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2009年3月 1日 (日)

四旬節第一主日

新潟教区の皆様、早いものでもう3月が始まりました。新潟は本日はやや暖かい晴天で、春の到来も間近と感じさせますが、新潟の中越や上越、そして山形や秋田ではいかがでしょう。今年は復活の主日がやや遅めなので、この春の最初の日曜日が四旬節第一主日となりました。それぞれの教会では灰の式が行われたり、洗礼志願式があった教会も多かったことでしょう。四旬節は、特に復活に洗礼を受ける方々と歩みをともにしながら、私たち自身の信仰の原点をふり返るときです。一体何を信じているのか。自分の心に問いかける「時」にしたいと思います。

四旬節の始まりにはイエスの荒れ野での誘惑の話が朗読されますが、今年はその中でも一番短いマルコの福音でした。福音をのべ伝える業を始める前に、荒野で、いわば心の準備をされた主は、第一声のなかで「悔い改めて福音を信じなさい」と告げました。すなわち良い便りである「福音」は、悔い改めることを伴わなければ「福音」となり得ないということを教えています。良い便りを私たちが心に受け止めるために必要な悔い改めは、荒野にあります。

40年間荒野を彷徨ったイスラエルの民は、自分たちの運命も生き死にも、すべては神の御手の中にあることを、その旅路から学びました。自分たちの力や知恵に頼って生きていくのではなく、すべてを神に委ねたとき、救いへの道筋が明らかになっていくのです。荒野は神から直接生かされる場です。神に頼らなければ生きていけない人間の小ささを自覚する場です。神によって与えられたいのちであることを自覚する場です。神とともにある場です。

40日間の荒野の日々は、サタンからの誘惑の時でもあったと記されています。神との密接な関係を実感する場だからこそ、神から引き離そうとする力、すなわち悪の力が強烈に働くのです。サタンの誘惑は、何とかして神に背を向けさせようとする悪の力ではないでしょうか。

私たちは、良い便りをしっかりと受け止めそれに生きるために、まず荒野の体験が必要なのです。神に生かされていることを悟る。自分だけの力で生きていけるのではないことを悟る。神にすべてを委ねる。神に背を向けさせようとする悪の力に立ち向かう。自分が神の方向を向いているかたびたび確認する。さまざまな信心業や、節制や断食は、まさしく普段の生活の中で忘れ去っている神の存在を身近に感じるためにあり、神に頼らなければ生きてはいけない自分の弱さ小ささを悟るために用意されているのだと思います。

勇気を持って神に身を委ねるところから始めない限り、福音に生きることもできなければ、福音を告げるものにもなり得ません。

何も生活を変えることなく、今の自分の生き方が果たして神に向かっているのかどうかを顧みることもなく、良い便りを受け取ろうとしてはならない。まず「悔い改めて」福音を信じる者になりたいと思います。

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