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2008年11月16日 (日)

週末の出来事2題

新潟教区では、1950年代後半頃から、教区内各地区の宣教をいくつかの修道会にお任せしてきました。単に教区長が修道会員を小教区の主任司祭として任命するということではなく、当時は、地区全体を一括して修道会と委託契約を結び、小教区の運営から司祭の派遣までを修道会にお任せしてきたのです。時代も変わり教会法も変わり、修道会の状況にも変化がありました。そのため現在では、地区を丸ごと委託する契約を採用するよりも、多くの教区で、小教区を特定して委託する契約に変更したり、または修道会が教区の宣教司牧のために人数を特定して教区に会員を派遣し、教区長が任命をするような契約へと姿を変えつつあります。とは言いながらも、長年の伝統から修道会が活動の本拠地にしている小教区や、もともと修道院の聖堂に人が集まり始めて小教区に発展した教会など、修道会との結びつきが特別な教会も存在します。以前はそういった教会は修道会小教区などと呼ばれてきましたが、現在の教会法ではその概念がなくなり、期限を定めずに委託する小教区という考え方をしています。

Ofm50 前置きが長くなりました。新潟県の長岡地区は50年前に、それまで担当していた神言会からフランシスコ会に宣教委託がなされ、今年がその50周年ということになりました。昨日の土曜日、長岡の表町教会にフランシスコ会の長谷川日本管区長とイタリアはボローニャ管区のブルーノ管区長を迎えて、50周年感謝ミサが捧げられました。(ブルーノ管区長とは主任のブルーノ神父とは別人です)というのも長岡地区の宣教は、50年前に中国本土から追放されてきたフランシスコ会のボローニャ管区の宣教師に委託されたのです。これまで多くの宣教師がボローニャ管区から派遣されて、長岡地区を発展させてきました。感謝します。フランシスコ会の日本における宣教は、当初は海外の様々な管区が直接に担当するかたちをとってきました。そのため同じフランシスコ会でも、様々な管区を背負って別々に活動していたのです。わたしの前任者である佐藤敬一司教様が1977年に最初の管区長となって、日本管区として統一されました。さすがのフランシスコ会も以前のように潤沢な会員が日本管区にいるということではなく、やはり召命の危機に悩んでおられます。現在、長岡地区で働いてくださっている会員も、いつまでもお若いわけではありません。そうしてみると、やはり教区として、単純に地区を修道会に丸ごとお任せしておくわけにもいかない将来が、確実に見通せるではありませんか。今回の50周年を機会に、次の50年、長岡地区の宣教司牧にどう取り組むのか、考えてみたいと思いました。(写真は昨日のお祝いに用意されたケーキ)

Haresaku そして本日の日曜日、午後2時から、新潟教会聖堂を会場に、新潟女性の会主催の講演会が催されました。あいにくの雨模様で肌寒い午後でしたが、新潟教会聖堂は満員。さすが講師の魅力であります。講師は東京教区高円寺教会主任の晴佐久昌英神父様。その語り口と、福音宣言を推し進める姿勢で有名な方です。加えて高円寺教会での洗礼者の多さでも有名な司祭です。カリスマ司祭などとも呼ばれたりしますが、ご本人もいうとおり、司祭にはカリスマが与えられていて当然だし、すべての人にそれぞれのカリスマが与えられているのだから、特別な呼び名ではないと。実は彼の話を直接耳にするのは初めてでした。どこにその魅力があるのか、一生懸命に聞き耳を立てました。で、結局ですが、もちろん声のトーンが心地よいことと話し方が丁寧で言葉遣いが巧みであることもありますが、最終的には語る内容に自信がある、というか信じていることを直接語っていることが、語る言葉に力を与えているのだと感じました。(写真は聖堂の様子)

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