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2008年10月31日 (金)

まもなく四十代ともおさらばです

あと数時間で40代ともさようなら。11月1日で50才になります。あっという間の10年間でした。思い返せばこの10年は、激しい移り変わりの時でもありました。めまぐるしい変化というよりも、立場が大きく移り変わった10年でした。それは同時に、ひたすら管理職としてすごした10年でもありました。

司祭に叙階されてから、最初の8年はアフリカのガーナの山奥で、小教区で働いていました。日本に戻ってからは神学院での養成に携わり、同時にルワンダ難民キャンプに関わったことからカリタスジャパンのお手伝いもはじめました。立場が大きく変わったのが、39才も終わろうとしていた98年の10月。自分の修道会の管区長に任命され、それが管理職の始まりでした。もちろんその後も、ありがたいことにカリタスジャパンの仕事は続けることができたし、短大や大学で非常勤で教えることもでき、おかげで最終的には授業の内容を本にまとめることも出来ました。でも正直言って、120名近い会員を抱える管区の管区長は楽ではありませんでした。傍目にはどのように見えていたのか知りませんが、なかなか眠れずに苦しんだ夜がどれほどあったことか。それでも管区長は顧問会との合議制で決めることができるので、そういう意味での共同体性があり、顧問の皆様に支えて頂きました。全国の修道会の管区長さんたちの精神的ご苦労は、容易に想像がつきます。教会法や会憲の縛りの中で、そんなに簡単に決断は下せず、外から中から様々な声を耳にしながら、日夜苦しむのです。管区長を努めておられる男女の修道者の皆様、本当にご苦労様です。

そして管区長の二期目の任期も終わろうとしていた04年5月。ちょうど来日中の自分の修道会の副総会長を乗せて車を運転していたときのこと。渋滞で止まっている最中に携帯電話が鳴り響き、それが教皇大使から、新潟司教への任命宣告でした。青天の霹靂とはこういうことをいうのでしょう。教会の内部事情を知らない方がどう思われるのか知りませんが、司教の任命は本人がまったく知らないところで数ヶ月にわたって継続されます(時には数年にわたって)。調査書類には、厳しく口外禁止が記してあります。ですから一体どれほどの人数の人が(司教、司祭、修道者、信徒)、司教候補者についての意見聴取の対象となったのかは、教皇大使しかご存じないでしょう。福音宣教省での司教選出の会議をよく知る関係者によれば、各地の教皇大使から提出される候補者の資料は微に入り細に入り、かなり厖大なものなのだとか。しかも枢機卿会議でちょっとでも疑問が出されれば採決は保留となり、教皇大使に再調査が命じられるとか。そしてもちろん最終的には、教皇様ご自身が書類に目を通して、複数いる候補者の中から、司教を選ぶのだそうです。とはいえ、すべてのプロセスは人間の業であると同時に、聖霊の働きでもあります。聖霊の働きであることを考えるならば、その選択に従わないわけにもいきません。教会の業は聖霊の業であることを信じないわけにはいきません。そしていま、新潟におります。

司教と管区長は、どちらも日本の法律上はそれぞれ宗教法人の代表役員ですが、教会的には役割がまったく違いますし、仕事の進め方もまったく違います。しばしばRoma locuta, causa finitaなんて冗談めかしていいますけれど、何となくそういう雰囲気の、司教としての仕事の進め方に、やっと慣れてきたところであります。新潟教区の皆様、どうぞ今後とも、足りないわたしのためにお祈り下さい。教区司祭団と協力して、皆様とともに少しでも福音的な新潟教区共同体を築いていくことができるように、これからも努力していきたいと思います。

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秋田へ

11月1日の午後1時から、秋田県民会館にて、聖霊学園の創立百周年記念ミサと式典が開催されます。神言会と同じ創立者、聖アーノルド・ヤンセンによって創立された聖霊会は、神言会来日の一年後1908年に秋田へ派遣されてきました。そして早速シスター・ピアを中心に教育事業に着手したのだそうです。ですから秋田において聖霊学園は創立100年なのです。明日のミサは、カトリック学校教育委員会の委員長である池長大司教様の司式です。新潟教区における数少ないミッションスクールのお祝いですから、わたしも参加するために、今日の午後に秋田へ出かけます。

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2008年10月30日 (木)

信徒宣教者の高橋君

Ca390198 新潟教区の米沢教会出身で、まだわたしが新潟に来る前に新潟大学の学生であり新潟教会でも活躍しておられたという高橋真也(まさや)君が、訪ねてきてくれました。高橋君は現在、JLMM(日本カトリック信徒宣教者会)の宣教者として、カンボジアに派遣されています。すでに3年が経過しつつありますが、まだまだやりたいことが現地ではいっぱいだということで、もう少しはカンボジアにいるとのこと。頼もしい限りです。高橋君は今回一ヶ月の予定で日本に戻ってきており、各地を回って体験を講演しているのだそうです。明日は新潟の清心高校で生徒たちに話をするのだそうで、JLMMの事務局長である漆原氏と、清心の校長であるシスター三宅と司教館で打ち合わせでした。高橋君の活躍については、彼自身のホームページをご覧下さい新潟教会でも彼を支援しようと考えておられる方も多く、支援のためのコンサートなどの活動も予定されていると聞きました。高橋君の活躍を祈るとともに、彼に続いて信徒宣教者を志願する人が教区から現れることを祈ります。司祭や修道者と同じく、これもまた召命であり、聖霊に導かれた業ですから。(写真は右から高橋君、漆原氏、シスター三宅)

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2008年10月29日 (水)

カリタスジャパン全国担当者会議中

Ikaho083 本日の昼まで、カリタスジャパンの全国担当者会議中です。夕方には新潟へ戻るでしょう。一口に「カリタス」といっても、下からできあがってきた組織でもなく、統一した構成を持つ組織体でもなく、どちらかといえば各地域の教会に存在する「神の愛」を実践する組織体の連盟的な団体です。従って、例えば国際カリタスで決定した方針がさっと末端まで即座に伝わるというような命令系統を持っているわけではない。全体を支えているのは福音に根ざした神の愛の業の精神です。つまりそこには信仰の要素が不可欠なのです。第二次大戦後、そもそもチャリティーからはじまった教会の人道支援は、世界の開発援助の流れに歩調を合わせ、基本的必要を満たすことから人間開発へ至り、自立支援の道を進んでいます。それは必ずしも確立された回答がそこにあるというわけではなく、つねに模索の道を歩んでいる。そして現在、やはりカリタスの活動にも、基本にある福音の精神をもう一度しっかりと見つめ直し、そこから開発援助を考える必要があるのではないかと感じています。全国担当者の方々には援助だけではなく社会福祉など様々な範囲をカバーして頂くのですが、協力し合って、同じカリタスの精神で歩んでいきたいと思います。(写真は会議の模様)

会議はお昼で無事終了。渋川駅から高崎へ向かい、高崎駅構内でカレーライスの昼食。指定席を買って乗り込んだ「とき」は、背広を着た男性の団体でいっぱいでした。聞こえてくるところでは佐渡への旅行のようですが、格好からいって観光ではなさそう。この数日、群馬県はすてきな秋晴れの毎日でしたが、県境のトンエルを越えて新潟へ入ると、雨模様。風も吹いている様子で、佐渡へのフェリーは揺れるだろうなあ。新潟駅に到着して一番最初に耳にしたのは、新潟教会のすぐ前にある相互タクシーさんが破産申請をしたとのニュース。不安定な経済の影響は、ここまで及んだのか。一九四〇年創立の老舗だと新聞に書いてありました。すぐ目の前でタクシーをお願いするのに便利だったのですが。

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2008年10月28日 (火)

カリタスジャパンの諸々の行事中

Omiya081  この日曜日から水曜日まで、カリタスジャパン関連の諸々の行事のために、お隣のさいたま教区に来ております。日曜日には10時から大宮教会でミサを捧げ、その後、11時過ぎから「カリタスジャパンと世界」のタイトルで講演会をさせて頂きました。毎年、全国の教区担当者(各教区長から任命されて教区における福祉活動などを担当している方々)の会議を各地で開催しているのですが、それに併せて開催教区内で、カリタスの講演会を開くようにしております。大宮教会に向かう道は人と車でいっぱいでした。というのもすぐ近くでサッカー大宮アルディージャの試合があるのだとか。大宮教会は数年前に新築されたすてきな建物ですが、聖堂はミニ・イグナチオ教会の雰囲気がありました。幼稚園を主体として計画が立てられているため、教会自身のホールが別にないのがちょっと残念かもしれません。すてきな聖堂ときれいな典礼でした。聖歌などは祭壇後ろの壁にプロジェクターで大きく映し出されて、みんなで前を向いて典礼に与れる工夫がされておりました。ミサは聖堂にいっぱいの方々でしたが、講演会に残ってくださったのは30人ほどでしたでしょうか。パワーポイントを使って、世界の貧困の現状とそれへの対処、そしてカリタスジャパンの取り組みについて、話をさせて頂きました。

そして月曜から水曜までは教区担当者の全国会議です。会場は伊香保。ちょっとだけ紅葉がはじまっていました。下の写真は伊香保のあたりで目にした光景。

Ikaho081 Ikaho082

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2008年10月24日 (金)

ハバロフスクの教会訪問

Khava081003 先週末はハバロフスクを訪問し、日曜日にはミサを捧げてきました。自分の教区の中でも一年に複数回訪問する小教区は限られているのに、ハバロフスクの教会でミサを捧げるのは、今年になって二回目です。もっともわたしはロシア語ができないので、英語でミサを捧げ会衆の応えはロシア語という変則的な、しかし同じ典礼だからこそできる「業」で一緒に日曜を祝いました。説教は日本語で行い、現地でいつもシスターたちを手伝っている女性通訳さんに、翻訳をお願いしました。前回は米沢の殉教者とその時代の教会について話しましたので、今回は大浦での信徒再発見の話をいたしました。ミサに出ておられたロシア人信徒の方が、「是非自分も長崎に巡礼したい」と言ってくださったとか、後でシスターに聞かされました。

このようにハバロフスクへの訪問を続けようと思うのにはいくつもの理由があります。もちろん第一には地理的な近さ。新潟空港からほんの2時間ほどで到達することや、だからこそ行政でも新潟市がハバロフスクと姉妹都市になって交流を進めています。ウラジオストクにも同じようにすぐ行けるのですからこちらもそのうち訪ねなければと思っているのではありますが、ハバロフスクを優先させたのは、現時点でそこに二名の日本人シスターが活動しているからというのが理由です。

Khava08104 第二の理由はソ連崩壊後にロシアに戻ってきたカトリック教会は、まだまだ小さな共同体ですし、巨大なロシア正教の世界の中にあって、存在することすら難しいのが現状です。そもそもシベリアにおける教会は、スターリン時代に強制的に移住させられてきたポーランド系のロシア人や、サハリンに取り残されていた韓国系ロシア人を中心に、この地に「呼び返された」経緯がありますから、少数派であることを運命づけられているとも言えます。加えてロシア人の司祭はほとんど存在せず、外国人宣教師が様々な困難に直面しながら教会を支えています。そういった困難な状況にある兄弟姉妹に、隣の教会が精神的なサポートをすることは当然だろうと思うからです。

第三に私たち自身も、社会的な困難さにある教会の姿から、多くのことを学ばせて頂くことができると思います。私たちが身につけたいのは、連帯と共感と励ましであると思います。他の共同体を生かそうとする共同体は、その行為自体によって自らも生かされるからです。他者を豊かにしようとするものは、その行為によって自らも豊かにされるからです。

今回の訪問はほんの短いものでしたが、その間にもいろいろな体験をさせて頂きました。土曜日にはナナイ族という先住民族の村を訪問しました。アムール川沿いに残された岩石に絵が彫られたという遺跡を案内して頂き、またそのほか彼らの伝統についても教えてもらいました。伝統的な服のデザインなどは、北海道のアイヌの方々の伝統に通じるところがあるように感じました。その晩にはコンサートホールでオルガンの演奏会。なんと演奏者は日本人の女性アーチスト。ロシアで音楽を学ばれ、長年ロシアに居を構えて活躍しておられるのだとか。

Khava08105 日曜日は12時から主日のミサ。ちなみにハバロフスクは日本より西に位置するにもかかわらず、時間は1時間日本より早く設定されています。しかも10月末までは夏時間で、時差は日本時間より2時間早い。そのため朝8時といってもまだ暗いので(加えて北ですから冬になればますます日は短い)、時間の感覚がおかしくなってしまいます。ミサ後は持ち寄りの昼食会。その後、街中のロシア正教会巡りをして、夜はロシア料理屋さんで夕食会。おいしいボルシチなどを頂きました。

そして月曜はシスターの家でミサを捧げて朝食後に、スーパーマーケットまでお買い物。お土産にはおいしいチョコレートが一番。ヨーグルトもおいしいのですが、これは持ち帰りが難しい。それからお土産に適しているのは、この地の名産でもある蜂蜜。

これまでハバロフスク新潟線を飛ばしていたハバロフスクのダリアビア航空が経営難に陥り、現在はお隣のウラジオストク航空が肩代わりをして飛行機を飛ばしています。その機材繰りのため10月中は、これまでより2時間ほど遅くなって運行されているのですが、今回出発の日にはさらに2時間ほど遅れていました。そのため搭乗予定の皆様のなかには、待ち時間の長さのためか搭乗前にべろべろに酔ってしまっている方も多く、機内では喧嘩も発生していたようでした。帰りに乗ったウラジオストク航空のツポレフ154型機。座席が押せば前に倒れるのはロシア機共通としても、わたしが座った席はテーブルを倒すと、お腹につかえて降りてこないほど前後が狭い。確かにわたしは以前、成田の税関で「そのお腹に隠しているのは何ですか」と真顔で尋ねられた程度には腹が出ていますが、それでもそれほどではない。にもかかわらずテーブルがつかえてしまうのですから、前後はかなり狭いですよ。ハバロフスクに到着しても、停止してからドアが開いて、降機の許可が出るまで、あの厳つい帽子をかぶった軍人さんたちが何度も書類を確かめ、話し合いと、ソ連時代を思わせるようなビューロクラシーぶりで、飛行機の快適さの欠如と相まって、ほんの2時間程度の距離的近さなのに、心理的距離をとてつもなく長く遠くに感じさせてくれるのでした。

また来年の春以降、年に二回程度は訪問団を出したいと思います。これからは、もう少し組織的に呼びかけるように考えますし、いまは交流のための組織を結成しようと考えているところですので、興味のある方は来年以降是非ご参加下さい。(ただし、渡航費などは原則として負担をお願いします)

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2008年10月22日 (水)

東京教会管区司祭研修大会

Shisaitaikai08 4年に一度開催されている東京教会管区の司祭研修大会が、20日月曜から本日昼まで、静岡県伊東市のホテルを会場に開催されました。東京教会管区に所属する札幌、仙台、新潟、さいたま、東京、横浜の各教区から司教、教区司祭や修道会司祭をあわせて117名が参加しました。今回の研修では、まず溝部司教様を招いて「殉教者たちのあかしから現代の教会は何を学ぶことができるのか」のテーマで講演して頂きました。二日目は韓国司教協議会会長に選出されたばかりのカン司教様に「隣国から見た日本のカトリック教会」のテーマで講演を頂きました。どちらの講演も、わたしは時間の関係で拝聴することができず残念でした。到着したときはすでにグループのわかちあいが始まっていましたので、それには参加することができました。そして今日は典礼や神学院などに関して、日本の教会全体の問題についての情報交換が行われ、岡田大司教司式の派遣ミサで幕を閉じました。(写真は語る梅村司教)

普段はほとんど交流のない他教区の司祭と出会うチャンスですし、加えて神学校も違ってほとんど顔を知らない修道会司祭とも出会うチャンスです。わたしにとっては今回が二度目の大会ですが、まだまだ存じ上げない司祭が沢山いることに驚きました。

それにしても新潟から伊豆は遠い。伊東の駅で熱海行きの普通電車を待っていたら、「リゾート何とか」という特別仕様の電車がやってきました。なにやら特別なチケットが必要なのかと十分に思わせる雰囲気でしたが、これが普通の普通電車。だって海側にむいて(車外へ向かい)一列になった横座席がついていたり、先頭車は展望車になっていたりするんですから。ホーム状ではかなりの観光客が乗車を躊躇してました。伊豆急の車輌でした。そして普通の普通電車でした。

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2008年10月20日 (月)

とりあえずハバロフスクから帰国報告

Khava08102 この週末、金曜日から本日の月曜日まで、駆け足でハバロフスクへ出かけてきました。今回の訪問団はわたしを含めて男性二名女性二名の計四名。もう1人の男性は花園教会の信徒。女性二名は20代の信徒の方々(一人は新潟教会ともう一人は仙台教区)で、今回は特にハバロフスク教会の青年たちと交流ができればと願って、このお二人に同行願いました。新潟に較べれば一ヶ月くらい季節が先の様子で、コートが必要なほどの気候でしたが、それほど極端に寒いというわけではありませんでした。詳しくはまた後で記しますが、昨日日曜の主日ミサとその後の交流会(持ち寄り昼食会)で、今回訪れた方々には、いろいろな出会いがあったのではないかと思います。これを今後の訪問につなげて下さればともいます。来年以降、年に二回程度の訪問を継続したいと思いますが、これまでの二回の訪問に同行して下った方々を中心に、ちょっとした会を立ち上げて、今後の交流について考えていこうと思っております。

新潟の空港に到着して荷物を待っているとき、行きも帰りもそしてホテルも一緒だった九州の青年が、「ホテルでお見かけした時に一緒にいらしたシスター方は、ロシアには長いのですか」と尋ねてきました。「はい、もう10年にはなると思いますが、どうしてですか」と返すと、「いや現地通訳の人がホテルでシスター方を見かけたとき、『私たちはあのシスター方をとても尊敬している。立派な仕事をしている人たちだから』といっておりましたから」とのこと。聖母訪問会の10年ほどのロシアでの活動に、大きな評価をしている人たちが地元にいることを知った一幕でした。とりあえず、帰国の報告まで。

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2008年10月17日 (金)

ちょっとハバロフスクへ

Khava0800 本日金曜日の夕方から月曜日まで、ハバロフスクへ出かけております。新潟空港からはウラジオストックとハバロフスクへ、それぞれ毎週2便の直行便が飛んでおります。ハバロフスクへはタイムテーブルでは飛行時間が2時間ほどですが、実際には1時間45分ほど。近いものです。もっとも出入国の手続きがあるため、そしてロシアの厳しい入国管理もあるため、イメージとしては国内旅行のような手軽さはありません。加えてこのところの燃料費高騰のあおりなのか、ハバロフスク便を運行してきたダリアビア航空が突然運行を停止し(会社自体がどうなったかは知りません)、現時点ではウラジオストック航空が運行を代替しています。そのため機材繰りの関係でしょうが、10月中はタイムテーブルより3時間ほど遅れて運行しているとのことです。

さて今回は、今年二回目の訪問ということで、信徒の方3名とともに、日曜日のミサをハバロフスクの教会の方々と一緒にして参ります。できれば来年以降のハバロフスクの教会との友好関係継続の道筋をはっきりつけてきたいと思っております。なお帰国後はすぐに伊豆です。来週月曜から水曜まで、東京教会管区の司祭大会が開催されます。教区司祭も修道会司祭も、東京教会管区で働いている司祭をすべて対象に、4年に一度開催される大会です。(写真は、ハバロフスクの教会の祭壇回り)

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2008年10月16日 (木)

シノドス開催中です

Vat01 現在ローマでは世界代表司教会議(シノドス)が開催されています。期間は10月5日から26日まで。日本の教会からは高見大司教様が代表として参加されています。シノドスは第二バチカン公会議後に始まり、1967年以降定期的に開催されています。今回が通常シノドスとしては12回目。シノドスの説明はこちらをクリック(中央協へ飛びます)。今回のシノドスのテーマをシノドス事務総局のニコラ・エテロヴィッチ事務総長は次のように解説しています。

「神のことばと、教会生活において神のことばがもつ中心的な意味と、神のことばがキリスト者を宣教へと促す力を考察するためです」

ということで今回のテーマは「教会生活と宣教における神のことば」となっています。伝え聞くところでは、昨日までで世界から集まった代表司教による発言が一通り終わり、それに基づいて今回討議するべき課題が19にまとめられたようです。これからはそれについての意見交換が行われ、最終的に教皇様への提言がなされ、その後、教皇様はそれに基づいた書簡を発表されます。その19の課題のなかには、次のような指摘が見られます(私的な抄訳ですので公式訳ではありません)。

Vat02 例えば、「 神の言葉がキリスト、すなわち受肉した神のことばであることを、より良く理解してもらうためにはどうしたらよいのか」。「神のことばにより良く奉仕するために、説教の助けとなるようなコンペンディウムは必要か(ちなみに典礼秘跡省のアリンゼ枢機卿は、すでにその準備にかかっていると発言したと聞いています)」。「朗読聖書を改訂し、新約旧約の聖書の選択箇所を変更する可能性があるか」。「御言葉と聖体の本質的つながりをどうしたらよく理解してもらえるのか」。「聖書をもっと多くの文化の中で、特に貧しい人たちの間で普及させるために、どのような方法や翻訳手法がとれるのか」。「どうしたら聖書学者と神学者と司牧者の間の協力関係が深まるのか」などなど。(写真は昨年のカリタス総会の時。この同じ会場でシノドスが開かれています)

なかには、「どのようにしたら神の言葉に関する知識を、聖書本文以外の方法で広めることができるのか。芸術や、詩や、インターネットなどで」という課題がありました。これまた伝え聞くところでは、教皇様に聖書のブログを書いて下さらないかという提案があったとか。

ところで神言修道会はまさしく「神の言葉の修道会」ですから、今回のテーマには深い関心を寄せています。ペルーニア総会長もシノドスに招かれて発言し、男女の奉献生活者の役割について、教会が耳を傾けるための道具、つまり「補聴器」となれると非常に興味深い表現をされて注目を浴びました。この発言の結論で彼は次のように述べています。

「神の御言葉に関するこのシノドスを通じて、教会が告げ知らせるだけの教会であるばかりではなく、耳を傾ける教会になって下さることを期待します。奉献生活に生きる男女、なかでも信仰の最前線や社会の周辺部で宣教に取り組んでいる宣教者は、教会のための「補聴器(hearing aid)」となる可能性を持っています。それは宣教者が、人々の生活の中や信仰を求めるものの探求の中で、そして他の信仰を持つ人々の文化や宗教的伝統の中や貧しい人たち・社会から無視された人たちの熱い思いという具体的状況の中で明らかにされる神の御言葉を聞き取ろうと努力しているからです。そのように奉献生活は、教会が告げ知らせるだけでなく耳を傾ける共同体になるために貢献できるのです」

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2008年10月14日 (火)

聖母学園の理事会と園長会

新潟県内にあるカトリック幼稚園17園は、聖母学園という学校法人によって統括されています。その理事会と園長会が本日開催されました。昨日金祝を祝われた鎌田神父様も、2園の兼任園長ですから、さっそくお祝いモードから仕事モードに移行されて出席されておりました。教区内にはこれ以外に秋田地区の学校法人と山形地区の学校法人が存在し、さらに秋田と新潟には修道会の学校法人が経営する幼稚園もあり、加えて社会福祉法人に属する保育園もいくつか存在しています。そういった活動に当たっている方々すべてを対象に、先日、「新潟教区におけるカトリック幼稚園運営の基本方針」なる書簡を書きました。興味のある方はこちらをクリックしてご一読下さい。厳しい経営環境下にある幼稚園ですが、福音を広く伝えるためには大切な出会いの場でもありますから、できる限りの努力を継続していきたいと考えています。

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2008年10月13日 (月)

鎌田耕一郎神父様、司祭叙階金祝おめでとうございます

Kamata5001 今年は新潟にある新津教会主任の鎌田耕一郎神父様の、司祭叙階金祝の年にあたります。本日、新津教会を会場に、鎌田神父様の金祝の感謝ミサとお祝いの会が催されました。鎌田神父様は1928年に秋田で生まれたというのですから、御年80才の現役司祭です。その関係もあり今日のお祝いには新潟県内の司祭団だけではなく、秋田地区からも3名の司祭が駆けつけて下さいました。加えて鎌田神父様が神学院に入る以前、岩手県盛岡市の盛岡高等農林専門学校を卒業されたという縁もあって、盛岡の信者さんも数名おいでになっておられました。昨年腰などの手術を受けられた鎌田神父様は、長年悩まされた腰の痛みはなくなったもののやはり立っているためには杖の助けが必要とのことですが、しかしそれ以外は非常にお元気です(写真は鎌田神父様と同期の寺西神父様)。司祭生活50年ということは、わたしが生きて来た年月と同じだけ司祭をしておられる。そういった長年にわたる大先輩たちの築いた基礎があって今の新潟教区があるのですから、その歴史に刻み込まれてきた貢献に、ただただ感謝するばかりです。

Kamata5002 本日のお祝いミサはわたしが司式、説教は同期ですから同じく金祝を祝っておられる東京教区の寺西英夫神父様。寺西神父様には説教の依頼とともに、どんな項目を話すべきか3つのポイントの指定が鎌田師から送られてきていたとか。同期生ならではの昔の懐かしい話なども聞かせて頂きました。新津教会の聖堂は、常備の跪き台を移動して、臨時に聖堂いっぱいに折りたたみイスを並べ、200人近くの方が参加して下さったのではないでしょうか。盛大なお祝いになりました。ミサの後には幼稚園のホールで祝賀会。鎌田師がこれまで多くの教会で勤められたこともあり、新潟県内の多くの教会から信徒代表が駆けつけ、山のような「霊的花束」を受け取っておられました。祝賀会中には青年たちの歌や、幼稚園の先生方が作成した普段の鎌田神父様の姿を写したDVDの上映。お酒を飲まれず甘いものが大好きな鎌田師が、ケーキの前でとてもうれしそうにしている写真が印象的でした。そして最後には、東京カトリック神学院の校歌のようにして歌い継がれている今田神父様作詞作曲「主の召しあれば」を卒業司祭一同で合唱。参加者へのお土産は、今回の記念に新たに出版されたばかりの鎌田神父様の詩集「小さな讃歌」でした(写真は合唱する教区司祭団)。

今朝方、新津教会に到着すると、スーツ姿の若者たちが駐車場係をしている。青年の中には日本人ばかりでなくスリランカの青年もおりました。そしてわたしのイメージとは異なり、つまり若者は誰もいないようなイメージがあったのですが、ちゃんと侍者の青年までいて、新津教会にこれだけの若い力があるということを発見したことが、今日の収穫でした。下の写真は、その青年たちが唄う姿。手作りの「ドラム」のような箱が印象的です。そしてその隣は、日本海に沈む今日の夕日です。

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2008年10月12日 (日)

貝塚教会で宣教セミナー

Kaizuka0802 話をするようにと頼まれたとき、会場が「貝塚教会」といっても新潟に住んでいる身ではどこにあるのか皆目見当がつかなかったのですが、横浜教区でした。川崎駅のすぐ近く。昨年まではアトンメント会が司牧を担当されていましたが、ことしから横浜教区に移管されたということで、現在の主任司祭は横浜教区の本柳神父様。この地区に多いフィリピン人を中心とした滞日外国人の信徒を対象に、宣教について考える連続セミナーを企画したとのこと。10月のすべての日曜日の午後に、連続セミナーが開かれます。その第二回目の講師として呼ばれました。せっかくだから午前中の日本語のミサもということで、昨日土曜の午後から川崎へ出かけ、今日は朝9時から日本語のミサとその後懇親会。午後1時半からは英語のミサ、そして3時から5時過ぎまでセミナーでした。わたしに与えられたテーマは「Mission as Christians(キリスト者としての使命)」。ガーナやルワンダでの体験から考える宣教ということの本当の意味を40分ほど英語で話し、その後は60名ほどの参加者が5つのグループに分かれてわかちあい。その発表のあとに少しだけまとめの話をして終わりとなりました。わかちあいでは、「日本の現実の中で、移住者である自分はどのように宣教ができるのか」について分かち合って頂いたのですが、とにかく時間が足りないくらいの活発なわかちあい。その発表も見事で、感動しました。(写真は貝塚教会)

Kaizuka0801 日本語のミサも多くの信徒の方が参加し、歌もきれいで元気なミサでした。毎週行われているという英語のミサには、日本語のミサの倍以上の参加者。150名から200名はおられたでしょうか。しっかりと聖歌隊も結成されており、立派な司会者のリードもあって、とても元気をいただけるミサでした。子どもたちも大勢参加していましたが、本柳神父様はほとんど日本語しか使わなくなっているこの子どもたちのことをとても気にかけておられました。新潟でもそうですが、滞日外国人信徒の子どもたちの将来のために、良い信仰教育の機会を提供することは、日本の教会の将来のために不可欠であると感じました。新潟でわたし自身が望んでいることですが、滞日外国人信徒もその子どもたちも、日本人の教会と異なる共同体を形成するのではなく、一緒に新しい共同体の形を模索していって欲しいと思います。それは8月の司牧書簡に記したとおりです。今回のセミナーに招いて下さったことを感謝します。

明日、13日は新潟の新津教会で、教区司祭の鎌田神父様の司祭叙階金祝のお祝いがあります。

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2008年10月10日 (金)

新発田教会の続き

Shibata0803 昨日訪問した新発田教会の佐藤允広師から写真を頂いたので掲載します。現在建設中の信徒会館です。檜をふんだんに使った美しく落ち着いた建物に仕上がることが期待されます。

写真に写っているのがホール部分です。撮影者の背後側が司祭館方面。写真に向かって左側に台所と玄関があります。正面左手に男女それぞれのトイレ。また写真に向かって右側は全面ガラス戸になっており、庭を見渡せます。以前は分かりづらかったのですが、木を切ったりしたおかげなのか、庭が結構広いことに気がつきました。写真の撮影者背後側が道を挟んで幼稚園ですが、幼稚園側には駐車スペースも設けられます。今回の聖堂前の道路拡幅で聖堂向かって右側には代替地として来るかを数台駐車できるスペースを確保できましたし、また道路を挟んで向かい側にも代替地と購入した土地あわせて、数台分の駐車場も確保できました。公共交通機関が整備されていない地方都市にあっては、やはり駐車スペースの確保が不可欠だと感じています。

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ちょっと新発田教会へ

Shibata0802 アップの時間が遅れたので日付がちょうど今変わってしまいましたが、昨日、木曜日の午後からちょっと新発田教会へ出かけてきました。新潟から車で1時間ほど。新発田教会といえば、何度もこの日記でも触れていますが、著名な建築家アントニン・レーモンドが設計したすてきな聖堂があるところです。結婚式で有名な軽井沢の聖パウロ教会を設計したのもレーモンド。両者には木造の聖堂として何かしら共通点がありますが、新発田の特長はなんといっても地元の土で焼いたレンガをふんだんに使っているところ。コンクリートの床は、同じレーモンド設計になる名古屋の神言神学院聖堂と同じ模様になっています。全国から建築関係者が見学に訪れる、新発田市のちょっとした観光名所でもあります。観光案内の地図にもしっかりと掲載されています。主任司祭の佐藤允広神父様は幼稚園長も兼任していますから、訪問客の対応にも限度があり、現在は土日に限って予約での訪問対応としておられるとのこと。(もちろんお祈りに訪れるのは平日でも歓迎だそうです)

Shibata0801_2 そして以前から何度も触れているように、聖堂正面の道が都市計画によって拡幅され、それがかなり聖堂に迫ってくることから、市側と何度も交渉が持たれたところです。本日訪れてみると道路の工事も本格化して、その概要が見えてきていました。そしてこれまでは小さな路地でしかなかった聖堂正面側には広いスペースが開け、やっとレーモンドさんが設計した通りのイメージをゆったりと眺めることができたのでした。ちなみにレーモンドさんは設計当時からこの都市計画を知らされており、それにあわせて当時は裏の路地だった道側に正面を持ってきたのですが、当初予想していたよりも道路の中心線が聖堂側に近づいてきたのでした。市をはじめ新発田市の多くの方々に聖堂の価値を理解して頂き、それにあわせて歩道を調整して頂き、道路完成後も聖堂もイメージが損なわれないようになっておりました。関係者の皆さんに感謝します。

今回でかけた一番の理由は、これまでの司祭館(これまたレーモンドさんの設計です)の隣の土地にあった建物を壊して、新しく信徒会館の建設が始まっており、その現場を見せて頂くことでした。建設にあたっている新発田建設の会長さんと社長さんに直接案内して頂きました。平屋の信徒会館の外観は聖堂や司祭館にマッチするようにと屋根の色を合わせたり、ふんだんに檜を使うなど、木造のイメージが強くでる仕上がりになる予定です。内部には38畳ほどの大きさのホールや台所、トイレなどが設けられており、耐震性能もばっちりとのこと。12月はじめ頃までには、道路も信徒会館も完成するとのことでした。いかにも職人という雰囲気の大工さんが丁寧な仕事をして下さっていました。感謝。

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2008年10月 7日 (火)

フランシスコのお祝い

Omotemachi0801 10月4日はアシジの聖フランシスコの祝日でしたが、新潟教区の長岡地区で宣教司牧に取り組んでおられるフランシスコ会の会員とともに、長岡の表町教会でミサを捧げ、昼食をともにしました。毎年恒例のお祝いになっているのですが、教区司祭も都合がつく限り全員が一緒に参加することになっています。ミサには司祭団以外にも、長岡地区に大勢おられるフランシスコ会第三会員も参加して下さいました。長岡地区のフランシスコ会がもともとイタリアのボローニャ管区への宣教地区委託であったことから会員には今でもイタリア人が多数で、昼食も本場のイタリアンでした。そしておいしいワインも頂くために、わたしも今日は車ではなく電車で長岡へ行きました。ごちそうさまでした。なお長岡地区のフランシスコ会の活動は、今年で50年となるのだそうです。50年前に神言会から引き継いで、この地区をこれほど大きな、そして活動的な地区に育てて下さいました。これまでの50年の活躍に感謝しながら、ミサの中でフランシスコ会会員のためにも祈りました。これからもよろしくお願いいたします。(写真は長岡の表町教会正面)

修道生活はもともと砂漠の隠遁者から始まったのですから、だいたいにして教会の権威や組織とは無縁のところで、完全に自分を神に明け渡した生活をするものです。つまり教会のために修道生活をするのではなく、他人のためにするのでもなく、まずもって修道生活はその修道者自身のものです。フランシスコの生き方も、現実的に考えたら組織の枠から完全にはみ出した存在であっただろうと想像します。もっともその修道者が福音的勧告に従って共同生活の道を歩み出すとき、結果としてその存在が教会全体に対して益となっていくのです。現代社会にあって修道会は修道院の中で生きる現代の隠遁者ともいうべき観想修道会だけではなく、様々な活動の中に修道生活をみいだし、それを通じて福音をあかしする活動修道会など様々な形態をとっています。召命の危機が叫ばれる中、やはり修道会も後継者となる若い修道者の不足に悩んでいますが、それでも自信を持って、それぞれに与えられたカリスマを最大限に生かしながら、自らの召命である修道生活をさらに深めて頂きたいと思います。修道者としての自らの生き方を徹底的に追求するときに、教会全体に恵みをもたらす存在となるのですから。

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2008年10月 6日 (月)

共通の記憶

昨日から列福式に向けて「列福をひかえ、ともに祈る7週間」が始まりました。列聖列福特別委員会が作成した祈りの手引きのパンフレットを手にされた方も多いかと思います。今週のテーマは「みことばと確かな信仰」となっています。殉教者たちの残した言葉が聖書の言葉と対比されながら、彼らが託された福音の御言葉を最後までいかに宣言し尽くしたかが記されています。ガラテヤ書2章20節の言葉、「生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしのうちに生きているのです」が、まさしく当時の迫害下、信仰に生きた多くの人たちの思いそのものであったのだと思います。当時の教会には確かに殉教の死を迎えた人たちも、生きながらえることができた人たちも、また苦しみのうちに信仰を守ることができなかった人たちも、様々な人たちがいたことでしょう。それは弱さと罪を抱えた人間が生み出している共同体として、様々な人がいることは当然だろうと思います。しかし様々な人々を抱えながら、総体としてその共同体が福音をあかししたことも事実でしょう。その「あかし」の力は、教会共同体が当時、「みことばを宣言する人と、人々に宿ったみことばを育てる人の養成を片時も」怠らなかったからだと、祈りの手引きに記されています。そして、だからこそ、その共同体は「凛として生きる多くのキリシタンをはぐくんだ」のです。それが殉教者を生み出す原動力となったのです。一人ひとりは弱い人間であっても、キリストの身体である共同体につながりそこで生かされることによって、大きな業を成し遂げる存在となっていくのです。

「宣言されたみことばを宿し、大切にはぐくみ(カテケージス)、やがていのちを賭して、みことばが唯一の希望であることをあかしした多くの殉教者をはぐくんだ日本の教会。いまだれがはぐくみ、だれがあかししているのでしょうか」と祈りの手引きは問いかけています。

祈りの手引きの冒頭には今回の殉教者列福にあたって私たちが心すべきことに、日本の教会が「記念して」生きる「共通の記憶」を持つことの重要さが記されています。考えてみれば、私たちの信仰は組織への信仰ではなく、あのイエス・キリストへと連なる信仰です。最後の晩餐で「わたしの記念としてこれを行え」と命じられた事へと連なる信仰です。わたしが以前働いていたガーナのコロボ族のミサ典書では、この「わたしを記念して」の部分を「kai me」という言葉で表していました。直訳すれば、「わたしを忘れるな」ということです。わたしは、当時コロボ語のミサを捧げるたびに、この部分で、イエスが最後の晩餐の時に弟子たちに張り裂けんばかりの思いを込めて「俺を忘れるなよ」と呼びかけたような思いがしたものでした。私たちはあの主を信じる者として共通の記憶を持ち、それを今の生活に生かし、将来へと宣言し伝えて行かなくてはなりません。そしてこの日本という地に生きる教会共同体として、信仰を伝えるために、それに真摯に生きた当時のキリシタンたちの思いを自分たちのものとし、共通の記憶として伝えていかなければならないと思います。それこそが私たちの教会を、強めてくれるものとなるでしょう。

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2008年10月 5日 (日)

高田教会で堅信式

Takada08conf 本日は高田教会(上越市)で堅信式でした。受堅者は14名。ちょうど中学生が7名と大人が7名。中学生はみんなすてきな女の子たち。大人にはお隣の老人ホームにおられて移動することが難しいので、ホームの居室で堅信を受けられた方お一人を含みます。お母さんがフィリピン出身という方も多くおられ、堅信式の最中も、ミサの後の祝賀会も、集まられたフィリピンの方々の熱気を感じる一時でした。フランシスコ会のマリオ神父様が主任を務められる高田教会は、これまでも滞日外国人の方々と一緒に教会共同体づくりに取り組まれてきました。マリオ神父様の積極的でオープンな姿勢と、小教区の国際部の皆さんをはじめとして、教会共同体の姿勢が、毎年のように洗礼や堅信の恵を生み出す、国際的な共同体を作り上げてきたのだと思います。しばしば新潟教区のホームページにも、高田教会をはじめとした長岡地区の滞日外国人司牧に関する活動報告が掲載されてきました。結婚して定住しておられる方が多い地域ですから、これからも教区の中で中心的な役割を果たしていくことを期待しています。(写真は祝賀会の模様)これだけ多くの若者がいるのですから、あとは司祭や修道者となってくれる若者の続出を待つだけであります。待っております。

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2008年10月 4日 (土)

すでに10月・・・。

今年も段々終わりに近づきつつあります。もう10月です。この残りの3ヶ月にも、行事が目白押しであります。中でも11月24日の列福式が頂点でしょうか。というわけで美しいこの秋の10月も、会議で幕を開けました。すでに2日の木曜日は常任司教委員会。そして昨日は朝から晩まで、特別臨時司教総会でありました。「特別臨時」などと名称をつけると、突発的な大問題が発生して緊急に司教が集まったかのような印象を受けられるかもしれません。が、しかし、それはもともと開催が決めてあった会議でありました。つまり「司教総会」は6月に開催する会議が年に一度の「定例」で、2月に開催するのが「臨時」。加えてもう一度すると「特別臨時」。それじゃあ仮にもう一度あると、今度はどう呼ぶのか知りません。いずれにしろ年度も半分進んだところで、いくつかの課題について司教全員の意見を聞く必要を毎年感じるため、この数年は秋のこの1日を司教総会としてあらかじめ指定してあるのです。主に列福式関連が多かったのですが、具体的に話し合われた内容は、カトリック新聞などの記事をご覧下さい。

教区に直接関わることとしてお知らせしておくべきは、先日の日記でも触れました「神の名」についての教皇庁の通達について、司教全員の確認をとりました。新潟教区でも対応について、来週中には司祭団にお知らせを配布したいと思います。また列福式後の日曜日、すなわち待降節第一主日にあたる11月30日の主日のミサの共同祈願において、列福に感謝する祈りを全国で唱えることになりました。祈りについては各教区に一任されていますので、これについても後ほど通知を配布します。また列福式後は教区として感謝の行事を行うのが慣例だということですが、新潟教区ではこれについては来年5月16日に米沢で行うことにすでに決まっています。

ところで、列福式に参加するために長崎にお出かけの方はおられますか。前日11月23日には、長崎市内4つの教会(浦上、城山、大浦、26聖人記念聖堂)で前夜祭が行われるそうです。午後4時くらいから9時まで祈りの集いがあります。また26聖人記念聖堂では青年たちの集まりがあるとのこと。(詳しくはこちらをクリック)どうぞご参加下さい。

今月ですが、10月5日は先日も触れたとおり全国で列福祈念ミサです。当日の聖書と典礼をご参照下さい。私は高田教会で堅信式です。

  • 10月7日は11時から長岡表町教会で聖フランシスコのお祝いのミサ。
  • 10月12日は横浜教区貝塚教会で滞日外国人の方々のミサと講演会。
  • 10月13日は新津教会で鎌田耕一郎神父様の叙階金祝ミサ。
  • 10月17日から20日まで、教区の信徒の方数名とハバロフスクへ。
  • 10月21日と22日は伊豆で、東京教会管区司祭大会。
  • 10月26日は大宮教会でミサと、その後カリタスジャパンの講演会。
  • 10月27日から29日まで、さいたま教区内でカリタスジャパン全国担当者会議
  • 10月31日に秋田へ移動して、11月1日は秋田聖霊学園の創立100周年行事です。

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