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2008年10月24日 (金)

ハバロフスクの教会訪問

Khava081003 先週末はハバロフスクを訪問し、日曜日にはミサを捧げてきました。自分の教区の中でも一年に複数回訪問する小教区は限られているのに、ハバロフスクの教会でミサを捧げるのは、今年になって二回目です。もっともわたしはロシア語ができないので、英語でミサを捧げ会衆の応えはロシア語という変則的な、しかし同じ典礼だからこそできる「業」で一緒に日曜を祝いました。説教は日本語で行い、現地でいつもシスターたちを手伝っている女性通訳さんに、翻訳をお願いしました。前回は米沢の殉教者とその時代の教会について話しましたので、今回は大浦での信徒再発見の話をいたしました。ミサに出ておられたロシア人信徒の方が、「是非自分も長崎に巡礼したい」と言ってくださったとか、後でシスターに聞かされました。

このようにハバロフスクへの訪問を続けようと思うのにはいくつもの理由があります。もちろん第一には地理的な近さ。新潟空港からほんの2時間ほどで到達することや、だからこそ行政でも新潟市がハバロフスクと姉妹都市になって交流を進めています。ウラジオストクにも同じようにすぐ行けるのですからこちらもそのうち訪ねなければと思っているのではありますが、ハバロフスクを優先させたのは、現時点でそこに二名の日本人シスターが活動しているからというのが理由です。

Khava08104 第二の理由はソ連崩壊後にロシアに戻ってきたカトリック教会は、まだまだ小さな共同体ですし、巨大なロシア正教の世界の中にあって、存在することすら難しいのが現状です。そもそもシベリアにおける教会は、スターリン時代に強制的に移住させられてきたポーランド系のロシア人や、サハリンに取り残されていた韓国系ロシア人を中心に、この地に「呼び返された」経緯がありますから、少数派であることを運命づけられているとも言えます。加えてロシア人の司祭はほとんど存在せず、外国人宣教師が様々な困難に直面しながら教会を支えています。そういった困難な状況にある兄弟姉妹に、隣の教会が精神的なサポートをすることは当然だろうと思うからです。

第三に私たち自身も、社会的な困難さにある教会の姿から、多くのことを学ばせて頂くことができると思います。私たちが身につけたいのは、連帯と共感と励ましであると思います。他の共同体を生かそうとする共同体は、その行為自体によって自らも生かされるからです。他者を豊かにしようとするものは、その行為によって自らも豊かにされるからです。

今回の訪問はほんの短いものでしたが、その間にもいろいろな体験をさせて頂きました。土曜日にはナナイ族という先住民族の村を訪問しました。アムール川沿いに残された岩石に絵が彫られたという遺跡を案内して頂き、またそのほか彼らの伝統についても教えてもらいました。伝統的な服のデザインなどは、北海道のアイヌの方々の伝統に通じるところがあるように感じました。その晩にはコンサートホールでオルガンの演奏会。なんと演奏者は日本人の女性アーチスト。ロシアで音楽を学ばれ、長年ロシアに居を構えて活躍しておられるのだとか。

Khava08105 日曜日は12時から主日のミサ。ちなみにハバロフスクは日本より西に位置するにもかかわらず、時間は1時間日本より早く設定されています。しかも10月末までは夏時間で、時差は日本時間より2時間早い。そのため朝8時といってもまだ暗いので(加えて北ですから冬になればますます日は短い)、時間の感覚がおかしくなってしまいます。ミサ後は持ち寄りの昼食会。その後、街中のロシア正教会巡りをして、夜はロシア料理屋さんで夕食会。おいしいボルシチなどを頂きました。

そして月曜はシスターの家でミサを捧げて朝食後に、スーパーマーケットまでお買い物。お土産にはおいしいチョコレートが一番。ヨーグルトもおいしいのですが、これは持ち帰りが難しい。それからお土産に適しているのは、この地の名産でもある蜂蜜。

これまでハバロフスク新潟線を飛ばしていたハバロフスクのダリアビア航空が経営難に陥り、現在はお隣のウラジオストク航空が肩代わりをして飛行機を飛ばしています。その機材繰りのため10月中は、これまでより2時間ほど遅くなって運行されているのですが、今回出発の日にはさらに2時間ほど遅れていました。そのため搭乗予定の皆様のなかには、待ち時間の長さのためか搭乗前にべろべろに酔ってしまっている方も多く、機内では喧嘩も発生していたようでした。帰りに乗ったウラジオストク航空のツポレフ154型機。座席が押せば前に倒れるのはロシア機共通としても、わたしが座った席はテーブルを倒すと、お腹につかえて降りてこないほど前後が狭い。確かにわたしは以前、成田の税関で「そのお腹に隠しているのは何ですか」と真顔で尋ねられた程度には腹が出ていますが、それでもそれほどではない。にもかかわらずテーブルがつかえてしまうのですから、前後はかなり狭いですよ。ハバロフスクに到着しても、停止してからドアが開いて、降機の許可が出るまで、あの厳つい帽子をかぶった軍人さんたちが何度も書類を確かめ、話し合いと、ソ連時代を思わせるようなビューロクラシーぶりで、飛行機の快適さの欠如と相まって、ほんの2時間程度の距離的近さなのに、心理的距離をとてつもなく長く遠くに感じさせてくれるのでした。

また来年の春以降、年に二回程度は訪問団を出したいと思います。これからは、もう少し組織的に呼びかけるように考えますし、いまは交流のための組織を結成しようと考えているところですので、興味のある方は来年以降是非ご参加下さい。(ただし、渡航費などは原則として負担をお願いします)

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