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2008年5月 1日 (木)

もう一つ、ハバロフスク

今日は新潟の古町で爆弾騒ぎがあったようです。放置されたスーツケースにはビデオテープが一本入っていただけだったようですが、警察の爆弾処理班まで出動して、まもなく新潟で開催されるG8労働大臣サミットの警備のための実戦訓練になったのかもしれません。

ハバロフスクでの写真は、何枚か選んで明日にでも右側サイドバーのところにアップすることにいたします。で、その前に、ハバロフスクの話をもう一つ。ハバロフスクで見かけた日本とでもいいましょうか。

Khava0820 新潟東港付近にはロシアなどへ輸出するための中古車取り扱いのロシア人の業者が沢山おられるわけですし、確かに新潟の人が、「私の前の車はロシアに売れたらしい」なんて言っているのも耳にします。確かにハバロフスクの街には、中古の日本車がいっぱい。もっともロシアはヨーロッパ世界で、自動車は右側を走りますからハンドルが逆になってしまいます。でもそんなの関係ないんですね。さすがに市内のバスはドアの向きもあるので、韓国の中古が大勢を占めていました。乗り込んでみたら、ソウルの街中を走っている雰囲気がそのまま。かと思えば、日本でも見たことのないぴかぴかのレクサスが走っていたり、欧米仕様の日本車の新車も数多く見られました。中古車の中には日本の駐車証票をそのままつけていたり、日本の会社名がそのまま残されていたり。写真はそんな中の一台。佐川急便の名前が残ったままのトラックです。

Khava0814ハバロフスクの中央市場へ出かけてみました。左の写真です。肉売り場では豪快に、ナタを使って肉や骨を切り刻んでおりました。果物売り場には、乾燥した杏なども売っておりましたが、新鮮な果物も豊富です。よく見ると日本語が。なんと新潟から輸出された「越後姫」というイチゴのパックが売っているではないですか。下の左の写真。アムール川沿いの道を歩いていると、日本語の看板が。「みちのく銀行」です。歩道の先に直立している緑色の看板に、日本語で記してあります。青森にあるこの銀行は長年にわたって交流を続けてきたと言うことで、教会の信徒の中にも、みちのく銀行の交流プログラムで日本へ出かけたことがあるという人もおりました。また街中の公園には、みちのく銀行の支援でできたという池もありました。そして忘れてならないハバロフスクにおける日本人の足跡。それは戦後の抑留者が建設に携わったという建物の数々。アムール川近くにある船舶関係の会館も、かつて日本人の抑留者が建設したものだと聞きました。写真の下です。

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