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2009年1月22日 (木)

そういえば

Fuji0801 そういえば忘れておりましたが、お正月に大阪へ足を伸ばす前に母親のいる静岡へ出かけました。行きは時間がなかったので静岡駅からタクシーに乗りましたが、帰りは駅まで静鉄ジャストラインのバスに乗車。そして気がついた事が一つ。

バスは今流行のアイドリング・ストップ車です。低床バスとともに近頃増えましたよね。このアイドリング・ストップ車に乗車されて、なにやら気まずい雰囲気を味わった事はありませんか。しばしば新潟駅から新潟教会付近まで新潟交通のバスに乗るのですが、ここにもアイドリング・ストップ車が結構あるんです。まさしく信号待ちなどでバスが停車したとたん、アイドリングがストップするのであります。そうすると皆様、どうなりますか。そう、静寂がバスを包み込みますでしょう。ものすごく静かになって、いやはやバスの中というのは実はこんなに静かなのかとビックリするくらい、さっきまでの騒音とはかけ離れた落差の世界。静かなだけならまだしも、何かそこに多数の人たちと一緒にいると、声一つ発してはならないような気まずさが支配しませんか?そこで無情にも食事前で、お腹の一つでも「グー」と唸ってみなさい。この世のものとは思えないほどの恥ずかしさを味わう事ができます。

(とはいえ、そんなもの、なんのその、とばかりに、平気でトーンを変えずに会話を続けている人たちがいるのも事実ですけれど。

じゃあ静岡ではどうなのか。静鉄ジャストラインのバスは、アイドリング・ストップするやいなや、車内のスピーカーから録音された音楽が流れ始めるのです。きっとアイドリング・ストップのシステムと連動しているのでしょう。それは見事に音楽が流れ始め、その気まずい雰囲気が醸成される事を見事に防いでいるのでありました。すばらしいアイディア。

とはいえ、そういった音楽でさえもうっとうしい、公共の場では静寂こそがふさわしいと感じられる方がおられる事を知っていますし、確かに鉄道の駅などはやかましい。が、しかし、これはこれでなかなか良いと感じたのでした。

とはいえ、そのバスで録音されているバス停とバス停の間に流されるはずのコマーシャルは、どうみても長すぎて時間に収まっておらず、結局何のコマーシャルか判然としないというのも、可笑しくありました。(写真は東海道新幹線から見た、1月はじめの富士山)

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