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2008年7月12日 (土)

教皇様はオーストラリアへ

来週の火曜日、15日から20日の日曜日まで、オーストラリアのシドニーを会場にワールド・ユース・デー(WYD)が開催されます。テーマは「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、わたしの証人となる(使徒言行録1・8)」とされています。教皇様はこの大会に参加されるため、本日の土曜日午前10時(イタリア時間)にローマを出発され、オーストラリアに向かわれます。聖座から発表されているスケジュールによれば、明日の日曜にシドニーに到着後、木曜日まで特別な予定を入れておらず、教皇様の健康に配慮して3日間はゆっくりとする時間がとられているようです。

教皇様は7月6日のお告げの祈りで、WYDのテーマに触れて、それがイエスの約束であり、教会の中で現実的な約束であるとして、次のように述べました。

「祈りのうちに待ち望み、与えられた聖霊は、イエスとその福音をあかしする力を信者に与えます。神の霊は、教会の帆に風を送り、いつも、世々にわたって教会が「沖に漕ぎ出す」よう促します。それはすべての人に神の愛の知らせをもたらすためです。・・・地上のあらゆるところのカトリック信者が、わたしと青年とともに、二階の広間に集まったようにシドニーに集まり、力強く聖霊が降るのを祈り求めてくださることを、わたしは確信しています」

教皇様のこの招きに応えて、WYDに参加する青年たちと共に、私たちも「力強く聖霊が降るのを祈り求め」ましょう。どうぞ明日の主日ミサ、または来週の主日ミサの中で教皇様の意向を心に留め、全世界の青年たちのために聖霊の導きを祈って下さい。そして私たち自身にも、福音の豊かさを多くの人々に伝えるために「沖に漕ぎ出す」勇気が与えられるように、祈りたいと思います。信仰は、私の中にイエスを取り込もうとするのではなく、私がイエスの中に完全に取り込まれようとするところに見出されます。自分の思いや願いや視点から見つめていたのでは、イエスの姿はいくら探しても見出し得ません。私という存在があって、イエスの教えのエッセンスを私の心に頂戴して、「良く」生きようなどという生やさしいところにキリスト者の生き方はありません。私という存在は、イエスというさらに大きな存在の中に取り込まれて、その中で生かされるのがキリスト者の生き方です。イエスの視点を持って見つめるとは、そういうことなのです。

日本からも郡山司教を団長にして巡礼団が出かけています。新潟教区からは、把握している限りでは、山形教会のスリ・ワルヨ神父が参加している以外では、信徒からの参加は残念ながらありません。ちょうど時期も学生にとっては都合の良くない夏休み前と言うこともあったでしょう。参加した人たちからの報告を待ちたいと思います。

明日は、柏崎教会で主日ミサです。昨年の中越沖地震からほぼ一年が経ったと言うことで、被害を受けられた方々と心を合わせ、ミサを捧げます。

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