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2009年5月31日 (日)

聖霊降臨は新発田教会にて

Shibata0902 本日は聖霊降臨の主日でした。「全世界に行って福音を宣べ伝えよ」というイエスの宣教命令が指定した宣教対象である「全世界」。使徒の宣教における聖霊降臨の出来事の描写が、異なる言語、異なる文化の中で、教会が福音を告げていかねばならないという使命を明確に教えています。同時にその描写は、多様性における一致が、単純に皆がまったく同じになることを目指しているのではなく、それぞれのあり方を尊重しあううちにも、連綿と伝えていく信仰の内容において一致している姿を、表しているのだと思います。

聖霊降臨の主日の今日は、新潟県の新発田(シバタ)教会でミサを捧げました。あいにくの雨模様でしたが、大勢の方が集まって下さいました。特に小さな侍者が沢山いて感動しました。今日は聖霊降臨と言うだけではなく、昨年末に完成していた信徒会館の竣工式も兼ねていました。特に本日はご近所の方もお招きして、新しい信徒会館で一緒に楽しい一時を過ごすことができたと思います。お昼頃には雨も上がり、庭でのバーベキューが子どもたちには大受けでした。祝賀会のアトラクションでは、新潟地区の他教会の青年たちも集まり、子どもたちと一緒に歌を唱ってくれました。特に秋田方面から新潟の大学などにきている若者たちが頑張ってくれているのを、頼もしく感じています。

ご近所の方にはミサにもご一緒してもらったり、司祭館の中まで見て頂きました。身近に住みながら初めて詳しく見たという声や、道路が広くなって初めて教会の存在を知ったという声を知り合いからかけられたなどと言う話もあり、楽しい時間を一緒に過ごすことができたのではないでしょうか.これからもどうぞ教会にいらして下さい。またこのすばらしいレーモンド建築が、新発田市民にもっと広く知られますようにと、心から願っています。

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2009年5月30日 (土)

今年も晴天で秋田巡礼

Akita0902 毎年この時期に行っている新潟の「月曜会」による秋田巡礼。これまで一度も雨に降られたことがありません.今年も二十八・二十九日の二日間に、19名の方の参加を得て秋田へ出かけて参りましたが、これまた晴天に恵まれました。天気予報では日本海側の一部を除いて雨模様とのことでしたが、なぜか秋田は晴天。高齢の方も多く参加される巡礼ですから、ほんとうに神に感謝です。

今回の巡礼には、坂本新司祭も参加して、金曜日の聖体奉仕会での朝のミサを、坂本師の初ミサといたしました。また木曜日の聖体奉仕会到着後にはすぐにロザリオを一環となえ、その後3時から私が司式でミサを捧げましたが、先日の米沢での列福感謝ミサに参加できなかった方も多くおられましたので、それをともに感謝しながら、そして思い起こしながら説教もさせて頂きました。夕方には聖体奉仕会会員とロザリオを一緒にとなえ、晩の祈りをともにし、すばらしい夕飯をいただいて早々に就寝。

金曜日は朝6時から朝の祈りと聖体礼拝、7時から坂本師の初ミサ。朝食後の9時からは十字架の道行き。充実した二日間でした。

秋田に出かけている間に、聖心の布教姉妹会の新潟病院修道院(新潟市青山)で院長を務められていたシスター平田サツキさんが、病気のため亡くなられたという連絡がありました。まだ62歳の現役です。つい先日までとてもお元気そうでしたが、数週間前にガンが発見されたときには手遅れの状態であったとうかがいました。突然のことで、ほんとうに驚いています。本日午前中に、青山教会のラウル師司式で葬儀が行われました。シスターの永遠の安息を祈りたいと思います。R.I.P.

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2009年5月27日 (水)

新潟カリタス会の理事会開催

Tenshienn09決算期を迎え、各種法人は理事会の季節でもあります。というわけで、見附と新潟市青山で児童養護施設や乳児院を運営している社会福祉法人新潟カリタス会も、本日が理事会でした。新潟カリタス会は私が理事長を務めておりますが、名称の似ているカリタスジャパンとは関係はありません。「カリタス」という言葉がラテン語で「愛」を表すことから、教会関係ではよく使われております。新潟カリタス会も独自の歴史をたどってきました。

本日の理事会は、青山にある新潟天使園を会場に行われました。写真は新潟天使園の建物です。

明日は新潟の月曜会メンバーと一緒に、毎年この時期に恒例の、秋田巡礼旅行に行って参ります。今回は坂本新司祭も同行し、聖体奉仕会での初ミサを捧げてくることになっております。

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2009年5月26日 (火)

アイデンティティを確かなものへ

夕方5時半から、新潟清心女子高校のチャペルで、ミサを捧げて参りました。今年度から新しい新潟地元の学校法人へと引き継がれ、シスター方の姿も見られなくなった清心ですが、カトリックの精神に基づいたミッションスクールとして運営していくという方針に変更はありません。しかし現実には毎日祈りを捧げミサに与っていたシスター方がキャンパスから消えてしまったのは確かであり、その分、どうやってカトリック学校のアイデンティティを保っていくのかが大きな課題となっています。

そんな中、すでに在職しているカトリック信徒の教職員に加え、今年度から宗教科に専門の教員を迎え、その6名の信徒を中心にして、カトリック的雰囲気を生み出していく努力が続けられています。宗教科新任の吉田先生には、これまでの他校での経験を生かして、学校行事のさまざまな場面で祈りや聖書朗読にあたって頂いております。その一環として、せっかく立派なチャペルがあるのですから、ここで定期的にミサを捧げることになりました。今日がその第一回目です。ちょうど飛翔祭(体育祭)の直前でもあり、担任の教員や生徒さんにはなかなか参加して頂けませんでしたが、それでも信徒教職員に加え、校長や事務長など一般の教職員方にも数名の参加を頂きました。これからも、チャペルの聖なる雰囲気を保ち、またチャペルが学校生活の精神的中心となるように、定期的にミサを捧げていくことにしています。カトリック学校のアイデンティティを、確かなものへとしていかねばなりません。なんといっても、新潟県内で唯一のカトリック学校ですから。

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2009年5月25日 (月)

写真を少々

撮影していただいた写真から、数枚を掲載します。米沢での列福感謝ミサの写真で、肝心の教皇大使が一緒に写っているものを掲載していなかったので、まずそれを一枚。北山原の殉教地には、戦前から設置されていたドイツ製の十字架とマリアとヨハネの聖像の前に、自然石の大きな祭壇が備え付けられました。巡礼時にご利用下さい。

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そして先週末の和歌山での講演会と、和歌山教会のマリア様の御像の祝福から。

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2009年5月24日 (日)

ネパールでの悲劇

先ほど和歌山から新潟へ戻って、司教館でメールを開いたところ、ネパールの友人からの緊急の連絡が入っておりました。

昨日土曜日、ネパールの首都カトマンズのカトリック教会で、200人以上の信徒が集まりミサに与っていたところ、何ものかが仕掛けた爆弾が爆発し、2名が即死、5名が重態、また多くの信徒が負傷したとのことです。ミサはカリタスネパールの責任者であるボガティ師が捧げており、メールを下さったのはそのミサで夫人とともに聖歌隊で歌っていた、カリタスアジアの前のコーディネーターの人物です。ちょうど栄光の賛歌を歌っているときに、何ものかが聖堂内においていった圧力鍋を改造した爆弾が爆発したとのことです。ヒンズー教の急進派が犯行声明を出しているとのことです。

ネパールの教会のために祈りたいと思います。

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和歌山へ行ってきました

Wakayama0901 生まれて初めて和歌山へ出かけてきました。いや、とにかくすでに暑かった。土曜日は晴天でまるで初夏の陽気でした。

土曜日の午後2時から、和歌山の屋形町教会信徒会館で、40名を超える方々の参加をいただいて、カリタスジャパンについての講演会をいたしました。おいでいただいた皆様ありがとうございます。私もカリタスの仕事に関わり始めて、すでに14年になります。お付き合いの始まりは、95年3月のルワンダ難民キャンプで、調整員の仕事を2ヶ月したことでした。それ以来、さまざまな仕事に携わってきましたので、時間の経過とともにお話ししたい内容も増えて参りました。そのため今回も、なんとか90分にまとめようと努力はしましたが、あれも話したい、これも話したいという内容をかなりカットしつつ、また端折りつつ、お話しさせて頂きました。一応パワーポイントを使って目に見える形にはしましたが、駆け足で申し訳ありませんでした。今回はカリタスジャパンの田所事務局長も和歌山へ同行し、カリタスジャパンの活動について、また数日前に終了した中国の震災被災地視察についても話してもらうことができました。

そして本日は9時半から、屋形町教会で主日のミサを捧げさせて頂きました。主任司祭は他の教会と掛け持ちで不在でしたから、小さい兄弟会(シャール・ド・フーコーの会)の太田神父様が共同司式して下さいました。ミサ終了後には聖堂の外、信徒会館の横の庭に新しく据え付けられたという聖母像を祝福し、皆でロザリオを唱えました。

Wakayama0902 ミサ後、太田師の案内で、彼らの家で昼食をいただき、その後カリタスジャパンの今回のいのちを守るための緊急募金からの援助の対象となっている、ホームレスの方々への支援事業を見学して参りました。これについては田所さんから、カリタスジャパンニュースに報告が掲載されることになろうと思います。小さい兄弟会はシャール・ド・フーコーのすさまじいまでのラディカルな福音的生き方に倣い、社会の中で厳しい生活を強いられている人々と共に生きながら、その直中で共同生活を送っている会です。女子の会も存在しています。私も特にアフリカで、カリタスの視察に出かけたときなどに、方々で、考えられないような厳しい環境の中で生活している小さい兄弟会会員や姉妹会会員に出会いました。その徹底的な生き方は、ちょっとやそっとでは真似ができるものではありません。

太田師の案内で、橋の下で生活する人や、路上生活からアパートにやっと生活拠点を定めて、なんとか安心して生活を営んでいる人たち、教会でのおにぎり配布などを見せて頂きました。

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2009年5月23日 (土)

和歌山でカリタスジャパンの講演会

本日、5月23日午後2時から、和歌山市の屋形町教会教会で、カリタスジャパンの講演会を行う予定です。内容的には、大宮教会で先日行ったカリタスジャパンの講演会とほぼ同じ内容です。前回と同様、パワーポイントを利用して、なるべく視覚的にわかりやすい話をさせて頂く予定です。カリタスの教会での立場についても(世界的な意味で)、お話しできるかと思います。新型インフルエンザへの新しい対応指針が大阪教区では出ているとうかがいました。状況を見極めて慎重に対応いたします。明日は、そのまま和歌山で日曜のミサを捧げる予定です。

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2009年5月21日 (木)

中国の教会のために祈る日:5月24日

Yuhi090519_2 次の日曜日は主の昇天の主日です。典礼暦では主の昇天は木曜日になっておりますが、この日が平日にあたる多くの宣教国では、日本も含めて、次の日曜日に主の昇天を移して祝うことになっています。私は縁あって、この日のミサを和歌山の屋形町教会で捧げることになっております。

さて昨年5月27日、教皇様は「中華人民共和国の司教、司祭、奉献生活者、信徒への手紙」を発表され、毎年の5月24日を中国の教会のために祈る日と定められました。中国本土の教会の状況に関しては、兄弟姉妹の生命にも関係することですから、すべてがはっきりと報道されているわけではありませんが、教会内の分裂や対立を招きかねない現状に教皇様も憂慮を示されています。今年も5月24日に中国の教会のために祈りを捧げて欲しいと言う教皇様の意向が、数日前に国務長官名で届きました。どうそこの日曜日、祈りの中で中国にいる兄弟姉妹のためにお祈り下さい。とりわけ具体的に危険な状況におかれている方々、その中で必死に信仰を守っている兄弟姉妹のためにお祈り下さい。

この日のために用意された「余山(シェシャン)の聖母への祈り」は中央協のホームページに掲載されています。ご参照下さいますように。

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2009年5月20日 (水)

ハバロフスクとの交流の継続

Khava0902 新潟教区では、まだ私を中心とした少数の関わりですが、お隣の極東ロシア、ハバロフスクの小教区と交流を始めています。昨年は二度にわたって、新潟からハバロフスクを訪問し、まだ先が良く読めないもののなんとか端緒を開くために、日曜のミサに与って交流を深めてきました。今回の米沢の列福感謝ミサにあわせて、ハバロフスクの主任司祭マルセロ神父と、信徒を代表して17歳のバレンチン君が新潟へやってきました。

今日は新潟の青年たちが集まって、バレンチン君のために歓迎夕食会を新潟教会で催してくれました。夕食会はもちろん日本の代表的メニューであるカレーでありました。言葉はまったく通じないものの、一緒に食事をして歌でも歌えば、何となくわかり合い始めるもの。途中からマルセロ神父が青山教会のラウル神父と一緒に合流。バレンチン君がロシア語で話し、それをマルセロ師(アルゼンチン人)があラウル師にスペイン語で伝え、それをラウル師が日本語にすると言う手間暇をかけて、理解を深めました。ロシア語できる人、交流に参加しませんか?

6月末にはわたしが教区本部のあるイルクーツクへ飛び、司教様と面会してくる予定です。その場で新潟教区の意向を伝え、教区と小教区の交流ということになりますが、司教様の理解を得たいと思っています。またマルセロ師の提案で、今後双方から一年に2回くらいはニュースレターを送りあって情報交換することや、来年以降の夏に、ハバロフスクで青年の集まりを開くことなどを今後、町田師を中心に検討していくことになりました。写真上はバレンチン君(左から二人目)を囲んでの夕食会。下は町田師、ラウル師と話し合うマルセロ師(右端)

Khava0901 残念ながら現在の教区の財力ではハバロフスクへ定期的に代表団を送ることは不可能ですので、今後も参加頂く方には渡航費用などをご負担頂かねばなりませんが、事前に良く準備をすれば現地での宿泊費用などは抑える事も可能になると思います。(完全な観光ですと、事前に航空券とホテルをセットにして申し込まなくてはならず、航空券はまだしも、ホテルがかなり高くついてしまいます。時間をかけて行事を計画し、現地教会からの招待でプログラムを組むことができれば、ホテル部分をどうにかできる可能性を探ることができます)

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2009年5月18日 (月)

信仰の先達に倣う

Yonezawakansha05 昨日写真で紹介した山形教会の教会報特別版には、5月16日の米沢における列福感謝ミサに参加された多くの方々を、ミサ直後から祝賀会の最中まで広報担当者が手分けをしてインタビューした『声』が、紙面を数ページにわたって埋め尽くしております。その中の多くが、ミサに出席されて感動を覚えられたと語って下さっております。わたし自身もあのミサの最中、大きな感動に包まれておりました。それは、まさしくルイス甘糟右衛門たちが380年前に処刑されたその場所で、彼らが最後の瞬間に求めてもかなえられなかった聖体祭儀に、感謝ミサを通じて、一緒に与り祈っていると感じたからです。まさしく信仰の先達たちが、後に続く私たちのために、天国において取り次ぎの祈りを捧げて下さっていると、肌で感じたからです。

ミサの説教で触れたことですが、教皇様の回勅「希望による救い」には、「人間であることの根本的要素」という指摘があります。私はこれを引用させて頂いて、説教でこう述べました。

「殉教者たちは、その人生を通じて、まさしく『人間であることの根本的な構成要素』を明確に表現したのです。
 殉教者たちは、人とともに、人のために苦しみ抜きました。
 殉教者たちは、真理と正義のために苦しみ抜きました。
 殉教者たちは、愛ゆえに、真の意味で愛する人となるために、苦しみ抜きました。
 殉教者たちは、イエス・キリストの福音に従い、神の招きに信頼して信仰生活を生き抜きました。
 苦しみ抜き、生き抜いたとき、その真摯な姿が、多くの人から尊敬を集める生き方となったのです」

列福を感謝した今、私たちには次のステップでもある列聖に向けて祈ることが求められています。と同時に、信仰の先達たちの模範に倣って、信仰生活を生きることも求められています。私たちも信仰のゆえに苦しみ抜き、生き抜きたいと思います。

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2009年5月17日 (日)

米沢で盛大に列福感謝ミサ

Yonezawakansha03 5月16日土曜日の米沢は、ほんとうに恵まれた天候となりました。お祈り下さった皆様、ありがとうございます。ルイス甘糟右衛門と52殉教者の列福感謝ミサは、予定通り16日の午前11時から、殉教の地、北山原で執り行われました。当日は、日が強く射すわけでもなく、かといって雨が降るわけでもなく、ちょうど良い暖かな天候に恵まれました。教皇大使と参事官、仙台の平賀司教とさいたまの谷司教が共同司式をして下さり、40名を超える司祭団と千人に近い方々が参加して下さいました。当初の準備段階の予想では700人の参加者と言うことでしたので、ホスチアを800枚ほど用意していました。それにもかかわらず御聖体が足りずに迷惑をかけてしまいました。でもそのおかげで会場に千人近い方がおられることがはっきりしました。参加して下さった方々、ほんとうにありがとうございました。

Yonezawakansha04 北山原でのミサでは、入祭の先頭に殉教者の聖遺物を掲げた地区長の本間師が進みました。聖歌隊は、今回のために殉教者の賛歌を作曲して下さった新垣先生がご自分から指揮をして下さいました。米沢市の安倍三十郎市長も参加して下さいました。なお当日の説教の原稿は、司教のページに掲載してあります。こちらをクリック。あの北山原にほんとうにこれほど多くの人が入ることができたこと、驚きました。北山原の近くには教会の施設がないため、米沢の信徒の方の親戚という近くの農家の一部屋を、大使と司教団の着替えの場所として貸して頂くことができました。今回はほんとうに近隣住民の方々に迷惑をかけてしまいましたが、ご理解をいただき感謝しております。

ミサ後には米沢市内の東京第一ホテルに会場を移し、安倍市長、キリスト教、仏教、立正佼成会など諸宗教の代表の方も参列下さり、祝賀会を催しました。祝賀会ではオリジナルで創作された琵琶の演奏、すばらしい独唱や花笠音頭、コーラスにバンブーダンスと、ほんとうに皆さんと一緒に楽しい一時を過ごすことができました。教皇大使もたいそう喜んでおられました。

そして本日、主日のミサは教皇大使が山形教会で捧げて下さいました。ミサには山形教会の信徒だけでなく、新潟からの巡礼団も加わり、また本日のミサでも聖歌隊を新垣先生が指揮して下さり、ほんとうに盛大なミサとなりました。参加して下さったかたがた、感謝します。(写真は、式典の模様を伝える山形教会の教会報。昨晩、広報担当者が徹夜で作成し、今朝の山形教会でのミサに間に合いました)

またミサ後に山形教会での大使歓迎会では、大使のサンタルチアをはじめとするすばらしい美声を聞くことができました。

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2009年5月14日 (木)

米沢殉教者列福感謝ミサに向けて

Ml0901 明後日、5月16日午前11時から、山形県米沢市の北山原(ほくさんばら)殉教地において、福者ルイス甘糟右衛門と52殉教者の列福感謝ミサが捧げられます。当日は米沢市のご理解とご協力、並びに殉教地近隣町内会の皆様のご理解とご協力もいただき、住宅地にある殉教地にもかかわらず大人数の野外ミサを捧げさせて頂けることになりました。いまのところ700名近い参加者が見込まれております。当日は周囲の交通にも迷惑をおかけすることになり恐縮ですが、地元警察の指導の下、事故の起こらぬようにすすめて参ります。

当日のミサはわたしの司式ですが、共同司式に教皇大使アルベルト・ボッターリ大司教、平賀仙台司教、谷さいたま司教をお迎えする予定です。今のところ、当日の米沢は曇りの天気予報ですが、なんとか参加して下さる皆様にとっても、いろいろな意味で良い日となることを祈っております。準備にあたって下さる成田主任司祭を始め米沢教会と山形教会の皆様、感謝いたします。なお教皇大使は翌日17日の日曜日、山形教会を訪問されミサを捧げて下さることになっております。

今回の感謝ミサのために、殉教者の聖遺物を本日の会議後、長崎の高見大司教より受け取って参りました(写真)。これは昨年11月の列福式当日にも祭壇の下におかれたものです。08年11月23日号のカトリック新聞に詳しく報道されていますが、この聖遺物は、「1995年、マカオ教区から返還されたもの」です。つまり1614年に日本から追放された宣教師が、1587年から1614年にかけて殉教したキリスト者の遺骨をマカオへ運び、保管されていたのです。亡くなられた結城神父様の調査で日本の殉教者の遺骨と判明し、95年にマカオから返還され、長崎の26聖人記念館に保管されています。その中から一つを選び出し、今回の列福にあわせて顕示台を製作したものです。今後11月頃に、この顕示台は教皇様に届けられる予定です。直接米沢の殉教者自身の聖遺物ではないのですが、今回の188殉教者列福の象徴でもありますので、当日は北山原で顕示したいと思います。

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2009年5月12日 (火)

3日で5会議

東京へ来ております。潮見のカトリック会館に缶詰です。解放されるのは木曜日の夜。3日間で五つの会議をこなさなければなりません。文句は言える立場ではございません。出なければならない会議を、何度も新潟と東京の間を往復しなくても良いようにと、数日間に固めてほしそうな顔をしたのは、私ですから。

というわけで、たった今ひとつ目が終了。四旬節小冊子の編集会議でした。カリタスジャパンが司教団から制作するように委託されて、もう何年も前から関わっている小冊子です。もちろんカリタスの職員や委員では手が回らない作業量ですから、雑誌編集や報道に関わっておられる外部の方々、そしてこの小冊子の目的を深めるため霊性指導の専門家などにお願いして、作業を進めてまいります。つい数日前に復活祭を祝ったばかりなのに、もう来年の四旬節です。私が責任者になってから「つなぐ」とタイトルを変えました。この小冊子自体は、四旬節をより良く過ごすための霊的振り返りの目的であり、四旬節献金とは関係がありませんから(四旬節献金は四旬節の信徒の務めと密接に関わっており、世界的にカトリック教会でどこでも行われる献金です)、その方向性を明確にするような編集を、現在の「つなぐ」では心がけております。

そして明日はカリタスジャパンの援助部会とHIV/AIDSデスク会議。あさっては常任司教委員会とその後にカリタスジャパン委員会です。

土曜日に行われる米沢での列福感謝ミサに間に合わせるように、殉教者の遺物(列福式で祭壇前に顕示されたもの)の納められた顕示台を長崎からお借りするのですが、それを明後日の会議後に東京で高見大司教から受け取り、私自身が新潟へ運び、金曜日に車で米沢に運ぶことにしております。それでは土曜日の米沢が晴れますように、皆様どうぞお祈りください。

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2009年5月10日 (日)

きょうは横手で堅信式でした

Yokote0905101 本日、復活祭第五主日は、秋田県の南部、横手教会で堅信式でした。横手と言えば冬の「かまくら」で有名なほどの豪雪地帯ですが、主任司祭のオマーン神父様によればこの冬はほんとうに雪が少なく、雪下ろしも一度ほどしかなかったとか。それでもインドネシア出身のオマーン神父様には、冬は大変でしょう。

2007年5月の聖霊降臨の時にも横手を訪問しましたが、今回もオマーン神父様の努力で、日本人の信徒の方と、このあたりに多く住まわれている主にフィリピン出身のお母さんたちとが良く一緒になって、共同体を生み出していました。前回に比べて今回はその子どもたちも増えており、小さな教会にさらに活気がましていたように感じます。説教でも話しましたが、特に新潟教区では結婚を通じて地元に家庭を持って定着している外国出身のメンバーが多くいるという特徴がありますから、どういう形で共同体を育てていくかは、必ずしもはっきりとしたモデルがあるわけではありません。もともとの教会共同体メンバーである日本人の信徒にも、また外国出身の信徒にも、それぞれ戸惑い、不満、不安、希望、いろいろな行き違いがある事だと思います。互いに時間をかけて話し合って、良いより方向を見出していくように努力しましょう。いつかこれこそが国籍を超えた教会共同体づくりの新潟モデルだと胸を張れるような、そんな道を見出してまいりましょう。

Yokote0905102 本日の堅信は4名でした。学校の行事などで残念ながら参加できなかった候補者もいたと聞きます。また機会を見つけて是非堅信を受けて下さい。オマーン神父様によれば、主にフィリピン出身の信徒の名簿を作ったところ、分かっただけで40名を超えるお母さんたちと、それに加えて50名を超える子どもたちの存在が明らかになったとか。そしてきょうのミサ後、信徒会館二階で一緒にカレーをいただきながらリーダーたちに聞いたところでは、教会に来ない人も含めれば、この地域だけで100名くらい存在するのではないかというのです。(写真は横手教会の隣にある保育園「横手マリア園」の玄関から、右手奥に聖堂を望む)

昨日はすばらしいドライブ日和でした。鶴岡から最上川へ抜け、川沿いのドライブは元気の素です。新庄を抜けて横手まで6時間のドライブ。新庄から秋田県境へ向かう13号線には、ところどころ新直轄で工事中の高速があり、できたところから無料開放されていますが、前回2年前にはなかったところに少し道ができていました。といってもそれほど時間短縮に貢献するような距離ではありません。

新潟への帰りは横手から由利本荘へ抜け、これまた新直轄で無料開放の日沿道の一部に本荘から乗って仁賀保へ。その後は国道7号をひた走り、新潟までこれまた6時間のドライブでした。途中はちょっと雨模様。今週土曜日の米沢の天気が気になります。

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2009年5月 8日 (金)

教皇様、聖地巡礼の旅へ

教皇様はイタリア時間の本日5月8日から15日までの予定で、聖地など中東を訪問されます。第十二回目となる今回の海外への旅行について、教皇様ご自身が5月3日のアレルヤの祈りの際に次のように語っています。

「わたしの訪問の目的は、日々、多くの困難に直面している聖地の信者を強め、励ますことです。わたしは使徒ペトロの後継者として、聖地の信者に、教会全体の連帯と支えを伝えます。さらにわたしは、すべての人の父である唯一の神の名において、平和の巡礼者となります。わたしは、公正と相互の尊重による堅固で持続的な平和を実現するために対話と和解の実践に努める人々のために、カトリック教会が献身することをあかしします。最後に、今回の訪問は、エキュメニズムと諸宗教対話の上で大きな意味をもちます(中央協HPから)」

教皇様はまず5月8日に、ヨルダンの首都アンマンを訪問されます。その後イスラム教のリーダーたちとの面談を含むさまざまな行事を行い、10日にはアンマンでミサを捧げます。11日にはヨルダンを発ちイスラエルのテルアビブへ。そしてエルサレムへ赴き、イスラエルの大統領との会見や諸宗教リーダーとの会見。12日はエルサレムで諸行事。

5月13日にベトレヘムの御降誕教会の前でミサを捧げ、難民キャンプの訪問。14日にはナザレへ。イスラエルの首相との会見も予定されているようです。そして15日は再びテルアビブからローマへ戻られる。

教皇様の旅の成功のためにお祈りいたしましょう。

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2009年5月 7日 (木)

新司祭の初任命は?

Sakamotoordination03 昨日の叙階式の興奮も過ぎ去った本日早朝6時半、坂本耕太郎新司祭は新潟教会聖堂で初ミサを捧げられました。平日の早朝のミサと言うこともあり参加者はそれほど多くはありませんでしたが、それでも昨晩新潟に泊まられた司祭や助祭、そして信徒の方も参加して下さったので、いつもの小聖堂ではなくて大聖堂の本祭壇でミサを行いました。

よく練習していたことだと思いますが、それでもやはり初めてですから、緊張している様が良く見て取れました。会衆として何年も参加しているミサですからよく分かっているつもりでいるのですが、いざ自分が司式者として捧げるということになると、これがなかなか戸惑うものなのです。実際問題、会衆席からは分からない小さな声で唱える祈りとかも結構ありますし、次から次とさまざまなことをしなくてはなりませんから。次に何をするかとか、ミサ典書のどこに何が書いてあるかは段々と分かってくるから心配ないのですが、どうかミサに慣れてしまわずに、この初ミサの緊張感をいつも心に抱いて、心を込めてミサを捧げ続けていって頂きたいと思います。

さて昨日の叙階式の最後には、新司祭の初任命を発表いたしました。新潟教会の助任司祭です。江部主任司祭とともに、頑張って頂きたいと思います。

加えて昨日付で、教区の委員会などの任命を発表しています。すべての小教区にはファックスを送りましたから、次の日曜日にでも教会でご確認下さい。その中で坂本神父様にも、石黒神父様が委員長を務める青少年委員会の担当をお願いしました。

Sakamotoordination01 Sakamotoordination02

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2009年5月 6日 (水)

そして、きょう輝いた

Sakamotojokai01 フランシスコ・サレジオ坂本耕太郎さんは、本日無事に司祭に叙階されました。まずこのことをご報告申し上げます。

教区内外から45名の司祭団が共同司式に加わり、東京からは後輩の神学生たちも駆けつけてくれました。現在の日本神学院院長の牧山師と、坂本新司祭が学んでいた時期とちょうど同じ期間東京カトリック神学院の院長を務めた平田神父様もしっかりと参加してくださいました。狭い新潟教会の内陣は、共同司式の神父様でいっぱいとなりました。また聖堂に入りきれないほど沢山の皆さんが集まってくださいました。坂本神父様が洗礼を受けた八戸教会からも、また神学生時代にお世話になった小平教会からも、多くの方が参加してくださいました。聖堂に張り切れなかった皆様には、聖堂前のテントで参加して頂きました。雨が降った地域もあったと聞きましたが、新潟は本当にすばらしい天気でした。皆様本当にありがとうございます。

Sakamotojokai02 坂本新司祭も式中かなり緊張していましたが、わたしも久しぶりに足が震えるほどの緊張感を味わいました。ミサの最初にも申し上げましたが、4年前に高橋神父様の叙階式を行ったとき、本当にこれから10年くらいは司祭叙階式はないだろうと覚悟を決めておりました。その意味でも、また坂本神父様がこれまでたどってきた道程を考えても、神様の神秘的な計らいを思わずにはいられませんし、正直なところ、まさしく神はおられると肌に感じました。その意味でもわたしは、本当に緊張いたしました。

司祭は信徒の皆様の祈りによって育てられます。どうぞ司祭のためにお祈りください。

式中の写真は明日にでも公開いたしますが、とりあえずわたしのカメラの映像をあげました。新潟までおいで下さった皆様、ありがとうございました。どうか新潟教区のためにお祈りください。準備をしてくださった新潟地区の信徒の皆様、ありがとうございます。そして参加して下さった新潟教区の信徒の皆様、ありがとうございました。

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2009年5月 5日 (火)

あした輝く

Sakamotovigil 「あした輝く」は高校生時代に夢中になって読んだ里中満智子さんの満州での歴史を踏まえた大河メロドラマですが、そんなのはどうでもよい。

明日は坂本耕太郎の司祭叙階式です。今日は、本人も加わって会場の設営が行われました。もしかしたら新潟教会聖堂に入りきれないほどの人においで頂けるかもしれません。いずれにしろ、どうぞ彼のために、新潟教区の皆様、是非お祈りください。司祭は皆様の祈りを必要としています。皆様の祈り無しには、その召命を自分の力で全うできる自信はありません。どうぞ、どうぞ、祈ってください。教皇様は世界召命の日のメッセージの中で、「司祭職および奉献生活への召命は、神からの特別なたまものです。それは一人ひとりの人間と全人類のための、愛と救いの大いなる神の計画の一部となっています」と述べて、司祭召命の神秘を強調されました。神の救いの計画の一部を、神が備えられた計画の一部を、明日私たちは新潟で目の当たりにするのです。神に感謝せずにはいられません。

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2009年5月 3日 (日)

江部純一神父、新潟教会に着任

Ebe0901 新潟教会の新しい主任司祭として、東京教区の江部純一神父が、本日のミサから正式に着任されました。江部神父様、新潟教区へようこそ。

というわけで本日の9時半のミサ後、信徒会館で江部神父の歓迎会が開催されました。もっとも江部師は新潟出身で、大学入学と同時に東京へ出て、そこで受洗し司祭を志したがために東京教区司祭であって、もともとは新潟の方であります。その意味で、新潟を良く知っている人物ですから、新潟カテドラルをお任せするに不安はありません。

ところで復活節第四主日である今日を教会は「世界召命祈願の日」と定め、司祭職と奉献生活のためともに祈りを捧げるようにと招いております。新潟教区の小教区では佐藤司教様の時代から主日に召命のために祈りを捧げてくださっているのですが、今日もいつも以上にお祈り頂けましたでしょうか。

来る5月6日には正午から新潟教会において坂本耕太郎さんが司祭に叙階されます。しかしその後には誰一人神学生はおりません。昨日、日本カトリック神学院から今年度分の教区分担金の請求書を頂きましたが、新潟と仙台は基本分担金のみの請求、つまり神学生がいないということであります。どうかお祈りくださいますように。一人の神学生が今から神学院に入ったとしても、司祭になるまでには7年間ほどかかるのですから。また新司祭ができるといっても、他の教区から司祭を派遣して頂かなければならないほど、教区としての人手不足は深刻です。

また女子修道会にあっても、ご存じのように後継者不足は深刻です。シスターへの召し出しのためにも、どうぞお祈りください。

教皇様はこの日のために、「神の呼びかけを信じること、すなわち人間の応答」というテーマでメッセージを発表されています。教皇様はメッセージで、召命は神からの賜物であるとして、次のように記されています。

「今もなお、神はご自分のぶどう園に労働者を呼び集め続けておられるからです。世界には司祭の数が著しく不足している地域があり、教会がその都度、困難や障害に遭遇していることは疑いようもない事実です。しかし、わたしたちは揺るぎない確信に支えられています。それは、時の流れの中で教会をみ国の最終的な完成に向けて力強く導く主は、慈しみ深い愛の秘められた計画のうちに、あらゆる文化と世代から自由に人を選び、ご自分に従うように招いておられるという確信です」

その上で、私たち一人ひとりの祈りの大切さを強調されます。

「 したがって、まずわたしたちがすべきことは、家庭、小教区、さまざまな運動、使徒職を果たすための組織、修道会、教区生活のあらゆる部門で、神の呼びかけに対するこの思いを絶えず祈りながら持ち続けることです。仕えることに自らの存在すべてを惜しげもなく差し出し、救いの使命においてより親しくご自分と働く人を、「収穫の主」は絶えず求め続けておられます。このことを確信しつつ、わたしたちはすべてのキリスト者が神への信頼のうちに成長するよう祈らなければなりません」

教皇様は司祭が救いの神秘を永続させるために召し出されているとして、その立場の重要性を強調してこう言われます。

「聖体祭儀においては、キリストがご自分の役務者として選ばれた人の中で、キリストご自身が働いておられます」

この言葉は、ミサを捧げる恵みをいただいた司祭として、常に噛みしめておきたいと思います。先日のカトリック新聞にメリノール会のグリム師が厳しい意見を書いておられましたが、確かに私たち司祭がより魅力あるものとして多くの人に福音をあかしする存在となることが、召し出しを考えていながらも一歩先へと踏み出せない多くの人たちへの励ましとなることができるでしょう。

どうぞこれまで以上に、召命へのお祈りをお願いいたします。(下の写真、左は歓迎会での江部師を紹介しているところ。右は5月の主日ミサ後にルルド前でのロザリオが今日から始まったところ。快晴の新潟です。)

Ebe0902 May0901

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2009年5月 2日 (土)

5月の主な予定

わたしの5月の主な予定です。

  • 5月3日  新潟教会の新しい主任司祭江部神父様着任歓迎会
  • 5月6日  坂本耕太郎師 司祭叙階式(12時・新潟教会)
  • 5月10日 秋田県横手教会司牧訪問
  • 5月12・13・14日 カリタスジャパンと司教協議会の諸会議(東京)
  • 5月16日 米沢の殉教者・列福感謝式典(教皇大使を迎えて、米沢にて)
  • 5月17日 教皇大使・山形教会訪問に同行
  • 5月19日 司教協議会の会議(東京)
  • 5月23日 カリタスジャパン講演会(和歌山)
  • 5月28・29日 新潟の月曜会メンバーと秋田聖体奉仕会へ巡礼
  • 5月31日 新発田教会信徒会館竣工式

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5月の始まり(新型インフルエンザへの警告)

5月が始まりました。教会にとって5月は聖母月ですので、普段以上に各教会やグループではロザリオの祈りを唱える機会が増大するのではないでしょうか。新潟教会では、主日のミサ後に天気が良ければ、ルルドの前でロザリオの祈りが捧げられます。中央協のホームページには解説が掲載されています。

(こちらをクリックhttp://www.cbcj.catholic.jp/jpn/memo/seibotuki.htm

聖母月の伝統は18世紀のイタリアで盛んになったとあります。今年は特に、新型インフルエンザが世界的に猛威をふるうなど、世界規模での危機感が増大していることもありますから、そのこともマリア様の取り次ぎを願う意向の一つに加えて頂ければと思います。

新型インフルエンザへの対応に関しては、先日も書きましたが、新潟教区では国内での行政の対応の推移を見守りながら、その都度必要な指示を小教区等にする予定でおります。また日本カトリック医師会から司教協議会宛に注意を喚起する文書が届きました。この文書と先に触れた東京教区の作成したガイドラインは、昨日メール便で、教区内のすべての司祭宛に送付しました。

カトリック医師会からの文書は、「本日(4月30日)の時点ではわが国へのまん延は認められておりませんが、帰国者で、まだ潜伏期間内の人もいる可能性があります」と警告しています。

仮に皆様の中でこの数週間の間に海外渡航歴があったり、そういう方と身近に生活されていて、その上で、発熱や咳などの症状が見られる方がおられましたら、明日の日曜日、無理をしてミサに参加することはなさらないようにすすめます。疑いのある場合には、主日のミサの義務よりも、全体の安全を考慮して行動されることをお願いいたします。

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2009年5月 1日 (金)

台北の大司教様

Abphung 突然英語の電話だったのでビックリしました。元気な声は、台湾の洪山川大司教(Abp.John Hung,SVD )でした。台北の大司教様で、わたしと同じ神言会の会員です。2006年に新任司教の研修会がローマで開催されたとき、一緒に参加しました。写真はその時、サンピエトロ大聖堂の裏、香部屋へと向かっているあたりで撮影したものです。

なんと今現在、日本に来ているとのこと。東京で黙想指導なのだそうです。というわけで東京教区のHPを見てみたら、ちゃんと掲載されてました。そのままコピーします。

『台北大司教区 洪山川大司教をお迎えして2日間の黙想会を行います。心理カウンセラーの資格をもち教育学博士でもある洪大司教は若者たちと深く関わり、行動力ある指導者として知られています。日本語の通訳は予定しておりません。
5/3(日)9:00~ 中国センターの黙想指導
     12:00~ 昼食
     13:30~ ミサ
     15:30~17:00 李 広宏さんの体験談
       (「千の風になって」の中国語版を歌う歌手として知られている李さんが
        日本での生活や四川大地震被災地を訪問した体験について語って下さいます)

5/4(月)9:00~17:30 中国センターの黙想指導及びミサ
両日ともイエズス会中国センターにて(〒110-0004 台東区下谷1-5-9カトリック上野教会内)
主催・問合せ:イエズス会中国センター TEL:03-3842-4407』

大司教様はもともと高校の校長をされていたのでした。とてもユーモアのセンスのある人物です。

もともとが中国を最初の宣教地として創立された神言会にとって、(本土と台湾を含め)中国で会員が司教であると言うことは歴史的に意味のあることです。中国が共産政権の手に渡る直前、最後の北京の大司教は、神言会員のトーマス田枢機卿でした。田枢機卿は北京を逃れ、まずシカゴ郊外のテクニーでしばらく過ごされた後、台湾などで亡命生活を過ごし、北京大司教のタイトルのまま1967年に76歳で台湾において亡くなられ、台北のカテドラルに葬られたということです。追放の身のままで、第二バチカン公会議にも参加されました。

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