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2007年12月16日 (日)

アドリミナから、その2

アドリミナに訪れた司教団は、バチカン市内はサンピエトロ大聖堂裏にあるサンタマルタと呼ばれる宿舎に泊まるよう義務づけられています。この建物は前の教皇様が、教皇選挙(コンクラーベ)に参加する枢機卿が一緒に寝泊まりできるようにと計画され建設されたもので、普段は教皇庁各省庁で働く枢機卿やら司教やら司祭が住んでおります。先日亡くなられた濱尾枢機卿様もここにお住まいでした。濱尾枢機卿のお部屋は、まだ残されております。サンタマルタの宿舎は、とにかく立派にできておりますし、年齢の高い枢機卿様たちを缶詰にすることを想定しているので、冬でも全館がとても暖かく、部屋のシャワー室は床暖房にもなっています。バスタブのついている部屋もいくつかあるようですが、基本はシャワーであります。サイズもバリエーションがありますが、コンクラーベの際には、抽選で部屋を枢機卿たちに割り振るのだとか。この宿舎にはいるためにはスイス衛兵がガードするいくつかの門をくぐってこなければなりません。ぴしっとした敬礼を受けて、ゲートをくぐって聖ペトロ大聖堂の裏手の方に回ってくると、なにやら別世界へ足を踏み入れたような気分になります。

さて、アドリミナの目的の一つでもある聖ペトロの墓前でのミサは、12月11日(火)の朝7時半から行われました。聖ペトロ大聖堂の地下にある聖ペトロの墓前祭壇で、ローマに在住する日本人の修道者や司祭、信徒の方々にも参加していただいて、司教協議会会長である岡田大司教の司式でミサを捧げました。ミサ後には、すぐ脇にあるヨハネパウロ二世教皇の墓前で祈りを捧げ、さらに裏手に回って、この地で発見されたという男性の骨が納めてある祭壇を見せていただきました。

Adlimina0704_2 アドリミナの最中には、もちろん各教区別に教皇様との謁見があり、また司教団全員での謁見も行われます。全員謁見は15日の土曜日に設定されました。それまでの間毎日、教皇様のスケジュールの合間を縫って、ほぼ3グループに分かれて個人謁見が行われます。私は14日(金)の12時からとなりました。加えてこの間、毎日のように教皇庁の様々な役所の訪問が組み込まれております(もっともローマですから、お昼のあとには何も予定が入ってはいないのですが)。全員ですべて出かけるわけにも行きませんので、日本での各委員会などの担当にあわせて、皆で分担して訪問することになりました。10日(月)には社会司教委員会の司教を中心に、正義と平和評議会、難民移住移動者司牧評議会などを訪問しました。後者は濱尾枢機卿が議長を務められていた部署です。実はこの二つは同じ建物の一階と二階にあり、しかも現時点では議長がどちらもマルティーノ枢機卿おひとり。ですからマルティーノ枢機卿は二度にわたって私たちとの面談になりました(写真は難民移住移動者司牧評議会の会議室)。予定されていた時間は30分ほどの表敬訪問のはずでしたが、話が弾み、結局どちらも1時間を超える会合となりました。教皇庁正義と平和評議会におかれては、日本の正義と平和協議会の活動に大変な興味を示してくださり、特に憲法と平和の問題にはしっかりと耳を傾けていただきました。来年洞爺湖で開催されるG8についても話が出ましたが、やはり教皇庁としては環境問題に焦点を当てている様子が窺われました。
難民移住移動者司牧評議会は、濱尾枢機卿が議長を務めていたことからも日本の教会ともつながりが深く、先日も長崎で行われた巡礼所会議に秘書のマルケット大司教が来日されたところです。日本における滞日外国人司牧や船員司牧の諸問題について、これまた1時間を超える熱のこもった会合となりました。この日は、他の司教様方が、最高裁判所、控訴院、信徒評議会を訪問されています。

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