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2007年11月15日 (木)

日韓司教交流会が開催される

Jpnkor0701 第13回目となる日韓司教交流会が、11月13日午後から15日昼まで、札幌の札幌パークホテルを会場に開催されました。聞くところでは、1995年にマニラで開催されたFABCの第六回総会の席上で、先日亡くなられた濱尾枢機卿(当時横浜司教)と韓国の大邱教区のイ・ムンヒ大司教のお二人が出会い、近くて遠い隣人である日韓両国の相互理解を深めるために教会指導者の集まりを開こうではないかという合意から、日韓の歴史勉強会の形で始まったと言うことです。その後現在のような司教団の全体としての行事となり、現在では、ほぼすべての司教が参加し毎年交互に互いの国を訪問する行事となっています。(写真は会場の札幌パークホテル会議室にて)

Jpnkor0702 今回の交流会には日本側から13名の司教、韓国側から14名の司教が参加して、「韓国と日本の殉教者」について学びあいました。韓国からはソウル大学の名誉教授であるイ・ウォンスン先生が、日本からは溝部司教が講師となり、それぞれの国の教会の歴史と殉教の歴史について講演を行い、それに基づいて四つのグループに分かれて「現代社会と教会はどう向き合っているのか」について討論を行いました。韓国の教会の歴史は、宣教師の努力によって始められたのではなく、文献の研究から信徒の手によって発展してきたもので、常に信徒がリードする教会として歩み続けてきた姿が浮き彫りにされました。そのなかでやはり儒教的な価値観と信仰の価値観が対立し、弾圧を受けたとの説明がありました。日本でも、いろいろな歴史的出来事が迫害の原因として持ち出されるが、結局は日本の国が統一されていく過程で、その国の姿と徹底的な一神教のあり方が相容れなかったことに、迫害の根本的な原因がある事が浮き彫りにされました。(北一条教会でのミサ後に。公式撮影の写真より)

二日目の夕方には札幌教区のカテドラルでもある北一条教会で、札幌教区で働く神父様も多く参加してくださり、共にミサを捧げました。岡田大司教司式で執り行われたこのミサでは、濱尾枢機卿と6月1日に亡くなられた釜山のチョン・ミョンジョ司教の永遠の安息のために祈りが捧げられました。札幌の信徒の方もたくさん参加してくださり、すばらしい聖歌で韓国の司教達を歓迎してくださいました。なお両国司教団はミサ後には、すぐそばにあるサッポロビールファクトリーで、互いの親交を深めました。

Jpnkor0703 今後に向けていくつかの課題もあるように思います。最終日にも少しその話になりましたが、これまでは過去の歴史に焦点を当てて二国間の関係を考えてきたですが、これからは東アジアの二つの司教団がアジアの問題について、また世界の動きについてどう考えるのかを話していった方がよいのではないかという点です。この問題は前回も指摘されており、昨年の大邱での交流会には香港の補佐司教様に来ていただいて、中国の召命などの問題について話していただいたこともあります。日韓以外にも目を向けようという試みでした。これからは、それぞれの国内問題だけを中心にするのではなく、アジアや世界へ目を向けた話し合いと提言の場にしていったらどうなのかと私も思います。もう一つは、共通の言葉の問題。今回は14名の韓国側の司教のうち4名が日本語を自由に操られるますし、それ以外に日韓双方の通訳の神父の助けも得てコミュニケーションが成り立ちましたが、常にそうとは限りません。では英語というわけにもいかないでしょうし、多数が共通で使えるイタリア語というわけにも行かないでしょう(なにぶん私自身がイタリア語はできませんから)。どうやって最善のコミュニケーションを図るのかが、今後の大きな課題となる予感がいたします。(写真は歓迎ミサに集まってくださった札幌の信徒の方々)

今日のお昼は、帰る前に「是非、札幌ラーメンを食べてビールを飲みたい」と言う一部の韓国の司教さんたちのリクエストで、私も一緒に早めに新千歳空港に移動し、空港ターミナルのラーメン屋でおいしい札幌ラーメンを頂きました。もっとも食べ終わってふと上を見たら、その店の「のれん」には「旭川ラーメン」と記してありましたけれど。

明日と明後日(16日と17日)は、福島の桜の聖母学園を会場に、東北地区カトリック学校教育研修会が開催され事になっていますので、平賀司教と共に二日間参加してくる予定としております。

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