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2008年1月27日 (日)

ケニアの写真を追加

本文右側のサイドバーに、ケニアの写真を追加しました。2003年と2005年にカリタスジャパンの東アフリカ視察の際に訪問したケニアの写真の中から一部です。現在、大統領選後の混乱が続いています。お祈り下さい。

明日月曜日から土曜まで、会議のためタイに出かけており不在です。更新は土曜日(2月2日)以降になります。

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2008年1月26日 (土)

望んでいる事柄を確信する

パウロの回心のに日あたる昨日、新潟市におけるキリスト教一致祈祷週間の最終日の合同祈祷会が、カトリック亀田教会で午前10時半からおこなわれ、すさまじい雪の中、40名を超える方々が参加してくださいました。主任司祭の山頭師の司式で、行われた祈祷会は、山頭師の性格を反映したシンプルなプログラムでしたが、その中心は40分にも及ぶ大説教でした。18年にも及ぶフィリッピンでの宣教生活の思い出から始まり、出会った人たちとの様々なやりとりの中から学んだことのわかちあいでした。そのなかで、ヘブライ人への手紙11章1節「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです」を引用され、確信を持って信仰生活を歩むことの大切さを強調されました。

そのうちにお話は担当されている幼稚園のことにも及び、園児が増えると確信を持って園長職にあたっているというお話にまで飛んでいきましたが、いずれにしろ、山頭師の人生経験にう拉致されたこの信仰における核心に触れ、また宣教体験からでた「与えれば与えるほど自分にも返ってくる」だとか、興味深いお話でした。

亀田教会の方々や、お隣の花園教会、寺尾教会、新潟教会、新津教会などからも参加があり、聖公会や日本キリスト教団の司祭・牧師、信徒の参加も頂きました。昨日は新潟市内でも久しぶりの大雪でしたし、路面も凍っていたので、なかなか多くの方においで頂けず残念でした。私の車の冬用タイヤは、この冬にの初めてその性能を発揮いたしました。今回の一致祈祷週間は、各会派の信徒の方々の利便を考えて、夜ではなく午前中に、それも毎日ではなくて三回の開催といたしましたが、参加者の中からはやはり毎日の開催が好ましいという意見もありました。たぶん昼間の開催はこれでよいのだろうと思います。来年は毎日にするか、また三回にするか、連合教師会での検討事項になろうかと思います。

新潟市美術館で、「ある池のものがたり」原画展を開催中ですから、今から出かけてこようと思います。

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2008年1月24日 (木)

ミサ典書の翻訳

ご存じのように世界中の司教団は現在、2002年版のローマ・ミサ典書の翻訳作業に取り組んでいます。たびたびここでも書いてきたように、日本の司教団もこの数年、日本語訳の改訂作業に取り組んでおります。もちろん現行の翻訳も勝手な翻訳ではなく聖座の認可を受けているのですが、もともと暫定的な翻訳とされていました。つまり、すべてを翻訳するには厖大な時間を要するので、とにかく日々の典礼に支障が出ない範囲で翻訳を進め、その後徐々に改訂していく心づもりであったと思います。そこで典礼委員会が中心になっていくつかの翻訳の改訂や、未訳な部分についての翻訳が進められていたのですが、そこに今度は2002年版の出現でした。2002年版は、これまでの典礼文に若干変更が加えられた部分があります。(例えば、奉献文のメメントの部分)ですから翻訳改訂作業は一から出直しとなり、基本的なミサ典文の改訂にあわせて、すでに改訳された部分の手直しも必要となり、さらにそのドラフトを司教総会で話し合い、さらに典礼秘跡省に提出と、膨大な時間がかかっています。加えて典礼秘跡省との解釈の相違もあり、今回のアド・リミナの際には長官と直接英語でやり合って、いくつかの典礼秘跡省の指摘については、こちら側の意見を認めてもらいました。交渉が不可欠です。

翻訳に当たれる専門家の少ない日本ですから大変時間がかかっているのだと思っていたら、先ほどCNAのニュースを見ていたら、なんと英語圏の共通翻訳を作成する委員会は1月24日にインドのボンベイで会合を開き、「今年9月の会議の際には、最終的に翻訳案を完成させる予定で」、「それから各司教協議会にその先の手続きと出版のために提出される」というではありませんか。つまりあれだけ翻訳家のたくさん手配できる英語圏にして、やっと出来上がりつつあると言うことは、数で劣る日本の典礼委員会はかなり仕事が早いと言うことではないでしょうか。あと2年くらいで、何とか形になるものが出来上がってくるかもしれません。美しく荘厳な日本における典礼をめざして、良いものが出来上がるように、お祈り下さい。そして典礼委員会の皆様には、感謝したいと思います。

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車輌の点検

それにしてもすさまじい天候です。昨日は午後からの東京での会議のため、10時台の新幹線に乗っていったら、いつもとはまったく逆で、トンネルを抜けると雪でした。つまりいつもは群馬県側から新潟へ抜けると雪国なのですが、昨日は新潟から群馬県側へ抜けると雪でした。東京もさすがにつもることはなかったものの、新潟よりも寒かった。そして今日。午前中に二つの会議を終わらせて、東京駅に1時半頃の新幹線に乗るために急ぎました。間に合って指定席に座り、時間が来てドアが閉まり、出発と思ったら一向に動き出す気配がない。そういえば先ほどから、東北地方の雪と風のため遅れと運休がでているとの繰り返しの放送を耳にしていたので、これはとうとう雪か風のために上越新幹線もストップかと思いきや、どうもそうではない模様。それから延々20分間、「車輌点検のためしばらくお待ち下さい」の繰り返し。「車輌点検」はいつの頃からか「車内点検のため」に変化していましたが、見事に20分の遅れでした。JR用語では、「車内点検」とか「車輌点検」って、まさか本当に駅のホームで点検しているわけがないのでしょうから、実はどういう意味なのでしょうね。「本当の理由はちょっと言えないから、こう言うときはすべからく車輌点検だ」と決まっているのかもしれませんね。あまり納得のできる説明ではありませんでした。もっとも、私にしてみれば乗り継ぎがあるわけでもなく、アフリカなどでの公共交通機関に比較すれば20分くらいの遅れは遅れの範疇に入らないのですから、その程度でいらつくとは、実に日本人らしくなったものです。

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2008年1月22日 (火)

ケニアから学ぶこと

Kenya03a 来週は会議のためタイへ出かけなくてはなりません。そのため月末に締めきりの原稿を仕上げておかなくてはなりません。明日と明後日は東京でまた会議ですから。そこで今晩、必死になって「家庭の友」の原稿を書くために、事前に集めてある資料をこれまた必死に読んでいて興味深いことを学びました。

ケニアの大統領選挙後の暴動について、ケニアの独立からの政治史に触れながら書こうと思ったのであります。そこでこんな時に一番頼りになるアジア経済研究所(アジ研)の文書を探ってみまして、ケニアになかなか強いと思われる津田みわさんのいくつかの原稿を読んでおりました。そしたら、ケニアでいわば独裁とも言える政権運営をしていたモイ大統領が、政敵を抹殺する目的で、「選挙時に所属していた政党をその後離党した議員は議席を失う」という規定を作ったことに触れていた一文がありました。これ、そういえば日本でも、例えば比例代表で議席を得た議員が離党した場合、そのまま議席を持っているのはどうなのかとか言う議論で出てきた話でしたよね。それでケニアでこの規定を作った結果どうなったかというと、政党政治の形骸化が起こったというのです。つまり、議席を失わないために、議員は政党の方針に反対でもとりあえず離党せずに留まる。政党も、全体のパーセンテージを確保したいから、むやみに除名はできない。そのために所属政党なんか実はどうでもいい議員が多数出現し、それだけの理由ではないが、現在の混乱の下地を造ったというのです。もちろん日本とは事情が違うから一概には言えないものの、興味深い現象だと思います。

それはそうと、「暫定」がなくなっては困っちゃうというのであれば、「暫定」なんてやめて「恒久」にすべきじゃないのかと思うのですが、それはあんまりに素人考えでしょうか。

いずれにしろ、ケニアには友人も多くいるので、この後どうなっていくのか、本当に心配です。平穏な生活が取り戻されるように祈りたいと思いますし、ケニアの政治家たちが本当に国民の方を向いて政治をしてくれることを願うばかりです。(写真は03年にケニアを訪れた時、ケニア山の麓の村で)

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2008年1月20日 (日)

一致のために祈る

Icchi0802_2  キリスト教一致祈祷週間にあたり、新潟市では本日の午後、各教派が集まっての祈祷集会が行われました。すでに触れたように、今年は3回の集会が開かれることになっていますが、今日の日曜が中心集会と位置づけられていました。本日の日本キリスト教団東中通教会で午後2時から開催された集会には、各教会の牧師、神父を始め信徒の方々50名ほどが参加してくださいました。司式は同教会の牧師である原田先生(写真)。力強いメッセージを頂きました。集会の間にはカトリック側(?)の歌も一曲歌われたので気がついたのですが、いわゆる詩編朗唱(レチタティーボ)の歌い方が異なっているのですねえ。特にフレーズの終わりの収め方が決定的に違っている。レチタティーボという歌い方はグレゴリアンに特有というか、詩篇を歌って共に唱えるために昔の修道院で生まれてきた歌い方であって、高田三郎先生が典礼聖歌の作曲にあたって、しっかりとこれを取り入れて詩編の歌を作曲されているのですから、カトリックにとっては今では普通の歌い方になっているものです。先日の自動伴奏機と言い、他の教派に行くといろいろと新鮮な発見があるものです。集会後は、信徒の方々が用意してくださった豚汁でしばし歓談。楽しい一時でした。

Icchi0801 主イエスの体としての教会共同体が、一致することなくいくつにも分かれていることは、確かに福音が様々なレベルで隅々まで行き渡るために意味のある別れ方でもあったかもしれません。しかし同時に、同じぶどうの幹である主イエスにつながっている私たちが見事に分裂しているというのは、やはりどう見ても正しくはない。正しくはないと頭で理解できてはいても、現実に一緒になることが可能かと言えば、それはそれでとても難しい。とはいえ、最後には聖霊の働きを信じなければなりませんし、その方向へ向けて私たちは努力をしなくてはならないのだと思います。そもそも日本のような地においては、初めて足を踏み入れた教会で、そのまま信仰を得て洗礼と言うこともあるのですから、すでに出来上がっている分裂の歴史の中で、私たちの多くは本当に「たまたま」そこで信仰を得ていったのですから、どっちが正しくてどっちが間違っているなどと言う姿勢では、何も始まりません。社会における組織の問題もありますし、教義上の問題もあるでしょうし、伝統の違いもあるでしょう。でも同じ主イエスを信じる者として、できるところから力を合わせ、まだまだ福音に触れていない人があまりにも多いこの国で、共に福音宣教に励むようにしたいと思います。協力できることは多くあります。まずそこから始めなくてはなりません。

今日の福音は洗礼者ヨハネの話でしたが、彼こそは自らに与えられた使命の領域と、神の働きの領域の区別をしっかりと理解していた人物です。そして神の働きの領域の前には、徹底的に謙遜になる術を知っていた人物です。対立や分裂は、神の領域を知らず、また神の領域の前に謙遜になることを知らない態度が蔓延するときに起こるのではないのかと思うのです。

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2008年1月19日 (土)

イエズス会総会長

伝え聞くところでは、ローマで開催中のイエズス会の総会議は、元日本管区長で現在はイエズス会東アジア・オセアニア地区長である、アドルフォ・ニコラス師を第30代総会長に選出した模様です。よく世に言う「白黒赤の教皇」、すなわち、ローマ教皇(白)、イエズス会総会長(黒)、福音宣教省長官(赤)などと言われるくらい、イエズス会総会長は教会にとって重要な役職です。ニコラス神父様、おめでとうございます。そして心から、ご苦労様です。

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2008年1月18日 (金)

キリスト教一致祈祷週間

Icchi08_2 本日1月18日から25日までは、毎年恒例のキリスト教一致祈祷週間です。今年のテーマは「絶えず祈りなさい」で、各地で様々な行事が教派を超えて行われます。新潟市では以前から各教派教会持ち回りで、祈祷集会が毎晩開催されてきました。ところが信徒の高齢化の問題や、新潟市が合併を重ねたことで周辺部のかなり広い地域の教会も新潟市に含まれることになったため、これまでのように毎晩の開催が難しくなっていました。そこで今年は合同での祈祷会の開催を三回にして、しかも昼間に行うように変更しました。

初日の本日は午前10時半から聖公会の聖パウロ教会、日曜日20日午後2時から日本キリスト教団東中通教会、25日は午前10時半からカトリック亀田教会で祈祷会が行われます。日曜日の午後が、中心集会ですから、どうぞご参加下さい。

新潟市もさすがに冬型の真っ直中で、この数日は今冬初めてとなる本格的な雪となりました。昨日はカリタスジャパンの会議に参加するために朝から東京へ出かけましたが、本格的に雪が降り続いており、このままでは夜には雪を踏みしめて帰ってこなくてはならぬかと思い、東京には不釣り合いの防水防寒折りたたみスパイク付きの靴を履いていきました。ところが会議が終わって最終の一つ前の新幹線に乗り、11時過ぎに新潟駅へ到着してみると、市内の雪はほとんど姿を消しておりました。天気も良かったのでそのまま司教館まで30分ほど歩いて帰ることに。歩道は、この頃進んでいる改良工事のために中央部分には融雪装置が施されており雪も氷もない。もちろん融雪の及ばない歩道の端には氷となった雪がこびりついております。融雪装置のすばらしさよ。万代橋をわたって古町の方へと歩を進めると、歩道工事の真っ最中。昼間は車線規制ができないのためでしょう、夜中の工事です。寒い中作業員の方々たいへんでしょう。ありがとう。みてみると、歩道のタイルの下には発熱用の熱線らしきものを埋め込んでいる作業中でした。この工事現場を過ぎて司教館へ近づくともう大変。歩道は氷付けでありました。むかし、札幌の歩道で滑って転んだことがあるので、慎重に、慎重に。冬を実感した夜でした。

本日は午後から司教館で、高田で働いておられる無原罪の聖母フランシスコ姉妹会のフィリッピン人シスター3名にも参加いただいて、教区の滞日外国人司牧についての意見交換会を行うことにしております。

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語学力

一体どれくらいの期間が「長期滞在」なのでしょう。旅行会社などの宣伝を見ると、短いのでは1週間から半年程度の休暇滞在を、長期滞在と言うようです。外務省は海外に在留する日本人に、3ヶ月以上滞在の場合は大使館などに届けるように要請していますし、統計でも3ヶ月以上で永住者でない場合を「長期滞在」と見なしているようです。そうしてみると、私はこれまで、アメリカ合衆国(1年)、オーストラリア(半年)、ガーナ(8年)と、いくつかの国で「長期滞在者」であったことになります。

15日に高村外務大臣は、閣議後の記者会見で次のように発言されています(外務省ホームページから)

「長期滞在する外国人の入国・在留の手続きについて、日本語能力を重視する方向にしようではないかということで、課長レベルで、外務省と法務省との間で協議を始めることに致しました。やはり日本で生活する外国人自身の為にも、日本語が出来るということが生活の質を高める為にも大切だし、日本社会の為にも必要です。在留外国人が日本語能力を高めようということになると同時に、その出身国の中で、日本に行く為には日本語を勉強しようという機運が高まれば大変良いことだと考えています」

もちろん、外務省がどういった人たちをターゲットにして考えているのかは容易に想像できますし、その背景にある様々な日本での事情も理解できます。新聞報道でも、行政サービスを理解できないなどの支障があるためなどという理由が掲げられていました。しかしこの議論は、かなり乱暴な発想と言うべきだろうと直感的に感じました。その直感は、自分自身が「長期滞在者」として、言葉の違う国で生活した経験から来るものです。そもそも、そんなことを言い出したら逆に、日本のビジネスマンで現地駐在のため「長期滞在」をしている人たちが、その家族も含めて、その国の言葉を不自由なく使えているのかどうかを問うてみなければならなくなりはしないでしょうか。自分自身が長期滞在した経験を持って言えば、言葉は語学力ではなく、感性の問題です。語学がいくらできたとしても、異国で自由に生活できるとは限らない。反対に、ほとんど語学ができないからと言って、異国で必ず不幸な生活、不自由な生活になるとも限らない。問題は語学ができるかどうかではなく、「言葉」ができるかどうかであり、語学と「言葉」は別物です。「言葉」とはその国の文化と一体であって、要は異なる文化への感受性がどれほどとぎすまされているかにすべてはかかっています。そしてそれは、残念ながら、テストはできません。滞日外国人への行政サービス云々というのであれば、すべきことは決してここにはないように思います。

何でもかんでも、水際で阻止することばかりを考えているのでしょうか。そういえば、昨年末頃に日本入国の際に税関申告書の提出が義務化されましたが、その理由の一つに「テロ対策のために」と書いてありました。今や「テロ対策」のための水際阻止は、何でも可能にするマジックワードになりましたね。

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2008年1月15日 (火)

神言会聖霊会来日100周年

100svdssps01 昨日1月14日午後2時から、名古屋の南山教会において、聖霊会、神言会の、来日100周年記念行事が行われました。聖アーノルド・ヤンセンという同じ創立者を持つ両修道会は、神言会が1907年、聖霊会が1908年の来日です。当時の函館教区長ベルリオーズ司教の招きで来日し、秋田で宣教を開始して今に至っています。1912年に設立された新潟知牧区の初代教区長は神言会会員のライネルス師。二代目も神言会会員のチェスカ師。このチェスカ師によって80年前に新潟教会聖堂が建設されました。また聖霊会は来日してすぐに教育事業を開始しました。ですから秋田の聖霊学園はまもなく100周年となります。(写真は挨拶をする岡田大司教。ミサ前の式典は40分近くにもなり、いろいろな方の挨拶がありましたが、なにやら説教をたくさん聞かせていただいた気になりました)

100svdssps03_2 昨日の記念式典には神言会の総会長トニー・ペルーニア師、神言会総顧問ロバート・キサラ師の二人がローマから出席され、両会の日本管区長を始め、多くの会員が集まりました。ミサの司式はボッターリ教皇大使、それに岡田大司教、池長大司教、野村司教、そして私の5名の司教でミサを捧げました。あの広い南山教会が一杯でしたので、700人近くの方が参加されたのではないかと思います。

式後は近くの南山高校女子部の体育館で祝賀会。南山短大生のコーラスがあったりと、華やかなお祝いでした。新潟教区では両会に頼るところも大きいですので、今後とも見捨てずに、よろしくご協力をお願いしたいと思います。おめでとうございます。

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2008年1月14日 (月)

新潟の局地的気候

神言会と聖霊会の来日100周年記念行事のため、名古屋へ来ております。昨晩新潟空港を一番最後に飛び立つ夜8時少し前の名古屋中部空港行きに乗ろうと、タクシーをお願いして空港へ向かいました。昨日は確かに朝から雪がちらついていたものの、司教館のあるいわゆる新潟市中央区あたりでは、それほどの雪の影響は感じられませんでした。信濃川河口の新潟港出口の下を通るみなとトンネルをいつものようにくぐって向こう側へ出ると、なんと道路が完全に凍結。交差点でブレーキを踏むたびに、タクシーのおしりが触れること触れること。ちょっとした坂を登り切らずに押しているバイクとか、交差点でハンドルを取られて方向を失った自動車とか。雪には慣れているはずの新潟市民も、そして冬タイヤを装着しているとはいえ、アイスバーンはさすがに苦しい。タクシーの運転手さんは、「スケートリンクのようだ。これが平日の夕方だったら、大渋滞ですね」といわれてました。同じ新潟市内といっても、空港あたりは遮るものが何もない吹きさらしですし、司教館のあるあたりは海と町の間に丘があるという違いがあるのでしょうが、局地的に天気が違うすさまじい新潟の冬でした。

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2008年1月13日 (日)

長倉久子先生

先日静岡に住む母から入院されているとの話は聞いていたのですが、先ほど中日新聞のホームページを読んでいたら、南山大学の長倉久子教授の訃報が掲載されていました。まだ現役の67歳。南山学園の理事長に確認したら、体調を崩されて一年ほど休職中だったとか。神学生時代に先生の授業を受けたことがあります。当時は名古屋の神学院の近くにある職員住宅に住んでおられて、ゼミの学生を招待してはチーズフォンデュパーティーをしたりとか。とても優しくて、そしていつも少女のような声でお話をされる先生でした。

実はどんなにすごい学者なのかあまり知らなかったのですが、哲学の専門家でボナベントゥラの研究者。京都大学を出てストラスブールで博士号を二つとってきたとか、トマスの研究で有名な元京都大学の山田晶先生の一番弟子だとか、学生時代にいろいろと聞かされました。たぶん外国語もいくつもおできになったのだと思います。でも全然そんなそぶりも見せない、謙遜のうちに信仰を生き抜いたような、偉大な研究者でありました。出身地は静岡。15日の午前中に、静岡市のカトリック城内教会で葬儀が営まれると言うことです。R.I.P.

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2008年1月12日 (土)

ええと・・・

今テレビで(フジ系列)、「バブルへGO!!タイムマシンはドラム式」という映画を放送してますけど、90年頃って本当にこんな時代だったのですか、皆様?私は90年はアフリカのガーナで働いていて、94年まで日本には戻ってないのですが、こんなにお金じゃぶじゃぶで、おかしいと思わなかったのでしょうか。その頃には将来こうなるなんて予想もつかなかった?ということは、10数年後にどうなっているか、今の私たちには予想もつかない、ということ。お・そ・ろ・し・い。そういえば、20年後くらいに帝国としての合衆国は崩壊するとか言うお話を、昨日耳にいたしました。

ほんの10数年後を、今の常識で判断する事なんて、人間には無理なんですね。でも、歴史からは、何かを学ばなくてはなりません。

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北山原

Hokusannbara01 1月12日といえば、「1629年1月12日、雪に覆われた米沢の北山原、糠山、新藤ヶ台の三か所で、53人の信者が喜びと祈りの雰囲気の中で、すべてをキリストに捧げた。彼らはたいてい10家族ごとにまとめられた。米沢の殉教者には圧倒的に武家が多かったが、その中には武家に仕えていた者や、知行地の農民も含まれている。その年齢は、1歳の幼児から老夫婦まで、多くの世代を含んでいる(中央協ホームページから)」

ルイス甘糟右衛門をはじめとした53名が、米沢の地で殉教を遂げた日であります。当日は雪が降っていたと言われますが、今日の新潟も雪にまではならなかったものの寒い一日で、米沢では雪になったのではないかと思います。53名の殉教者は、今年11月24日正午から長崎県営野球場「ビッグNスタジアム」において執り行われる列福式で、福者に加えられることになっているペトロ岐部と187人に含まれております。記念日は全体で特定の一日となると思われますから、1月12日がそれに選ばれる可能性は低いと思いますが、来年以降はこの日にも新潟教区では記念の日として憶えておきたいと思います。今年、米沢では聖霊降臨の日に司教ミサを捧げ、来年5月の米沢で感謝と祝賀のミサまで、一年の殉教者特別年を始めることを計画しています。名称も含め詳しいことは、3月の司祭評議会を経てお知らせする予定です。

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2008年1月11日 (金)

司教の研修会

社会司教委員会が企画する恒例の司教の研修会が、昨日午後から本日お昼まで、潮見のカトリック会館で行われました。例年は12月に行われていますが、今年度はアド・リミナの関係で1月の開催となりました。ただ、そのためか、昨年度より多い15名の司教の参加がありました。やはり12月はクリスマス前で時間をとるのが難しいのでしょうか。来年度以降も1月開催の方がよいのかもしれません。

今年の研修会は、7月に洞爺湖サミットが開催されることもあり、そもそもサミットとは何なのか、サミットに対する世界の評価はどうなのか、そしてホスト国の宗教者としてはどういう態度で臨めばよいのか、などについて学び、かつ意見を交換するために行われました。教皇様ご自身も毎年のサミットには大変関心を持たれて発言されたり、昨年はご自身の祖国でもあるドイツで開催されたこともあり、メルケル首相に事前に書簡を送り、貧困問題への取り組みを促されたりしたこともありましたから、まずは我々も学ぼうということで研修会となりました。講師は南山大学で教えるシーゲル神父(かつて6年間神言会総本部の正義と平和担当者でした)と、国際政治学者の武者小路公秀氏。武者小路氏は学習院大学や上智大学などでも教鞭を執られた方ですが、なかでも国連大学の副学長を務められた方として広く知られており、教皇庁の正義と平和評議会の委員にも任命されていたことがあります。二日間の研修会の司会は、私が務めさせていただきました。

そもそもサミットなるものが必要なのか、民主的な世界のあり方に逆行するのではないか、しかしながら現実にそこで世界の方向性が決まっていくのだから、それではどう対応するべきなのか、反対するだけでは何も始まらない、果たしてこのままの世界のあり方が継続できるのだろうか、などなど。とにかくたったの二日間で勉強するにはあまりにも厖大な課題です。そして話は第二バチカン公会議の理念でもある補完性の原理に従った社会のあり方や、環境だけとか、貧困問題だけとか、医療だけとか、教育だけといった、特定の分野に特化して問題を考えるのではなく、地球全体の問題として綜合的に捉える必要性にまで及び、結局は環境問題を身近な問題として教会の中からエコを考える必要性まで広がっていきました。シーゲル神父が強調されていた農業の復権の必要性や地産地消(地元のものを地元で消費する)から発展して、地採・地産・地消・地廃によって「もの」の取り扱いに関する現代のあまりにグローバルなあり方を変えていく必要性の話が、農業が中心となる地方の教区としては気にかかりました。これからサミットに向けてアジェンダが確定されていくと思いますが、それにあわせて学んでいきたいと思います。

昨日の常任司教委員会では、典礼委員会から、男女の修道者の代表と連携して、時課の典礼の本格的な翻訳を確定する作業に入ることが報告されていました。本来典礼の季節にあわせて4分冊となっているものを、まずは一冊の簡略版として翻訳し(教会の祈り)、それに主に観想修道会を中心として翻訳されたもの(特に読書課)を分冊で出したり、讃歌を収集するといった作業が地道に続けられてきましたが、徐々に形になっていくことが期待されます。一番苦労しているのは祈りの冒頭にある讃歌の翻訳でしょう。なんと言っても、唱えるだけではなく歌われなくてはならないのですから。翻訳にあたれる人が日本の教会に一度に100人もいれば、あっという間に作業は進むのでしょうが、残念ながら現実はそうではありませんし。でもすべては徐々に進みつつあります。

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2008年1月 9日 (水)

異人池の絵本原画展

Ijinike 以前にも触れましたが、かつて新潟教会の横に存在していたという「異人池」と双塔の新潟教会、そして新潟の町の歴史に触れた絵本「ある池のものがたり」は、NPO法人の手によって先般復刻出版されました。その原画の展覧会が、新潟市美術館で1月23日から27日まで開催されることになったそうです。この原画展は、できれば新潟教会献堂80周年にあわせて教会で開催したかったのですが、環境管理などの課題が多すぎてあきらめたものです。是非一度、新潟市美術館へ足を運ばれて原画をご覧になってはいかがでしょう。新潟の町の発展の歴史の一部にも触れることができますし、教会を囲む周囲の激変ぶりにも触れることができます。

私、明日は定例の常任司教委員会、明日午後からあさって昼にかけて司教の勉強会、そのあとに社会司教委員会ということで、東京へ出かけております。そのあと来週の月曜日には神言修道会と聖霊会の来日100周年記念ミサが教皇大使も迎えて名古屋で行われますので名古屋へ出かけ、引き続いて15日と16日は教区司祭の新年のお祝い、17日はカリタスジャパン委員会で東京という日程となっております。なお18日からはキリスト教一致祈祷週間ですが、今年からは参加される方々の様々な状況を考慮して、毎日夜に行われていた合同の祈祷会を中止し、最初と最後の日、並びに日曜日(20日)の三回だけ、昼間に祈祷会を行うことになりました。場所と時間は以下の通りです。

1月18日(金)午前10時半、聖公会新潟聖パウロ教会

1月20日(日)午後2時、日本キリスト教団東中通教会

1月25日(金)午前10時半、カトリック亀田教会

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2008年1月 8日 (火)

危険の相対性

結局、「危険」とか「正常」はあくまでも相対的な概念であって、何らかの尺度をあえて用意しない限り、客観的に判断することはきわめて難しい。福岡の交通死亡事故について、危険運転致死傷罪の成立を否定した裁判官の判断は、そのことをはっきりと示しています。すでに多くの指摘があるように、問題は法律の条文の方にあるのでしょうし、このままでは飲酒でも「正常」に運転できる場合があるなどという、本末転倒の事態になりかねません。かといって介護保険のようにコンピュータが判断するような細かな尺度を設けて「危険」の度合いを判定することがふさわしいとも思えません。こういう場合は、法律家の世界では、上級審の判断があってそれが定着していくと言うことなのでしょうか。いずれにしろ、懲役の年数が長ければ、それですべて解決と言うことではありませんし、犯した罪を償うという精神的な側面をどう手当てしていくのかの方が重要なのだろうと思います。

それにしても、亡くなった三人のお子さんのご両親の姿勢や態度には、感心させられるというか、美しいものまで感じてしまいます。愛するお子さんを奪われた悲しみは、その冷静な態度の故に、より強く心に響いてきます。事故直後のお二人の態度や言葉もそうでしたし、今日の記者会見でもそうでしたが、しっかりと現実を見据えて努めて冷静に話される態度には敬服させられるものがあります。宗教者である私の方が、どうやってあのような人生の姿勢を身につけられたのか、お二人に尋ねてみたいとまで思わせるものがあります。でも、繰り返しますが、だからこそ、愛するお子さんを失ったお二人の深い悲しみが、心に強く響いてくるのです。

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2008年1月 7日 (月)

人類という家族

新しい年が始まったばかりだというのに、新聞紙上では悲しい話に事欠きません。北の地方で、介護疲れのために82歳の母親を58歳の娘さんが殺してしまうという事件が報道されていました。そういえばこの数年、家族の介護に疲れ果て、とうとう殺人や心中にまで至ってしまうという事例は、決して特異なことではなくなってしまいました。ここで人間の命を奪うことの是非を論じようとは思いません。そうではなくて、そこまで人を追い込んでしまう高齢者介護の現実の凄まじさと、そうやって失われていく命があるのに何もできないでいる私たちの「あり方」、その二つを真剣に皆で考える「時」が来ているのではなかろうかと言いたいのです。

国民の面倒はすべて国家が万全の手配をしてくれるものだとまでは考えていませんが、しかし、そうやって命を絶つところまで追い詰められる国民を多数出してしまう国というのは、どこかで道を踏み外してしまっているのではと思うのです。本当に大切にするべき事から目をそらしているこの国のあり方は、結局は一人ひとりの心にまで入り込み、互いに助け合うことでさえも優先事項の一番片隅に追いやってしまうのです。

教皇様は今年の平和メッセージにおいて、次のように述べています。

Img_2644 『個人間や諸民族間で公正かつ誠実な関係を深めることが必要です。こうした関係が、すべての人が平等かつ公平な基盤の上に立って協力することを可能にするからです。同時に、「資源の賢明な使用」と「富の平等な配分」を保障する努力をしなければなりません。とりわけ貧困国に対する援助は健全な経済原理の基準に従って行い、さまざまな浪費を避けるべきです。こうした浪費は、おもに経費のかかる官僚組織の維持と関連します。道徳的な要求も考慮すべきです。それは経済が、一時的な利益を求める露骨な法則だけに支配されないようにするためです。こうした法則は時として人間性を欠くからです』

その上で教皇様は、軍備拡張に巨額を投じる国々を批判されます。家庭の重要性を説くこの平和メッセージを発表するにあたり、教皇庁正義と平和評議会議長のマルティーノ枢機卿は、テロ対策を口実に軍備を拡張することが自ら守ろうとする平和を脅かしていると発言したと報道されていますが(カトリック新聞1月6日号)、本来個々の家庭に始まって人類共同体という家庭の尊厳ある存在を守るために使われるべき資金が、必要以上の武器に注ぎ込まれ、ひいてはごくごく一部の人々の利益となっていることに警鐘を鳴らされているのです。

翻ってこの国はどうなのでしょう。本当に必要なことを優先し、一人ひとりの「いのち」を守るために努力を惜しまない、人の道を歩む国の姿を期待したいと思います。そしてそれは、防衛の拡充ではなかろうと思います。防衛の拡充は、外交の放棄でもあります。これ以上、老いた命や病む命を守るために努力する人が、絶望するような国にしてはなりません。教会も、何ができるのか、考えてみたいと思います。(写真は正義と平和評議会事務局会議室で日本司教団に語るマルティーノ枢機卿)

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2008年1月 6日 (日)

始動です

新たな年が始まって、すでに6日。そろそろしっかりと通常モードで始動しなくてはなりません。本日は主の公現の祭日。御降誕のお祝いを締めくくる大切な日でもあります。誕生した幼子は限定された人々のための救い主ではなく、すべての民族のための救い主であると宣言されたとも言える、東方の三賢者来訪です。狂言回しを務めるのはヘロデ王。救い主の誕生というメッセージをはるばる東方から持ってやってきた人物が目の前にいるのに、座り込んで行く手を指し示すだけで自分からは行動しない人物。そのために究極的には、神に逆らうことになるのです。

ヘロデには、自己中心の価値観に生きる身勝手な人物像を見ることができます。ヘロデを支える学者たちには、既成の知識が邪魔をして真理に目をつぶる愚かしさが見て取れます。東方の三賢者には、真理の前に謙遜にへりくだる姿が見て取れます。肝心なことを見えなくしてしまう壁は、結構簡単に私たちの目の前に立ちはだかるのです。

Xmas07mass 1月1日付で、年頭の司牧書簡を書きました。各小教区に送りましたので是非一度ご覧下さい。またはここから読むこともできます。「集まろう、キリストのもとに」という表題としました。知っている人は知っている、知らない人は知らない、ある歌の題名であります。その中で、これまで3年間の司牧書簡で触れてきた共同体づくりへの一つの具体的提言として、「呼びかけの奉仕職」の提案をいたしました。教会共同体が目指す理想と目的をしっかり持ち、互いの交わりを深め、さらに個々人の信仰を深めることによって、「宣教共同体」へと変えられ行きましょうというのがこれまでの呼びかけでした。そして今年は一つの具体的な宣教の取り組みの例として、誰かを共同体へと招く「呼びかけ」も、宣教への奉仕職であるという考えを記しました。いかがでしょう。その時にも、ヘロデのように単に座って方向を指し示す道路標識のような呼びかけ人にならず、イエスご自身がエマオへの道でそうしたように、真理へと向かって歩みを共にする道案内ガイドの姿勢を持つように心掛けたいと思います。(写真は先日の新潟教会クリスマスミサ。最初のキャンドルサービス)

さあ、今年も頑張っていきましょう!

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2008年1月 1日 (火)

謹賀新年

新潟教区の皆様、「司教の日記」を訪れてくださる方々、

新年あけましておめでとうございます。

それぞれの人生において、2008年が実り豊かで充実した一年となりますように、神の祝福を祈ります。

新年の第一の努めは、深夜零時からの平和祈願ミサでした。新潟市内はそれほどの雪にもならなかったものの、足元から冷えが伝わってくるような厳しい寒さの年明けとなりました。平和祈願ミサには想像以上に多くの参加を頂き、新潟教会聖堂はほぼ半分くらい埋まっていたでしょうか。共に世界平和のためにお祈りいただき、ありがとうございました。このあと午前11時からも、新潟教会ではミサが捧げられます。

教皇様の今年の平和メッセージは、「人類という家族――平和の共同体」というテーマで書かれています。教皇様は、家庭こそが「なくてはならない第一の平和の教師」であると指摘して、まず家庭を理想的な状態に持っていくことが大事であると説いています。もちろん現実の世界の状況を見れば、多くの地域で家庭の崩壊や伝統的家庭の価値観の喪失、結婚観の変化などが見られるのですから、教皇様のこの呼びかけは、夢物語のような、ともすれば理想主義的過ぎると感じられる嫌いもあります。もっとも教皇様は、「地上の諸民族もまた、『人類という家族』にふさわしいしかたで属する者として、互いに連帯と協力の関係を築くよう招かれています」と述べ、私たちが地球という住居を与えられた家族であるという意識を持つように求められていることからもわかるように、単純に倫理的な教えとして、それぞれの家庭生活を理想的姿へと変革して充実せよと説いているのではなく、家庭の理想的あり方にこそ、人類共同体全体のふさわしいあり方への規範が示されているのだと教えておられるのだろうと思います。ですからメッセージの力点は、人類という家族の視点にあるのだと思います。私たち一人ひとりが作り上げている社会という家庭において正義と平和が実現し、全世界に神の平和がもたらされるように、この一年も努力して参りたいと思います。

2008年も、どうぞよろしくお願いいたします。

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