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2009年1月31日 (土)

教皇様の悩み

放蕩息子について、数年前に日記の中で触れた事があります。日本ではほとんど報道されていないですし、カトリック新聞も締め切りの関係で次号以降に持ち越しになるでしょうが、ヨーロッパではカトリック教会関連で一騒動が持ち上がっているようです。そしてそのために教皇様は、先日の一般謁見で、異例の「お知らせ」をしなければならなくなりました。一体何が起こっているのかを知らないと、その「お知らせ」の意味が良く理解できません。中央協議会のHPで翻訳されていますから、ご一読ください。

教皇様の「お知らせ」には大切なポイントがいくつかありますが、まずは「破門をゆるす」という言葉(なかった事にするわけではありません)、そして「教会との完全な交わりを実現するために必要なさらなる手続きをただちにとり、教皇と第二バチカン公会議の教導職と権威への真の忠誠と承認を示すことを望みます」という言葉でしょう。現時点では達成されていない「完全な交わり」が回復されるための条件が、具体化されなければなりません。

そしてヨーロッパで問題となっているのは、破門を許された当事者のお一人が、過去の歴史についてとても独特のお考えをテレビのインタビューで述べられた事にあります。その方が何を言われたかは、教皇様の次の言葉から明らかでしょう。

「この数日、『ショア(ホロコースト)』のことを思いながら、わたしは何度も行ったアウシュヴィッツ訪問のときに受けた印象を思い起こします。この強制収容所の一つの中で、何百万人のユダヤ人の残酷な殺戮が行われました。彼らは盲目的な民族的・宗教的憎悪による罪のない犠牲者です。わたしは、最初の契約を受けたわたしたちの兄弟であるユダヤ人との完全で議論の余地のない連帯をあらためて心から表明します。そして、『ショア』の記憶によって人類が、人間の心を征服した、予想できなかったような悪の力を反省するよう促されることを望みます。『ショア』がすべての人にとって、忘却と否定と過小評価に対する警告となりますように。なぜなら、ただ一人の人に対して行われた暴力も、万人に対する暴力となるからです(強調と下線は私)」

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