずこのHIV/AIDSデスク会議から新しい委員と共に活動が始まりました。もちろん再任された方もおられますが、複数の新委員を加えて、これまで以上の活発な議論が期待されます。性倫理問題が絡みますし、HIV/AIDS問題は教会にとってあまり正面切って取り扱われない問題の一つですが、しかし今の日本においてあまり表舞台で語られることはないが故に、密かに広がりつつあるHIV感染の現状を考えるのであれば、積極的に啓蒙活動に励まざるを得ないと感じます。私自身にとっては、ガーナの小教区で働いていた頃に、村の信者さんが亡くなっていく大きな要因の一つがHIV/AIDSの問題でした。抵抗力がなくなって、結核になり、窓もないような暗い部屋に寝かされている方を何度見舞ったことでしょう。病者の塗油をしながら、その場で吐血されたこともありました。その後訪れた他のアフリカの国々でも、国の命運を決する重大な課題となっていました。それはアジアの国々でも一緒です。カリタスジャパンでは、タイ北部のHIV/AIDS関連施設に援助をしたこともありました。先進国と途上国での経済格差が、肝心の薬を手にすることが出来るかどうかで格差を生んでいる現状も、何度も目撃しました。日本の将来のためにも、また人類の将来のためにも、この問題には真摯に取り組みたいと思います。(写真はルワンダの首都キガリの路上で購入した、木彫りのアフリカ全図。国名も刻み込んであります)

ところで今回の常任司教委員会で、188殉教者の列福式日程が決まるかと思いきや、なんとまだバチカンの国務省から返答を得ていないとの報告。皆さん、申し訳ない。列福式の日程は、未だに決まっておりません。

なにやら今年はFABC(アジア司教協議会連盟)が盛んに会議やセミナーを開いているみたいで、いくつかの招待が司教団にも届いていました。ところがこれが日程がかなり押し詰まってからの招待で、どう見ても参加が難しい。というのも、例えば今年(今年です)の10月末に開かれる「アジアの召命に関するシンポジウム」への参加要請が、7月末に来るのでは、どう見ても日程調整がつきません。資金繰りがつかなくて日程がぎりぎりまで決まらないのかどうか分かりませんが、もっと早く教えてくれればよいのになあ、日本から参加できなくてもったいないなあ、と思う会議も多いですし、そんなぎりぎりになって巨大な会場を押さえられる例えばタイって、不思議な国だなあ、とも思いました。

それにしても神奈川県警の警察官が、高校生を平手打ちした事件ですが、中途半端な情報で踊らされてしまう人々の姿がそこには見えて、なにやら典型的現代日本人大多数的姿だなあと思いました。とても限定された情報しか手元にないのに、どういうわけかそこから自分なりにかなり話をふくらませた上で、極端な価値判断を加えるというのは、この話に限ったことではなく、しばしば見られることです。そのたびに、良くそんな判断が出来るものだと、驚いております。

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2007年9月 4日 (火)

神のことば

10数年前、まだガーナの教会で働いていた頃、高校へ通っていた村の子どもたちが、しばしば「Bible Knowledge(聖書の知識)」の「成績」について語り合っているのを耳にしました。聖書の知識の成績とはなんぞやと、最初は訝しく思ったものの、当時、高校を卒業してさらに上に進むための資格試験であったGCE(教育一般証明書とでも訳すのでしょうか)という共通試験の科目には、立派に「聖書の知識」があったのです。道理で、村の子どもたち、中でも侍者団が集まると、すぐに聖書クイズを始めるわけです。その頃ちょうど、非常に原理主義的聖書解釈をするグループの信徒たちが、カトリック教会へやってきては聖書論争を挑んでくることがあったので、知識として聖書を知る、すなわちこの場合は、優れて字面を知っている、詳細に聖書を記憶しているという事が、信仰にどれだけ寄与するのか疑問に思ったものでした。とはいうものの、そういった人たちの、聖書の読み込みと記憶への努力には、尊敬するべきところがあったと思います。私の教会の信者さんたちもそれに触発されて、かなりの程度で聖書を読み込んだものですが(ただし、英語が出来る人。現地語の聖書はなかったので)、ある時私のカテキスト氏が、信徒の土地相続にからむ境界線争いの仲介に入って、やにわに聖書を取り出し、旧約聖書の一節を読み上げたときには驚きました。曰く、「昔からの地境を移してはならない。先祖の定めたものなのだから(箴言22章28節)」

聖書はコンテキストを無視して一部だけを取り出せば、どんな荒唐無稽なことでも正当化することが出来ます。勿論、聖書は何か自分の都合に合わせて自らを正当化する根拠として使うべきものではさらさらなく、まず聖書に記された御言葉があって、そこから今を生きる私たちが何かを教えられ導かれるのです。被造物たる人間は、神の前で立場をわきまえなければなりません。

来年2008年10月5日から26日まで、バチカンで開催される予定の第12回世界代表司教会議(シノドス)は、まさしくこの「神のことば」についてのシノドスとされています。テーマは、「教会生活と宣教における神のことば」。事前準備資料の提題解説には、次のように記されています。

『このシノドスが深く望み、第一に目指すことは、聖書と聖体の内におられる主イエスにおいて、神のことばと完全なしかたで出会うことです。聖ヒエロニモはこう述べます。「主の肉はまことの食物であり、主の血はまことの飲み物です。それはわたしたちがこの世で得る唯一のよいものです。聖体だけでなく、聖書を読むことも、わたしたちに主の肉を食べさせ、主の血を飲ませます。実際、聖書を知ることから得られる神のことばは、まことの食べ物であり、まことの飲み物です』

『今回のシノドスの「目的」は、主として司牧的なものです。すなわち、教理的基盤を徹底的に検討することによって、神のことばとの出会いを広げ、強めること、またそのための方法を示せるようにすることです。こうしてキリスト信者とすべての善意の人びとが、神のことばを日々の状況においていのちの源として体験し、また、真実の可能な方法を用いて神のことばを聞き、神と語り合うことができるようになることです』

日々の生活の中で、仮に聖書を手に取る時間がなかったとしても、せめて日曜日の典礼で神の御言葉に触れましょう。典礼において繰り返し繰り返し私たちに語りかけられる神のことばには、「日々の状況においていのちの源」となる力が秘められているはずです。単なる知識の習得としてだけではなく、時には祈りのうちに、ただ単に、そしてただ素直に、聖書を読み、その言葉を味わってみたいものだと思います。

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2007年9月 2日 (日)

リアリティのある信仰

Vchapel カトリック新聞の本日付を見ましたら、まずもっては一面トップ、柏崎教会の元気溢れる復興への取り組みの記事が目についたのですが、その陰に小さく「司祭の平均年齢61.87歳」という見出しが目につきました。記事に目を通してみると、愕然とする事実が記されているではありませんか。曰く「教区司祭の平均年齢で最も若いのは大分教区(16人)の47.69歳。最も高いのは新潟教区(16人)の64.75歳で、両教区の差は約17歳」

大分教区といえば信徒数においても新潟とほぼ同じで、同じような教区だと思っていたら、まったく同数の教区司祭で、この年齢差があったとは。ちなみに教区独自で、教区司祭も修道会司祭もすべて含めて計算しますと平均がだいたい60歳。新潟・新発田地区が概ね61歳、長岡地区が概ね74歳、山形地区が52歳、秋田地区が概ね55歳だと、事務局から報告を受けております。この平均年齢から、何を読み取りましょうか?神様の意志は「ときのしるし」の中に表されているはずですから。

信仰は常に具体的であって「今」を生きていなければ意味がないと思います。「現在」には成功も失敗もどちらの「可能性」も未知なるものとしてあるでしょうが、「過去」には成功と失敗は現実として存在したのでありそこに「実在の記憶」があるだけで、あらたな「可能性」はありません。すでに分かり切った記憶の中に漂っている方が安心であるのは確かですから、軸足を過去に踏み入れておいた方が、失敗がないような気になってしまいます。だから冒険が出来ません。過去はもう存在しないにもかかわらず、そこに軸足を置くことが出来るなどという勘違いをしてはなりません。信仰も、リアリティがなければ単なる趣味の世界の出来事にしかすぎないではありませんか。ご自分にとって、イエスはリアリティを持って存在していますか。神はご自分と共に、「今」を生きていますか。「今」を生きていない信仰は、その存在のリアリティを感じていない神への信仰は、まだまだ育てていく余地が大きくあるのではないでしょうか。

冒頭の写真は、先日改装した司教館裏のビアンネ館一階に、新しくできた小聖堂です。昨日、祭壇が出来てきました。青山教会の市川さんに感謝です。

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