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2008年6月14日 (土)

あっという間に、再び週の終わりに

今朝は揺れました。新聞を読んでいたら、ユサリユサリと司教館が波間に漂う小舟のように揺れるではありませんか。あの瞬間、「今この時の決断が生死に関わるかもしれない」と思うと、さあ次の動きをどうするのか、感覚を研ぎ澄ませて観察しながら、いろいろな可能性を考えるものです。テレビがついていたのですけれど、例の緊急地震速報みたいなのはなかったので、NHKにチャンネルを変えたら、ちょうど速報をして注意を促しているところでした。あまり役に立つようには思えません(訂正。先ほどお昼の食事時に他の司祭方に尋ねたら、皆さん速報に気がついたとのこと。実際の揺れまで20秒ほどあったのではないかと。新聞を読んでテレビをつけていたので、気がつかなかったのかもしれません。)震源は岩手県南部。その後テレビに映る映像は一関市あたり。つまり私の父方の実家があるあたりではないですか。秋田もかなり揺れたようです。横手あたり、どうでしょう。もう少し時間が経てば、被害状況も詳しく分かってくるでしょう。待ちます。

6月12日はフィリピンの独立記念日だと言うことですが、それにちなんだというわけでもないのでしょうが、明日、15日の日曜日には、教区の難民移住移動者委員会が主催して、「海外からの移住・移動者の集会」が開催されます。場所は新潟清心女子高校。プログラムは10時半から始まり、講話やわかちあいがあり、2時15分頃から私の司式のミサで終了となる予定です。委員会が掲げたテーマは「新しき若い元気な信仰の証人となるために」。野望に充ちたテーマであります。

「難民移住移動者委員会」という名称がどうも分かりにくいのでもありますが、基本的には滞日外国人の方々に関わる様々な課題に取り組む委員会です。教皇庁の評議会(故濱尾枢機卿が責任者でした)の名称に対応して日本でも使われるようになりました。

一般に「外国人」という呼び方でひとくくりにされている人たちにも、様々な来歴があるのであり、国家という枠組みに基礎をおく「何とか人」という括りで見るよりも、もっと世界的な視点から「人類」という括りで見るときに、「移住者」「移動者」という呼び方の方がふさわしいのだと思います。新潟教区においても、様々な理由から日本に来られた多くの方々が在住しており、その中にはすでに信徒である方も大勢おられます。そういった人たちが、同じキリスト者としてどうしたら一緒に教会共同体を作り上げていくことができるのかを、一緒に考えていきたいと思います。同時に、特に新潟教区の各地で顕著に見られる、日本人の男性と結婚して家庭を築いている移住・移動者の女性たちの存在は、教会の将来を考えるとき大変重要であるとも思うのです。その国際結婚を通じて、教会が現状では福音を伝え切れていない地域に、そういった方々が家庭を築いていると言うことは、福音宣教の機会をそれだけ多く与えられていると言うことでもあります。今回の集まりを通じて、参加する方々にそういう意識を持って頂きたいと思いますし、また教会との絆を再確認して頂きたいし、また同時にそういった集まりを身近に見て知ることによって、日本人の信徒にも共に歩んでいこうとする意識を深めて頂きたいと思います。

今回の集まりは、とにかく初めてなのでチャレンジしてみようという担当者の意気込みだけで進んできたので、計画にちょっと荒削りの部分が目立ちます。しかし、まず取り組んでみて、そして定着させ発展させていけばよいのです。呼びかけの範囲も限られていたのでどれくらいの方々が集まるか不明ですが、今回の集まりから、何か次に繋がる方向性を見出したいと思います。

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