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2008年3月11日 (火)

昔日のおもひで

Gosban 東京在住の知人が昨年送ってくれた昔のコンサートの録音版が、DVDであることに気がついたのはほんの数週間前のことでした。てっきり以前頂いていたCDと同じだと思って、放ってあったのです。DVDだと気がついて、慌ててコンピュータで再生してみました。懐かしい。27年ほど前の映像です。もちろん当時はDVDはなかったので、アナログのビデオで撮影したものを、近頃になってDVDに移し替えたしろものですから、画像は鮮明ではありません。素人がかなり玄人に近づきつつある現在であれば考えられないアングルも、それなりに懐かしい。映像は、当時名古屋の神学生で結成していたSVDゴスペルフォークバンドと初台教会のレット・ザ・サン・シャイン・インというバンドのチャリティーコンサートの模様です。後者はメンバーを変えたものの、現在でも活動しています。わたしは名古屋のバンドで歌を、つまりボーカルをしてました。(写真はその次の年、82年5月に名古屋で行ったチャリティーコンサートのステージ写真)

もともとわたしはボーカルをすることには興味がありませんでしたし、フォークソングにも興味はなかった。それに当時、青春を謳歌するための必需品であったギターも弾けません。わたしはもともと中学時代はシカゴ、高校時代はジャスのバンドでドラムを叩いてましたし、大学に入ってからはジャズへの思いが高まって、テナー・サックスを吹いていました。話がそれますが、それというのも、以前書いた事に加えて、初めて聞いて涙した(感動して)音楽の強い影響がありました。ジョン・コルトレーンの「至上の愛」であります。録音は1964年ですし、コルトレーンは67年に他界していますから、リアルタイムではなかったものの、その録音からほぼ10年後のことです。死に至るまでの数年間、コルトレーンが神秘の世界をさまよっていったことは知られていることですが、この録音時点では、まだキリスト教世界に踏みとどまっていたようです。「至上の愛」の演奏は、「神への感謝」という思いで貫かれています。

そんなこともあって、テナーサックスを吹いてジャズを中心にした音楽の世界に浸っていたのでした。ところがいろいろあって、神学校の諸先輩が立ち上げていたこのゴスペルフォークバンドを継がざるを得なくなり、しかも歌まで歌わなくてはいけなくなってしまった。仕方なくもありつつ、同時に立ち上げた先輩たちの思いもあって、引き受けたのでした。その思いとは、要はそういう歌を通じて福音宣教にあたりたいという思いでした。わたし自身は元々小神学生の頃からグレゴリアンを唄う聖歌隊のメンバーだったり、へたくそなりに神学校のオルガン係の一員だったりしてので、ギターで伴奏するフォークソングは、皆で一緒に歌う典礼での歌には不向きであると感じていました。ですから、典礼ではなく福音宣教の手段としての活動には諸手を挙げて賛同したのです。その後、神学校での必要から歌を数曲作りましたが、その体験から、様々な状況と条件を加味してよく考えなくてはならないものの、ギターも典礼に使えないことはないと今は思います。ただし、「その時と場」をよくわきまえる必要はあるでしょう。自分の祈りとして、自分の神への思いを歌にしたり、曲にしたり。そういう才能があるのならば、そういう道も祈りの道の一つになりうるだろうと思います。もっとも音楽は、どうしても好みの問題になりますから、自分ひとりとか同好の士の間でだけなら良いのですが、教会の典礼に持ち込むには熟慮と賢明な判断が不可欠です。いずれにしろ、それぞれが与えられた賜物を十分に使って、その賜物を生かす方向で福音を伝えることができればと思います。芸術でも文筆でも慈善でも教職でも。ことさらに福音を前面に押し出す必要はないとはいえ、福音を伝えるという思いを密かにでも心に抱いて、賜物を生かす活動に当たりたいと思います。

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