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2008年6月17日 (火)

償い

その「あとがき」を執筆された広島大学名誉教授の金澤先生から頂戴していたので、ホセ・ヨンパルト師の著書「死刑-どうして廃止すべきなのか」(聖母文庫)をまさしく読んでいる最中でした。テレビのニュースでは本日の死刑執行を報じていました。罪を犯した人間が裁判を通じて断罪され制裁を受けることは当然ですし、むやみやたらにゆるしが必要だとも言うつもりはありません。しかし、犯罪であれ、戦争であれ、事故であれ、刑罰であれ、人間の命を強制的に奪うことは悲しいことだと思います。

詳しい法的また倫理的指摘はホセ・ヨンパルト師の著書を是非ご一読頂きたいと思います。もちろん教会は死刑を完全に否定しているわけではありませんが(カテキズムの中でも、「正当防衛」の項目で扱われています)、ヨハネパウロ二世の95年の回勅「いのちの福音」にも記されており、カテキズムにも記されているとおり、それは非常に制限された状況の中でのみ許されることであって、世界的には「非常にまれ」なこととなってきていることを教会は歓迎しているのです。その時代時代の背景によって判断は変化してきているのでしょうが、教皇庁の「社会教説のコンペンディウム(現在日本語へ翻訳中)」でも、死刑反対の世論が強まっていることに希望の光を見出しているとまで述べて、教会の現在の立場、すなわち死刑をできる限り廃止する方向へ向かうこと、を明らかにしています。カテキズムには「今日では、国家が犯罪を効果的に防ぎ、償いの機会を罪人から決定的に取り上げることなしに罪人にそれ以上の罪を犯させないようにすることが可能になってきた」と記されています。日本もそうあって欲しいと思います。法務大臣にこれほどの裁量権の幅があることが妥当なのかどうかも含めて、死刑制度のあり方や刑罰のあり方自体を広く論議する必要があるのではないかと思います。私は、個人としては現在の日本の死刑制度には、賛成ではありません。

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