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2007年12月22日 (土)

アドリミナを終えて

Pope0702 アドリミナのためのローマ訪問を終えて、昨日21日の午後に新潟へ戻って参りました。帰りのKLMオランダ航空成田便はほぼ満席で、エコノミー三人掛けでしたがびっしりと並んでいると結構疲れるものです。幸いにも行きの便は混んでおらず、お隣の席が空席であったため、エコノミーでも何とかゆっくりできたから良かったのですが、やはりできれば帰りの便でゆっくりしたいですよね。この日の成田便はジャンボではなくトリプルセブンであったためそれぞれの席にテレビがついていて、夜行便であまり眠れない私は映画を見たり、テレビゲームでSUDOKU(つまり「数独」)をして時間をつぶしたり、それなりに楽しく時間を過ごしました。でも時差ボケから抜け出すのが、齢を重ねるごとにきつくなりました。

さて初めてのアドリミナを終えての感想です。教皇様の司教団へのお話は、邦訳が中央協HPに掲載されましたから、ご覧下さい。この講話での教皇様の説明によれば、アドリミナには次のような意味があると言うことです。

「皆様(日本の司教団)は使徒ペトロとパウロの墓を崇敬するためにおいでくださった・・・。皆様は、ペトロが福音宣教の務めを果たし、自らの血を流してまでキリストをあかしした町に来られました。そして、この偉大なペトロの後継者を訪ねてこられました。このようにして皆様は、皆様の国の教会の使徒的基盤を強め、司教団に属する他のすべての人々とのきずなと、ローマ教皇とのきずなを目に見える形で示します(教皇ヨハネ・パウロ二世使徒的勧告『神の民の牧者(Pastores gregis)』8参照)」

Pope0703 教区司教は事前に、福音宣教省へ5年間の報告書を提出することになったおり、その内容についても細かな規定が存在します。今回の訪問の前にも9月15日締め切りで提出したのですが、今ふり返ると、その報告書と今回の訪問それ自体にはあまり関連はなさそうです。教皇様との個人謁見でも、地図で教区の場所を示すことから始まって(もっともこれはおきまりの儀式ですが)、教皇様の質問もきわめて一般的な内容に終始します。教皇様も超多忙ですから、いちいち世界中の教区の報告書に目を通す時間があるわけはないのですから、与えられた15分という枠でこちらがどれだけうまくアピールできるかにかかっているようなものです。各省庁訪問でも、提出済みの報告書について触れることもありません。あの報告書がどういう形でどこに使われるのか、それを知りたいと思ったほどでした。もちろん司教団は団体で出かけていくのですから、各省庁訪問でそれぞれの教区の事情について触れるひまもありません。考えてみれば、教皇庁から直接教区について具体的に質問されるような自体こそ、もしかしたら尋常ならざる事が教区で発生している証左となってしまうのかもしれません。省庁訪問も、今回は福音宣教省と典礼秘跡省を除いて、ほぼ表敬訪問の域を出ませんでしたから、アドリミナは少なくとも私が考えているようなビジネストリップではありません。オリンピックではないが、「司教団として行くこと」自体に意味のある旅行とでもいうべきでしょうか。

Pope0701 そういう意味でも、教皇様が話で触れた、「皆様の国の教会の使徒的基盤を強め、司教団に属する他のすべての人々とのきずなと、ローマ教皇とのきずなを目に見える形で示します」という部分が重要なのだと痛感しています。教皇様が引用された「神の民の牧者」の8番は、「司教の奉仕職の団体的性格」について述べている部分です。そこには「司教はいつも、またいつまでも、司教職における兄弟たちと、そしてペトロの後継者として主が選んだ者と結ばれているのです」ともあります。普遍教会という時の「普遍性」は、個々の部分教会の総和として成り立つものではなく、普遍教会が先に存在していて、部分教会はそれに参与しているという考え方は、何度このあたりの文章を読んでも十分理解ができていない自分に気がつきます。難しいです。しかし、今回のように目に見える形で司教団が共に行動し祈り話し合い、そして教皇様と直接言葉を交わすことが、何となく感覚的に、そこから日本へと使わされている自分たちという思いを生み出してくれたような気がします。いずれにしろ、様々な思いを新たにした旅行ではありました。

先ほどビジネストリップではないと記しましたが、福音宣教省と典礼秘跡省との会合に関しては、これまで手紙のやりとりでらちが明かなかった点が、それぞれの省庁の責任者と直接やりとりし議論することで、一気に解決に糸口がつかめた点もいくつもありましたから、そういう意味では、司教団が直接乗り込むことも時には重要だとも感じました。議論が外国語で上手にできる司教の存在が、これからは不可欠だと思います。次は5年後。司教団はどういうメンバーになっていることでしょうか。

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