« これから亀田へ | トップページ | 08年の日韓司教交流会は馬山にて »

2008年11月 9日 (日)

亀田教会で堅信式

Kameda081101 昨晩から今日まで、新潟市内の亀田教会を訪問しておりました。昨晩は時間を作って集まってくださった信徒の方々と、お鍋を囲んで、おいしい日本酒もいただきながらの歓談会。そして本日は9時からのミサで、一名の方の堅信式も行いました。亀田教会の聖堂は、昨年の4月に献堂されたばかりの新しい聖堂です。(献堂式については昨年07年4月22日と23日の記事をバックナンバーからご覧下さい。07年4月はこちらをクリック)当時カトリック新聞にも取り上げられましたが、30軒ほどの信徒世帯数で、長年にわたる積み立てと、随意に信徒の方が行われた寄付、そして亡くなられた前任の山田主任司祭の残されたもの、教会共同体の努力で建設された聖堂です。教区の共済基金からの借り入れも一部ありますが、それも期日より早い返済が可能だという、会計担当者の力強い言葉もいただきました。もちろんどの教会でも同じ事が可能だとは思いませんが、教区全体の視点から見れば、教会共同体が互いに助け合うことによって、教区の中の30以上の教会も、必要な補修や改築、そして新築も、不可能ではないなと、亀田教会の信徒の方々と時を過ごして感じました。

Kameda081103 本日のミサ、ラテラン教会献堂の記念日でもありましたが、ミサの中で一名の方が堅信を受けられました。おめでとうございます。お母様の大喜びのお顔が印象的でした。大きな教会で行う大規模な堅信式にも荘厳なものがあって良いのですが、亀田教会のように30名ほどの方の集まる小さな共同体で、家族に見守られるような雰囲気の中で行う堅信式には、暖かさが満ちあふれていてすてきな雰囲気があります。私たちの信仰の本質が、単に見た目の荘厳さや美しさにあるのではなく、信仰における兄弟姉妹の「絆」の温もりのうちに存在するのだと感じる一時です。そしてその「絆」は、本日の第二朗読にあったようにイエスという土台の上に成り立っているからこそ、単なる同好会のような友人の集まりで感じる楽しさとは違い、その土台から伝わってくるよろこびと安心を感じさせる、温もりのある「絆」となるのです。そこにこそ、私たちの信仰の本質があります。弟子たちを集め共同体として派遣したイエスの思いが、共同体には満ちあふれているはずなのですが、やはりどうしてもそれは大きな共同体では感じることが難しい。小さな小教区の良さは、それを肌で感じることができる可能性を秘めているところにあるのでしょう。

|

« これから亀田へ | トップページ | 08年の日韓司教交流会は馬山にて »

司教の日記」カテゴリの記事